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あとがきプロフィール

あとがき


 読んでみての感想はいかがだろうか。文章の大半は土木技術者相手だけど、興味を惹く内容だっただろうか。十分に理解してくれただろうか。それに、表題の「斜に構えた」の「斜」をちゃんと「ハス」を読んでくれただろうか。と今さら悩んでも後の祭りだ。
 (自分で言うのもナンだが)「ハッタリのススメ」、「ビスマルクの選択」、「ヒマとマヒ」、「1トンの価値」、「左のすそ野」、「輝きのとき」などが個人的に好きで、何度か読み返したことがある。その度に思い出すのは、短い文章の中でいかに起承転結を作るか苦労したことだ。「オチ」を上手に作ること、少しは余韻が残る文章にすること、これがなかなか難しい。それに比べれば技術論文のほうがはるかに易しいと思う。
 人間社会をさりげなく観察しながら、その実態と印象、感想を文章化するのは面白いことだが、そこに潜在的な意識が働いているらしい。馬鹿な若者、軟弱な大人、理不尽な習慣に腹を立てている自分の姿が見えてきた。エッセイを書くということは、自分をさらけ出すことなのかも知れない。書けば書くほど裸の自分が見えてくるのは恐ろしい気もするが、それでもいいのだ。さぁ、また新たなネタを探して動き回ろうか。


[プロフィール]
 昭和22年1月3日留萌市生まれ。昭和44年3月北海道大学土木工学科卒業、同年4月北海道開発局土木試験所土質研究室配属。以来土質工学に関する研究に従事。平成12年4月北海道開発局開発土木研究所所長を最後に退官。平成13年4月独立行政法人北海道開発土木研究所理事に就任、現在に至る。昭和57年技術士資格、昭和63年工学博士。著書に「泥炭地盤工学」、「軟弱地盤対策工法-調査・設計から施工まで-」(共著)、「地盤改良のトラブルの要因とその対策」(共著)、「高有機質土の工学」(共著)など。
 本人の希望とは裏腹に研究一筋。馬鹿でも同じことを10年続ければ専門家になれる(恩師の言葉)、まして研究歴30年。泥炭地盤対策の専門家。漁師の出のせいか口が悪い。親父譲りのパチンコ狂。ゴルフとは1年で訣別、道具一式をゴミの日に廃棄処分。カラオケは前川清が定番。日本酒大好き。楽天家。二女一男の5人家族。
 母親からよく聞かされた「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」(上杉鷹山)を肝に銘じて。
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Ⅴ 媒酌人挨拶など

Ⅴ 媒酌人挨拶など


 仕事の立場上、媒酌人を頼まれること11回、また婚礼の祝辞を頼まれたことも何度かある。これらの挨拶や祝辞を述べるときは、新郎新婦あるいはご両家に対して失礼にならないように話の内容を吟味するものだが、どうもあのくそ真面目な堅苦しい形式的な挨拶は好きではない。大体が「優秀な成績で卒業した」だの「素晴らしい人間」だのがそんなに居るわけがない。むしろ「陽気で明るい」とか「いいヤツ」というところを強調したい。そんなわけで、まともな挨拶をしてこなかったが、それでも話が支離滅裂になっても困るから、前もって話の内容をメモしていた。そのうちいくつかが手元にあるので、それをもとに、以下に再現してみることにする。

1.S君・Aさんの場合
 最初にお断りしておきますが、この二人のために私が何かしら仲人の役回りをしたわけではありません。私も二人を冷やかす、単なる野次馬の一人でありました。今年の1月、突然二人が我が家に訪ねてきまして、結婚する、仲人をしてくれと言い出しました。私は実は非常に困りました。仲人なんてしたことがない、というのも理由の一つですが、何といっても私は公務員です。新郎とはかつて同じ職場ではありましたが、彼は今では業界の人です。仲人はいわば将来に渡り、この二人の後見人であり、一生面倒を見てあげなければなりません。私が発注者、新郎は受注者であります。これは困ります。しかしこの二人、何度も頼む。そこで心の広い私でありますから、仲人を引き受けた次第です。

 それではお二人の紹介を致しましょう。
 S君は、昭和○年○月○日に、○○で生まれ、昭和○年3月に○○高校を卒業。卒業と同時に私どもの研究室に非常勤職員として就職しました。彼の高校での専門は化学であり、土質のことはナンにも知りませんでしたが、門前の小僧習わぬ経を読む、でありまして、小僧どころかお坊さん、いわばプロフェッショナルにまでなってしまいました。その腕を生かして昭和○年に○○に就職、さらに昭和○年に○○に入社し、現在は専務として活躍しております。
 彼について私はアタマに来ることがあります。私が所属する土質研究室は、研究所最長の無事故無災害記録を誇っておりました。ところが、彼が仕事中に躓いて、前歯2本を折るという事故を起こし、その名誉ある記録も止まってしまいました。非常に残念でありましたが、よく考えるとこの若さで仕事中に躓くというのもおかしなハナシです。そこで、ある飲み会のとき、それとなく事実を聞き出しますと、何と、お昼休みにバックテン、いわゆる宙返りをして、足で着地するところを顔面で着地し、前歯をボロボロにしたということです。とんでもないヤツなのであります。

 新婦のAさんは、昭和○年○月○日に○○で生まれ、昭和○年3月に○○を優秀な成績で卒業。在学中に国家公務員中級の資格を取りましたので、直ちに当研究所に就職いたしました。当時、今もそうですが、女性の土木屋さんは極めて希です。それで、他の人から事務屋さん、あるいはアルバイトの女性と思われることがしばしばあったようです。我々の仕事は現場に出ていろんな調査を致します。変な話ですが、木立に隠れてオシッコすることもあります。彼女は女性ですから、さぞかしオシッコするのは大変だろうと思っていましたが、彼女はそんなとき、朝から水気を一切取らない、みそ汁もほんのわずかしか飲まないという人知れずの苦労をしていたとのことです。昭和○年2月に、土質工学会北海道支部で発表した論文が優秀と認められ、支部賞を受賞しました。毎年一人か二人しか貰えないという名誉ある賞でありますが、女性では初めてであり、しかもかなり若くして受賞しています。これは一人前の研究者として認められた、ということであり、見かけに寄らず優秀であるということがお分かりいただけたと思います。

 二人の趣味は、新郎が野球にスケート。新婦は新聞、雑誌、その他いろんな所のクイズに応募することだそうです。あまりよい趣味とは言えません。仲人の挨拶の参考とするために、二人からメモを頂きました。その中に賞罰の欄があり、新郎は、スピード違反2回、新婦のほうは右折禁止違反1回、と書いてありました。何を考えて居るんだろうこの二人は、と思ったものです。こんな明るい二人ですから、さぞかし楽しい家庭を作っていくだろうと思います。


2.H君・R子さんの場合
 H家、S家のご両親、ご親族の皆様、本日のご結婚、まことにおめでとうございます。また、ご列席の皆様には、先ほど当ホテルの結婚式場において、お二人が永久の契りを誓い合い、めでたくご結婚されましたことをご報告申し上げます。
 さて、恒例によりまして、お二人の生い立ちをここで紹介させて頂きます。
 新郎のH君は、昭和○年○月○日、正月気分真っ最中というときに、○○様のご長男として○○にてお生まれになりました。昭和○年3月、優秀な成績…かどうかは知りませんが○○高校を卒業、同年4月、N大学に入学され、途中で留年することもなく、悪い遊びに狂うこともなく、昭和○年3月に同大学を卒業されております。在学中に国家公務員試験に合格し、卒業と同時に○○に採用になり、今日に至っております。野球、ゴルフ、スキー、テニスなど、何でもこなすスポーツマンであり、職場では○○チームのリーダーとして活躍しております。
 一方の新婦のR子さんは、昭和○年○月○日に○○様のご長女として○○にてお生まれになりました。昭和○年3月に○○高校を卒業、同年4月○○大学に入学され、○年3月に同大学を卒業されております。同年4月から○○の職員となり、最近は○○センターに勤務しておりました。趣味はテニス、スキーなどであり、新郎に負けず劣らずのスポーツウーマンであります。大学で主婦業を学び、ご卒業後は子供相手の仕事をされ、まさしく申し分ない良き妻、母になるものと思います。

 とまぁ、当たり障りのない形式的な紹介を致しましたが、これではお二人の人柄がよく分かりません。そこでザックバランに若干お話しいたしましょう。ただいまも紹介いたしました通り、お二人はそれぞれご長男、ご長女であり、同い年。生まれた場所もすぐ近く。生まれたときからお二人は赤い糸で結ばれていた…なーんてことはまったくありませんで、つい1年前までは、お互いまったく知らなかったということです。

 新郎は、幸か不幸か私と職場を共にしておりますが、私が見たところ、まったくもって公務員らしからぬ男であります。公務員というのは、昔から、休まず、遅れず、働かず、といいます。我々公務員の有給休暇は年間30日ほどありますが、彼は、ゴルフだ、スキーだ、キャンプだ、と良く休みを取り、年度末にはほとんど休暇が残っていないほどであります。また、毎日必ず3分ほど遅れて出勤いたします。私はいつも、出勤時間の30分前には職場に着いておりますが、たった一度だけ、彼は私より先に出勤してきたことがあります。こりゃー今日は雨が降るなーと思っていますと、「室長、実は、お話があります」ときました。これがR子さんとの結婚の告白だったわけです。で、次の日から、やっぱり3分遅れの出勤に戻りました。また公務員は働かずといいますが、彼は本当に良く働きます。今までに期限に間に合わなかった仕事はありません。以上をまとめると、彼は良く休み、少し遅れて出勤し、良く働く、というわけで、つまりは公務員らしからぬ男というわけであります。

 彼は仕事柄、土木学会や土質工学会などに何度も論文を発表しております。また各種の研修会や講習会の講師をすることもありますが、OHPを使ってのわかりやすい話し方は定評があります。ただし、カラオケはイマイチです。R子さんに何といって口説いたのか知りませんが、おそらく、学会等の発表の経験がプラスしていたかも知れません。ヒョッとしたらOHPを使って口説いたのかも知れません。
 昨年6月、R子さんに初めてあって以来、彼は○○に何度となく車で通いました。本人に聞いたところ20回くらいだということです。親が怪しむと思ってこっそり行き来したこともあるそうです。その度にホッチャレ饅頭をお土産に買ってきますので、何か変だなーとは思っていたのですが、全然彼女がいるようには見えませんでした。札幌と○○の間は約300キロ。これが往復で20回ですから、約12,000km。これは地球を3分の1周した距離、札幌からフランスのパリまでの距離に匹敵いたします。良くもまぁ通ったものだと感心いたします。

 お二人の血液型は、H君がA型、R子さんがO型です。A型は礼儀正しくきまじめで、まさしくH君そのものです。一方のO型は、親分肌でほがらかで、ヨッシャ、ヨッシャ、私に任せなさい、というタイプです。結婚生活でH君がチマチマ悩んでも、多分R子さんが悩みを聞いて解決してくれるでしょう。もっとも二人とも楽天家のようで、今後とも悩みなんかないかも知れません。どちらかがチャランポランのB型であったり、私のように気難しいAB型でありますと、相手が苦労いたします。まずはメデタシ、メデタシ。
 お二人は、今や幸せの絶頂におりますが、人生楽あれば苦もあり。これから何度となく人生の荒波にもまれることでしょう。本日ご列席の皆様、今後とも変わらぬ暖かいご支援ご鞭撻をお二人に賜りますようお願い申し上げて、媒酌人の挨拶と致します。


3.O君・Mさんの場合
 恒例により、お二人の生い立ちを紹介いたします。
 新郎のO君は、昭和○年○月○日、○○様ご夫妻のご長男として○○にて誕生。小学、中学、高校と○○にて過ごし、○○高校を驚くべき優秀な成績で卒業、昭和○年4月、○○大学に入学、昭和○年3月、驚くべき優秀な成績で同大学を卒業致しました。小学校のときに、珠算や書道を習い、珠算は2級だといいますから、人は見かけによらないものです。○○に採用後は、サッカー、ゴルフ、スノーボード、卓球にバレーボールと、よく言えば何でも積極的に、悪く言えば節操が無く手当たり次第にスポーツをするという男で、仕事はともかく、スポーツ大好き人間であります。
 新婦のMさんは、昭和○年○月○日、○○様ご夫妻のご長女として○○にて誕生。お父様の仕事の関係で、紋別、東室蘭、札幌などに引っ越しを致しました。昭和○年に、恩師の薦めもあって、○○に就職。その後○○などにトラバーユし、現在は○○の社員として活躍中であります。幼い頃に書道を習い準初段の腕前と聞いております。また、小さい頃からキャッチボール、水泳、テニスを興じるなど、スポーツウーマンでもあります。

 お二人の出会いについて紹介しましょう。平成○年の春、新婦のMさんが○○の社員としてわが研究所の受付嬢をすることになりました。Mさんは暇さえあれば玄関のガラスを磨いており、それは非常に印象的なのです。そして見ての通りの美人であります。いつしか研究所の若い連中が受付付近をうろうろするようになりました。しかし、O君の姿はありません。
 O君には重大な欠点が三つあります。顔が怖い、お世辞が言えない、女の子にチャラチャラしない、の三つです。O君が研究所に採用されたとき、まだ国家公務員試験にパスしておりませんでした。採用後に国家公務員試験Ⅱ種に挑戦し、2度3度と筆記試験に合格します。が、面接試験で不合格になるのです。顔がコワイ、緊張するとますますコワイ。ある晩、高級居酒屋にて「資格なんかくそ食らえだ。資格が無くても生きていける」と言い出す始末でした。そこで私は、「資格を取ってから文句を言え。試験に落ちて言うのは単なる負け犬の遠吠えだよ」と言いました。彼はこの怖い顔で泣きました。よほど口惜しかったようです。
 コワイ顔だが、笑うと可愛いのです。O君を初めて見たときのMさんの第1印象は、「やくざっぽくてコワイ人。しかし笑うと可愛い。そして優しい」です。この大きな落差が意外と女性の心を掴まえるものです。これはO君の作戦だったかも知れません。O君は、Mさんと付き合うようになってから、コワイ顔が次第に穏やかになって行き、態度も優しくなりました。そして昨年、国家公務員試験Ⅱ種に見事合格したのです。良き上司(これ私ですが)に恵まれたことが一因ではありますが、その陰に、彼の顔つき、態度、言葉遣いを変えた新婦Mさんの力があったのです。
 彼の仕事の内容や仕事ぶり、普段の態度なども紹介し、嘘でもいいから褒めてあげたいところですが、これについては直属の上司が来賓挨拶で褒め殺す予定になっていますので、私は遠慮いたします。

さて、新郎新婦はどちらも一人っ子の長男長女であります。ご両親の愛情を目一杯に受けてここまで成長して参りました。O君は、2度3度と新車に乗り換えています。車の代金はどうなっているんだと尋ねますと、親の首を絞めると何とかなるのだと豪語しております。もはやO君のご両親は骨と皮だけになっているのではないかと心配しておりましたが、先日お逢いして極めて健康そうで安心した次第です。
 これからは、ご両親の今までの愛情に対し、目一杯恩返しをする番です。夫婦仲良く睦まじく、楽しい毎日を送ることがまずは最初の親孝行であると思います。まだまだ若い二人です。本日ご列席の皆様にも、このお二人に、ますますのご愛顧、ご鞭撻をお願いいたしまして、媒酌人の挨拶と致します。


4.K君・K子さんの場合
 恒例により、お二人の生い立ち、人となりを紹介いたします。
 新郎のK君は、昭和○年○月○日、○○様ご夫妻の次男として○○にて誕生いたしました。お兄さん一人、お姉さん一人の3人兄弟の末っ子でございます。上の二人は10歳も離れておりまして、さぞかしご両親に可愛がられたものと推察されます。高校はあの有名な○○高校ですので、掛け値なしに優秀なのであります。しかしこの男、高校の寮生活に嫌気がさしたとかで、○○高校へ編入入学を希望しますが見事に断られます。そこで、1年を棒に振って改めて○○高校を受験。当然ながら合格です。昭和○年に○○大学入学、昭和○年に優秀な成績で卒業しております。
 学生時代に国家公務員試験中級に合格し、卒業と同時に北海道開発局に採用になり、○○に配属、その後○○に転勤し、そして現在の研究室に籍を置くことになり、今や筆頭研究員として活躍しているところであります。
 趣味は読書、コンピュータをいじること。スポーツは夏は水泳、冬は歩くスキーとのことで、野球だのサッカーだのパチンコだのという「タマ」を扱うスポーツはからっきしダメなようです。しかし、「タマ」かけクレーンの資格は持っています。英検は2級。
 コーヒー大好きの男でありまして、出張するときはコーヒーセットを持参するということです。この男は、私と同様朝の早い男でありまして、朝早くに研究室に入り、誰もいないところで一人でコーヒーを入れ、パンをかじっておりました。結婚して、これからはちゃんと朝飯を食べて家を出ることになるでしょう。

 新婦のK子さんは、昭和○年○月○日、○○様ご夫妻の長女として○○にて誕生しました。妹一人おります。中学から高校、大学と○○でありまして、ズーッといわば女の園で育った、汚れ無き純粋培養の女性なのであります。昭和○年に○○大学を卒業後、オッと優秀な成績で卒業後、○○に入社し、現在に至っております。しおりにも書いてありますが、イエス、ノーをはっきり言う性格で、てきぱきと仕事をする女性との評判であります。
 趣味は、旅行や音楽鑑賞、美術鑑賞などだと伺っておりますが、英会話をはじめとするレディースカルチャーに次々と顔を出してきたようで、現在も○○セミナーに通って教養を深めているところです。スポーツは、新郎と違って「タマ」を扱うテニスが上手と聞いております。

 さて、この建物「豊平館」は、北海道開拓史が1880年、明治13年11月に完成した洋風ホテルで、明治14年8月には明治天皇もお泊まりになったという由緒ある建物であります。国の重要文化財にもなっています。今年で113年。建物の立派さには目を見張りますが、今まで数多くの修理、修復をして参りました。
 お二人は今、幸せのまっただ中ですが、これからの人生は幾度と無く荒波にぶつかり、いくつものほころびが生ずることでしょう。これを修理、修復しながら、この豊平館のように、内装・外装とも立派な家庭を気づいていって欲しいと思います。本日ご列席の皆様には、お二人に対するますますのご愛顧、ご鞭撻をお願いして、媒酌人の挨拶いたします。


5.O君・Tさんの場合
 恒例により、お二人の生い立ち、人となりを紹介いたします。
 新郎のO君は、昭和○年○月○日、○○様ご夫妻の次男として○○にて誕生しました。男ばかりの3人兄弟で、既にそれぞれ立派な社会人として活躍しているところです。昭和○年に○○に入学し、土木の勉強を続け、在学中に国家公務員試験Ⅱ種に合格、昭和○年卒業と同時に北海道開発局に採用になりました。直ちに○○研究室に配属になり、現在に至っております。
 趣味は美術館にわざわざ出かけるほどの美術鑑賞マニアであり、その他科学雑誌を読むのが好きということです。スポーツは、テニス、サッカー、野球その他何でもこなすスポーツマンですが、就職後に始めたテニスが今回の結婚の赤い糸になりました。
 ご覧の通りのイイ男でありますが、仕事に熱中するとまったく周りのことが目に入らない状態となり、挨拶しても話しかけても返事が返ってきません。しかし普段は人見知りしない、悪く言えば馴れ馴れしい男でありまして、話をすればピントが少しずつずれるという特技を持ち合わせております。要するに、天然ボケなのであります。

 新婦のTさんは、昭和○年○月○日、○○様ご夫妻の長女として○○にて誕生しました。弟さんが一人おります。○○の小学校、中学校そして○○高校を経て、昭和○年に○○の和裁科に入学。卒業後は○○に就職、また平成○年には○○の臨時職員として採用され、今年の春まで○○の仕事をしておりました。
 趣味は、新郎と同じく美術鑑賞そして読書でありますが、スポーツはテニスが得意で、新郎と同じくらいの腕前と聞いております。性格はまじめで、良く気がつき、とにかく世話焼きだということです。犬が3匹という動物好きでもあります。

 さて二人のなれそめは、テニスであります。新郎は研究所に配置後にテニスを覚え、研究所のテニス愛好会にも入りました。その愛好会を取り仕切る○○さんが○○地域のテニスサークルにも入っていて、たまたま新婦もそのサークルに入っておりました。平成○年の冬、愛好会とそのサークルが合同でテニスの練習を始めました。その後何度か合同の練習を繰り返し、ときには一緒に飲みに行き、そしていつかこの「天然ボケ」と「世話焼き」が意気投合し、そして今日の良き日を迎えたというストーリーなのであります。
 人生に楽あれば苦ありです。二人はこれから何度となく人生の荒波にぶつかることでしょうが、テニスのダブルスのように、息を合わせて困難に立ち向かっていって欲しいと願う次第です。


6.M君・Sさんの場合
 新郎のM君は、昭和○年○月○日、○○様ご夫妻の長男として○○にて誕生しました。小、中、高校は○○ですが、自宅の近くには海、山、公園があり、朝から晩まで毎日徹底的に遊んでいたようです。このため成績はパッとしないが運動会はいつも1等賞でした。昭和○年に○○高校に入学、相変わらず勉強もせずスポーツに熱中しておりましたが、中学時代から何かのエンジニアになりたいという夢があり、昭和○年、○○大学の土木工学科に入学いたしました。在学中に国家公務員試験中級に合格しており、ホントは頭がよいのかも知れません。
 昭和○年に北海道開発局に採用になり、○○、○○などを渡り歩いて現在は当研究所の研究員として活躍しているところです。現在まで多数の論文発表を行っており、先日はイギリスの国際会議にも出かけて発表しております。

 新郎から頂いた経歴書がここにありますが、延々と自分のスポーツ歴を述べています。小学校では野球にサッカー、冬はスケート、中学ではスキーに卓球、高校では卓球で全道大会に出場、大学ではスカッシュなるスポーツサークルを自ら立ち上げ、大学4年生のときに団体戦で全国4位、その5年後に全国優勝したと書いてあります。社会人になってからは勤務地の○○にスカッシュなるハイカラなスポーツ施設がないものだから、今度はテニスに熱中。今は指導員の腕前になっています。最近は国際雪合戦、全道ドッジボール大会に参加。ホントに休む暇もない状態です。この男のエライところは、ほとんどのスポーツがプロ級の腕前で、始めたからには必ずモノにするということです。そして何と、ドッジボール大会では新婦のSさんをモノにしたのです。

 新婦のSさんは、昭和○年○月○日、○○様ご夫妻の長女として○○にて誕生しました。高校卒業まで○○で過ごしました。高校は新郎と同じく○○です。高校入学の頃、おじいさまが倒れて入院生活が始まり、そのお見舞いにいった病院で看護婦の働く姿に感動し、看護婦になる決心を致しました。昭和○年に○○看護学校に入学。それまで一生懸命に勉強した覚えがないそうですが、お父様が○○高校の数学の先生ですから、親譲りで頭が良いのです。看護学校では必死に勉強し、ついに看護婦国家試験に合格いたしました。平成○年、看護学校卒業と同時に○○病院に就職。現在は○○にて整形外科の看護婦として活躍しているところです。
 エレクトーンは幼稚園の時から始めて今やプロ級の腕前。新郎に負けず劣らずの勉強そっちのけ、スポーツ大好きの人間です。小学校では器械体操に木登り、中学ではバドミントン、高校でテニス、そして運命のドッジボールとなります。

 二人の馴れ初めは「しおり」に書いてありますように、昨年5月に開催された全道ドッジボール大会です。たまたま一緒にチーム合同の写真を撮り、M君のほうから写真を送るからと上手い具合にSさんの住所と電話番号を聞きだしたのが始まりです。M君は普段から用意周到、準備万端、好奇心旺盛な男でありますが、写真を送るのに電話番号まで聞き出すとは、SさんはまんまとM君の作戦にはまってしまったのであります。
 新郎のM君は、仕事はできる、スポーツ万能のホントにイイ男です。なのに浮いた話がありません。30歳までは結婚を考えずに一生懸命に生きる、というのが彼の信条でした。そしてその甲斐があって、プリティ&ビューティフルなSさんに巡り会えたのです。
 お二人の実家が同じ○○で、それもわずか1kmほどの距離で、高校が同じで、勉強しない二人、とまぁ因縁じみた話もありますが、実は新郎のお母様は看護婦さんなのです。従って、M君親子は2代に渡って看護婦さんに心を奪われたのであります。ホント、血は争えないのであります。


7.S君・Mさんの場合
(この二人の媒酌人挨拶は、残念ながらメモが残っていない。しかし、一部だけだが記憶にあるので以下に記すことにする。)
 皆さん、今日はホントに正真正銘お目出度いことなのです。何故かというと、今日は平成7年7月7日、7が三つ揃った日なのです。777でフィーバーなのです。パチンコファンなら泣いて喜ぶ数字です。それなのに、今日のパーティーは夜7時からで4つ目の7。さらにまだあります。私にとって7組目の仲人なのであります。何と今日は7が5つ。パチンコファンはもはや卒倒です。これはほとんど奇跡であります。こんなお目出度い日はないのであります。


8.T君の場合(来賓挨拶)
 今日は、彼がいかに優秀で、いかにドジであるかを紹介したいと思います。
 T君は、研究所で杭に関する研究に従事しておりました。簡単にいえば、杭が支える力を簡単に推定する方法を研究しておりました。ほぼ3年間の実験や調査を重ね、その成果を土木関係の学会である土質工学会北海道支部の技術報告会に発表いたしました。その結果、平成○年度の北海道支部賞を受賞いたしました。この支部賞は、毎年一人あるいは二人くらいしか受賞できない、大変名誉ある賞なのです。これが優秀の証その1であります。
 またT君は、遠心載荷試験も担当しておりました。この試験を行う遠心載荷装置というのは、宇宙飛行士が重力訓練を行うような装置で、上屋も入れて3億円ほど致します。東京から北にはない装置でもあり、今、世界でもっとも注目を浴びている装置でもあります。こんな凄い装置での試験をT君は任されていたのですが、この試験に関して日本でもっとも権威者とされる○○さんに、T君はどういう訳か可愛がられていたのです。昨年4月にT君を転勤させたときには、この○○さんに「何で、あんな優秀な男を転勤させるのだ」と怒られてしまいました。これが優秀の証その2であります。

 とまぁ、仕事は極めて優秀、スポーツ万能、顔はさておき性格がイイからみんなに好かれる。しかし、どうもドジ臭いところがあるのです。
 T君が初めて飛行機に乗ったのは、5年ほど前のことで、いきなり国際線のカンタス航空でした。私やT君を含めて研究室仲間7人がオーストラリアの観光旅行に出かけたのです。千歳空港の出国審査前の待合室で、彼はタバコ1カートンを買って来ました。外国に行ったら日本のタバコの値段が高いと聞いたらしいのです。しかし、今一歩出国手続きを終えれば、免税店が目の前で、そこで安いタバコを買えるということをに気がつかないのです。
 ゴールドコーストではバナナボートというソーセージのようなボートにまたがって、モーターボートで引っ張ってもらう遊びをしました。不安定な上に、猛スピードで旋回しますので、何度も海にたたき込まれます。T君はくたくたになり、ほとんど死ぬ寸前。口も利けない状態となりました。
 写真を撮ると、T君一人だけ目が赤く写ります。色も黒いし、付いたあだ名が「東南アジアのT」。そして無事に帰ってきた千歳空港。みんな税関を通って出てきたのに、一人T君が出てこない。しばらくしてから今にも泣きそうな顔でトボトボと出てきました。聞けば、向こうで買ったポルノ雑誌を税関に見つかり、始末書を書かされたということです。T君の名誉のために弁解しておきますが、単にヘアが見える程度の雑誌で、今ならまったく問題にもならないモノですが、当時はまだヘア解禁前でした。


9.Y君・Mさんの場合
 新郎のY君は、昭和○年○月○日、○○家の長男として○○にて誕生。高校卒業まで○○で過ごしました。小学校では野球とスケート、それに放送局。中学校ではサッカー、そして放送局。現在の彼はスポーツ万能ですが、良くしゃべりまくる、まぁうるさい男です。その性格は小中学校時代の放送局と関係がありそうです。中学の頃はちょっと不良で、英語は絶望的、その他の科目もギリギリ。つまり成績は極めて悪かったようです。
 ところが○○高校の土木科にはいった途端、成績はいつも1~2番。よほど土木が性にあっていた様です。高校入学時にお父さんから自転車を買ってもらい、これに夢中になります。全道の自転車競技に学校をさぼってまで出場し、上位入賞。最近もツールド北海道のアマチュア部門に出場して、3回も2位という成績です。
 高校卒業後は、大学の推薦枠から漏れたため就職の道を選びますが、公務員試験に合格していたため、親の薦めもあり、北海道開発局に入ります。仕事の傍ら国家公務員試験Ⅱ種の勉強をして見事合格。普通、高卒でⅡ種は合格しませんから、ホントは頭がいいのかも知れません。大学への憧れもあり、ついに夜間に行くことに決心。現在研究所で研究業務をこなしながら、夜○○大学の2部に通っています。
 性格は極めて明るく、頑張り屋で、みんなから好かれる好感の美青年ですが、スケベだという噂です。昨年、彼と一緒に仕事でオランダへ行って来ました。アムステルダム、ロッテルダムなど街がありますが、この「ダム」は、ダムで囲まれた街なのでそういう名前が付いているのですが、彼は「ダムというのは、日本語と同じなんですね」と訳の分からないことを言っておりました。やっぱり英語は絶望的のようです。

 新婦のMさんは、昭和○年○月○日、○○家の長女として○○で誕生。兄一人。高校まで○○。成績のほうは教えてくれませんが、今日はおめでたい席なので、一応成績優秀ということに致します。平成○年に○○大学に入学。在学中に幼稚園教諭2種免許、すなわち保母資格を取りまして、卒業とともに幼稚園の保母さんになりました。
 小さいときから音楽に親しみ、何と民謡を歌い、三味線を弾くことができるそうです。小学1年からはエレクトーンを習い、高校のときにはヤマハエレクトーンの全道大会にも出場しています。就職後はジャズダンスに通い、私は良く知りませんが、ジャズダンス・ナウに出場したとか。何ですかねコレ。とにかく子供が好きで、幼稚園の先生になってからは、毎日がとっても楽しいそうです。

 二人の馴れ初めは、皆さんの手元の「しおり」にも書いてある通り、Y君が職場のサッカーの試合で足首の靱帯を痛めて入院中に、Mさんのお父さんと同じ病室になり、それが縁で結ばれたのです。独身の皆さん。靱帯を痛めて入院することをお勧めいたします。うまくいくかどうかは知りませんが、これがホントの人体実験、です。
 二人は今幸せの絶頂にありますが、これからの人生いろんなことがあるでしょう。でも大丈夫です。今や二人。二人でぶつかれば、靱帯を痛めることもなく、荒波を乗り越えることができるでしょう。


10.Y君・Kさんの場合
 新郎のY君は、昭和○年にY家の次男として○○にて誕生。お父さんが北海道開発局に勤務されていまして、仕事柄、各地を転々としました。小学校、中学校は○○、高校は○○です。高校時代にバスケットボールやソフトボールに熱中したせいで、高校卒業後空白の1年を作りましたが、昭和○年に○○大学土木工学科に見事合格。土木を選んだのは、お父さんの影響であり、また人の役に立つ仕事がしたい、できれば公共的な仕事をしたいと考えたためです。大学卒業後さらに大学院修士課程に進み、平成○年に修了。同年4月に北海道開発局に採用になりました。親子2代の開発局職員です。大学時代の専門分野をかわれて、現在は研究所の○○研究室で○○の研究をしております。
 ゴルフ、野球、ボーリング、ドライブが好きで、血液型は親分肌といわれるO型です。

 新婦のKさんは、昭和○年に○○家の長女として○○にて誕生しました。昭和○年に○○市に移り、以来ズーッと○○にお住まいです。小中学校を経まして高校は○○。高校3年間は、地域のボランティアサークルでの活動、たとえば、子供会のお世話やヘルパーなどをしておりました。この頃から人の役に立ちたいという意識が高まり、高校卒業後、○○産婦人科に勤務しながら看護学校に通い、平成○年に准看護婦の免許を取りました。引き続き○○産婦人科に勤務し、現在に至っております。
 手芸(パッチワーク)やケーキ作りが好きということです。勤務時間外には、ロータアクトクラブでボランティア活動を続けており、とにかくエライ、と叫びたくなるような人です。ちなみに血液型はAB型で、頭が良い血液型です。私もそうですから間違いはありません。

 お二人の馴れ初めは、平成○年、新郎がまだ大学の4年のこと、○○市で友人の紹介で初対面。Kさんが看護婦さんと知ってもう夢中になりました。二人とも「人の役に立ちたい」という共通の心がけを持っていますから、意気投合したのも自然の成り行きです。それから5年と7ヶ月、やっとY君に結婚費用ができたし、それなりに一人前の社会人になった。というわけで、今日の結婚と相成った次第です。
 人の役に立ちたいという心がけの二人、そのお二人を育てたご両親がホントは一番エライと思いますが、これからは二人三脚で一層の力を発揮するものと思います。ご参列の皆様にも、お二人の明るい未来のために、末永いご指導、ご鞭撻をお願いする次第であります。


11.E君・Kさんの場合
 新郎のE君は、昭和○年にE家の長男として○○にて誕生。お父さんが○○市役所に勤務しており、今日までズーッと○○に在住しております。平成○年に○○大学土木工学科に入学。在学中に国家公務員試験Ⅱ種に挑戦し、見事合格。○○大学ではこのⅡ種に合格するのは毎年2~3人程度なので、この男はホントに優秀なのです。平成○年に大学卒業と同時に北海道開発局に採用され、研究所○○研究室に配属。現在に至っております。
 趣味はドライブとパソコン。1年に3万kmも走るそうで、ガソリン代が月に3万円だそうです。何をしているものやら。
 新婦のKさんは、昭和○年に○○家の長女として○○にて誕生。兄一人。お父さんが○○銀行に勤務されていて、一度○○に転勤しましたが、また○○に戻って参りまして、昭和○年に○○の専門学校に入学。卒業後は○○の臨床検査センターに入社しました。そこで臨床検査技師の資格を取得しまして、昭和○年に○○解析センターに入社。今年の春に退職し、花嫁準備をしてきたところです。
 趣味はアマチュア無線で、昨年、1級の免許を取得しました。またパソコンも趣味の一つで、これが二人を結ぶ赤い糸になったのです。

 二人の馴れ初めは、昨年8月の電子メールの交換から始まりました。昔でいえば、文通です。電子メールでは相手がどんな人か、どこに住んでいるのか、などまったく分かりません。ときには男なのに女性の振りをしてメールの交換をするとんでもないヤツが居たりします。これをインターネットのオカマ、略してネカマ、といいます。とにかくこの二人、相手の素性も知らないのに、メールの交換を続けました。そしてあるとき、メールのやりとりの中で、お互いの家が歩いて5分もかからない所にあることを知ります。そこで、実際に外で会うことにしました。これをオフラインミーティング、といいます。
 大抵は、相手が自分の描いていたイメージと違って、長続きしないものですが、この二人、すっかり意気投合。今日の結婚式となった次第です。
 このようにインターネットで知り合った二人を、ハイパーカップルといいます。まったくもって時代の先端を行く二人です。しかし、人生にはいくつものトラブルが待ち受けております。パソコンなら簡単にリセットできますが、現実の社会はそうも生きません。参列者の皆様、お二人の末永い幸せのために、ご指導、ご鞭撻をよろしくお願いいたします。


12.Oさんの場合(来賓挨拶)
 私は、新郎とも同じ職場におりましたが、今日は新婦Oさんの職場を代表して祝辞を述べたいと思います。このような場合、新婦がいかに素晴らしい人か、思いつく限りの褒め言葉を連ねるのがジョーシキであります。そこで沢山の美辞麗句を考えていたところでありますが、ただいま、媒酌人から、私の考えていたところをすべて先に紹介されてしまいました。今、私はパニック状態に陥っております。
 そこで来賓挨拶の第2の方法は、故事ことわざ、格言など、うんちくのある話をすることです。ところが不幸なことに、この手の話は私自身、好きではありません。そこで、うんちくの変わりに「ウンチ」の話をして、Oさんを称賛することに致します。

 Oさんは、研究所に来てから7年になりますが、主たる研究テーマは「土壌の微生物に関する研究」です。土の中の細菌、カビなどを調べて、健康な土をいかに造るか、究極的には、農産物の持続的な確保が目的であります。この研究テーマは現在「肥培灌漑」という形で発展してきております。
 ご承知の通り北海道は酪農王国ですが、酪農地域では膨大な量の家畜糞尿がでてきます。今その処理が問題となっています。そこで、この糞尿、つまり家畜のウンチを液体状にして畑に散布する、これを「肥培灌漑」といいます。これによって家畜糞尿の有効利用が図られ、畑の生産性が上がり、畜舎周辺の環境保全が図られるという、いわば一石三鳥が期待されるわけです。
 今や21世紀に向かって食糧増産、環境保全は、人類すべての課題です。その一翼を担っているのが新婦Oさんであります。一昨年には、このウンチに関する国際会議が札幌で開催されましたが、Oさんは裏方やら研究発表やらで大活躍を致しました。また昨年はオーストリアに2週間のウンチ調査にいっております。まことに将来が期待される研究者なのであります。
 Oさんは、ウンチの散布された畑に出かけて土壌の状態を調査しますが、少量のウンチを研究所に運んで室内実験も行っています。このときは異様なニオイが実験室に立ちこめるそうです。多分、時々は新婚家庭にもこのニオイを運ぶことになるでしょう。そのときは新郎のH君、温かい目で迎えてあげてください。世界のため、人類のためなのですから。
 それから、新郎の血液型はA型ですが、新婦はAB型で、これは頭脳明晰で合理的という素晴らしい性格の持ち主です。私もAB型ですから間違いはありません。タダ、少しばかり気難しいところがありますから、取り扱い注意です。彼女とけんかしたり、泣かせたりするようなことがありますと、ウンチの研究が遅れます。是非、彼女を幸せにしてあげてください。人類を代表してお願いいたします。

Ⅳ 紀行文

ロンドン便り(第1報)               (土試月報1978.12月号)
ロンドン便り(第2報)               (土試月報1979.2月号)
ロンドン便り(第3報)               (土試月報1979.4月号)
ロンドン便り(第4報)               (土試月報1979.7月号)
ロンドン便り(第5報)               (土試月報1979.10月号)
ロンドン見聞                 (「しけんじょ」No.15、1981.1)
スコットランドを走る          (コンサルタンツ北海道No.40、1983.6)
雨のオスロの物語                (HOPPOKEN、No.99、秋季号)
インドの印象                    (土試月報1987.3月号)
初めての中国                    (開土研月報1988.9月号)
サハリン事情                    (開土研月報1993.10月号)
三度目の中国                     (2000.11、ROMEC回覧文)

Ⅲ その他の投稿文

Ⅲ その他の投稿文

親父の写真とパチンコ                   (局報No.578、1987.3)
1991年頭所感               (コンサルタンツ北海道No.63、1991.2)
ハード屋のタワゴト               (「けんきゅうじょ」No.29、1993.1)
地質調査業に望む                (1993.9、全地連30周年記念誌)
モンローの気構え             (道路五月会会報「薫風」第1号、1997.5)
21世紀の技術者              (コンサルタンツ北海道No.93、2001.3)

Ⅱ 1,600字程度のエッセイ集

Ⅱ 1,600字程度のエッセイ集

資格のススメ                     (開土研月報1992.9月号)
等身大の機械                     (開土研月報1993.9月号)
近頃の発表論文を見て思うこと             (開土研月報1994.9月号)
ガイア仮説                      (開土研月報1995.9月号)
左のすそ野                      (開土研月報1996.7月号)
ルサンチマン               (コンサルタンツ北海道No.80、1996.11)
インフォームド・コンセント              (開土研月報1997.7月号)
上っ面の判断をする前に                (開土研月報1998.2月号)
アテンション仮説                   (開土研月報1998.5月号)
輝きのとき                      (開土研月報1999.3月号)
2000年の年頭所感                   (開土研月報2000.1月号)
活字と映像の効果的活用術               (開土研月報2001.12月号)
価値観の崩壊                             (未発表)

プロフィール

Author:能登繁幸
「ちょっと斜にかまえたエッセイ集」の第1集、第2集、第3集、ならびに毎週発信の「新能登メール」を収納。

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