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123.脳化指数

皆さまお早うございます。
雪、降りませんね。札幌は記録更新しそうです。まあそれでも今週は間違いなく各地で初雪だと思います。ご自愛下さい。

新能登メール(123):脳化指数 送ります。(やや長文)

先週金曜日のニュース。今年の「実用数学技能検定」(通称、数学検定)で、小学5年生(11歳)が1級に合格したそうだ。史上最年少である。この数学検定1級のレベルは大学程度・一般であり、合格率は何と9.4%という難関。問題は多変数関数などの解析分野、行列や初等整数論などを含む線形代数、相関係数や回帰分析を扱う確率統計、アルゴリズムの基礎などだそうだが……、「何のこっちゃ!!」。

「偏差値」なるものを知っているだろうか。その数値で、大学の入学試験における合格可能性をあらかじめ予想することができるらしい。記憶をたどれば、昔は偏差値を確かSSといっていた。旺文社の全国模擬試験というのがあって、各科目ごとにあなたのSSはいくらと書いてあったように思う。その「偏差値」だが、簡単に言えば、ある試験の結果を平均点が50、標準偏差が10となるような正規分布になると仮定する(理解せずとも、何やらそんなことをしているらしい、と右から左、スルーして下さい)。だから真ん中(平均)は50で、そこからどれくらい離れているか、それが「偏差値」なのだ。偏差値60であれば、平均より10上回っていて、統計学的に「全体の中で上位から15%に入っている」ということを意味する。偏差値70(あるいは30)ならば全体の2%、80(あるいは20)ならば0.1%、90(あるいは10)ならば0.003%。これは受験生100万人いれば、偏差値90以上の超秀才が30人いる、ということである(とんでもないバカが30人いるということでもあるけれど)。計算上は偏差値100というのがあり、これは全体の0.00002%で、500万人に一人、ということだ。中国やインドなら偏差値100を超える人がいるのかも知れない。

知能指数というのもある。Intelligence Quotientの頭文字を取って一般にIQと言われる。ハリウッドの女優ジョディ・フォスターがIQ132で「チョー頭が良い」ことを我々の年代ならみんな知っている。IQ130以上は統計的に全人口の2.28%だというから、上述の偏差値70とほぼ同じである。知能指数の算出は2種類の方法があり、一つは上述の偏差値算出と同様で、違いは平均値(中央値)が100、標準偏差が15前後と定義されている。したがってIQが85~115の間に68%の人が収まり、70~130の間に95%の人が収まる。もう一つの知能指数は「精神年齢 ÷ 生活年齢 × 100」の式で算出される。知能指数は100に近いほど出現率が高い(人数が多い)。年齢にふさわしい知的レベルにあるかどうか、を問うているらしい。IQと学力は比較しにくいので、受験の合否予想には用いられていない。

脳が大きいと「頭が良い」かというと、これが簡単に比較はできない。マッコウクジラの脳は8キログラムもあり、ヒトの6倍もある。けれどヒトよりマッコウクジラが「頭が良い」とは思えない。そもそも体重が大きくなると脳も重くなる傾向にある。そこで1973年にアメリカの心理学者ハリー・ジェリソンが動物の知性を比較するための指標として「脳化指数」EQを提案した。最初はEQ = [定数] × [脳の重量] ÷ [体重]^(2/3)であったが、より詳しい解析の結果べき指数は3/4に変更された。

700万年前、チンパンジー類から分かれた頃の人類の脳化指数は約2.1であった。その頃一番脳化指数が高い動物はイルカで約2.8であるが、150万年前のホモ・エレクトスの時代に人類はイルカの脳化指数を超えた。現在のヒトの脳化指数はおよそ5.1で、脳の大きさは1350ccである。ところが昔の人類であるネアンデルタール人の脳容量は1550ccもある。だからといって今のヒトより「頭が良かった」とは思われない。つまり、ヒトという種の中では、脳の大きさと知能のあいだにははっきりとした関係はないらしい。あなたの周りにも頭のデカい人がいるだろう。あるいは小顔の人がいるだろう。けれど安心して欲しい。顔の大きさと知性は関係ないのだ。アインシュタインの脳が平均より小さかったのは有名な話である。数学検定1級の少年だって、まだ脳は小さいに違いない。
(記憶する必要がなくなると、脳が小さくなるといわれている。将来、ITが発達すれば脳化指数は減少するのではないだろうか。いずれ小顔が増えるかも知れない。)
(一部、更科功「絶滅の人類史」(NHK出版新書)を参考)

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122.痛いの痛いの飛んでけ

皆さまお早うございます。
冬タイヤに交換しました。いや、実際は、スタンドに行ったら、6年前のタイヤですから是非新しいのに換えて下さい、と言われ、イヤひと冬200kmも乗らないからこれでいいのだ、と抵抗したものの、命に関わりますと半ば脅されて、やむなく新しいタイヤを購入した次第。溝はしっかりしているがゴムが固くなって滑りやすくなるのだとか。ホントなのだろうか。タイヤメーカーの陰謀のような気がする。

さて、新能登メール(122):痛いの痛いの飛んでけ を送ります。なお、来週は、技術士全国大会(郡山)参加のため、新能登メールはお休みします。

うさぎのノンタンとタータンが遊んでいます。「これは僕の赤い自動車。タータンは乗っちゃダメ」とノンタンが妹のタータンを突き飛ばしました。タータンは転んで膝小僧をすりむき、大泣き。ノンタンは責任を感じて「いたいのいたいの、あっちのお山に飛んでけ~」と「痛いの」を飛ばします。「痛いの」をペチャッとくっつけられた山は怒ってタータンを食べようとします。ノンタンは大慌てで「痛いの」を海に、次には空の(宇宙の)かいじゅうに飛ばしました。(やや中略して)タータンの「痛いの」はなくなりました。

ご存知(といっても孫のいない人には分からないだろうが)「ノンタンいたいのとんでけ~☆」という、我が孫が大好きな絵本なのです。この「痛いの痛いの飛んでけ~」というおまじない?は、皆さんも小さい頃に何度も親がやってくれたし、大人になってからは子どもに、そして孫に何度もしてあげているのではないでしょうか。

先週の「新能登メール(121):どんなふうに痛いのか」を送信直後に「今日の能登メールで思い出しました。『痛いの痛いの飛んでイケー!!』のコマーシャルで10ケ国の言語で表現しているものがあったよね」という返信がありました。どんなCMか私自身は知りませんが、ネットで調べると「痛いの…」は世界各地で似たような言い回しがあるようで、以下2~3紹介しましょう。
〇アルゼンチン(スペイン語)「Sana, sana colita de rana, sino sana hoy, sanara manana.」(なおれ、なおれカエルのおしり。もし今日なおらないなら明日なおれ)。
〇フィリピン(タガログ語)「Aray aray umalis ka」(痛いの痛いのどこかいけ)。
〇アメリカ(英語)「Pain, pain go away」(痛いの痛いのどこかいけ)つづけて「come again another day」(別の日に戻ってこい)ということもあります。英語は他にも「Kiss it better!」(チューすると痛みが良くなるよ!)、「make it go away」(どっかに飛ばしちゃおう!)、「There, there」(あ~よしよし<抱きしめながらいう>)
〇中国(中国語)「不疼了・不疼了」(ブタンラ・ブタンラ)あるいは「不痛了・不痛了」(ブトンラ・ブトンラ)で、単に「痛く無い、痛く無い」と言うだけ。どこかに飛ばしたりしません。

不思議なことにこれで子どもが泣き止むのです。んなバカな、とお思いでしょうが、科学的に証明されてもいるのです。痛いところを撫でると、痛みを抑制する何とかという細胞が増加し、実際に痛みが和らぎます(痛いところに手を当てると痛みが幾分低下します。「手当」の由来でもあります)。また、痛いところを優しく撫でる行為は親の愛情を子どもに確認させる効果があり、不安が鎮まり間接的に痛みが和らぐのだそうです。「プラセボ効果」(ニセの手術、儀式、薬による治療効果)に近いともいわれています。さて、ノンタンの絵本では「痛いの」は最終的に宇宙の怪獣が食べましたが、皆さんの家庭では「パパのところに飛んでけ~」とか「ジータンのところに飛んでけ~」と言って、パパやジータンが「ギャ~」と痛がってみせる、それが良いと思います。その痛がる様子を見て子どもや孫は痛みを忘れ、きっと笑ってしまうに違いありませんから。

121.どんなふうに痛いのか

皆さまお早うございます。
先週土曜日、携帯電話、スマホの警報が何度も鳴って、大変だったそうですね。私その頃飲み友達と秋田。きりたんぽ、いぶりがっこ、比内地鶏、稲庭うどん、そして新政12種類を飲んできました。そのせいで2kg太りました。楽しい大人の、イヤ年寄りの修学旅行でした。

新能登メール(121):どんなふうに痛いのか 送ります。

孫がこの4月から保育園に通うようになってから、しょっちゅう鼻水、咳、発熱などを繰り返した。ときには泣く。弱く泣いたり、激しく泣いたり、様々なのだが、まだ1歳と少し。何も話せずただ泣くだけ。小児科に行っても、医者は見た目で判断するしかない。大概は「風邪ですね」で終わりなのだが、まれに「中耳炎です」とか「突発性湿疹のせいですね」といわれることもあるが、本当かどうか怪しい、と常々思っている。その孫もやっと免疫がついたらしく、最近は元気いっぱいに走り回っている。

具合が悪くて病院に行った際は、適切に医者に症状を伝える必要がある。「適切」とは、いつ、どこが、誰が(たいてい本人のことだが)、これこれのせいで(原因不明の場合が多いが)、どのようになり、今現在はどのような症状にあるのか、を伝えることで、まさしくご存知の「5W1H」なのである。特に「痛み」を正しく伝えることが診断や治療に効果的なのである。誰にも記憶があると思うが、ズキスキ痛む、シクシク痛む、ヒリヒリする、ズーンと痛む、などの擬態語(オノマトペ)で痛みを表現することが多いが、実はその表現によってどこがどれくらい悪いのか、医者はかなりの精度で判断できるのだそうだ。

カナダのモントリオールに1821年創立のマギル大学というのがある。もちろんカナダ最古の大学だが、世界大学ランキングでトップ20に入るほど有名なのだそうだ。1975年、その大学のメルザック教授が痛みに関連した多数の単語(形容詞)を分類した質問表を提案した。例えばbeetingどきんどきんする、cutting切り裂かれるような、pinchingつねられるような、という具合で、何と78もの形容詞が並んでいる。それはあまりにも多すぎるだろうということで、1991年、マッカフェリイ教授が簡易型を提案した。形容詞の数はわずかに15語で、以下に示すとおりである。
throbbing ズキズキ(拍動痛)
shooting ビーンと痛みが走る(電撃痛)
stabbing 刃物で刺すような(穿刺痛)
sharp スパッと切るような
cramping しめつける
gnawing かみつかれるような
hot-burning熱い-灼けるような
aching 疼くような
heavy 重苦しい
tender 触れられると痛い
splitting 割れるような
tiring-exhausting 疲れる、疲れ果てる
sicking 気分が悪くなる
fearful おののくような
punishing-cruel こりごりする、むごたらしい

加えて痛みの強さを知るために、最大10としてどれくらいの痛みか、を問う方式も併用されている。上記の質問票の単語(形容詞)は、実は国の文明度、文化、環境などで微妙に受け取り方が異なり、今はまだ普遍性に欠けるといわれているが、グローバル化で人の動きが広まる中で、いずれ共通の「痛みの表現」が定まるものと思われる。海外旅行する予定の人は、万が一に備えて上記の「痛みの形容詞」をコピーして持参することをオススメする。

120.企業の不祥事が多すぎる

皆さまお早うございます。
先週はマフラー、今週はベスト着用、来週あたりは薄手のコートだな、という具合に日々寒さを感じる時季になりました。来週はタイヤ交換もしようかと考えています。各地で雪虫が飛んでいるそうなので、冬間近。

新能登メール(120):企業の不祥事が多すぎる を送ります。

「あなたのご愛用の車両は助手席側のエアバッグ展開時にインフレータ容器(膨張装置)が破損するおそれがありますので、交換いたします」の手紙。我が愛車は日産セフィーロ(今では古い車に属するが、16年目でまだ5万kmも走っていないからエンジンは新車同様なのだ、多分)。日産はひと頃、無資格審査員が最終審査を行っていたとかでマスコミで叩かれた。今回はそれとは関係ないようだが、連絡が来た以上、放っておく訳にもいかない。迷惑な話だが指示に従い、会社を半日休み、車を工場に持ち込んで部品交換をしてもらった。

それにしても近頃、企業の不祥事がやたらと世間を賑わしていないか。神戸製鋼所の検査データ改ざん、三菱自動車のデータ改ざん、タカタの欠陥エアバッグ、東芝の不正会計、スバルのブレーキ検査不正、そして最近は東洋ゴム工業に続き、油圧機器メーカーKYBによる免震・制振装置の検査データ改ざん。多くは人命に関わる内容であり、最悪を考えるとぞっとするハナシである。それらの多くは「法に触れる」行為だから「法で裁く」ことができる。法で対処できるものは「倫理」の対象ではない。しかし、「法に触れる」ことを知りながら何らの行動を取らないというのは「倫理」に関わることだと思う。

企業の倫理レベルは4段階である(出典は月刊「技術士」2004.9の小林征男氏の報文であったと思う)
第1水準:法に触れても発覚さえしなければ得になることをする。
第2水準:法に触れさえしなければ何をしても良い。
第3水準:法令を遵守し、社会の共感を得られるように行動する。
第4水準:人類の発展、環境保全、社会貢献を意識して行動する。

第1水準はブラック企業の倫理レベルであり、大企業ともなると「バレなければ何をしても良い」といったとんでもない経営方針は本来あり得ない。それなのに近年の不祥事は見事に第1水準に当てはまる。まさしく呆然である。次のレベル、第2水準の根底にあるのは「倫理」は儲からない、利益を生まない、ということである。法令遵守だけで十分という考え方である。しかし、「法に触れない」けれど常識的におかしい、感覚的に変だ、人間として間違っている、といった事例は数多くある(例を示したいが思いつかない!)。その結果例えば不買運動につながったり、悪い噂が邪魔をして売り上げが減少するなど、不利益を蒙ることが生じる。つまり「倫理」は儲からないけれど一歩間違うと不利益を産むこともある、ということである。さらなる第3水準、第4水準ともなると、企業の社会的責任(CSR)を果たす会社として認められ、大衆から尊敬の目で見られるようになる。

とはいえ、企業間での熾烈な競争がある。競争に立ち向かうには適切な人員管理、外注化、効率化が必要となる。これらの問題を効果的に解決しながら企業の長期的な発展を目指すには、経営者、管理者、社員がそれぞれの立場でCSR(企業の社会的責任)を意識し、価値観を共有していくことが重要となろう。ときにはしらふで、ときには酔いながら、議論を続けていきましょう。

119.余震に注意

皆さまお早うございます。
めっぽう寒くなってきましたが、体調万全ですか。私は風邪を引いたような、そうでないような、何かしら不調、といった数日が続いていて、歳のせいかと半分諦めつつ、いろんな薬を飲んでいます。お酒が旨い、という日が来ることを期待しつつ…。

新能登メール(119):余震に注意 送ります。

2018年(平成30年)9月6日3時7分59.3秒、北海道胆振地方中東部を震源とするマグニチュード6.7の地震が発生した。最大震度は7で、この震度階は北海道では初めての観測である。気象庁は同日、この地震を「平成30年北海道胆振東部地震」と命名した。同日午前5時過ぎ、気象庁は緊急の記者会見を開き、地震津波監視課長は「今後1週間程度は最大震度6強程度の地震に注意が必要だ」と報じた。さらに「特に2~3日程度は大規模な地震が起きやすいので注意して下さい」とのコメントも付け加えた。

Lineやfacebookなどのsnsには「東日本大震災や熊本地震では、翌日もしくは2日後に本震が発生している。今回もその可能性が大きい」といった情報が拡散した。それらの情報に接して、我が家ではどうしたかというと、どうしようもない。注意のしようがない。とりあえず断水が心配で風呂に水をため、散乱したコップの破片を拾い集める作業に集中した。翌日もしくは2日後に本震が発生するかも知れない、という可能性は確かにある。そういった事例が過去にあるからだ。ならば今回は、というと、根拠はまったくありはしない。地震予知の研究はそこまで進んでいない。というか、地震予知は不可能とさえいわれている。前にも書いたが、この程度の地震がこのあたりで何年以内に発生する可能性がある、とは言える。しかし、いつどこでどれくらいの地震が「発生する」とは言えない。「2日後にこの場所で本震が発生する」など、どんな偉い先生でも言えるはずがない。そんなわけで私自身はsnsの情報をまったく信じなかった。

地震発生から1週間が経った13日、気象庁は記者会見を開き次のように発表した。「発生当初に比べて最大震度7程度の地震が発生した箇所において同程度の地震が発生する可能性は低くなりました。地震の発生数は緩やかに減少していますが、地震活動は依然として活発な状態ですので、今後1週間程度、最大震度5弱程度以上の地震に注意して下さい」。さらに「強い揺れを伴う地震がいつ発生してもおかしくありませんので、家具の固定など日頃からの地震への備えを心がけてください」とも述べた。

発表内容に非の打ち所がない。まず「最大震度が発生した箇所」で同程度の地震が発生する「可能性は低い」といい、そのくせ「今後1週間程度、最大震度5弱程度以上の地震に注意して下さい」というのだ。最大震度5弱程度の地震が「発生する」とは言っていない。単に「注意して下さい」なのだ。さらによく見ると「最大震度5弱の地震」ではなく「5弱程度以上の地震」と言っている。万が一ドデカい地震が発生したとしても、この一文で逃げられる。付け足しの「家具の固定」など一般論であり、わざわざ気象庁が言うまでもない。されどタンスが倒れてケガをしたとき、「だから言ったでしょう」と得意ヅラができる。

地震発生から1週間ほどは「学識経験者」なる大学の先生たちが多数テレビに出演した。誰もが「しばらくは同程度の地震が起きる可能性がある」と言った。確かに震度4とか3の地震は何度かあったが、あれから3週間、幸いにして「同程度」はなかった。「同程度」が起きなくて良かった。しかし「学識経験者」を信じ、「同程度」の襲来に恐怖感を抱き、不安な毎日を送ってきた住民に、「学識経験者」は何と応えるのだろうか。「同程度」が起きなくて良かったね、では済まされない。万が一の責任は取りたくないもんで、無責任なことを言いました。学術的に未知なことが多いものですから、ついオーバーに言う癖がついているのです。すいませんでした。と謝罪した人がかつていただろうか。

(と非難的に書いたが、10月5日午前9時頃、日高中東部を震源とする震度5弱の地震が発生!スマホの緊急地震警報が鳴り響いて、ビックリ、そして恐怖感。ほぼひと月後なのに「同程度の地震発生の可能性」を信じた方が良いのだろうか、とやや弱気になってきた。)



プロフィール

Author:能登繁幸
「ちょっと斜にかまえたエッセイ集」の第1集、第2集、第3集、ならびに毎週発信の「新能登メール」を収納。

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