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筆記具レクイエム

 ふと気がつけば、最近、鉛筆を使った記憶がない。イヤ、文章を書いていないというのではない。このところ文章はもっぱらパソコンで作っている、ということだ。ときには書類への記入やメモを取るために筆記具を使うが、使うとすればシャープペンシルかボールペン。それも圧倒的にボールペンのほうが多い。
 いずれの日か、この鉛筆やシャープペンシルは記憶の彼方となり、やがて忘れ去られるのだろうか。ヨーシ、しからば鎮魂のために、鉛筆とシャープペンシルの輝かしい日々を書き残しておこう、と思うのである。

1.鉛筆
英語でwood cased pencil、日本では略して単にpencil。語源はラテン語の「ぺニシラム(しっぽ)」。古代、文字は鉛を動物の皮などにこすって記述した。初期の筆記具は鉛の棒を毛で包んだものであり、その形がしっぽに似ていたところから名づけられたという。
 さて、ときは1564年。エリザベス王朝時代のイギリス、カンバーランド山脈のボローデル渓谷というところで、良質の黒鉛が発見された。この黒鉛の塊(通称、石墨)を紙にこすると鮮明な黒い文字を書くことができる。しかし黒鉛をじかに手に持つと手が汚れる。そこで、これを木に挟んだり布で巻いて筆記具として使うことになった。この筆記具は当時のヨーロッパに一大センセーションを巻き起こした。
 それから150年あまり、ボローデル渓谷の黒鉛もすっかり堀りつくされてしまった。そこで黒鉛に代わるものはないか、各所で様々な研究が進められた。特にフランスは当時、イギリスとしばしば交戦していたために鉛筆がなかなか手に入らない。その頃コンテという人が、黒鉛に粘土を混合して高温で焼き固め、鉛筆の芯を作る方法を発明した。1804年、帝位についたナポレオンはさっそくコンテを召し抱え、鉛筆製造を行わせたという。コンテの発明は現在の鉛筆芯製造方法の基礎となっている。
 ところで、黒鉛は炭素の結晶。金属の鉛とは全く別物である。外観が似ているので「黒い鉛」すなわち黒鉛と呼ばれた。本来「黒鉛・筆」と言うべきなのに単に「鉛筆」としてしまったために、鉛筆の芯に鉛が入っているかのように思われているが、全くの誤解である。鉛筆をナメったら体に悪いからダメ、と小さい頃言われたが、全く問題はないのである。

2.万年筆
 鉛筆ができる前の筆記具は鵞ペン(羽ペン)が主流だった。ご存じ鷲の羽根の先を尖らせたもので、羽根の先にインクを付けて書く。しかし、少し書いてはインクを付け、少し書いてはインクを付け、という大変なシロモノである。さらに羽根は簡単に折れる。おまけに字を書く人が増えてきて鷲の羽根も不足して来る。そこで1748年、イギリスのヨハン・ジャンセンが金属ペンを考案した。これによって、何世紀もの間続いた鵞ペン産業は急速に衰退していった。
 1809年、イギリスのフレデリック・フオルシュが鉄製のペンを付けた胴の中にインキを溜め、必要に応じて指で押し出すという、今の万年筆に近いものを発明した。しかし、しきりにボタ落ちがするために実用には至らなかった。1884年、アメリカの保険外交員ウォーターマンが毛細管作用を利用してインキのボタ落ちがない実用万年筆を発明、新製品として発売した。1889年、さらに改良を加えたジョージ・パーカーが会社を設立。1895年、日本に万年筆が輸入され、「万年筆」と名付けられた。英語ではご承知、fountain pen。直訳すれば、噴水式筆。万年筆とはよく言ったものだ。
 ちなみに日本の三大万年筆メーカーといえばセーラー、プラチナ、パイロット。セーラーは、明治44年(1911)、広島県呉市で創業を始めたが、呉は海軍の町。そこで、海軍の水兵さんたちにちなんで「セーラー(sailor)」のブランドを使用することになったとか。一方のパイロットは、向こうが水兵ならこちらは水先案内人で、ということでパイロット(pilot)のブランドを使用しはじめた、あるいは創始者が船乗りだったから、などのハナシがある。またプラチナは、業界の王者たらんとして命名されたらしい。

3.シャープペンシル
 意外とその歴史は古く、1822年、イギリスのホーキンスとモーダンによって考え出され、1838年にはアメリカのキーランが製造販売をはじめたといわれている。しかし、非常に無骨な姿で広く使われるほどではなかったらしい。今の形のシャープペンシルを発明した人は誰か。あまりにも有名なのでご存じの方が多いと思うが、それは江戸っ子の錺(かざり)師(=金属細工職人)、早川徳次。のちに、わが国を代表する家電メーカー、シャープの創業者ともなる人物である。彼の波瀾万丈の生涯は、シャープのHPに詳細に紹介されているが、極めて興味深いので、以下に紹介しよう。

 大正4(1915)年。錺屋の丁稚奉公を終えた早川徳次は、東京・本所に、六畳一間の借家で自分の店を構えた。なんとか一人前の職人として独り立ちしたばかりのこの青年に、ある日「繰出鉛筆」の金具の注文が舞い込んできた。繰出鉛筆というのは、軸がセルロイド、芯を押し出す螺旋状の金具はブリキでできていて、当時、夜店で売られるオモチャのたぐいであった。
 あまりにも稚拙で、体裁も冴えない繰出鉛筆を眺めながら、「万年筆のように丈夫でシャレた筆記具にできないか」と徳治は考えた。そこでまず、セルロイドの軸をニッケルでこしらえる。芯を繰出す金具は一枚板の真鍮を三段絞りに絞って先を細くし、そこに溝を螺旋に彫るという、まさに錺職人ならではの手の込んだ仕掛けを施した。かくして新しい繰出鉛筆ができ上がった。徳治、若干21歳の時であった。
 徳次はこれに自分の姓を冠して「早川式繰出鉛筆」と命名し、すぐさま特許を申請した。そして新発明の繰出鉛筆を片手に問屋筋へと出向き、製品の優秀さを説いて回った。しかし、「和服には似合わない」、「冬には冷たくて使えない」など業界の反応は冷たかった。連日、不評の嵐。新米職人の自信はあえなく砕け散ったのである。世界初の画期的な筆記具は、このまま埋もれるかにみえた。
ところがある日、徳次のもとに、横浜の貿易商社から大口の注文が舞い込んできた。欧米で引っ張りだこの大ヒットだというのだ。そのうちに海外の評判を聞きつけた国内の問屋から、先を競って注文の申し入れが殺到した。
 大正9年に国内の特許を取得、その6年後にはアメリカでも特許を取得。この間も、徳次は休むことなく改良を積み重ねた。そして新たに極細芯を採用し、「削らなくてもいつでも使える鉛筆」を意図して「エバー・レディ・シャープぺンシル(常備芯尖鉛筆)」という名称に変え、その後さらに呼びやすいように「シャープペンシル」と改称した。徳治のシャープペンシルは、繊細でモダンな時代の先端を行く筆記具として、モボ・モガの人気の的となった。
 錺職人であった徳次は、デザイン面だけでなく、機能面でもいろいろな細工を試みた。たとえば、芯を入れるキャップに消しゴムを最初に付けたのも徳次のアイデアだ。さらに、カレンダー付き、ハサミ付き、方位磁石付き、体温計付きなど、誰がいつ使うかは知る由もないが、ともあれ多機能化を施したシャープペンシルを次々と製品化した。こうして、発明実業家としての彼の商才は一本のシャープペンに結実し、大正11年に催された東京博覧会では金杯を受賞する。

 以上、シャープペンシル誕生の秘話であるが、上に記したように「シャープペンシル」は和製英語。外国でシャープペンシルといっても通じない。アメリカでは、automatic pencil(自動鉛筆)、あるいはmechanial pencil(機械式鉛筆)、イギリスでは、propelling pencil(推進式鉛筆)というとのこと。

 ちなみにその後の徳治。東京博覧会の翌年、大正12年9月1日、突如襲った関東大震災によって徳次の町工場は全壊。同時に妻と子供も失った。すべてを無くした傷心の徳次は、単身大阪へ。今の阿倍野区長池町に借家を定め、裸一貫から再出発した。得意の技術を生かして「早川電気」を設立。わが国初のラジオ・テレビの量産化や、世界初の電卓の製品化など、数多くの画期的な新製品を次々と世に送り出す。そして社名をあの「シャープ」としたのである。大阪のこの借家こそ現在のシャープ本社の所在地なのである。

4.ボールペン
 ボールペンはペン先に小さなボールが入っている。紙に押しつけて動かすとボールが回転し、軸の中に入っているインクが引き出されて書くことができる、という仕組みの筆記具である。
 ボールペンは、1884年、アメリカのジョン・ラウドによって発明された。しかし、万年筆と同様インクが漏れる欠点があり、実用的には不十分だった。1943年、新聞の校正係をしていたハンガリー人のラディスラオ・ピロという人が、現在のボールペンに近いものを生み出した。細い管に粘度の高いインクを入れることによって、インク漏れを解消した。
 日本にボールペンが入ってきたのは第二次世界大戦直後であり、1947年頃からは日本でも生産が始まった。セーラー万年筆が初めてボールペンを国内発売。「玉ペン式万年筆」と称したとか。初めのうちは材質や技術の問題で品質が安定していなかったが、急ピッチで努力が重ねられ、1950年代には品質が安定してきたという。1966年には、水性ボールペンが日本で開発された。その後も品質の安定やインクの工夫(ジェル・インク、蛍光インクなど)が続けられ、ボールペンは今なお進歩を続けているそうだ。
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世界の中心

 映画「アレキサンダー」(2004、監督:オリヴァー・ストーン、主演:コリン・ファレル)を観た。総製作費200億円、壮大なスケールで映像化した歴史スペクタクル、だそうだが、感想は「ラズベリー賞」間違いなし!という感じ。杜撰な内容で、有名なエピソードがすっ飛ばされている。それはさておき、この映画の宣伝文句が「史上初めて世界を統一したマケドニアの王アレキサンダー」。ちょっと待て、と言いたい。アレキサンダー大王が支配した国は、今のトルコからインドに至る中東、それにエジプトあたり。それがどうして「世界」なのだ。

 「史上最大の作戦」という映画もあった。この「史上」はどんな意味で使われているのか。「映画史上」最大の豪華俳優が出演しており、当時としては「映画史上」最大の金をつぎ込んでおり、その意味ではある程度納得する。しかし、多分「歴史上」の意味に違いない。そうなるとかなり疑わしい。歴史上、有名な戦いはたくさんあって、果たしてノルマンディー上陸作戦が史上最大かどうか、検証してみるべきだ。もっとも原題は「The Longest Day」であって、「史上最大…」とつけたのは日本人。

 「世界の中心で、愛をさけぶ」(2004、監督:行定勲)という日本映画もあった。通称「セカチュー」といわれている。ご年配の方々のために簡単にあらすじを述べると…17歳の女子高生が白血病になった。死期が近づいたある日、同級生の彼氏が彼女をウルル(オーストラリアのエアーズロック)に連れて行こうとする。しかし台風で飛行機は欠航。彼氏は空港職員に「どうしても行かなければならないんだ。助けてくれ!」と叫ぶ。ウルルはオーストラリア原住民アボリジニにとって「世界の中心」。彼女が死んで、その遺灰を持ってウルルに飛び、約束通り遺灰を撒く…という話。
 あまりにも評判が高いから、ケーブルテレビで観た。感想を言えば「青臭い連中の悲恋もの」。彼氏の身勝手な叫びに腹が立っただけで、涙はついに出なかった。青春時代をとうに過ぎて、純粋な心が失われたせいかもしれない。それはともかく、映画のラスト、彼氏が「世界の中心がどこにあるのか、分かった気がする」という。こちとらサッパリ分からない。教えてくれ!世界の中心はどこにあるのだ!

 アメリカのプロ野球大リーグのチャンピオンを決める試合を「ワールドシリーズ」という。ワールドといいながら、北米とカナダのチ-ムしか出ない。テニスやサッカー、ゴルフのワールドカップは、一応全世界を対象としているから正しい呼び名ではあるが、今のところプロ野球だけはアメリカの横暴としか言えないようだ。プロ野球ファンの一人として、いつか本物の「ワールドカップ」になってほしいと願っている。

 1492年10月12日、コロンブスがバハマ諸島のサン・サルバトル島に上陸。高校時代に習った「世界史」では、これを「コロンブスの新大陸発見」といった。当時、何の疑問も抱かなかったが、よーく考えてみれば、アメリカ大陸には数万年前から人類が住んでいるのであって、「新大陸」もクソもない。単にヨーロッパ人が知らなかっただけだ。敢えていうなら「コロンブスがヨーロッパ人としてアメリカ大陸に初めて上陸」だろう。
 しかしながら実は、コロンブスはアメリカ大陸に到達してはいない。カリブ海のいくつかの島を「発見」しただけだ。おまけに死ぬまでそこが「インド」だと信じていたという。これが世界地理をややこしくした。北米の先住民は「インディアン」であり、「西インド諸島」があり、ホントのインドが「東インド」であり、…という具合だ。
 ちなみに、コロンブス以後ヨーロッパ人が続々とアメリカに渡り、アメリカの先住民の暮らしを徹底的に破壊する。先住民を人間とは思っていないのだ。そのしっぺ返しが「梅毒」だ。アッという間にヨーロッパ中に梅毒が広まり、僅か20年で世界を一周したという。(日本でも1512年、梅毒患者が出たという記録があるらしい。)

 中国の明、成祖の時代に行なわれた世界史的な快挙として、宦官鄭和の南海遠征がある。この遠征は、1407年から1433年にかけ前後7回にわたるもので、62隻、2万8千人の大艦隊が参加するという大規模なものであった。彼らは東南アジアからインド洋を横断し、一部はアラビア半島からアフリカ東岸にまで達していた。インド洋横断はヴァスコ・ダ・ガマのインド航路発見に先立つこと約90年であり、いかに当時の中国の航海技術が優れていたかを示すものである。1498年のヴァスコ・ダ・ガマによる「インド航路の発見」という表現がいかに西洋史的立場のもので、世界史的立場のものでないかが分かるであろう。

 ルネサンスの三大発明と呼ばれるモノがある。活版印刷術、羅針盤、火薬である。しかし、歴史をひもとけば分かるように、活版印刷は10世紀頃に既に高麗で発明されており、それがヨーロッパに伝わってグーテンベルグが大成させた。羅針盤と火薬も元々は中国生まれで、いずれもヨーロッパ人がこれらを改良したに過ぎない。つまり「発明」とは言えない。ヨーロッパ人による「三大改良」というべきものなのだ。

 中国は自分たちの居るところが世界の中心、すなわち「中華」である。地方は下等な連中で動物と同じ。すなわち東夷(東のチビ)、南蛮(南の下等動物)、西戎(せいじゅう、西の猿)、北狄(ほくてき、北の犬)と呼ぶ。まったく同様に、コロンブスやマゼランの「大航海時代」、ヨーロッパ人はヨーロッパこそが世界の中心であると考えていた。はるか彼方は「暗黒」であり、したがってアフリカは「暗黒大陸」と呼ばれていたのである。(ちなみにアレキサンダーの時代、インドは世界の果てにあるところと考えられていた。)
 アラビアンナイトで有名なペルシア。当時メディア王国なるものがあって、そこが世界の中心。一方、ペルシア人の居住地域は「辺境」(パールサ)と呼ばれていた。それがペルシャの名前の由来なのである。(本論とは関係ないが、タージ・マハールで有名なインドのムガール帝国。その「ムガール」は「モンゴル」の訛り。参考までに。)

 人ごとでもない。この北海道は「蝦夷(えぞ)が島」であった。蝦夷の「夷」の字は東方の異民族に対する蔑称である。(「蝦」の方は蝦(エビ)に似て体毛が多いためといわれているが、定かではない。)ご存知のように、征夷大将軍とは東方の異民族・蝦夷を征伐する大将という意味だ。日本神話に出てくる南九州地方の「熊襲(くまそ)」もまた獰猛な部族という蔑称なのではないだろうか(よく知りませんが)。不思議なことに大和政権に下った熊襲は、その後「隼人」と称される。
 鎖国時代のオランダ人は「南蛮人」だった。近代には東京を中心とする太平洋側が「表日本」であり、日本海側は「裏日本」であった。つまりはこの日本も、かつて大和が世界の中心であり、それがやがて江戸、そしてトーキョーが中心となった。

 大正2年(1913年)の「口語法」で、「東京で教育ある人々の間で使われる話し言葉を標準とする」ことが決められた。かくして東京語が「標準語」となり、それ以外の話し言葉はすべて「方言」となった。標準語は純正で正しい日本語、それ以外は間違った日本語、という認識が広まる。しかし本来「標準語」と呼べるような理想的な言語など無い。日本全国で通用する「共通語」ならある(山口仲美「日本語の歴史」)。その後標準語という言い方はあらためられたはずだが、しかし、今でも「標準語を話す東京の人」というイメージがある。

 自分たちのいるところが世界の中心。人が集まり、文化文明があるところ。「地方」は過疎で未開の地、文明開化の遅れたところ。「中心」は先進的で文明度が高く、ハイレベルな生活ができるところ。「地方」は田舎で発展途上、不便で不潔なところ。「中心」は頭が良くて、ばりばり仕事のできる連中がいるところ。「地方」は知的レベルの低い人がいて、さっぱり仕事もできない連中がいるところ。「中心」は美人が多く、センスの良い身なりをしている人がいるところ。「地方」はそれなりの美人はいるがダサイ格好をしている人がいるところ。
 すなわち「中心」は偉くて、きれいで、素晴らしいが、「地方」はバカで、汚くて、住みにくいところ。知らないうちに、いつしかそんな構図ができあがっている。

 「世界の中心」という思いが単なる錯覚として済ませられるならば罪もない。しかし、世界の中心にいる自分たちこそが清く正しく美しく、世界を指導する権利と責任がある、などと本気で信じているなら、それはゴーマンというものだ。客観的事実を顧みず、歴史を改ざんし、事実を歪めるのは横暴というモノだ。
 「先進国」といううぬぼれた言い方、昔「後進国」という見下げた言い方、今は「発展途上国」という同情的な言い方。そこには差別化という快感があり、選民思想に基づく優越感がある。かくして自分たちこそ世界の中心として疑わない人たちによって、地方は卑下され、無視され、切り捨てられる。
 世界には独自の文化・文明を持つ国がワンサとある。貧富の差はあっても貴賤はない。それぞれの国・地域が自分たちにとって「世界の中心」でもあるだろう。だからこそ、どこにも「世界の中心」なるものは無いのである。

 今世界には自分たちこそ「世界の中心」であり、文化は素晴らしく、宗教も正しく、考え方も行動も極めて妥当だと信じているらしい国がいくつかある。そのいくつかの国々が「ワレこそ世界の中心」とばかりにいがみ合い、憎み合い、ケナしあっている。愚かなことだ。この地球上に「世界の中心」なんて無いのだから。

テレビを見てたら腹が立ってきた! パート2

まもなくその1:
 もう2年ほど前にもなるか。傷害事件を起こして活動を自粛していた島田紳助、正月2日、「行列のできる法律相談所」で復帰の挨拶をするという。そんな番組は見たことはないけれど、我が家の多数決論理に負けて、いつも態度のデカイ伸助がシオらしく謝罪する姿を見るのも面白いか、とテレビに向かった。冒頭、女子アナが「番組の中で伸助がご挨拶いたします」という。番組は過去に収録した部分を抽出してレギュラーらしき出演者らがバカ騒ぎをするという特別番組で、どう見ても既に収録済みの録画放送だ。で、いつまで経っても伸助が出てこない。ついには2時間の特別番組が終わりそうになり、画面の下部に出演者らの名前がテロップで流れ出した。残り数十秒かと思われるそのとき、やっと伸助登場。深々と頭を下げて謝罪。
 確かに「番組の中」ではある。しかしだ。番組の最後に登場するなら冒頭の女子アナは「番組の最後に」と言うべきじゃないのか。お陰でムダな2時間を過ごしてしまったじゃないか。
 これって詐欺だ。俺の2時間を返せ!もう絶対この番組は見てやらないぞ!!

まもなくその2:
 「伸助」に腹が立ったのもやっと治まりかけた正月6日、音楽番組の新春特別版では新年の幕開けにふさわしく、あのパク・ヨンハが特別ゲストで登場!乞うご期待!!とかで、当時ハヤリの韓流にどっぷりと嵌っていた我が娘どもが期待に胸をふくらませていた。番組冒頭にはチラリとヨンハの姿。やがてCM。そして番組再開、されどヨンハは出ない。で「まもなくヨンハが登場」と言ったところでまたまたCM。これが少なくとも数回は繰り返された(らしい)。ついには娘どもから文句が出始めた。そして「伸助」と同じ。もう番組が終わりかけた頃にやっとヨンハ登場。娘どもの怒るコトしきり。
 そういえば、亀田長男の世界タイトル戦。「この後まもなく」が延々と繰り返され、試合が始まったのは番組開始から2時間後だったらしい。こちとら番組表を見て、こりゃー試合開始は9時だなあと思っていたから、他の番組で時間を費やし、9時にチャンネルを切り替えた。ホラ見ろ!ドンピシャで試合観戦ができたぞ。ざまあ見ろ!
 とにかくだ、テレビ業界の「まもなく」は番組終了間近のことか!視聴者を騙すのもいい加減にせいよ!!

まもなくその3:
 世界の仰天ビックリな話を取り上げている番組がある。奇跡的な話や意外な結末に終わった事件などを再現ドラマで、ときには実写フィルムを使って魅せる。目が離せないほど面白い展開になることが多く、次はどうなるのだ、そして結末は、と真剣に見ている。「意外な結末はこの後すぐ!」というから、嫌いなCMを我慢してみている。ところがだあ!突然、デブ男の四国お遍路が映し出された。何だこりゃーと思いつつ見ていても、何が面白いのか、さっぱり分からん。さっきの緊迫した展開と、この退屈至極の展開の落差!テレビのプロデューサは一体何を考えて居るのか。視聴者の心を理解しているとは思われない。せっかく撮ったお遍路ビデオを消化したいだけなのではないか。
 番組終了間際に「意外な結末」は流れたけれど、どうにも腹が立つ。デブ男のお遍路が何で「仰天」なのか。納得いくように説明してくれ!!

過度の期待:
 この前のトリノ冬季オリンピック。日本から112人の選手が参加したんだって。それでもって金メダル1個かよ。メダルどころか予選で落ちるヤツがやたら多かったじゃないか。日本を出るときには、誰も彼も「頂点を目指します」だの、「目指すは金」だの得意げにしゃべっていたよな。マスコミもこぞってメダル獲得を期待させていたよな。それが何だよ。夜中までテレビ観戦しているのに、予選で落ちるなよ。せめて決勝までいけよなあ。国民の税金でトリノまで行ったんだろ。
 予選で落ちた奴らは金返せ!豪語していた奴らは謝罪しろ!!

地震情報:
 突然妙な音がして、画面上部に字幕。地震情報だ。オッと、どこかで地震らしいぞ、と構えていると、これが「震度1」。おまけに「この地震による津波の心配はありません」とご丁寧な字幕が続く。震度1なら当たり前だろが、と言いたくもなる。ときには震度4とか震度5のときもある。どの程度の被害が発生したのかやや心配になるが、決まって最初に映像として流れるのは「酒屋」。棚から落ちたビールビンや酒の一升瓶が床に散乱している。まあ、「被害」には違いないし、映像に取りやすいか。きっとテレビ局の「地震時マニュアル」に「酒屋に走れ」と書いてあるのだろう。最近は「酒屋」が地震対策を施してひと頃のような「被害映像」を取れなくなったせいか、「ビデオレンタル屋のビデオカセットの散乱」が流れ出した。ビデオテープがいずれ全部CDに変わったら、今度はどんな「被害映像」になるか、楽しみだ。
 それはともかく、震度1をいちいち知らせるな!ビックリするだろうが!!

子供のCM:
 よーく考えよ~~、お金は大事だよ~~、と子供が歌う某保険会社のコマーシャル。長いこと自分も加入している信頼おける保険会社ではある。しかしだ、幼い無垢な子供に「お金が大事だよ~」なんて歌を歌わせるな!そりゃあお金は大事かもしれないが、子供が「お金」を口にするとゾッとする。将来ろくな者にならない。
 子供を出せばいいってモンじゃないだろが!もっとましなCMを考えろ!!

レポーターの取材その1:
 凶悪な事件が発生する。すると決まってテレビのレポーターが近所の人から話を聞く。「あの人はどんな人でした?」。ほとんどの場合「そんな悪い人には見えなかったね」とか「まじめなイイコでしたよ」などの答えが返ってくる。「きっと魔が差したんでしょうね」なんていう人もいる。違うんだよ。急にワルになったんじゃなくて、はじめからそんな性格だったのだ。
 ところで、犯人逮捕のニュースで、なぜ手錠しているところをモザイクにするのか。あれがよく分からん。誰か教えてくれ!

レポーターの取材その2:
 ガソリンが値上がりした。テレビのレポーターがガソリンスタンドで取材する。給油中の客は決まって「イヤー、生活厳しいっすよ」とか、「車での外出はなるべく控えようと思います」と言う。ウソ付けっての。リッター10円値上がりしたところで、満タンで500円のアップだろ。それがどれだけ生活に影響するというのか。パチンコ、競馬に大枚をはたいておいて、ビール、酒をたらふく飲んでおいて、500円が払えないってか。
 レポーターよ、ホントに車での外出を控えたのか追跡取材をして確かめろ!客も客だ。レポーターが期待するような返事を言うな!

レポーターの解説その1:
 流れるプールで死亡事故があった。レポーターが取水口にタオルを放り込んで、「これこの通り、もの凄い吸水力です!」と叫んでいる。あったり前だろが。吸水口に吸水力が無くてどうする。杜撰な維持管理の仕方が問題なのであって、吸水力が問題ではないだろが。
 シュレッダーで子供の指が切断される事故があった。早速スタジオに同型のシュレッダーを持ち込み、アナウンサー(キャスター?レポーター?よく分からん!)が紙、ネクタイ、エプロン、CDを突っ込み、ズタズタになった部分を取り出して「これこの通り、もの凄い破断力です!」と叫んでる。あったり前だろが。ズタズタに切り刻むのがシュレッダーだろ。子供の指が入る投入口が問題なのであって、破断力はどうでもいいだろが。
 もうチョッとましな解説をしろ!問題をはき違えるな!

レポーターの解説その2:
 イラクの自爆テロ、イスラエルのミサイル攻撃、アフガンのゲリラ、中近東にいつ平和が訪れるのか。多数の市民が犠牲になる。テレビのレポーターが言う。「罪のない人を巻き添えにして」とか「何の落ち度もない一般市民」とか。それじゃあ何か、罪のある人なら殺してもいいというのか。落ち度がある人なら怪我させても当然なのか。
 曖昧な形容詞を使うな。つっこみを入れたくなるような言いまわしをやめてくれ!

ダル様:
 テレビではないけれど、「ダル様初練習」という新聞の見出し。ダレだ?と記事を読むと、日ハムに入ったダルビッシュ。なんだコリャー!ヨン様にはウンザリしていたが、今度はダル様かよ、と呆れて怒る気にもなれない。「ベッカム様」以来、どうもオカシナ風潮になってきた。ちょっといい男には「様」をつけるらしい。じゃあ何か、もっといい男には「殿」でもつける気か。まあ、好きにやれ!で、そのダル様が風邪気味らしく、記者連中に「ちょっとダルくて」と語ったとか。なかなかウマイことを言う。
 なんでも「様」をつければいいってモンじゃないだろ!もっとまじめにやれ!!

日ハム戦:
 何かと腹の立つことが多いけれど、一番腹が立つのは日ハム戦を道内テレビ局が放映しないことだ。どこかの球場で試合をしているならまだ分かる。ホームの札幌ドームで試合をしているって言うのに放映しない。プレーオフ1位進出かという大事な試合、ソフトバンクとリーグ最後の試合だって言うのに放映しない。某テレビ局が要望に応えて最後の試合を実況中継した。ところが当初予定の2時間で中継がストップ。慌ててケーブルテレビに切り替えたけれど、熱烈応援中の道民はガックリ来たに違いない。あの後マイケル登板で見事1位通過となったし、新庄のセレモニーがあったし、記者会見があったし、ビールかけもあったし…。ケーブルテレビのお陰でぜ~んぶ観ることができたぞ。
 どうなっているんだ道内テレビ局!他の番組なんてどうでもいいだろ!日ハム戦をしっかり放映しろってんだ!!

 てな具合に、テレビを観ながらしょっちゅう腹を立てているけれど、これってトシのせいかも知れないな。基本的にはニュース番組とプロ野球日ハム戦、それと映画くらいしか観ないんだが、たまあにバラエティ番組を観た途端、腹の立つことが多くて、今にも血圧が上がりそうになる。だからビールを飲んで頭を冷やし、冷酒を飲んで楽しい気持ちに切り替える毎日になるのだ。
 まあとにかく、日ハムの日本シリーズ制覇。バンザ~イ!!

すべからく

 ○朝日新聞社広報部様:平成14年12月12日付朝刊の「天声人語」で、「真実は須く美しい」と書いてありますが、「須く」の使い方は間違いではないでしょうか。
 ●能登様:メールいただきました。お尋ねの「須く」(すべからく)ですが、手元の辞書では広辞苑、大辞泉が「須く」、大辞林が「須らく」としています。「朝日新聞の漢字用語辞典」は「須く」としております。今後とも朝日新聞をよろしくお願い申し上げます。
 ○朝日新聞社広報部様:わざわざご回答頂き、ありがとうございました。わたくしが「「須く」の使い方は間違いではないでしょうか」とお尋ねしたことに対し、送りがなのことだと勘違いされたようですね。「須く何々すべし」と使うのが正しいのではないかという投げかけでした。天声人語の内容を見ますと、「須く」を「すべて」あるいは「ことごとく」のように使われているように思えましたので。

 「すべからく」の使い方に関して、朝日新聞社と上記のようなメールのやりとりをした。高島俊男の「お言葉ですが②」(文春文庫)によれば、「すべからく」は漢文訓読で「須」という字を二度読みして「すべからく…すべし」という言い方からできたケッタイな言葉らしい。何でそんなケッタイな言葉が今に生き延びているかというと、予告語として役に立つから、というのだ。日本語はおしまいまで聞かないとどっちに転ぶかわからない。「彼は正直な人間…」は最後の「である」と「ではない」で正反対になる。しかし、「彼は決して正直な人間…」と「決して」を入れて言うと、最後は必ず「ではない」となる。この「決して」が予告語である。(予告語、は高島さんの造語)
 他にも「必ずしも」「とても」「まるで」などの予告語がある。「すべからく」も「…せねばならない」を予告する。「すべて」とは、似てはいるけどまったく違うモノなのだ。上記の天声人語も「真実は須く美しくあるべし」というなら、正しい使い方だ。それが「須く美しい」じゃ、急にハシゴを外されたようでズッコケてしまう。
 その後、朝日新聞社から何の音沙汰もない。「ウルセー!」と思ったか、「参った!その通りだった」と後悔しているのか。それにしても、返事くらいくれてもイイと思うのだがねえ。

 というわけで、今回は知らなかった日本語、勘違いの日本語、間違いの日本語などについて(トキには恥を忍んで)書くことにします。

 中学生の頃、「失恋」を「しつこい」と言って笑われました。まだ恋なんか知らないウブな時期です。それに教科書には出て来ない単語ですから、間違って当然です。「初恋」は訓読みなのに、「失恋」はなぜ音読みなのでしょうか。統一してください。
 発足は「ほっそく」が正しいと思うのですが、結構お偉い方々でも「はっそく」と言ったりします。辞典には両方とも出ていますから、どちらも正しいのでしょうか。だけど建立を「けんりゅう」と言うのは絶対に間違いでしょう。それと「的を得た」も良く聞きますが、「的を射た」が正解です。多分「当を得た」とゴッチャになったのでしょうね。

 結構読めなかった字がありました。例えば「暖簾」。それを「のれん」と読めるようになったのはかなり大人になってからでした。もともと隙間風を防ぐために用いた垂れ幕(あるいはスダレ)で、暖の音読みに「ノン」があり、古くはノンレンあるいはノウレンと言い、それが訛って「のれん」となったとか。なるほど、それなら分かります。
 では老舗を「しにせ」となぜ読むのでしょうか。東海林がどうして「しょうじ」なのですか。煙草がどうして「たばこ」なのですか。蚊帳はなぜ「かや」と読めるのですか。
 浴衣は「ゆ・かたびら」を略して「ゆかた」というそうです。しかし、衣は「かたびら」でもいいとして(良くはありませんが)、「浴」を「ゆ」と読めますか。まったく読めないではないですか。誰か理由を教えてください。
 松明がどうして「たいまつ」なのでしょう。「手に持つ火」の意味の「たひ」に「松」が付いて「たいまつ」になったそうですが、それなら松が後について「明松」とすべきではないでしょうか。

 エライ人が壇上に立って、「チュウシンより感謝申し上げます」と言います。若い頃、この「チュウシン」は「中心」だとばっかり思っていました。壇上の真ん中に立って言うのだから中心に違いない。それが「衷心」だと分かってビックリした記憶があります。心から感謝、と言えばいいようなものですが、「衷」はさらにもっと深い心の奥から、の意味だそうです。
 「センエツながら」というのも挨拶の中によく出て来ます。何やら先輩やエライ人たちの足下を潜っていきなり出ていく、という気分で、多分漢字では「潜・越」と書くのだろうとばかり思っていました。もちろん「センエツ」は「僭越」で、僭とは身分をわきまえず、の意味だとかなり後で知りました。
 結婚式の挨拶で「偕老同穴の契り」というのがあります。漢字の見た目から、年寄りになるまで同じ穴に住むという約束をする、とばかり思っていました。基本的にはそのような意味ではありますが、辞典を見て驚きました。正しくは「生きては共に老い、死しては同じ穴に葬られるという意味」だそうです。もっと驚いたのは、「偕老同穴」が円筒型の海綿状の生き物の名前だということです。この円筒型の生き物の胃の中にドウケツエビが住んでいて、たいてい雌雄一対で暮らしている?のだそうです。そこから夫婦が仲良く共に老いるまで連れ添うという意味が出てきた?ということですが…。いやはや奥が深いことです。

 「元旦の夜は何をしてますか」という言い方、間違いなんだそうです。「元旦」とは「元日の朝」という意味だから、というわけです。知りませんでした。
 「姑息な手段」の正しい使い方。テレビのクイズ番組に良く出ます。何やら汚い、ずるいやり方、という感じで誰もが使っていますが、「姑息」は間に合わせ、その場しのぎという意味だそうです。
 友達の中には油断できないヤツっているもんです。ちょっと気を許すと何をしでかすか分からない。そんな奴らを「気が置けない連中」と言うもんだと思っていました。あるとき、それは間違いだと指摘されました。「気が置けない」は「気遣いしなくても良い」という意味だそうで、まったく逆の意味だったのですね。とはいえ、どうしてそういう意味になるのか未だ不思議です。
 それから「酒池肉林」。酒の池と女体の林で、かなり怪しいパーティーのようなイメージです。酒の池は正しいのですが、肉を林のように並べるということで、贅沢な宴会のことだそうです。
 宅配便などで「天地無用」の貼り紙があります。天地が無用なのですから、上下逆さまにしても良い、というような気がしませんか。なぜこのような熟語ができたのか不思議です。
 「好事魔多し」もよく聞くことわざですが、「好事魔、多し」と発声する人が多いと思います。私もその一人で、「好事魔」とはどんな悪魔なのか、好きなことして楽しむ悪魔?なのか、くらいに思っていました。正しくは「好事、魔多し」であって、意味は「好きなことをやっている時は、邪魔が入りやすい」ということです。

 新聞でよく見かける「いかがわしい行為」。漢字でどう書くか知っていますか。新聞では必ずひらがなで書いてありますし、パソコンで変換してもひらがなしか出てきません。実は「如何わしい」と書きます。そもそもいかがわしい行為とは具体的にどんな行為なのか分かりません。誰かに説明を求められたら、あなたはどう答えますか。「不適切な行為」だけでは理解できないでしょう。
 辞典で調べると「いかがわしい」とは「正体がはっきりしない。疑わしい。怪しい。信用ができない。」「風紀上よろしくない。好ましくない。」と書いてあります。某代議士が国会で連発した「如何なものか」も同じ系統の言葉なのでしょうかね。如何でしょうか。

 ラストエンペラーで有名な清の最後の皇帝、溥儀。姓を愛新覚羅(あいしんかくら)といいますが、私は「愛染かつら」と何か関係があるものとズーッと思っておりました。あまりにも愛新覚羅と似ていますよね。で、明を滅ぼして清を建国した遊牧民の満州人にそれまで姓がありませんでしたが、定住するに当たって新たに姓をつけたそうです。それがなぜ愛新覚羅なのか、その辺の事情を知りたいものです。
 ちなみに若い人たちのために講釈すると、「愛染かつら」は川口松太郎の昭和12年の小説。翌13年映画化され、主題歌「花も嵐も 踏み越えて~」は今でもカラオケで結構歌われています。「金持ちの青年医師(上原謙)と子連れの看護婦(田中絹代)の叶わぬ恋の物語」で、お年寄りなら誰でも知っている話です。

 私、頭髪がやや薄く、相当剃り込みが入っていますので、パーマをかけてごまかしています。で、床屋に行ったばかりの頭で大阪のとあるスナックに行きました。そこの店の女の子が私の顔を見て「ヤンキーみたい」というんです。何で自分がアメリカ人に見えるのか、不思議でした。
 近頃、そのたぐいの知らない言葉が増えました。略語やら妙なカタカナ、そして外来語。日本語も進化しているのでしょうか。劣化しつつある頭脳がついて行けません。しかしながら、新しい言葉はともかく、まずはれっきとした由緒ある日本語をしっかりと身につけるのが大事だと思います。その由緒ある日本語ですら、知らないうちに間違った使い方をしていることって、たくさんあるのでしょうね。恥ずかしい限りです。ここはやはり「すべからく死ぬまで勉強すべし」なんですね。

黄金比

 2年前の今頃(2004年6月)、ぶらりと本屋に寄ったら、店頭に「ダヴィンチ・コード」なる本が積んである。ハードカバーで上下巻の3,600円。ちょっと高いかとは思ったが、「ダ・ヴィンチが英知の限りを尽くして絵に描きこんだ暗号」という帯に惹かれて思わず買ってしまった。早速読んでみると、これがとにかく面白い。やめられない、止まらない。
 ウィトルウィウス的人体図、モナリザ、最後の晩餐、マグダラのマリア、テンプル騎士団、オプスデイなどなど、好奇心をくすぐるキーワードがちりばめられていて、話の展開は早く、しかもスリリング。ときにはネットで関連事項を調べて納得したり、「最後の晩餐」を眺めて感心したりしながらも、まあホントほぼ一気に読み終えた次第。
 これは是非とも映画にすべきだ、と思っていたら、ホントに映画になってこの春(5月20日)全世界一斉公開。それからひと月も経って映画を観に行ったのに、まだまだ相当な混みよう。前評判が高かったから、多くのひとが期待に胸をふくらませて足を運んだらしい。で、期待通りに面白かったかというと、これがイマイチ(ここだけの話)。小説の面白さが半分もない。緻密なストーリーが飛び飛びになっていて、果たしてどれだけの観客が理解したのか、甚だ疑問。
 映画公開の直前には有線TVのヒストリーチャンネルやナショナルジオグラフィックで数回にわたって「ダヴィンチ・コード」関連の特集番組が続いたし、書店にも関連本がたくさん並んだ。本文が日の目を見る頃にはもはやフィーバーが終わっているだろうが、今回は、「ダヴィンチ・コード」協賛エッセイということで、「黄金比」について述べることにしよう。

 まずは、手元の名刺を眺めていただきたい。ほとんどの名刺は、短辺が5.5㎝、長辺が9.1㎝で、その比は約1.65である。およそ3:5(あるいは5:8)ともいえるこの比率は黄金比(ときには黄金分割)と呼ばれている。正しくは1:(1+√5)/2で約1:1.618、あるいは0.618:1。(1÷1.618が0.618で、小数点以下が同じ。何とも不思議な数字なのだ。)
 レオナルド・ダ・ビンチが名付けたと言われているこの黄金比は、そのバランスの美しさゆえにかなり昔から知られていた。古くはエジプトのクフ王のピラミッド(高さ146m、底辺の長さ230mで、その比は1.58)、ギリシャのパルテノン神殿(高さ18.5m、横幅31mで、その比は1.67)、ミロのヴィーナス(身長204cm、臍下126cmで、その比は1.62。ちなみに臍上と臍下の比も1.62)などに黄金比が見られる。ミケランジェロやレオナルド・ダ・ビンチの絵には黄金比が多用されているという。

 数学の世界に「フィボナッチ数列」という数の並びがある。
 1、1、2、3、5、8、13、21、34、…
 一見、何の脈絡もないように見えるが、この数列の規則は、前の2つの項の和が次の項の値になっている、ということ。実はこの数列が黄金比と大いに関係がある。数列の隣同士の数の比を取ってみると、その比が次第に黄金比に近づいていくのである。つまり、フィボナッチ数列の隣同士の数の比は、黄金比の近似的な値が並んでいる、ということなのだ。
 フィボナッチ数列が有名になった理由を説明しよう。今ひとつの種を植えてみる。一つの種は一つの芽(茎)を出す。この芽(茎)が成長しやがて二つに分かれる。さらに成長するが二つの茎にまったく同じ栄養が届くことはあり得ない。どちらかがやや多い栄養分を得る。その茎は二つの芽を出す。よってこの時点で茎の合計は3となる。次の段階では、芽を出さなかった茎は必然的に二つの芽を出す。一方、先に二つの芽を出していた茎は先ほどの例と同じようにどちらかだけが二つの芽を出す。よってこの時点で茎の合計は5となる。以下、この植物の茎の合計はフィボナッチ数列に従う。
 生物の成長、あるいは生物の一部分の成長(爪、髪、角、甲羅など)は、少し伸びても全体としての形が変わらない様に、常に相似形を保ちながら伸びていく。平面的にその広がり方を追うと「対数螺旋形」になる。オウム貝を思い浮かべればよい。伸びた部分が空間を隙間なく次々と充填するとき、そこに黄金比が生まれるのだ。ここでの説明を省くが、ひまわりの種、松ぼっくり、土筆(つくし)など、自然界にはたくさんのフィボナッチ数列に従う対数螺旋形が存在し、そして究極は黄金比になるのである。

 もう一つ有名な比率があることをご存じだろうか。それは1:√2(約5:7)で表される比であり、白銀比と言われるものだ。何のことはない、A4やB5などの用紙サイズの縦と横の長さの比なのである。これらの用紙を半分に折ってもカタチは同じ。極めて便利で実用的な比率なのである。
 驚いたことに白銀比の発祥は日本であり、別名大和比とも言うそうだ。日本では古来より白銀比が美しいと考えられており、例えば法隆寺の五重の塔をはじめとする多くの建築物の縦横比、聖徳太子像の図などの描画、仏像などの彫刻、生け花などに白銀比が見られとのこと。そういえば、コヨリで綴じた和文や古文書も白銀比になっている。さらには卵焼き用フライパンも白銀比だそうだが、何か意味があるのだろうか。
 大工道具で有名な曲尺(かねじゃく)の裏面は、表の目盛りの√2倍の目盛りが刻まれているとか。つまりは白銀比。丸太の直径を曲尺の裏面で測れば、最大の方形角材の寸法が即座に分かるという優れものらしい。
 ちなみに黄金比や白銀比以外に、1:(3+√5)/2(約1:2.618)の第二黄金比、1:√3の白金比といわれるものがあるそうだ。映画のスクリーンサイズで言えば、白銀比は昔のスタンダード画面、白金比はビスタビジョン、第2黄金比は70mm映画にほぼ相当する。

 黄金比や白銀比はバランスの美しさであるが、人間の場合にはこれとは別に「八頭身」というのがある。「身長が頭部の長さの8倍で均整のとれた体」という意味で、女性の最も美しいスタイルとされている。男には使わない。
 一方「八等身」という言葉もある。人間の身長を八つに等分したとき、へそ上とへそ下との比が3:5になっていて、これも均整がとれた体という意味である。これつまりは黄金比なのである。ちなみにミロのヴィーナスは、身長204cmで顔の長さは25cm~26cm。何とその比率はほぼ8。つまり、ミロのヴィーナスは八頭身であり八等身なのである。

 「美人」といわれる人は、目、鼻、口などの配置が黄金比や白銀比になっているらしい。さらに言えば、アングロサクソン系は黄金比配置の女性を美人といい、モンゴロイド系は白銀比配置の女性を美人という傾向にあるとか。ともあれ、世界にそのような人が僅かしか居ないのなら「美人」であるが、ウジャウジャ居たならばどうなるだろう。どれもこれも同じ顔になり、「個性がない」ということになり、退屈至極、となるのではないだろうか。
 最近の若い女性は、(こちらが年をとったせいか)みんな同じ顔に見える。みんなが美人顔を目指して同じ化粧をするからに違いない。まさしく個性が無く、退屈で、印象が薄い。本来、顔には個性があるはずだ。微妙に「完全ではない」ところがあるはずだ。個性があるからこそ「印象深い」となる。樹木希林や柴田理恵、久本雅美などは実に印象深い。一度見たらイヤでも完全に脳裏に埋め込まれている。
 というわけで、女はどこか黄金比をハズしている方が印象深い。黄金比美人は退屈なだけだ。とはいえ、黄金比から思いっきり外れている場合はどうなのだろう。スルメは咬めば咬むほどいい味がするという。スルメと同じだろうか。

 株価の動きもフィボナッチ数列と関係があるそうだ。株価の推移をグラフにして、黄金比を満たす状態のときに買うか売るかの判断をするとボロ儲けも可能らしい。しかし、私、株についてはまったく無知。どなたか是非試して頂きたい。結果については責任をとりませんが。
 ちなみに、焼酎のお湯割りも、ウイスキーの水割りも3:5の黄金比がよい(と思う)。もともとの味がまだしっかりと残っているからだ。それ以上薄めると味が分からなくなって、どんなに高価なアルコール類でももはや意味がなさなくなるのだ(とワイフにいっても、呆れた顔が返ってくるだけだけど)。さあ今夜も、少し濃いめの黄金比水割り、と行きましょうか。
プロフィール

Author:能登繁幸
「ちょっと斜にかまえたエッセイ集」の第1集、第2集、第3集、ならびに毎週発信の「新能登メール」を収納。

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