FC2ブログ

Ⅲ その他の投稿文

Ⅲ その他の投稿文

親父の写真とパチンコ                   (局報No.578、1987.3)
1991年頭所感               (コンサルタンツ北海道No.63、1991.2)
ハード屋のタワゴト               (「けんきゅうじょ」No.29、1993.1)
地質調査業に望む                (1993.9、全地連30周年記念誌)
モンローの気構え             (道路五月会会報「薫風」第1号、1997.5)
21世紀の技術者              (コンサルタンツ北海道No.93、2001.3)
スポンサーサイト

21世紀の技術者

 「技術は、人間により楽しい、より満足した、より恵まれた生活を与えるために使われるべきである。技術は、人間が達成不可能な仕事を達成すべきである。技術は、人間の代用として理論的に正しいときのみ、人間のための代用として使用されるべきである。」(「技術評価の工学入門」平松啓二訳)
 20世紀の飛躍的な技術の進歩によって、人間の生活が「物質的」に豊かになったことは間違いがない。しかし、一連の少年犯罪、摩訶不思議な事件の数々、慇懃無礼なバカ者の行動、交通事故による死者は年間1万人なのに自殺者は2万5千人。現代は「精神的」に病んでいるらしい。「衣食住足りて、礼節を忘れる」が正しいようだ。
 この精神的な疲弊に対して、「技術」は責任がないのか。大量生産、大量消費、均質・高品質を安価に供給可能にしたのは「技術」。高速で快適な移動、高度情報通信、仮想空間も技術。あらゆる産業に完備されたマニュアル・指針も技術。そしてふと振り返れば、環境破壊と精神の荒廃。
 便利な環境は、目的を達成するための悩み、苦しみ、考えを解き放した。合理的な生活は無駄な時間を限りなく減らす。その結果、想像力が欠乏し、考えることが面倒になった。世の中おしなべて短気になり、切れやすくなり、イライラし始めた。とすれば、「技術」も精神疲労の誘因者ではないか。
 「進化は常に追い詰められた状態で起こるのだ。絶滅の危機に瀕したギリギリの状態で。(中略)人類はたった一個の遺伝子の突然変異によって体毛を失い、裸の猿になったと考えられているけど、洪積世の氷河時代に体毛を失うことは、生存に有利などころか、生命を脅かす極めて重大なハンディを背負うことを意味したはずだ。しかし、そのハンディを抱えた者が、やがて人類に火という文明の灯火をもたらし、古い人類に取って代わった。」(「DZ」小笠原慧、角川書店)
 20世紀の終わり、我らが技術士界に新たな動きがあった。グローバル化に対応してのAPECエンジニア、EMFによるインターナショナルエンジニアへの道、社会や公益に対する技術者の責務としてのCPD、倫理などである。倫理はまさに「技術と人間」を考えることである。技術士はいま、ギリギリの状態で少しだけ進化するらしい。
 考えることは、人間の特性だ。我々は、立ち止まり、考えることを忘れていたようだ。「技術」は、生活を物質的に向上させるだけでなく、精神的にも向上させ、人間のロマン、そして文化を育むものでなければならない。モノを作るための「技術」から、人類にどのように活用すべきか、を考える「技術」でなければならない。
 わが国の技術者は250万人。そのうち技術士は4万人で、2%にも満たない。しかし、体重の僅か2%に過ぎない人間の脳が、全エネルギーの20%を消費しながら人間の体をコントロールしているように、「世の為、人の為」に多大なエネルギーを注いで考えるのが、21世紀の技術士だろうと思うのである。
 かくいう自分も、最早オッサンを超える年になってきた。人類のため、必死になって金銭感覚、じゃなくて、琴線感覚を磨いていこうと思う。

モンローの気構え

 「北海道はつねに大量の地方交付税を受けていて、明治以来一度も財政的に自立したことがない。結局は、東京や大阪の人が税金として負担することになる。」と、大前研一の著書にある。
 対全国比で、北海道の人口は約5%だが地方交付税交付額は約10%。災害を除く北海道開発事業費も約10%。一人当たりの行政投資額は、全国平均が約37万円なのに対し北海道は約49万円。数字の上っ面では大前研一の指摘は当たっている。(ちなみに、東京の一人当たり行政投資額は約46万円、北海道より多いのは島根の約55万円、高知の約50万円、そして五輪間近の長野の51万円。)
 一方、北方領土を含む北海道の面積は日本全国の約22%。それなのに開発事業費は10%なのだから、面積の割りには開発費が少ない。人口密度が低いから、一人当たりの都市公園面積や下水道普及率、空港滑走路延長指標などは全国水準を上回っているが、面積が広いから、面積当たりの道路水準、ごみの減量処理率や海岸整備率は全国水準を下回っている。国土開発幹線自動車道路の供用率も著しく立ち遅れている。国民すべてが同一の便益を受ける権利があるとすれば、これら全国水準を下回るものについては、より一層の整備をする必要があるという理屈も成り立つ。
 明治以来、北海道の開発は国の重要施策として進められてきた。いわば特別扱いなのだが、それにはそれなりの理由があった。明治新政府が明治2年に開拓使を設置し、蝦夷地の組織的な開発を始めようとしたのは、ロシア南下の現実的危機感による北辺の防備と、廃藩置県の制度改革による旧士族の失業対策のためである。その後も士族移住の強化、明治中期のわが国の急速な発展に伴う急激な人口増加や貧農問題への対処、明治末期の国力充実のための資源開発、そして戦後の経済復興と食料難や人口増の解決などなど、わが国の発展のためには北海道の開発が必要であったのである。
 いままた、「国民のニーズに対応した居住地選択の拡大の場や自由度の高い産業立地の場、さらには質の高い観光・リゾート空間という場を提供し、わが国の北の国際交流拠点となり、わが国経済社会の長期的な発展に重要な役割を果たしていく」(第5期北海道総合開発計画)ために北海道の開発が進められている。
 過去、現在、未来にわたるこのような北海道開発に関わる各種の施策が、わが国全体にどれくらいの便益を与えているか、それを金に換算し、投資額との比較を行えば大前研一の指摘の真偽は明らかになるが、便益の金換算は極めて難しい。
 さて、北海道に対する特別扱いはいつまで続くのか。財政力でも社会基盤の整備率でも、北海道が特別に貧弱な時代は終わりかけている。世界を見渡せば、北海道と同じくらいの、あるいはそれ以下の面積、人口の国はいくつもある。ならば北海道の自立は可能かもしれない。しかし、特別扱いを受けている限り、自立は難しい。
 第5代アメリカ大統領のモンローは、1823年、ヨーロッパ諸国による西半球(南北アメリカ大陸ならびに太平洋諸島)での植民地の新たな拡大と、西半球諸国への干渉とに対して反対を表明した。簡単に言えば「お前らのことには口出ししないから、こちらのことにも口出しするな」というのである。これがモンロー主義。
 日本の中の北海道で、干渉する、しないもないが、特別扱いを期待さえしなければ、自由度の大きい北海道独自の地域開発が可能となる。「北海道という地域にとって必要な社会資本の整備水準は、必ずしも全国と同一である必要はないのではないか。わが国におけるフロンティアとしての北海道の位置付けを今一度思い起こすなら、わが国における先行的な実験が可能な土地、北海道で、国際水準の社会資本整備をいち早く達成し、今後の国民生活のあり方をリードしていくという考え方も成り立つのではないか」(リージョナル・ゴールを目指して、平成3年3月発行)という意見は、新たな発想であることには違いない。しかし、開発事業費は国が出すもの、国から違った形で沢山の公共投資額を引き出そうという意識が根底にあるのであれば、結局は国に頼るという点で明治以来のスタンスに似ている。
 地域開発政策において本当に必要なものは、その地域に住むものにしか分からない。はるか東京のビルディングの中では分からない。自立とは、そこに住むものが、自分で考え、計画し、自分の持てる範囲の金と力で実行することではないだろうか。今後の北海道の将来を考えるとき、モンローの気構えが必要だと思うのである。まずは、上京、中央官庁、JRの上り下り、内地、などという言葉に潜む僻地の意識(白井暢明「未来を開く北海道論・ドサンコロジー」より)を変えることから始めましょうか。

地質調査業に望む

 本州と違って、北海道では1年の半分が雪に埋もれて仕事も少ない。機械器具損料や防寒対策などに特別の配慮が必要だ。ローカルな土質・地質もある。地元業者育成のために独自の歩掛りが必要だ。そんな理由で、昭和50年代半ばまで北海道開発局の土質・地質調査試験の歩掛りは、土木試験所(現北海道開発土木研究所)が作成してきた。いつの頃からか、いわゆる赤本はあった。しかし、どうせ業界自らが儲けるために作ったものだろうから、我田引水で当てにはならん。うさん臭い。それよりは、自分で実際に作業を行って、納得のいく歩掛りを用いるべきだ。そんな思いもあって、研究の傍ら、苦労して北海道版歩掛りの作成作業を続けてきた。
 しかし、外注化の促進とともに、研究員の中に調査試験に精通する者がいなくなってきた。地元業者も一人前になったようだし、もはや北海道の特殊性も薄れてきた。特別な歩掛りを使えば会計検査もうるさい。そんな経過を経て、ついに北海道も赤本を参考にした建設省歩掛りにすっかり右ならえをするようになった。業界を信用せざるを得ない状況になってきたのだが、さてその実態はどうだろうか。
 どこにもローカルな問題はある。ローカルな問題は長年の経験を踏んでこそ、適切な解決ができる。地元業者はローカルな問題に対して有利な立場にあるハズであった。北海道に本州大手が乗り込んできて、見たこともない、触ったこともない泥炭の調査をしては、とんでもない結果を出したことは数知れない。だが、技術力の高い本州大手である。瞬く間に知識を高め、経験を重ね、モノにしてゆく。一方、地元業者は、人、物、金のすべてに問題を抱えている。技術力では勝負にならない。ひたすら頭を下げ、ときには役所のOBを迎えて仕事をもらう体質に染まる。
 一部の北海道内業者も技術レベルは高い。しかし、大半は進歩がない。3Kの代表的な職場だというのに、さっぱり改善の後が見られない。泥と油まみれのヨレヨレの作業服、旧態依然の試験機械、厚さで勝負の報告書…。これでは後継者は育たない。
 近頃、役所の技術力の低下は著しい。ボーリングを見たこともないという土木屋もいる。そんな奴らが調査項目を決め、数量をはじいている。一方の地質調査業者も何のための調査か、どんな成果を必要としているのかも聞かず、知らず、仕事を請け負っている。中にはボーリングだけを請け負って喜々としている業者もいる。ボーリングを掘るだけなら地質調査ではないだろう。数量を「ハイハイ」とこなしているだけじゃ本来おかしいのだ。「調査業」とは知的産業のハズである。高等な知識と豊富な経験をもとに提案し、実施し、考察し、解析しなければならない。発注者の技術力の低下を地質調査業がカバーすべきだ。プロフェッショナルという意識で、発注者の良きアドバイザーとなるべきだ。
 三十にして立つ。全地連がどんな立ち方をするのか、期待してみていよう。

ハード屋のタワゴト

 あれほど人気のあったスコッチウィスキーがすたれて、ワイン党が増えている。ホープやハイライトなどのきついタバコを吸っている人は希で、何とかマイルド、何とかライトというタバコの人気が高い。また、仕事一途の会社人間が減って、家庭重視の優しい人間が増えている。世の中すべてが、ハードからソフトへと変わってきているようだ。長いこと土木構造物の研究に従事してきたハード屋の自分の行き着く先はどうなるのだ、と不安に駆られる。
 ハードというのは固いゴツゴツしたイメージで、図形でいえば四角。何となく冷徹な響きさえある。一方のソフトは、柔らかく優しいイメージで、図形でいえばマル。そして、何よりも人間らしさがにじみ出ているような気がする。だから、ハードはイメージ的にどうも分が悪い。ハードな床で寝るよりも、ソフトな毛布にくるまって寝たい、というようなものだ。
 確かに世の中は変わりつつある。何とか走れる道路が欲しい、雨風をしのぐ家が欲しい、とりあえず壊れない堤防が欲しい、というナショナルミニマムの時代は終わった。今は、自然環境に調和した快適走行ができる道路、豊かで個性ある住宅、自然の風致を守りつつ補強する堤防、という高度インフラ整備の時代になっている。安全な土木構造物を造る時代から、ゆとりある社会を創造する土木構造物の築造の時代へと変わりつつある。
 それに合わせて、ハード重視からソフト志向へ、冷徹なハードから地球に優しいソフトへ、とみんなで大騒ぎ。もはやハードの時代は終わったかのようだ。だがちょっと待て。どんなに快適な道路を計画しても、鉄やコンクリート、地盤の特性を知らなければ橋もトンネルも盛土もできないのだ。ハードはソフトを支える土台なのである。コンピュータの素晴らしいソフトもマシン(ハード)がなければ走らない。
 最近の世の中の流れを見ていると、ハードの部分が置き去られ、ソフトが珍重されている気がする。言葉にだまされてはいけない。ムードに流されてはいけない。ハードもソフトもどちらも大事なのだ。ハードの研究があってこそ豊かな未来が開けるのだ。とまぁ、自分の研究生活を自己弁護するわけだが、これを自画自賛、我田引水、自己満足というのだろうなぁ。
 ソフトには軟弱という意味もある。最近、軟弱な若者が増えたと思わないか。ソフト志向のせいかもしれない。今時の若いモンは、とオジさんは嘆きたい。将来の日本は大丈夫か、とオジさんは憂いている。
プロフィール

Author:能登繁幸
「ちょっと斜にかまえたエッセイ集」の第1集、第2集、第3集、ならびに毎週発信の「新能登メール」を収納。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる