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Ⅰ 1,000字程度のエッセイ集

Ⅰ 1,000字程度のエッセイ集

夢のまた夢                    (開土研月報1989.9月号)
続・夢のまた夢                  (開土研月報1989.10月号)
アドベンチャーロード               (開土研月報1989.12月号)
生きるための破壊                 (開土研月報1990.1月号)
ハッタリのススメ                 (開土研月報1990.2月号)
計算機                      (開土研月報1990.4月号)
勘違い                      (開土研月報1990.6月号)
ビスマルクの選択                 (開土研月報1990.8月号)
ヨコ文字の氾濫                  (開土研月報1990.9月号)
土木美                      (開土研月報1990.10月号)
アウトロー                    (開土研月報1990.11月号)
三ズの行方                    (開土研月報1990.12月号)
両刃の剣                     (開土研月報1991.2月号)
ワープロの功罪                  (開土研月報1991.3月号)
研究者のココロ                  (開土研月報1991.4月号)
マドンナ                     (開土研月報1991.5月号)
ヒマとマヒ                    (開土研月報1991.6月号)
即答のススメ                   (開土研月報1991.7月号)
吊り橋で遊ぶ                   (開土研月報1991.8月号)
上司たるもの                   (開土研月報1991.9月号)
1トンの価値                   (開土研月報1991.10月号)
過疎化作戦                    (開土研月報1991.11月号)
パチンコ必勝法                  (開土研月報1991.12月号)
マーフィの法則                  (開土研月報1994.3月号)
土木についてのアンケートから           (開土研月報1992.1月号)
土木についてのアンケートから(パート2)     (開土研月報1992.2月号)
「土木家」がいない/土木の人気回復大作戦/性差別/
人間の欲望/道民て誰?/外国こぼれ話               (未発表)
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マーフィの法則

 1949年、カリフォルニアのエドワード空軍基地で、スタップ少佐の飛行機が重力測定装置に異常を来して戻ってきた。原因を調べたマーフィという技術者が、誰かが重力測定装置の調整を間違えたことを発見した。そこでマーフィはこう言った。「幾つかの選択枝があるとき、得てして人は間違ったモノを選ぶ」と。これが、イミダスにも知恵蔵にも現代用語の基礎知識にも出ていない、あの有名な「マーフィの法則」である。
 「トイレに座ったとたんに電話が鳴ったり、タバコに火をつけたとたんにバスが来たり、車を洗ったら雨が降ったり、傘を買ったすぐ後に雨がやんだり…」(「マーフィの法則」、アスキー出版局)という経験はないだろうか。我が家でも、窓拭きをした翌日に雨が降り、珍しく図書館に行ったら休館日で、買い物から帰ると電話が鳴っているので急いで靴を脱いで走っていって受話器を取ると電話が切れた、とワイフがブツブツ怒っている。なるほど、これがマーフィの法則なのか。
 そういえば、親父が危篤で、病院でいいだけ待機していて、長引きそうだからと帰路についた途端、親父が亡くなった。珍しくカレーライスを食べたら晩メシはカレーライスだったり、さてカラオケでもやるかと自分の持ち歌を頼んだら直前に他の人が既に頼んでいたり、…。仕事上では、調べたい文献のバックナンバーだけが抜けていたり、やっと論文を清書した途端に重大な誤りが見つかったり、質問を想定して十分な検討をしたことは質問されないで、考えもしなかったことを質問されたり、忙しいときに限って緊急の仕事が入ったり、…。これもやっぱり、マーフィの法則かもしれない。

 いまこれを読んでいるアナタ。アナタにも似たような経験があるでしょう?。「よりによって」とか「なんでこうなるの」と言いたくなるような出来事が。洪水はどういう訳か土日にかけて発生しやすいし、この前の釧路沖地震だって連休の初日だった。どうも世の中、わざわざ悲惨な選択枝を選んでいるような気がする。そこで皆さん。そんな奇妙な法則を思い出して御一報して下さいな。たくさん集まったら、「開発局版・マーフィの法則」として、出版しましょう。

外国こぼれ話

 あのチャップリンは常に山高帽にこうもり傘。これがイギリス紳士の出で立ちなのだ。なぜ山高帽にこうもり傘か。18世紀のヨーロッパでは、小便を窓から外にぶちまける。これがため山高帽が必要なのだ(と聞いたことがあるが、年代的に一致しないところがある。単なるハナシかも知れない)。それとイギリスのロンドンはひっきりなしのにわか雨。これをシャワーというが、これがためこうもり傘をステッキ代わりに持たねばならないのだ。
 アラブは一夫多妻だが、奥さんは4人まで、と決められている。そして、この4人に均等に愛を注ぐこと、という条件もある。古い奥さんも、新しい奥さんも均等に愛してあげなくてはならない。これはきっと辛いことだろうと思う。新しい、ピチピチの奥さんがイイに決まっているもの。
 イラクでは結婚するためには相当の金が要るらしい。ビンボーな人は結婚できず、ホモに走るという。白昼堂々と男同士が手をつないで歩いているとか。ひげを生やせば男の印。ひげが無いのはオカマの印だとか。だからイラン、イラクに行くときは注意をしたほうがよい。空港を降りると、ひげの無い日本人の周りにワッと人が集まるという。ホモに走らない男はどうするか。羊が相手だと聞いた。ホントか嘘かは知らない。
 インドではダウリ殺人が年間4,000件を越える。ダウリとは結婚するときの持参金のことで、年収の10~20年分を花嫁に持たせなければならないとされている。このダウリが少ないと、花嫁は虐待されて、ひどいときには灯油をかけて殺されたりする。また虐待に耐えかねて自殺する。だからインドはひどい国だとは胸を張って言えない。日本だって持参金目当ての結婚が相当ある。持参金が少なければ、姑にいじめられるという構図があるではないか。

道民て誰?

 何年か前の道新朝刊に「苫東の再出発に道民の英知を」という社説が掲載された。苫小牧東部大規模工業基地の新計画の決定に対し「道民は複雑な思いで、新計画を見ているに違いない。」といい、今後の段階的計画の策定に際し「道民の意見をもっと広く聞く必要があるし、道民も積極的に知恵を出してほしい」と提言している。
 この場合、道民とは誰なのだろうか。わが家の子供もワイフも、隣の老夫婦も、そのまた隣の新婚さんも、マンションの管理人も、スーパーの親父も、パチンコ屋の店員も、ぜ~んぶ道民なのだが、苫東計画なんて知らないし、知っていても意見は無いし、意見はあっても言う気は無いし、言う気があってもどこへ行けばいいか分からないし、行く場所が分かっても行く気は無いし、…。結局のところ、社説にいう「複雑な思いの道民」は極めて一部の道民であり、意見や知恵を出すのはあるいは出せるのは特定の道民だけなのである。大半の道民は、身の回りのことで精一杯なのである。
 似たような記事をたくさん見かける。「市民が苦情を言っている」とか、「市民の疑惑を深めている」とかいうたぐいの記事である。どうも、うさんくさい。市民の誰々さんが、とか、近くの住民の何々さんが、というなら信頼できるが。
 まだある。「有識者」あるいは「学識経験者」。さらには「関係者」、「有力筋」。分かったようで分からない。誰か教えてくれないか。その道民というのはどんな人?その市民はどんな人?その有識者はどんな人?その関係者とは誰なの?
 それとも、これが新聞記者の単なる常套文句なの?

人間の欲望

 世の中は欲望が渦巻いている。新聞をにぎわす事件のほとんどは欲望のなせるワザ。そんな人間の欲望をマズローは5段階に分類した。
 ①最初の欲望は生理的欲求:ファッキング(性欲)、フィーディング(食欲)、睡眠欲などであり、食べて、寝て、子供を作る、というもの。最低限の欲求である。
 ②2番目は安全の欲求:フリーイング。すなわち、危険から逃れたい、安全でいたい、我が身を守る服を着て、雨・風をしのぐ家に住みたい、というもの。
 ③3番目は所属・愛情の欲求:フロッキング(群れる)、ファスニング(掴まる)などで、仲間がいて、愛されたい、というもの。
 ④4番目は尊敬の欲求:周りに尊敬されたい、自尊心を満足させたい、というもの。さらには、もっとイイ家に住みたい、もっとイイ服を着たい、といのも含まれる。
 ⑤そして最後は自己実現の欲求:自分のしたいことが何でも自由にできる、ということ。
 この最後の段階に少しでも達した人を、人は独裁者という。ナポレオンであり、ヒットラーであり、豊臣秀吉である。しかし、どういう訳か、最後の欲求を手に入れた途端、不幸になっている。これぞ神の摂理なのかも知れない。

 戦後の悲惨な時期は誰もが第一段階、生理的欲求をまず満足させようとした。誰もが同じ価値観を持っていた。やがて第二段階に入り、衣食住足りて礼節を知るようになった。その後の急速な経済成長。あるものは第二段階にとどまり、あるものは第四段階まで駆け上る。ここに価値観の多様化が始まったのだろう。人は、それぞれの社会的立場、経済的環境、知的レベルにおいて、欲望に差が生ずる。社会の落ちこぼれは強姦に走り、社会的地位の高い人は尊敬を求める。そしてまた、最後の段階に手が届いた政治家が、奈落の底に落ちるのである。
プロフィール

Author:能登繁幸
「ちょっと斜にかまえたエッセイ集」の第1集、第2集、第3集、ならびに毎週発信の「新能登メール」を収納。

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