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Ⅱ-1 2008年の能登メール(1~25)

1.随所に主と作る/2.ル-トnの法則/3.カフス/8.墓を買った/12.通夜の説教/13.錦城護謨/14.地下鉄にて/15.結婚式のスピーチ/16.9.11の陰謀説/18.「天地創造」など/19.「その日のまえに」/20.社名の由来/22.正しい歴史認識/23.アイヌの人達/24.問題の答え


1.随所に主と作る

○○部の皆様、お早うございます。突然のメールが届いて、ビックリの人がいるかも知れませんが、これから毎週一度(基本的に月曜日)メールをお届けするつもりです。エッ何で?要らないよっ!迷惑だ!何考えてるんだ?…とまあいろんな反応がおありでしょうが、な~に、イヤなら削除すればいいわけで、勝手に送ることに致します。もう決めましたので。

なぜメールを送ることにしたのかというと…。私の行きつけの某スナックバーで○○部のH君とS君が、能登役員はエライので話ができない、敷居が高くて役員室にも行けない、とこぼしたそうです。私は自分がエライと思っておりませんし、部屋の敷居が高いと感じたことはありません。しかし、二人が言うんだから、そう見えるんでしょう。それは大いに問題です。

先日ある雑誌を読んでいましたら「随所に主と作る」(作るは、なる、と読みます)という禅の言葉にぶつかりました。至る所でそれぞれ「主」を演じる、ということだそうです。人間の体にどこといってエライところはない。足の裏、手、首、頭、どこもエライところが無く、すべてが依存し合って様々な「役」を担っている、というのです。会社も同じだと思います。社員も役員も会社という一つの生命体を形作っており、それぞれの「役」に自信を持って徹する、ということが大事なのです。役員だけがエライわけではありません。

私の部屋と○○部は離れ過ぎです。コミュニケーションが不足していると感じます。エライだの敷居が高いなどと言わせないためには、もっと身近に接近するべきと思いました。そこでまずは、私の思うところを勝手に伝えることにしました。真面目な話はしません(多分)。特定のジャンルもありません。聞き流し、読み流しで結構。意見・感想があるなら返信も可。というわけで、今後ともよろしくーー!!(2008.6.30)


2.ル-トnの法則

○○部の皆様、お早うございます。
先週の水曜日、「開発局廃止」のニュースにはホント驚きました。廃止が「かねてからの懸案だ」という首相。その一言がどれほどの重みを持つのか、首相自身、ご存じないのではないか。あまりにも短絡、拙速。あきれかえってしまいます。官製談合問題と組織改廃論は別問題のはず。いろいろ言いたいことはありますが、それはさておき、今後の展開が気になるところです。

人間10人いれば、一人、二人は問題児だ、というのが私の持論です。北海道開発局の職員数は5,600人ですから、かなり危ない人がいるのも事実でしょう。なぜ組織の全員(会社ならば全社員)が「正常な人間」である、という状況が生まれないのか。それは、生命体も「ル-トnの法則」(「平方根の法則」とも言う)に従うからだと思います。

オーストリアの物理学者シュレーディンガー(1933年ノーベル物理学賞)は、「例外的な振る舞いをする粒子の頻度はルートnの法則に従う」と提唱しました。生命体も物理の法則に従うとすれば、生命体が100あればそのうちルート100=10が例外的な振る舞いをするということになります。この場合の誤差率は10%。100万なら1,000で、誤差率0.1%、1億なら1万で、誤差率0.0001%と、母数が大きいほど誤差率は急激に小さくなります。(生物になぜ何億もの細胞があるか、という説明に繋がってゆきます。詳しくは福岡伸一著「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書)をどうぞ。オススメです)

「ちょっと斜に構えたエッセイ集」(第一集)で、働き蜂の2割は働かないとか、事故発生確率はほとんど変わらないという話を書きました。これらもルートnの法則で説明できそうです。開発局職員5,600人のルートは74.8人、すなわち75人は「例外的な振る舞い」をする可能性があるのです。で、我が社150人の社員、そのルートは12人。なるべくルートnの法則に従わないことを祈るばかりです。
(開発局の談合事件が職員数から見て必然、というのではありません。また、当社に12人の問題児がいるというのでもありません。あくまでも数字の上のお遊びです。)(2008.7.7)


3.カフス

私は、背広、ワイシャツ、ネクタイをきちっと着こなすようにしています。といっても、特別に、ではなく、人並み程度の気遣い、といったところでした。しかし最近、いろいろな方々との会合、飲み会で、ふと気がつきました。それなりの地位の方々が「カフス」をしているのです。何かキザだなあ、と最初は考えましたが、何か心に引っかかる。何が引っかかるのか考えました。

結論は、次の通り。それなりの地位の人は、それぞれの会社の「顔」でもある。その方々がビシッと着こなし、カフスを覗かせるのは、スマートで小綺麗な会社というイメージに繋がるのではないか。仮に頭ボサボサ、ヨレヨレの背広で、シミのあるワイシャツに品のないネクタイをしていたらどうだろう。たぶん、会社の信用度はガタ落ちだろう。ヨシッ、ときには俺もカフスをしよう!(やや短絡気味の結論ですいません)

我が家に帰って引き出しを探してみたら、いつ手に入れたか分からないカフスが2セットありました。しかし、イマイチ気に入らない。しかも2セットではあまりにも少ない。そこでその後、折に触れていくつか購入した次第。ちなみに、カフス、あるいはカフスボタンというのは通称であって、正しくは「カフ・リンクス」というのだそうです。カフがシャツの袖口のことで、袖口を繋げるからリンクス。ともあれ、時々カフスをするようになった次第です。ただ、カフスをしたままパソコンを打つと、どうもカフスが邪魔。日中は外すことがしばしばですけれど。

我が社、よく見ると、服装にいい加減な人がチラホラ見受けられます。本人はそれでいいかも知れませんが、その人もほかから見れば「○○会社の人」であって、「いい加減な会社」というイメージに繋がります。皆さん、営業や業務で走り回るときは、是非身だしなみ、服装に気を遣いましょう。(ちなみに、○○部の皆さんは、かなりしっかりとしておられます。喜ばしい限りです。)(2008.7.14)


8.墓を買った

皆様、お早うございます。スケジュール休暇、いかがお過ごしでしたか。私は毎年恒例、留萌の実家に帰っての墓参りでした。実は私も墓を建立しましたので、今回はその話。

7月初め、知人夫妻と飲んでいるとき、「いよいよお墓を建てましたよ。」と知人。あっそう、実は自分もそろそろかと、というハナシになり、さっそく墓石屋さんを紹介して頂いた。翌日には墓石屋さんから電話。今度の日曜日に墓地を見に行くことにしましょう。で、真駒内霊園へ。どでかい霊園でした。知人の購入した墓地のすぐ近くに空きがあり、それを購入することに。4㎡で120万円(墓石込み)。トントン拍子で話がまとまった。さすが「はか行く」です(意味が分からない人は周りに聞いて)。

「企画墓地」と言うそうで、扁平な四角の石を建てるスタイル。一画すべて同じ形の墓石が並びます。これとは別に「自由墓地」があって、面積も広く墓石の形を自由に決められるそう。ただし値段は倍以上。企画墓地は4㎡というが、どうも狭い。おかしい。聞けば、墓地の前の緑地を含むとか。何か詐欺まがいだ。

2週間ほどして墓に刻む文字、家紋の紙型が届き、OKの返事を出した。それから一週間後、完成の連絡。で、このあとどうするのかを墓石屋さんに聞いた。お坊さんを呼んで「魂入れ」を行うとか。お布施の相場は1万5千円。数珠もあればよい。供花、線香ろうそくは霊園の事務所で買えます。何か変だけど、まあ従うか。8月3日、あいにくの雨だったが、家族を引き連れて真駒内霊園へ。事務所で花と線香セットを買って、出来たての我が墓地へ。やや遅れてお坊さん。同じのがたくさんあって、迷ったんだそうだ。読経?が始まる。何か変だけど、数珠を手にして、神妙にたたずむ。よく聞いているとお通夜の読経とはどことなく違い、何度か「寿陵(生前にお墓を建てること)は誠にめでたい」とか、家内安全、家運隆盛その他をお釈迦様(阿弥陀如来だったか?)にお願いしているようだ。

ヒマなので周りの墓を見渡す。墓石の字は「○○家」が圧倒的だが、愛、風、心などの文字、意味の分からない模様、と様々。訳の分からない読経がまだ続く。そして30分。やっと終わった。お坊さんが「何かあったらよろしく」と名詞をくれた。何かって何だ、とつっこみを入れようかとも思ったが、まぁいっか。帰り道、霊園内各所にいくつもの仏像が立ち並ぶのを見た。正門にはモアイ像が並んでいるそうだ(我々は中門から出入り)。何の意味があるのかね。すべてそれ墓地の管理費。よほど儲かっているのかも。

と言うわけで、パタパタと「ツイの棲み家」を手に入れた次第。真駒内霊園にはまだ未契約の墓地があるようです。ご希望ならば、墓石屋さん(霊園墓地販売の代理店)を紹介しますよ。(2008.8.18)


12.通夜の説教

先週水曜日の朝、何気なく朝刊を見ていたら、死亡欄に「林 正道」と有り、驚きました。その日が通夜。さっそく黒いネクタイ、数珠を用意して出社し、夕方西区の斎場まで行きました。林さんは、もと北海道開発局土木試験所(現寒地土木研究所)の所長であり、退官後は北見工大のコンクリート工学の教授、最後は学長まで務め、さらに道都大学学長も歴任した学者肌で、温厚で、素晴らしい人ですが、何といっても実は私の「仲人」でありました。万難を排して行かなければなりません。享年84歳でした。

斎場には開発局OB、大学関係者、コンクリート関係の方々など、多くの方が参列しており、現北見工大学長の鮎田先生が葬儀委員長をしておられました。…とまあ、書き連ねておりますが、私が言いたいのはこれからであります。

読経が終わると、お坊さん(導師?)による説教が始まります。昔からあったかどうかは定かではありませんが、最近は必ず「説教」が付いています。私の経験での「説教」の中身は、人は死ぬ定めにあること、ご遺族の哀しみの和らげ方、仏のご慈悲、生きるということの意味、などなどであり、それはそれで価値があり、まあ静かに聞き入っていたと記憶しております。しかし今回は違った。「人は3歳あたりから自我に目覚める。自我はいわば欲である。これが成長に連れ、だんだん度を増す。これが世の中をダメにしている」ってな話しを、ダラダラと、延々と、したのです。多分オチがあるだろう、仏様か菩薩につながるだろう、と思って我慢して聞いていました。しかし、いつまで経っても全然その気配はない。隣近所は腕時計をチラチラとか、腕を組んで憮然とか、半分寝たりとか。

私は、面白くもない講演をじっと聴いたりはしません。途中で退席して、のんびりタバコでも吸います。懇親会で来賓の挨拶、乾杯の挨拶が長くてくだらないときには、話を聞かずに一人で水割りでも飲み始めます。しかし、通夜の席はそうも行かない。まさか退席も出来ず、タバコも吸えず、水割りも飲めない。とにかく、かなり腹が立ってきた。仕方がない。祭壇の菊の花が何本あるか数えたり、供花の名前を順番に見たり、参列者が何人かを推定したり、涙ぐましい努力を続けたのでありました。

読経が25分で説教が25分。何とも腹立たしい通夜だったというお話でした。(2008.9.16)


13.錦城護謨

先週のことですが、「錦城護謨」のK取締役が挨拶に来ました。K氏はもとF建設に長年勤務し、軟弱地盤対策に携わっていた関係で、私とは非常に親しい仲であります。将来はF建設の社長か、くらいの人望がある人でしたが、事情があって退職し、この8月中旬から「錦城護謨」に再就職した次第です。

で、「護謨」と書きましたが、何と読むかは知っているでしょうね。実はK氏と飲みに行って、某スナックのママさんが「これ、何と読むの?ゴマク?」というではありませんか。ビックリしましたが、考えてみれば護謨の「護」はまだしも、「謨」のほうはほとんど使われない、あるいは見たことがない漢字ですよね。漢和辞典によれば、「ボ、モ、はか・る」と書いてあります。「大きなことを計画する」という意味だそうです。

「護謨」はもちろん「ゴム」ですが、「護謨」自体に意味はなく、全くの当て字です。ミニスカートのミニを「迷迩」と書く、例の中国漢字の当て字というわけです。ゴムメーカーの会社は、製品は「ゴム」とカタカナ書きしていますが、会社名には「護謨」を使うところがやたら多い。何とも不思議です。ちなみに、「ゴム」はもともとチューインガム、アラビアゴムなどの植物性樹脂のガム(gum)からきています。英語ではラバー(rubber)と言いますが、ゴムでこすると(rub)字が消える、ということが由来だそうです。

ついでに、「錦城護謨」の「錦城」ですが、社長の名前か?と普通は思いませんか。それが違うんですねえ。社長は太田というんだそうで、先代社長の太田さんが戦前だか戦時中かに大阪城の警護に当たっていた。その後ゴム会社を興したとき、大阪城に愛着があったので「錦城護謨」という会社名にした。ここですぐに理解した人はエライ!私は、「エッ何それ」、と全く理解不能。ナント、大阪城の別名は「錦城」(または金城)なのだそうです。姫路城を白鷺城、熊本城を銀杏城というたぐい。イヤー、「大阪城が錦城」、この歳まで、ホントに知りませんでした。お恥ずかしいかぎりであります。(2008.9.22)


14.地下鉄にて

私、地下鉄通勤です。時々、こいつ、バッカじゃないか、と思うことがあります。
ご承知のように、地下鉄南北線の青い車両は、座席の所にわずかの凸部が有って、凹部に人が座るように出来ております。わざわざ膝送りするまでもなく、凹部に座れば、きっちりと所定の人数(6人)が収まる仕組みです。ところが、そんなことはお構いなく、適当に座る人がいるのです。凸部だろうが、若干凹部がずれていようが、全く気にしないで座るのです。その結果は、推して知るべし、もう一人誰か座れるはずが座れない、ということになります。

ガラガラの車内であれば、自由に座っても許せるでしょうが(それでも私は許せない)、かなり混んでいるのに適当に座る、そういう馬鹿がいるのです。なぜ馬鹿かというと、座席の凹凸の仕組みが分からない、少しずれれば誰かが座れることに気づかない、自分がどのような状況にあるか意識しない。バランス感覚ゼロ、なんでしょうね。そんな馬鹿が一つの車両に一人は確実にいるような気がします。こいつらが一般社会で堂々と生きているのが不思議でありますが、常々周りは迷惑しているんだけれども、本人はノー天気でまるで気づいていない、ということでしょうかねえ。

もう一つの馬鹿は、車内でのお化粧。顔をパタパタ、マスカラー、馬鹿ヅラで口紅。ブラシで髪を整え、抜けた髪をさりげなく捨て、手鏡向かってにっこり…。全く周りのことを気にしてもいないのは、くそ度胸があるということでしょうか。出来上がった顔を見ても、たいして綺麗になったとは思えませんけど、本人は満足げ。知的なかけらもない土台にいかに化粧を施しても、馬鹿さ加減は消えないと思いますよ。

横浜の地下鉄だったと思いますが、全車両「優先席」。これはなかなかいいアイデアだと思いました。札幌の地下鉄、「専用席」はありますが、いつもそこだけ空いている。何かムダ、といつも思っています。(2008.9.29)


15.結婚式のスピーチ

先週の土曜日、姪の結婚式があり、鎌倉まで行ってきました。親族代表のスピーチを頼まれておりましたので、おおよそ以下のような話しをしてきました。
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皆さん、今日は漢字の勉強をしましょう。私は先ほど「結婚」という言葉を使いましたが、「結婚」、これは明治時代に出来た言葉です。それまでの日本では、夫婦になることを婚姻や婚礼、あるいは祝言をあげると言いました。明治になって、英語の翻訳がたくさん行われましたが、marryを翻訳しようとして、適当な言葉がない。なぜならmarryとは、神イエス・キリストに許しをもらって夫婦になる、という意味だからです。「婚姻」では単に二人が夫婦になるだけ。神との誓約が入っておりません。そこで、「婚姻し、夫婦の契りを結ぶ」、ということから「結婚」という言葉が新に作り出されたのです。同時に、誰に対して誓約するかが必要になり、神前、仏前、人前などの形式が生まれることになった次第です。

ついでに申しますと、婚姻の婚の字ですが、右側は暗闇という意味です。黄昏という字にも使われていますから、お分かりでしょう。なぜ「暗闇」が使われているか、それは暗闇に紛れて男どもが次々に女性の元にやってくる(いわゆる「夜這い」ですが、結婚披露宴にふさわしくない言葉なので、口にはしませんでした)。その中の一人の男性を女性が指名して結婚する、という習わしが昔あったからです。ついでのついでに、婚姻の姻のほうですが、右側にある因という字は「敷きのべられた布団に女性が<大>の字になって寝転ぶ形」を表しているそうです。だから、結婚してからは、女性は大の字になってお昼寝しても、夫どもは文句を言ってはいけないのです(ホントはイヤらしい意味なんですが、それも口にはしませんでした)。

さて、結婚したからには「幸せ」にならなければなりません。この「しあわせ」は元もと「仕・合わせ」で、本来「めぐり合わせ」という意味の室町時代に生まれた言葉だそうです。昔は「しあわせが良い」とか「悪い」、つまり「めぐり合わせがよい、悪い」という使い方でしたが、江戸時代以降、「しあわせ」のみで「幸運な状態」を表すようになったと言います。本日お二人は、めぐり合わせが良く、めでたく結婚することとなりました。めぐり合わせがよい、すなわち「幸せ」なのであります。お二人の末永い幸せをお祈りいたします。
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以上です。結婚披露宴のスピーチにふさわしいかどうかは疑問かも知れませんが、「漢字の勉強」にはなったでしょう。(2008.10.6)


16.9.11の陰謀説

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件。オサマ・ビンラディンを首謀とするイスラム原理主義者テログループの犯行、というのが定説でありますが、「陰謀説」もあるんだそうですね。例えば、タワーの崩壊が自由落下に近い。ビル崩落時の映像に、階下で謎の白い煙が吹き出ている。崩壊後のビル地下で鋼鉄が溶けて流れていた。これは「テルミット」という爆発物を使用したときに酷似している。などなどから、故意に崩壊させたのではないか、というものです。WTCのツインタワーは老朽化しており、アスベストの問題もあり、再建の話しがあったとか。

ペンタゴンへの旅客機衝突も、前面の芝生部分に残骸がまったく飛び散っていない。映像に機体の破片も乗客の遺体も全く映っていない。そもそも建物の破損部位が機体の大きさよりも小さく、翼部分に相当する場所のダメージが見あたらない。突入の瞬間を捉えた監視カメラに、飛行機は全く映っていない。何かおかしいぞ、というわけです。それから、ハイジャックされた民間機上の乗客から、次々と携帯電話で電話がかかってきたと言われていますが、飛行機から携帯電話がつながるのか。常識で考えれば、多分ダメでしょうね。

ホントのところは分かりませんが、十分小説なり、映画になってもいいような「陰謀説」です。なぜ9月11日だったか、というのも謎を呼んでいるそうです。911はアメリカレスキュー隊の電話番号だし、(9+11=20)となるが20米ドルを蛇腹折りすると「OSAMA」の字になる、その他諸々。

事件直後に、私の知り合いのクリスチャンから教えられたのも面白い。旧約聖書の伝道の書、第9章第11項に「わたしはまた日の下を見たが、必ずしも速い者が競争に勝つのではなく、強い者が戦いに勝つのでもない。また賢い者がパンを得るのでもなく、さとき者が富を得るのでもない。また知識のある者が恵みを得るのでもない。しかし時と災難はすべての人に臨む。」とあります。速い、強い、賢い、…のアメリカだが、災難に遭うこともある、というわけです。次の第12項には「人はその時を知らない。わざわいの時が突然に彼らに臨む。」とも書いてあります。う~ん、何か意味深だなあ、と思いませんか。(2008.10.13)


17.松江に行ってきました(2008.10.20 詰まらないので省略)


18.「天地創造」など

JCOM(有線TV)で「天地創造」(1966年、アメリカとイタリアの合作映画)を放映していたので、ワァー懐かしい、と思わず観てしまいました。4時間弱の映画で、途中で休憩が入ります。ご存知の方が多いとは思いますが、旧約聖書の創世記、第1章から第22章までを映画化したものです。神が天地を造り、アダムとイヴが生まれ、ノアが方舟を作り、バベルの塔が崩壊し、ソドムとゴモラの街が瓦礫と化し、アブラハムの話で「The END」となりました。

アブラハムの話というのは、「息子のイサクを神の生け贄に捧げよ」という神の命令に従い、ナイフでイサクを殺そうとした寸前に「自分の子を犠牲にしてはならぬ」という神のお告げが来て、イサクが助かったというものです。アブラハムがどれくらい信心深いかを神が試したんですが、あまりにも残酷な試し方だと思いませんか。

旧約聖書はこのあと、出エジプト記(例のモーセの話)、民数記、レビ記、申命記、ヨシュア記、士師記(英雄サムスンが女性のスパイによって髪を切られて力を失い、殺される話)、サムエル記(ダビデ王の治世)、列王記、…と続きますが、ヨシュア記に面白い記述があります。紀元前1200年、ヨシュアはエルサルムと死海に近いエリコの町を攻めましたが、町は頑強な城壁に囲まれており、なかなか攻め切れません。そこでヨシュアはイスラエルの群衆を城壁の近くに集めさせ、7人の祭司が同時に吹く雄羊の角笛の音を合図に、城壁に向かってワーッと歓声を上げさせます。これを何度も繰り返したところ、城壁の一部がガラガラと崩れ落ちました。ヨシュア達は崩れ落ちた城壁から攻め込んで、ついにエリコの町を攻め落とした、というものです。

んな馬鹿な、とお思いでしょうが、群衆の歓声は低周波音響であり、これを何度も行うと城壁の石が疲労破壊を起こし、崩れ落ちる可能性がある、とのことです。エリコの城壁崩壊は、疲労破壊の世界最古の例ということになるのです。ほんまかいな、とは思いますが、札幌ドームの稲葉ジャンプ、あれを何度も繰り返していると、いずれ疲労破壊を起こすのではないでしょうか。私、本気で心配しております。(2008.11.4)


19.「その日のまえに」

10日ほど前のこと、帰宅するとテーブルの上に真新しいカバーの掛かった文庫本がありました。聞けば、書店の店員が選んだ本の第1位だというから買ってきた、とワイフが言います。本の題名は「その日のまえに」(文春文庫)、作家は重松清。聞いたこともないなあ、と気にもしていませんでしたが、何気なく夕刊の映画広告を眺めていたら、11月1日から映画「その日のまえに」の上映が始まるとのこと。へぇ~、映画にもなるくらい有名なんだ、じゃあ、ちょっと読んでみるか。

7編からなる短編集で、最後の3編「その日のまえに」「その日」「その日のあとで」が続き物。されど、その前の短編に出てきた人たちも最後のほうでちらりと登場する構成。これから読む方のために、内容は言いませんが、親が、妻が、自分がガンで死ぬ、という話しです。

11月2日の日曜日の夜、その文庫本を持って寝室に行き、ベッドに横になりながら読み始めました。「ひこうき雲」「朝日のあたる家」「潮騒」と読み、そして「ヒア・カムズ・ザ・サン」で涙が出てきたので、その短編でとりあえず読むのをやめました。翌日の夜、「その日のまえに」から読み始めましたが、「その日」に入ってからは涙が止まらず、字が潤んで読めないほどでした。

人間、いつかは死にます。それは理解してはいるものの、自分が死ぬと分かったとき、愛する誰かが死ぬと分かったとき、小説の登場人物のように自分も家族もいろんな想いが交錯するのだろうなあ、と胸が痛くなりました。「死」は悲しいことでしょうが、この小説に暗さはありません。全編「優しさ」に溢れているのです。だから涙が出るのです。

ところで、O君から北方兼三の「楊家将」(文庫本、上下)とその続きの「血涙」(単行本、上下)が面白いというメールを頂いたので、さっそく読みました。ホント、面白くて一気に読み終えました(O君、ありがとう!)。やっと「ローマ人の物語」の32~34巻がでました。今日から読み始めます。(2008.11.10)


20.社名の由来

前に「錦城護謨」社名の由来をお話しいたしましたが、曰くある社名ってのが結構あります。「積水化学工業」はもともと「日本窒素肥料」という社名で、戦前、朝鮮半島の鴨緑江に巨大な水力発電所をいくつも所有していたそうです。戦後まもなく(1947年)、新たに会社を立ち上げる際、かつて「満々と水をたたえるダム」を有していたことから、「積水」を社名にしたとか。「積水」自体は、孫子の一節「勝者の民を戦わしむるや、積水を千尋の谷に決するがごときは、形なり」に用いられており、「勝利を得るためには着々と水を積み上げていくような準備が必要」というような意味だそうです。

ウイスキーの「ニッカ」は、もともと「大日本果汁株式会社」を略した「日果(にっか)」から、「サントリー」は鳥居三兄弟が始めた会社だから、というのは結構知っている人もおりますが、面白そうな社名の由来を以下にいくつか示しましょう。出典は「夏目房之助の学問」(夏目房之助+週刊朝日、朝日新聞社、1987発行)です。

ダスキン:新しく会社を興すとき、社長はインパクトのある名を、と考え、(株)ゾーキンにしようとしたが、社員が反対し、ダスト(ほこり)+ゾーキンでダスキンとした。後に脱皮(ダッ スキン)の意味も付加したそうだ。
任天堂:人事を尽くして天命を待つ。
資生堂:易経にある万物資生(万物はこれをもとにして生まれる)より。
キャノン:前身は精機光学研究所というが、創立者の吉田五郎は観音菩薩を熱心に信仰しており、精密小型カメラに「KWANON」と命名。その後、キャノンを社名とした。
アデランス:アドヒアレンス(くっつく、根ざす)、社会に根ざし頭に根づくという意味。
アートネイチャー:「自然で芸術的な髪を」という期待を込めて。
花王:「顔」をもじって。
ヤクルト:エスペラント語のヤフルト(ヨーグルトのこと)。
キッコーマン:創業当時の会社が亀甲山の近くにあったので「亀甲萬」という醤油を販売。
イトーヨーカ堂:創業当時、近所で日華堂という店が繁盛しており、それを真似て「洋華堂洋品店」という会社名を採用。
ロッテ:重光社長の愛読書「若きウェテルの悩み」に登場するシャルロッテから。

いかがですか。意外と面白いでしょ。まだまだたくさんの面白い社名由来がありそうですね(万年筆のパイロット、セーラー、プラチナについては「ちょっと斜に構えたエッセイ第2集」に書きました)。ところで、我が社の社名由来はあるのでしょうか。「開発」はともかく「工営社」とは本来どんな意味なんでしょうね。誰か、分かる人、おりませんか。(2008.11.17)


22.正しい歴史認識

マスコミを賑わした田母神俊雄(もと航空幕僚長)の論文「日本は侵略国家であったのか」を読みました。やや手前勝手で、短絡的なところもあるけれど、まぁそういう考え(侵略国家なんて濡れ衣だ)もあるだろうな、という印象でした。私もやや右翼的かも、と自分で思っているくらいですから、一部共感できるところもありました。ただ、彼の立場を考えれば、「不穏当」と世間が騒ぐのも理解できます。

問題は「正しい歴史認識」をどうやって子供達に教えるか、だと思います。我が家の子供たちがまだ小さい頃(小中高生)、よく言い争いをしました。義経は頼朝の思惑を理解しなかった馬鹿者である、とか、日本は列強のアジア進出と真っ向から衝突してやむなく戦争の道へと走らざるを得なかったのも事実の一つだ、とか、軍隊を認めない国に将来はない、など。そんなハナシをしようものなら、イヤ義経はいい人で、頼朝は悪いやつだ、昔の日本人は中国や東南アジアを侵略した悪者だ、世界は軍隊がいるから戦争になる、軍隊がいなければ世界は平和になる、などと子供達から総攻撃を受けることになるのです。

中国各地に「抗日記念館」というものがあります。そのいくつかを観て回る機会がありましたが、陳列物、説明文は、それはそれはひどい内容で、これでもかとばかりに日本あるいは日本軍の非道残虐ぶりを延々と紹介しています。しかし、明らかに日本軍の仕業ではないもの(鉄兜、軍服、刀が違う)、日本の文化では理解しがたいもの(拷問の仕方、殺し方、死体の取り扱い)、などかなり混じっていて、我々日本人からみると首を傾げたくなるものが結構あります。ご丁寧にマネキンや動く人形を使い、残虐な場面を音と映像で再現するものもあります。それらの抗日記念館には必ず小中学生が列を作っております。教育の一環として抗日記念館を見学することになっているのです。かなり怪しい「事実」を見せられた子供たちは、多分すべてホントのこととして頭に刻み込むことになるでしょう。

日本でも、中学校、高校と歴史を学びますが、教える側に何らかの意図があれば、子供たちは歪んだ知識を真実として頭に刻み込みます。知識人と称される方々がマスコミで自虐的な歴史認識を述べれば、自ら考えることを忘れた国民はそれを真実として受け止めるでしょう。まさに洗脳です。歪んだ「真実」をまともな「真実」にするのはきわめて難しい。上っ面の事実だけではなく、当時の社会的状況、事象を取り巻く環境などを辛抱強く教えなければならない。果たしてガッコウのセンセーが「正しい歴史的事実」を教えているかどうか。甚だ疑問に思っております。(2008.12.1)


23.アイヌの人達

先週、某集まりがあって、その際に特別講演がありました。題名は「アイヌの歴史とアイヌ語地名」、講師は札幌大学文化学部教授の本田優子さん。 御歳51歳、北大文学部卒業後、平取町二風谷に移り住み、萱野茂氏の助手として子供達にアイヌ語を教えたり、アイヌ語辞典編纂のお手伝いをした。2005年から札幌大学文化学部の教授。なかなかの美人で、お話がうまい。たった1時間の講演でしたが、もっと聞きたかった。

問題を出します。Q1:現在北海道にアイヌと称する人は何人くらいいるでしょう。Q2:現在アイヌ語で会話している人は何人くらいいるでしょう。

答えは今週末の地質部忘年会で発表しましょう。その前に、メールで回答を返信して頂いても結構です。正解者(正解に最も近い数字をあげた人)には、……褒めてあげます。

アイヌは「北の島で神々とともに暮らす自然の民」というイメージがありますが、もともとは北の海を縦横に駆ける「中継ぎ交易民族」だったそうです。樺太・千島や大陸北部から毛皮や織物・玉石を輸入し、それらを南(本州)に売る。南(本州)から漆器類、小袖などの和製品を輸入し、北に売る、というようなことをしていた。1264年(元寇襲来の10年前)には、大陸北部のギレミ(少数民族)とアイヌが交易上のトラブルを起こし、ギレミが元に応援を頼んだことから元がサハリンに侵攻してアイヌと交戦、1297年にはアイヌが大陸に渡り元と交戦した、という記録があるそうです。

やがて北方との交易が廃れ、和人対象の交易のみとなりますが、和人は商い場所を特定し、さらに居住地を動いてはならないというお触れを出してアイヌを封じ込めます。こうして次第にアイヌ民族の衰退が始まり、現在に至る、ということです。アイヌの歴史にまつわる面白いお話も聞きましたが、省略。またアイヌ語地名に関する話しも省略。本田先生の「アイヌ語の背後に独特の世界観や文化、歴史が広がっている。しかし、アイヌの子供達はアイヌの昔話すら知らない。民族教育のシャワーを常に浴びていなければ、アイヌは消滅する」という言葉が強く印象に残りました。(2008.12.8)


24.問題の答え

問題の解答:Q1の北海道にアイヌと称する人は8,274世帯、23,782人(2007年道庁調査)。しかし、これは「アイヌと自ら称する人」であり、実際には数倍のアイヌ人口があるとされています(つまり、アイヌ人口は10万人を超える、ということ)。Q2のアイヌ語で会話している人はゼロ。会話とは二人以上がアイヌ語で話を交わすことですが、アイヌ語を話せても日常的に相手がいない、という現状にあるそうです。

我々和人は、「ごく少数のアイヌ人達が、今なお伝統文化を守って生きている」と思っていますが、実際は「身近に出逢うほどのかなりの数(50人に一人くらいの割合)のアイヌ人達が、文化を取り戻すために努力を続けている」というのが実態だとのこと。勉強になりました。

ところで、「アイヌと自ら称する人」以外のアイヌの方々はなぜ自らアイヌと称しないのか。それは、有形無形の差別を受けるからだそうです。我々自身に(私を含め)アイヌを差別しているという意識は無いと思うのですが、どこかで知らないうちに差別しているんでしょうかね。

京都近傍で生まれ育った私の友人は、いわゆる部落民を今でも極度に嫌っています。高学歴の知識人なのですが、「虐げられ続けてきた部落民は心が真からねじ曲がっていて、信用すると痛い目に遭うから」というのが理由らしいです。「部落民」という言葉すら使いたくないようで、彼らのことを親指を折って他の指を伸ばして(つまり、四つ、という意味)「こいつらは」といいます。四つ、というのは動物の四つ足のことで、エタ非人を表すようです。それほど差別意識が強烈なのです。私には理解できません。

人種差別問題は根が深いので、ここであれこれ言いませんが、何か、哀しいですね、人間っていう生き物は。(2008.12.15)


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Ⅱ-2 2009年の能登メール(26~74)


27.ウルトラマンの怪/28.お屠蘇/29.カツラの話し/30.沈黙のらせん理論/31.島の法則/34.体重と寿命の関係/38.嘘をつくということ/39.黒部の太陽/40.ドボクの人気/41.視点を変える/42.「24円返金します」/43.なせばなる/44.話しに数字を入れる/45.フレーミング効果/46.パチンコ愛好家は会社の発展に貢献する/47.「小説」とは/番外編/番外編の結果報告/48.アキレスと亀/49.ちゃんとやれ/50.寿命短縮リスク/51.聖者の弱点/52.企業は儲けるために存在するのか/53.紀元と紀元前/54.島津斉彬からしょこたんまで/55.何でそう言うの?/56.囚人のジレンマ/57.偶然の地球/58.二面性/59.ワクチンが足りない/61.おだる/62.ダメな会社/64.直観像記憶力/65.八木アンテナ/66.「聴かせる」ということ/67.エッ商品名?!/69.ルンペンストーブ/70.年収のハナシ/71.議員歳費/73.賛美歌


27.ウルトラマンの怪

M78星雲から宇宙怪獣ベムラーを追って地球にやってきたウルトラマン。科学特捜隊のハヤタ隊員が操縦する小型ビートルと衝突し、ハヤタを死亡させてしまった。責任を感じたウルトラマンは、ハヤタに自分の命を分け与えて一心同体となり、地球に留まる事を決意。危機に直面した時、ハヤタはベータカプセルを利用してウルトラマンに変身、怪獣や宇宙人と戦う。ご存知「ウルトラマン」のお話です。

変身したウルトラマンの身長は40m、体重は35,000トン。ハヤタ隊員は地球人で、ウルトラマンは宇宙人。したがって単純な比較は出来ないかも知れないが、テレビで見た限りでは体型的には同じようなもの。すなわち幾何学的に相似。するとおかしなことに気づく。ハヤタ隊員の身長を1.7m程度、体重を70kgとして、身長は23.5倍になっているのに、体重は何と50万倍。と単純に計算するのは間違いで、体重は3乗しなければならない。で、23.5の3乗は約13,000だから、体重は約900トンになるはず。それなのに35,000トンだという。宇宙人の質量(体重)はどうも地球人とは違うようです。

もう一つおかしな点があります。足が支えられる体重は足の断面積に比例する。断面積は直径の2乗に比例するから、23.5の3乗になった体重を支えるために、ルート13,000=114で、足の直径は114倍になる必要がある。つまり、25.5cmの足なら29mの足の長さにならなければならない。幾何学的相似で身長40mに変身したウルトラマンの足の長さは、何と29m。想像したら笑っちゃいますね。

地球上に生息する動物の骨の破壊強度は動物のサイズに寄らずほぼ一定だそうです。したがってアメンボウは細い足で十分だが、サイズの大きな象は太い足が必要となります。ゴジラの足がやたら大きいのは、ももともとは地球にいた動物(恐竜?)だからなんでしょう。幾何学的相似で変身しても、足が特別太くなっていないウルトラマンは、やはり宇宙人だからでしょうかね。

ちなみに、ウルトラマンの変身時間は3分です。なぜ3分かというと、ボクシングの1ラウンドの試合時間、チキンラーメンの調理時間、長嶋茂雄の背番号などからヒントを得たとか。パチンコにもウルトラマンの機種がありました。スペシウム光線で怪獣をやっつければ「大当たり」。ひと頃、楽しませて頂きました。(2009.1.13)


28.お屠蘇

暮れの仕事納めの折、N君から「お屠蘇」の由来を聞いて「へ~」でしたが、そのうちにもう少し詳しく調べてみようと思っていたところ、何と、N君が「屠蘇」(という薬草)を持ってきてくれました。水引のような紅白の紙を開くと、ティーバッグもどきに薬草が入っており、「屠蘇の起因」が書いてありました。それを紹介すると…

「むかし嵯峨天皇の御代弘仁年間(今より千百余年以前)に唐の博士・蘇明という人が唐の使として来朝の折り、絹の袋に入れた屠蘇白散(とそさん)と称する霊薬を献上しました。天皇は元旦より三ヶ日清涼殿の庇に出御されて四方拝の御儀式の後、お酒にお屠蘇を浸して用いられた」のがお屠蘇の始まりなのだとか。そもそも「屠蘇」とは「蘇」(病をもたらす鬼)を屠(ほふ)るという意味で、邪気を払い無病長寿を祈るお正月のセレモニーとして中国に昔から伝わる習慣だということです。

お屠蘇は、清酒1合に薬草(屠蘇散(とそさん)というらしい)を6時間ほど浸し、これにミリンあるいは砂糖を少々加えて作ると書いてあります。薬草には桂皮・山椒・陳皮・桔梗・丁字・浜防風・白朮などが入っているといいます。何のことやらさっぱり分かりませんが、身体を温めたり、胃腸の働きを助けたり、風邪の予防に効果的といわれる生薬なのだそうです。

正しいお屠蘇の頂き方は、若水(元旦の早朝に汲んだ水)で身を浄め、一家揃って初日の出を迎え、神棚、仏壇などを拝んだ後、家族全員が揃って新年のあいさつをし、雑煮を食べる前にお屠蘇を飲む。このとき、通常とは逆に年少者から年長者へと盃を順にすすめる。若者の精気を年長者に渡すという意味合いが含まれているのだとか。また、正月三ヶ日の来客に対しても、まずお屠蘇をすすめてから新年の挨拶を交すのだそうです。いやはや、そんなしきたりがあるとは、この年になるまで知りませんでした!

もっとも、ネットで調べたところによれば、基本的には関西以西の西日本に限られた風習であって、他の地方では、単に正月に飲む酒を「お屠蘇」と称しているとのこと。ともあれ、せっかくN君から頂いた「屠蘇」、我が家に持って帰り、翌日の昼頃に酒に浸し、砂糖少々を入れるようワイフに指示をし(5~6時間浸せとあるので)、夜、近くに住んでいる息子夫婦を呼んで、歳の若い順に飲んでみました。透明な酒はすっかり琥珀色、味は…、シナモンのような、八つ橋のような、やや薬臭い感じ。まあイヤな味でもない。というわけで、もう時を逸してはいましたが、今年は本物の「お屠蘇」を頂きました。きっと良いことがあると期待しております。(2009.1.19)


29.カツラの話し

昨年暮れの仕事納め、S君の頭の状態から「カツラ」の話題が出ましたので、今回はカツラのハナシ。

カツラはいつから用いられたかというと、エジプトのミイラの中に、結構カツラを着けたものが見つかる。古代ギリシャ、古代ローマでもカツラを着ける習慣があった。日本でも、醍醐天皇(879年~930年)の時代に、カツラを使用していたという記述がある。ということで、カツラの歴史はかなり古いようです。古代のカツラはいずれも、威厳を示すため、あるいは装飾に用いられたといわれております。

モーツアルトなどの西洋の肖像画を見ると、両サイドがクルンと巻かれたカツラをかぶっています。イギリスでは現在も裁判官や判事、弁護士が裁判のときに法廷でカツラを着用する風習が残っていますし、上院の議長は今でもカツラをかぶっております。いずれも威厳を示すために着用しているそうです。

では、なぜ西洋の上流階級がカツラを着用するようになったのか。原因はフランスのルイ13世(在位1610~1643)にあります。ルイ13世は、妻であったアン王妃の不貞や友人との絶交などといったことが精神的ストレスとなり、22歳の若さで脱毛症になってしまった。そこで彼はカツラをかぶることにした。すると、取り巻き連中が、王様一人がハゲを隠すためにカツラをしているのは忍びない、ということで貴族達みんながカツラをかぶることにした。その後ルイ14世の時代になると、カツラをかぶるのが「正装」となってしまった、というわけです。つまり、禿げた頭を隠すためのカツラは、ルイ13世から始まったと考えられます。

ちなみに、このルイ13世はちょっと異常な人であった。初めて入浴したのが7歳、顔を洗ったのが9歳。気にくわない相手には口の中の食べ物を吐きかけた。ズボンを穿いたままジャーッとオシッコをした、などの記録があるそうです。またこの頃ヨーロッパではペストが流行して、入浴すると感染するといわれ、入浴の習慣が廃れた。だから誰も彼も異様に臭い。そこで体臭をごまかすために香水が発達した、ということです。

ハナシがそれましたが、現在、ハゲを隠すためのカツラは大繁盛のようです。しかし、私は、頭髪がかなり薄い状態ですが、カツラをかぶる気はさらさらありません。ハゲは自然の摂理、ムダな抵抗はするな。禿げたからどうだっていうのだ。ハゲ具合で人格が決まるものでもない。ハゲを隠すことは自分をごまかすことだ。などと吠えていますが、髪の毛は無いより有った方がいいですよね。で、日々、養毛剤を振りかけております。(2009.1.26)


30.沈黙のらせん理論

数年前、土木学会が独自の技術者資格を創設しました。下位から順に、2級、1級、上級、特別上級と4種類有ります(詳細は土木学会HPを参照されたい)。特別上級技術者は北海道に23名おります。しかし、せっかく資格を取得していながら、資格を生かした活動は何もしておりません。そこで、「何かすべきではないか」という有志が集まり、1月23日(金)に特別上級技術者会議主催の講演会「土木の信頼回復大作戦」を開催しました。講師は東工大の藤井聡教授。まだ若いのに話し方が上手で、(若いからこそ)過激な内容も含まれていましたが、以下に2・3の「フ~ン」と納得した点を紹介します。

「土木」は分かりにくい。電気や機械はモノや現象の名前だから誰でも分かる。しかし土木は土を盛り木を組むという「行為」の名称である。行為は容易にイメージしづらいのである。さらに、昔から「土木」という行為をなしたのは知徳高い「聖人」であった。聖人の行為、志は「大衆」にはなかなか理解されないものなのである。

公共事業(=土木)不要論がはびこっている。原因は「沈黙のらせん理論」。もともと国民の多くは土木を有用と考えていた(あるいは、不要とは考えていない)。そこにマスコミ(特にテレビ朝日)が不要論を言い出す。猪瀬のようなヤカラがテレビ・新聞で不要論を言う。すると国民の一部が「世論は不要論が多いようだ」と考えて、有用だと言わなくなる(沈黙する)。有用の声がないため、有用と思っていた人々が次々と不要論に傾く。やがて国民の大多数が不要論を叫び出す。と言うのが「沈黙のらせん理論」。

成熟した民主主義社会は、良識・常識を携えた「公衆」によって成り立つ(プラトン哲学だと思います)。しかるに戦後は公衆が急激に「大衆化」した(良識もない・常識に欠ける、と言う意味)。烏合の衆に「正論」はなかなか通じない。しかし、国民みんなが「大衆」となったわけでもない。まだまだ「公衆」はいるはず。土木技術者は国民に語りかけることに努めなければならない。傲慢ならざる毅然とした態度で、卑屈ならざる謙虚な態度で。

以上、藤井教授のお話でした。お役に立ちましたか。1968年奈良県生まれ(つまり40歳!)。京大土木卒、その後スウェーデン留学で心理学を学ぶ。専門は土木計画・交通計画。酒を酌み交わしながら、「コイツは将来、大物になるだろうなぁ」と思いました。(2009.2.2)


31.島の法則

「島の法則」というのをご存知ですか。隔離された島では、大きな動物は小さくなり、小さな動物は大きくなる、というものです。例えば象は仔牛くらいに小さくなり、ネズミは猫くらいの大きさになるというのです。なぜそうなるのか。

象は他の動物に食べられないように無理をして大きくなった。ネズミは他の動物に食べられないように無理をして小さくなった。この「他の動物」を捕食者というのですが、島に捕食者がいなければ、無理をして大きくなる、あるいは小さくなる必要がない。限られた空間で大き過ぎる、小さ過ぎるということ自体に無理がある。というわけで、島の法則が出来上がるのです(本川達夫「ゾウの時間ネズミの時間」、中公新書)。

日本人は西欧人に較べて小柄ですが、これも島の法則かも知れません。さらに生き方にも関係し、大きな大陸に住んでいる人はとんでもないことを考えたり、常識はずれのことを平気で出来ます。周りから白い目で見られたら、どこかに逃げればいいのです。日本では、出る釘は打たれる。常識はずれは村八分で逃げ場もない。だから馬鹿はいないが天才もいない。常識的、平均的な人ばかり。ずば抜けた巨人は育たない、となるのです。

島の法則を会社に当てはめたらどうなるか。我が社が小さな島国だとすれば、出る釘は打たれるので、平素無難に生きる。ずば抜けた巨人が育たず、エリートが生まれない。これでは会社の発展も危うい。しからば島の法則を打破するにはどうすればよいか。隔離されないこと、島を大陸続きにすること、すなわち大陸(外の世界)に橋を架け、頻繁に行き来すれば良いのです。さあ皆さん、あっちこっちの大陸に橋を架けることにしましょう。

付録:インドネシアのフローレス島で、原人に近いヒト新種の化石が見つかりました。何と身長が約1mと小型。1万8千年前まで生存していたようですが、孤島のため、ジャワ原人が小型化したものと見られております。これぞまさしく「島の法則」。(2009.2.9)


34.体重と寿命の関係

今回は「体重と寿命の関係」について。3回ほど前の「島の法則」と同じく、本川達夫著「ゾウの時間ネズミの時間」を参考にしております。

体の小さいネズミの寿命は数年、体の大きなゾウの寿命は100年。ということは、体重が重いほど長生きするのではないか、という仮説が考えられます。そこで、あらゆる動物の体重と寿命を調べた。その結果、「動物の寿命は体重の1/4乗に比例する」ということが分かったそうです。それどころか、息をする間隔、心臓を打つ間隔、血液が体内を一巡する時間、食べてから排泄するまでの時間、母の体内にとどまっている時間、オトナになるまでの時間なども1/4乗に比例する。すなわち「動物(鳥類、ほ乳類など)の時間は体重の1/4乗に比例する」という定理が得られたのだそうです。

1/4乗といってもピンと来ないでしょうから、分かりやすく説明すると、体重が2倍なら時間は1.2倍、体重が10倍なら時間は1.8倍長くなる。体重60kgの人が80年生きるとすれば、体重1.5倍の90kgの人は時間が1.1倍で88年生きることになる。何とデブのほうが8年も長生きする!というわけです(ただし、デブは高血圧、高脂血症、脂肪肝などで体のあちこちに負担がかかり、必ずしもヤセより長生きするとは限らない。あくまでも健康ならば、という条件)。

面白いことに、体重の如何に限らずほ乳類はすべて、一生の間に心臓を20億回打つ。5億回息をするそうです。つまり、一生の間に使うエネルギーは皆同じ。ところが「エネルギー消費量は体重の1/4乗に反比例する」。時間の逆数は時間の進む速度ですから「時間の速度はエネルギー消費量に比例する」。体の小さいネズミはちょこまかと動き回るから、エネルギー消費量が激しい。したがって時間の速度が速く、速いペースで生きる。すなわち寿命が短い。体の大きなゾウはゆったりと動く。エネルギー消費量が少ない、時間の速度が遅い、よって寿命が長い、となります。

東京の人は歩く速度が速い。しゃべる早さも早い。大阪の人は声が大きくてうるさい。いずれもエネルギー消費量が田舎よりも大きい。つまり、都会人は早死にの可能性が高い。田舎はのんびり、ゆったりでエネルギー消費量が少ない。よって長生きする…っていう仮説も成り立つんじゃないでしょうかね。さらに、喜怒哀楽の激しい人は心臓を余計に打つだろうから、エネルギー消費量が大きい。ということは早死にする。一方鈍感な人はエネルギー消費量が少ないから長生きする。つまり、長生きしたかったら「デブで鈍感でいるべき」という結論が導き出されますが、皆さん、どうします?デブで鈍感を目指しますか?(2009.3.2)


38.嘘をつくということ

ある日、アンネ・フランクが屋根裏に隠れているアパートにナチスがやってきました。ナチスは家主に「ここにユダヤ人はいるか」と尋ねました。家主は「おりません」と答えました。家主は嘘をついたのです。嘘をつくことは悪いことです。したがって、嘘をついた家主は悪い人です………。

哲学者のカントは「いかなる事情であれ、嘘をつくのは悪いことだ」といいます。アンネの命を救うために嘘をつくことですら、正しくないと言うのです。嘘はあくまでも悪であって、真実を語れば結果としてアンネが殺されるとしても、家主がアンネを殺すわけではない。たまたまナチスがアンネを殺すことになったかも知れないけれど、それは偶然的なことであって、家主の嘘を正当化は出来ないというのです。

「誠実(嘘をつかないということ)は絶対的な義務であって、あらゆる義務の基礎でもある。これに少しでも例外を認めれば、義務の法則は動揺して役に立たなくなる。したがって、いかなる場合も誠実であることは神聖で無条件に受け入れるべきで、どんな都合によっても制約されない」とカントは言います。「例外を認めない」というのは一理あります。一つでも例外を認めると「例外を一般化」し、自分に都合の良い「例外的な嘘」を何度も作り出す可能性が生じます。したがってカントは「いかなる事情があっても嘘をつくのは悪い」とし、「特別な事情が有れば良い」とは言わないのです。さすがは偉大な哲学者です。

家主が嘘をついたあとでアンネが見つかり、その後家主がどうなったかは知りませんが、恐らくナチスからこっぴどい制裁を受けたのではないでしょうか。嘘をつけばその結果に対し責任を取らなければなりません。真実を語っていれば責任を負うこともなかったでしょうに…。しからばあなたが家主ならどうしましたか。やはり「ここにユダヤ人はいません」と答えるのではないでしょうか。

さて、哲学者カントが家主ならどうしたでしょう。「ここにユダヤ人が隠れています」と真実を語り、本当にアンネ・フランクをナチスに引き渡したでしょうか。カントだって「ここにユダヤ人はおりません」と言ったでしょう。ただし、それは「人を助けるためだから許される嘘だ」とは考えないで、「嘘をつくのは悪いことだが」と考えながらなのでしょうね。

カルデロンのり子さん一家の強制送還のニュースを見ながら思い出したことです。例外は作るべきではない、されど……と考えさせられました。
ところで、女性は二つだけ、嘘をついてもいいそうです。体重と、年齢と。(2009.3.30)

追記:さっそく次のような返信がありました。
男のついていい嘘、「女性を絶賛する」嘘!!


39.黒部の太陽

3月の21日、22日の二日間に渡り、香取慎吾主演のテレビドラマ「黒部の太陽」が放映されました。皆さんもご覧になったと思いますが、私は、最近は夜の10時ともなるとまぶたが重くなる傾向にありますし、地デジ放映はCMが煩わしいので、二日間ともHDに録画し、一週間遅れの3月29日(日)にCMを飛ばしながらいっぺんに観ました。ネットなどに寄せられた感想はかなり良い評判で、「胸がいっぱいになった」、「素晴らしい作品だ」、「かっこいい!」など、感動したという人が多数。ところが、意外にも「黒部の太陽」がどんなドラマか知らなかった、という方々が結構いたのには驚きました。時代の流れをつくづく感じます。

「黒部の太陽」は石原裕次郎主演の映画で、昭和43年公開。3時間14分の大迫力の映画でした。当時、この映画を見て土木の世界に入った人がかなりいるといわれています。私も大学3年生の時に見ましたが、破砕帯にぶつかって切り羽からの大出水、このシーンはホント凄かったです。しかし、その後、この映画は幻になりました。ビデオもDVDもないのです。なぜかというと、石原裕次郎自身が「こういった作品は映画館の大迫力の画面・音声で見て欲しい」とビデオ化を断った。そのため、今でもビデオ化、DVD化されていないのです。近頃は大画面・大音響のテレビが出ているのですから、考え直して欲しいと思いますが、今のところ絶望的です。

今年の1月、土木学会が会員限定で「黒部の太陽」をたった一日だけ上映しました。ものすごい希望者だったらしいです。今年は裕次郎の23回忌の年だそうで(もうそんなに経ったのか、と驚き!)、フジテレビ開局50周年記念で、制作費が破格の10億円というテレビドラマ「黒部の太陽」が2夜連続で放送された、というわけです。石原裕次郎(テレビでは香取慎吾)の役は熊谷組の下請け、笹島班の班長、笹島信義という人ですが(映画もテレビも名前は違う)、この人は現在笹島建設の会長さんで、いまだ健在だそうです。

なかなか良い評判だったから、「土木屋」に対する見方が変わり、国民からの信頼も厚くなり、来年あたりは大学の「土木工学科」を希望する若者が増えるかも知れない、とわずかばかりの期待をしたいところですが、ちょっと懸念もあります。だいたい大学に「土木工学科」があるのは国立で2校、私立で3校だけ。ほとんどの大学が「建設環境工学科」とか「社会環境工学科」などと名称を変更していますから、それが実は「土木」だと理解してくれるかどうか。また、ドラマでは、過酷な環境での作業、危険と隣り合わせ、家族とは離ればなれの生活、などなど、まさに3K1Y(きつい、危険、汚い、屋根がない)を表面に出しての展開でしたから(だからこそ感動したのでしょうが)、逆に若者が敬遠するかも、と心配にもなりました。

とにかく久々に地上波のドラマを見ましたが、面白かったです。このドラマはDVD化するそうですから、まだ観てない人はいつかDVDを借りて是非観てください。オススメですよ。(2009.4.6)


40.ドボクの人気

前回の「能登メール(39)黒部の太陽」で、大学に「土木工学科」があるのは国立で2校、私立で3校だけ。ほとんどの大学が「建設環境工学科」とか「社会環境工学科」などと名称を変更した、という話しを致しました。北大でも3年ほど前に「土木工学科」を「環境社会工学科」に変えました。その中にいくつかのコースがあり、その一つに「シビル・エンジニアリング・コース」なるものがあります。シビル・エンジニアリングというのは土木のことですよね。なんのことはない、日本語から英語に変えただけ。全く馬鹿げていると思うのですが、おかげで学生が集まるようになったとか。最近の学生は馬鹿が多いんでしょうかね。

土木に人気がないのは、ドボクという3文字に二つも濁点がついているからだ、という意見があります。土木学会ですら一時真剣にドボクという名称を変えようかと検討した時期がありました。なんだかんだのあと、結局はやはり「ドボク」が一番ということになって納まりました。濁点があるから人気がない、なんて馬鹿な話しです。函館で採れる「ガゴメ」コンブ、濁点が二つありますが、結構人気があります。ゴジラだって濁点が二つ。漫画の「バガボンド」は濁点が四つもあるのにかなり人気があるじゃないですか。そもそも、商品名に濁点をつけるのは大事なことだと聞きました。インパクトがあって、覚えられやすい、というのです。まあ、「覚えられやすい」ことと「人気のある、なし」は関係ないと言えばその通りではありますが。

ところでバガボンドって知っていますか?そうです、宮本武蔵の漫画です。では、バガボンドの意味を知っていますか?そもそも日本語でしょうか、英語でしょうか。実は英語なんです。意味はさすらう者、放浪者、という意味です(ホントは私も知りませんでしたが)。(2009.4.13)


41.視点を変える

前回の能登メール(4月13日)で、「バガボンド」は宮本武蔵の漫画、と言うお話をしましたが、4月13日は「巌流島の決闘」が行われた日だそうです。宮本武蔵と佐々木小次郎が戦ったという巌流島の決闘、当然知っていますよね。史実かどうかは怪しいのですが、武蔵が試合開始時刻を2時間も遅れてやってくる。船で来る途中、櫂を削って木刀を作る。遅れてきた武蔵に小次郎は怒り、冷静さを失う。しかも刀のさやを投げ捨てて挑みかかろうとした小次郎に、「小次郎敗れたり」と武蔵が叫ぶ。さやを捨てれば、仮に勝ったとしても刀を納められない、つまりはじめから負けが決まっているということ。小次郎、これで一層動揺。一瞬にして武蔵の木刀が小次郎の頭を砕く。あっけなく武蔵の快勝。

宮本武蔵は小説になり、映画になり、テレビドラマになりました。主人公ですから、武蔵はいいヤツ、吉岡一門や小次郎はどちらかというと悪いヤツ、という設定です。なぜ櫂で作った木刀を使ったかというと、小次郎の「物干し竿」と呼ばれる長い剣は90cmもある。武蔵の剣は72cmしかない。このままでは負ける。そこで武蔵は1m20cmほどの木刀を使うことにしたらしい。小次郎はなぜさやを捨てたか。長い剣なので剣もさやも重い。よってさやを捨てた。

ところで、武蔵は決闘時刻に遅れてやって来た。心理作戦でイライラさせた。真剣勝負のはずなのに櫂で作った木刀を使った。(一説によると)島に弟子を数名潜ませていた(この弟子どもが気絶しただけの小次郎をメッタ刺しにした)。そんな武蔵を、いいヤツといえるのでしょうか。「勝てばいいのだ」が当時の価値観だったのでしょうか。

桃から生まれた桃太郎は、鬼ヶ島で鬼退治をしました。そして鬼が持っていた財宝を戦利品として村に持ち帰り、幸せに暮らしました。メデタシメデタシ…。ですが、なぜ桃太郎は鬼退治に出かけたのでしょうか。その大義名分がイマイチよく分かりません。それに勝ったからといって勝手に鬼の持ち物である財宝を持ち帰っても良いのでしょうか。さらに、村人に分配したのではなく、お爺さんとお婆さんにあげただけとなると、あまりにも身勝手ではないのか。

子宮は入り口か出口か。男性は入り口と言い、女性は出口と言うそうです。日本人なら笑い転げる「福笑い」、ガイジンは不愉快になるそうです。目や鼻や口がアンバランスだからといって笑い転げるのは一種の差別だ、と言うのですね。かくして、武蔵も桃太郎も子宮も福笑いも、視点を変えれば違った世界があるのです。時に視点を変えて世の中を眺めてみましょう。
(補足:巌流島はもともと舟島という名前。巌流は小次郎の号で、武蔵との決闘後に巌流島と称されるようになった。最近の絵本では桃太郎の鬼退治が暴力的過ぎるとして、「話し合いで解決した」などと改変されているそうですが、その場合、戦利品はどうなっているのでしょう。)(2009.4.20)


42.「24円返金します」

公共料金などの請求に使われている、端っこからピーッとのり付けをはがすタイプの葉書を、シークレット葉書と言うそうです。そのシークレット葉書がワイフ宛に届いた。送付元はコープ札幌本社。怪訝そうにワイフがピーッとのり付けをはがす。そして字面を追いかけていたが、「馬鹿みたい!」と言って見せてくれた。次のように書いてある。「当店で販売しましたくずきり(内容量200グラム)の容量が少ないとの指摘を受けて調査しましたところ、最大20%少ないものもあることが分かりました。つきましては昨年度購入しましたお客様に対し、当店売り上げデータベースを元に、別表の通り購入個数に応じて不足分を返金いたします。」

別表を見ると、購入数:一個、返却金額:24円、とある。その24円を返すために50円のお知らせ葉書を出しているのだから、なるほど「馬鹿みたい」なのである。まあしかし、人によっては100個、2,400円返金される人がいるかも知れない(くずきりをそんなに頻繁に食べる人はいないか?)。それに何といっても客商売、信頼と誠意が大事なのだ。たとえ損をしようとも、誠意を見せ、信頼を維持しなければならない。これぞリスク管理。些細なことでも見逃さない。いい加減に扱わない。…ウ~ン…、姿勢は素晴らしかも知れないが、店頭にことの次第を書いた張り紙でもして、申告者があればデータベースに照会して返金すれば良いんじゃないの。と、思うんだけどなあ。

次の日のこと、またまたワイフ宛、日刊スポーツから大きな封書が届いた。やっと届いた!と喜ぶワイフ。聞けば、WBC優勝のスポーツ新聞が読みたくて、日刊スポーツに電話した。すると、340円の切手を同封して申し込めば、直ちに送付しますとのこと。1面デカデカ、派手な見出しのWBC優勝の記事。ご丁寧に号外まで入っている。さらにさらに「ご購入ありがとうございます」の礼状、そしてビニール袋に10円の切手。何だこりゃー。「うちに50円切手しかないので、7枚、350円分、送ったのよ」とワイフの説明。で、10円分の切手が返却されたという訳か。フーン…。これも信頼と誠意か。些細なことでもいい加減に扱わない。これぞコンプライアンスか。そこまでくそまじめに対応しなくても良いんじゃないの。と、思うし、10円切手の使い道がないんだけどなあ。

それにしてもだ、そうまでしてWBC優勝の記事が読みたいかね。大事に取っておく、と言ってるけど、大事に取っておいてどうなるの?何の意味があるの?と言いたかったけど、新聞眺めて嬉しそうにしているワイフの顔を見ていると、言う元気がなくなりました。(2009.4.27)


43.なせばなる

拙書「斜に構えたエッセイ集」の一番最後、プロフィールに、座右の銘として「成せばなる、成さねばならぬ何事も、成さぬは人の成さぬなりけり」(上杉鷹山)と書きました。しかしその後、上杉鷹山(ようざん)自身は「生せは生る成さねは生らぬ 何事も生らぬは人の 生さぬ生けり」と書き残したことを知りました。さらに、意味を正しく漢字に直すと「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」となるのだそうで、下線部および漢字の用い方に間違いが有ることに気づきました。どうでもいいことですが、一応、訂正してお詫びいたします。なんせ幼少の頃に母から教わった格言なので、間違って覚えてしまったようです。

その上杉鷹山なるお方はどんな人なのか、何やら米沢藩の大改革をした人らしい、くらいの知識しかなくて、実はあまり知りませんでした。座右の銘に掲げておきながら、そりゃーまずいだろってんで、つい最近ですが、童門冬二の「小説 上杉鷹山」(学陽書房、1983年)を買ってきて、さっそく読んでみました。

上杉鷹山、若いときは治憲(はるのり)と称した。出羽国・米沢藩の第9代藩主。上杉家は鎌倉時代からの名門だが、1561年、上杉家の名跡が越後の長尾景虎(後の上杉謙信)に譲られた。謙信の死後、姉の子である景勝が継ぎ、1598年には会津に移封されて120万石を領有。ところが1600年の関ヶ原の戦いで徳川家康に敵対したため、上杉氏の執政直江兼続(NHK大河ドラマ「天地人」の主人公)の知行地だった米沢藩30万石に減封。1664年、藩主綱勝が急死して断絶の危機を迎えたが、綱勝の舅である保科正之(徳川家光の実弟)の尽力により、親戚の(綱勝の妹の旦那である)吉良義央(忠臣蔵で有名な吉良上野介)の子綱憲が養子に入り、石高を半減されて15万石で家名存続することを許された。第8代藩主の重定に子が出来ず(のちに生まれた)、第4代藩主の娘の嫁ぎ先、日向・高鍋藩の次男であった治憲を養子に迎えた。のちの鷹山、このとき10歳である。

120万石から30万石、さらに15万石と減封されたのに、6,000人の家臣団を一人も減らさない、保守的で誇り高い士風も昔のまま。当然ながら出費がかさみ、財政は窮乏の一途。家臣の半知削封(給料半減)も追いつかず、凶作や飢饉もあって家臣は生計困難。18世紀中頃には借金が20万両に達した。もはや倒産も秒読み、という頃に治憲が第9代藩主となる。1767年、わずか17歳であった。

治憲は改革に取り組む。倹約令を出し、自ら一汁一菜を実行し、奥女中50余名を9人に減らす。開墾の奨励、三万俵の籾の貯え、農民の商業禁止と開発農民の招へい、間引きの禁止と子女教育の奨励、漆・桑などの増稙、米沢織物の奨励、藩校・興譲館の創設、などなど。これらの施策で破綻寸前の藩財政は立ち直り、次々代の斉定時代についに借金を完済した。治憲は35歳で隠居、のちに剃髪して鷹山と号するが、その後も藩政を指導し、1822年、72歳でその生涯を終えた。

いかがですか。改革の詳細は紙面の都合で書けませんが、旧守派がことごとく邪魔をして、成功するまでに大変な苦労をしております。「チェンジ」は簡単にはいかないようです。(2009.5.11)


44.話しに数字を入れる

社員の皆様、お早うございます。私この度、5月14日の株主総会において任期満了にて取締役を退任し、「会長」に就任いたしました。今後なお一層、会社のため、社員のために少しでも尽力したいと考えておりますので、よろしくお願いいたします。

で、この「能登メール」ですが、今まで私が担当の○○部宛、毎週月曜日に配布していたものですが、これからは全社員宛に(勝手に)配布することに致しました(番号は○○部からの連番です)。内容は、ちょっと知的な話題、気になった出来事、意外なハナシなどで、おおむねA4一枚以内です。ご意見、質問、文句はいつでもどうぞ。それでは記念すべき全社員宛第1回目、参ります。

かれこれ十数年以上も前のことですが、現在、某会社の社長をしているNさんが北海道開発局の局長をしているとき、役職指定でN局長が地盤工学会(当時は土質工学会)の北海道支部長をすることになりました。私が幹事長に指名されましたが、N局長は何かとお忙しいことから、学会活動は私が中心になって進めました。それでも年に一度の技術研究発表会では、是非N支部長に挨拶をして頂きたい。そこで、N局長に挨拶をお願いに参りました。そうしましたら、「挨拶原稿をお前が書いて持ってこい」と言われました。

挨拶くらい、自分で考えてよ、とは思いましたが、局長命令だから仕方がない。さっそく挨拶原稿の作成に取りかかりましたが、ちょっと意地悪して、「今回の発表件数は37編で、そのうち軟弱地盤対策が8編、杭関係が4編…」という具合に論文数を詳しく示し、さらに「2年前は27編、昨年は31編」という具合に論文数の経緯を数字で示した原稿を書き上げて送りました。さあ、どんな挨拶をするか、楽しみです。

発表会当日、Nさんは原稿ももたずに壇上へ。そして挨拶が始まりました。すると、なんということでしょう、私の書いたとおりに数字を羅列し、その数字の間違いもなく、挨拶を行ったのです。これにはホント驚きました。Nさんという人は、普段、話しがやや分裂症気味で、自分本位に話題があっちこっち飛びます。神経を集中して聞いていないと、何を言っているのか分からないところがあります(ここのところ、他言無用でお願いします)。しかしこの挨拶終了後、何人かに「Nさんてすごい人だね。数字がポンポン出てきたよ。よく勉強してるんだね。」と言われました。私も「この人、ホントに頭が良いのかも知れない」とつくづく思いました(これも他言無用で…)。

このように、話しの中に数字一つ入れることによって、「この人、詳しいなあ、良く知っているなあ」と思わせることに成功いたします。皆さんはテレビ等で、政治家の話を耳にするでしょうが、彼らは必ず数字を入れた話しをしています。話しの中に数字が入ったとたん、一気に信頼性が高まることを知っているからです。さあ。今日から、数字を入れたお話をすることに致しましょう!(2009.5.18)


45.フレーミング効果

前回は「話しに数字を入れる」でしたが、その数字を効果的に使う、ということも重要です。皆さんも目にした(耳にした)ことがあるCM、「タウリン1000mg配合」ですが、何のことはないタウリン1g配合されているだけです。1000mg配合というと、タウリンがたっぷり入っているかのように感じます(タウリンって何か知りませんけど)。このように、伝える中身は同じなのに、表現方法を変えるだけで受け手の印象が大きく変わる現象を、心理学的に「フレーミング効果」と言います。

CMを見てると、フレーミング効果がよく使われています。レモン50個分のビタミンC、レタス1個分の植物繊維、など。このほか、テレビショッピングでも、はじめから「2個セットで幾ら」という売り方ではなくて、「一個で幾ら。さらにさらに今回は特別にもう1個を付けて幾ら幾ら」という売り方をしています。思わず得した気分になる。視聴者の心理を上手に利用しているんですね。簡単にだまされてはいけませんよ。

豪華客船があって、仮に転覆事故にあっても「1000人のうち300人が助かる」と書いてある客船と、「1000人のうち70%の確率で全員死亡」と書いてある客船がある。貴方はどちらを選びますか。300人助かる方を選ぶでしょう。しかし、よく考えてみると、同じことが書いてあるのです。それなのに、ほとんどの人は前者を選びます。これもフレーミング効果なのです。

マンションの理事長をしていたとき、「午後5時59分から理事会を開催いたします」と案内したことがあります。それまでやや時間にルーズだったのですが、このときだけは時間までに全員が集まりました。半端な時間を指定されたことで、強烈に心に引っかかったようです。(中身が同じ、と言う条件にやや外れていますが)これもフレーミング効果の一つだと思っております。

皆さんも、日常の業務の中で、意識的にフレーミング効果を利用してみては如何でしょうか。プロポの特定率が上がるかも知れませんよ。(2009.5.25)


46.パチンコ愛好家は会社の発展に貢献する

パチンコ大好き、という方が我が社にかなりおりますが、私もその一人です。パチンコをしない人あるいは勝ったことがない人は、「あんなもん、何が面白いのか」と思うでしょうが、パチンコは独自の経験による予測、推理、決断を伴う頭脳プレイであって、語り尽くせないドラマがあり、(語る必要もない)喜怒哀楽があり、忘れることの出来ない「成功体験」が(稀に)再現して極上の快感を味わえるという、極めて奥の深い「アソビ」なのであります。

「極上の快感」なんて嘘だろうと思うでしょうが、実は、「パチンコと快感」に関しては科学的に証明されております。パチンコで大当たりして連チャンモードに突入したとき、脳内でβ-エンドルフィンの分泌量が増加するという事実が知られています。また、少し遅れてドーパミンも増加します。

β-エンドルフィンとは、脳内でモルヒネによく似た働きを示し、多幸感、すなわち「気持ちいい」と感じさせる物質です。ときに脳内麻薬と呼ばれることもあり、モルヒネに比べて6.5倍もの鎮痛作用もあります。ランニングを続けていると気分が高揚してくる「ランナーズハイ」もβ-エンドルフィンの分泌によるといわれています。

もう一つのドーパミンは、中枢神経系に存在する神経伝達物質で、アドレナリンなどの興奮物質を生成する前段階の物質です。特に前頭葉に分布するものは意欲、動機、学習などに重要な役割を担っています。別名「やる気ホルモン」と言われており、ドーパミンが少ないと、総合失調症やうつ病になるといわれています。

以上のことから、パチンコで大当たりすると、β-エンドルフィンの放出で心は幸せになり、体の疲れが消えていく。ドーパミンの分泌で意欲がわき、うつ病とは無縁になる。そうすると、精神的に充実し、創造性とやる気が溢れる。次の日からの仕事に積極的に取り組めるようになる。すなわち、パチンコ愛好家どもは会社の発展に大いに貢献している、…という訳です。

ただし、会社に貢献するためには毎回大当たりし、連チャンモードを度々経験する必要があります。しかし正直言って、それは無理。不幸なことに、β-エンドルフィンやドーパミンを放出した「成功体験」は、脳の側頭葉に長期にわたって記憶される。人は、その快感を求めて、大枚をはたきながらも、飽くなき挑戦をしたくなる。負けても負けてもパチンコに行く。ホント、困ったものです。(2009.6.1)


47.「小説」とは

高島俊男のエッセイ「お言葉ですが」シリーズを愛読しています。この春に出版された10冊目「ちょっとヘンだぞ四字熟語」で終わるそうで、ちょっと寂しい気分でいます。もともと週刊文春に連載されていたエッセイを順次まとめて出版したものですが、読んでいてホント痛快なのです。この人、漢籍(中国文学)の権威者で(東大あたりの教授だった?)、漢字の使い方、意味、出典などにやたら詳しい。その知識をもとに、現役のエライ先生方が書いた文章をミソクソにけなしたり、日本語審議会の馬鹿さ加減を披露したりで、ここまで書いて名誉毀損にならないのかなあと心配になるほどです。

そのエッセイから一つ紹介。なぜ「小説」というのかというハナシ。「小説」は見ての通り小さな説。「小さな」だから短編ばかりかというと長編小説もある。なぜお話を書いたものを小説というのか。「小説」という言葉自体は、二千年以上も前から中国にある。中国語では「小」は姿形が小さいことだが、そのほかにも価値が小さい、つまらないという意にも用いられる。だから、身分の低い人、あるいは見識の低い人を「小人」という。論語に良く出てきますね。「説」は「言うこと」。だから「小説」とはつまらない話し、下等な話し、という意味です。教養ある人は道徳や歴史にかかわる高級な話しをするものだが、無教養な連中は下らぬ話しをして喜んでいる。それがもともとの意味の「小説」。

この「下らぬ話し」を集めた中国の「小説」が日本に入ってきたが、日本ではそれらを「小説」とは言わなかった。日本では昔から「作り話の本」を、物語り、草紙などと呼んでいたから、わざわざ「小説」と言う必要がなかったのです。ところが幕末以後、西洋の「作り話の本」が大量に入ってきた。英語でnovelという。それを何と訳すか。それを「小説」と訳した、というわけです。

以上で終わりですが、おまけにもう一つ。そのエッセイを読んでいたら「蒙をひらく」と書いてありました。「蒙を啓く」で「啓蒙」のことだな、とすぐに理解は出来ましたが、「蒙」とは何だ?と気になり、さっそく調べてみました。「蒙」は、暗いこと、無知なこと、という意味だそうです。したがって「啓蒙」は、「道理に暗い人々を教え導く」となるのです。「蒙古」は「モンゴル」の当て字だそうですが、中華の連中が北辺の人達を卑下して当て字を探したのではないか、と、ふと思いました。日本を倭国(チビの国)と言うくらいですから、正しいかも知れませんね。(「啓蒙」は差別用語だから、「啓発」と言い換えるべきだ、と言う意見があるそうです。)(2009.6.8)


48.アキレスと亀

「アキレスと亀」を知っていますか。北野武監督の映画にも同名のものがあるそうですが、もともとは今から2,500年前、古代ギリシャの科学者?ゼノンが言ったというパラドックスです。ご存知の方も多いと思いますが、内容を紹介いたします。

あるところにアキレスと亀がいて、二人は徒競走をすることになりました。しかしアキレスは俊足で有名。足の遅い亀は負けるに決まっています。そこで亀ははハンデをもらって、いくらか先の地点(これをA点とします)からスタートすることになりました。とたんに亀は「これで私の勝ちが決まった!」と言います。怪訝なアキレスに亀は次のように説明いたしました。

二人がスタートします。アキレスはものすごい早さで地点Aに達します。しかしその時、亀はアキレスがそこに達するまでの時間分だけ先に進んでいます(地点B)。アキレスが今度は地点Bに達したときには亀はまたその時間分先へ進んでいます(地点C)。同様にアキレスが地点Cの時には亀はさらにその先にいることになります。この考えはいくらでも続けることができますから、いつまでたってもアキレスは亀に追いつけないことになります。つまり、亀の勝ちというわけです。

私がこの「アキレスと亀」の話しを聞いたのは、確か中学生の頃だったと思います。なるほど亀の説明は理解できる。しかし、実際にはあっという間にアキレスは亀を追い抜き、アキレスが勝つはずです。とすれば、亀の説明はどこかに間違いがある。どこがおかしいのか、中学生ながら考えました。しかし、何度考えてもダメでした。悩みました。イライラしました。けれど分からない。

実は、つい最近までこのパラドックスに正解はなかったそうです。何と2,500年にわたって、誰でもが納得する説明が出来なかったというのです。そんな難問を、たかだか中学生が解けるはずがなかった、と知ってホッとしましたが、皆さん、いかがですか。誰でもが納得する説明が出来ますか。(真剣に考えると、仕事が手につかなくなりますし、無間地獄に陥ることになります。それにこんなメールを出すから「ご意見」を寄せられることになるんでしょうね。すいません、と、予め謝っておきます。)(2009.6.15)


49.ちゃんとやれ

親戚のおばあさん。娘が孫に「それをしちゃ、ダメ!」と叱るのを見て言ったそうです。「ダメ!と叱るのはダメです。なぜダメなのかを教えないで、ただダメ!では子供は理解できないのです。これこれの理由だから、それをしてはいけません、と諭してあげてください。」

なるほど、と思いました。おもちゃをテーブルにガンガン叩きつける。引き出しを片っ端から開ける。食卓の皿に手を伸ばす。裸足で玄関に降りる。などなど、子供(特に幼児)は次々といろいろと困った行動をとります。その都度、叩いたらダメ、開けちゃダメ、触ったらダメ、降りちゃダメ、と言うだけではダメなんです。テーブルに傷が付くから、指を挟むと痛いから、お皿の中の食べ物がこぼれて食べられなくなるから、足が汚くなるから、ダメ!と、具体的に理由を言わなければ、子供は理解でないでしょう。

同僚や部下がドジをしたとき、あるいは期待通りの成果を上げないとき、上司は「ちゃんとやれよ!」と言うでしょう。「ちゃんと」とは何か。「ちゃっちゃっと素早くやる」とか、「丁度の意味で正確・確実にやる」とか、「乱れないで行動する」という感じでしょうか。それにしてもかなり曖昧な言葉ではありませんか。「ちゃんとやれ」と言われた方は、どうしたらいいのか、実は分からないことが多いはずです。

先の「ダメ!」はダメな理由が必要でしたが、「ちゃんとやれ!」と言うときは具体的な行動を付け加える必要があると思います。出社がギリギリだからもう一つ速い電車に乗れ。誤字脱字が多いから必ず一度見直すようにしろ。関連資料をネットなどで調べる癖を付けろ。他の人の意見を聞くようしろ。どこそこの営業に出かけてはどうか。必ずメモを取ってみろ。あらかじめ上司に相談しろ。などなど。

会社の持続的発展に必要なのはABCだそうです。A:当たり前のことを、B:馬鹿みたいに、C:ちゃんとやる。最近似たようなタイトルの本が出版されましたが、ズーッと前に北海道建設新聞の荒木さんから教えて頂いた言葉です。「当たり前のことを馬鹿みたいに」というのが具体的な行動です。さあ、ちゃんとやりましょう!(2009.6.22)


50.寿命短縮リスク

バーナード・コーエン著「原子力の選択」(1994年、ERC出版)によれば、我々を取り巻く様々なリスクによって、次のように寿命が短縮されるそうです。
 貧困:3,500日 喫煙:2,300日 心臓病:2,100日 独身:2,000日
 ガン:980日 脳卒中:520日 飲酒:230日 自動車事故:180日
 火事:27日 銃器:11日 航空機事故:1日 原子力発電:0.04日

他にも、離婚男性:3,500日、離婚女性:1,600日という項目もあるそうです。コーエンは、原子力発電がいかにリスクの小さなものあるかを示すために、ズラズラと他のリスクを並べているのですが、それはさておき、喫煙に関してもっと詳しく書くと以下の通り。タバコを1本吸うと寿命短縮リスクは12分。1日20本で20年ならば3年4ヶ月の早死に、30年ならば5年の早死に。喫煙者の私は、思わずゲゲゲーであります。
(つい最近、イギリスの学者が、タバコ1本で5分30秒の寿命短縮という最新の研究成果?を発表しました。上記のリスクの半分以下です。少しはホッとして、思わず一服、であります。)

この数字を元に、一つのモデルを考えてみましょう。タバコを吸い、酒を飲み、ちょっと貧乏で、独身の男性ならば、総計8,030日で22年の早死に。それは大変とばかりに焦って結婚してもすぐに離婚したならばさらにプラス10年で32年の早死に。平均寿命を考えると、50歳くらいで死ぬことになる。恐ろしいことです。

とはいえ、これらの数字の根拠がイマイチ分かりません。根拠がなければただの脅し。よって、信用しない。100歳でもタバコを吸っている人がいる。だからタバコが体に悪いなんて怪しい。だから禁煙なんかしない。てな調子で、自分に都合がよい解釈をして今日もタバコを吸っている人が大勢いるのであります(私を含めて)。ホント、困った人達なのであります。(2009.6.29)


51.聖者の弱点

洋の東西を問わず、聖者が煩悩と戦って悟りを得るというハナシがあるそうですが、仏陀とイエス・キリストのお話が面白いので、紹介しましょう。

仏陀が悟りを開きかけたとき、悪魔が現れて悟りを阻止しようとしました。悪魔は一つ、また一つと脅し、すかし、甘くささやきます。
 1.いつまでもそんなことをしていると、魔物を差し向けてお前を喰い殺すぞ。
 2.お前を地上の王にしてやるから、もう悟りを得ようとは考えるな。
 3.馬鹿なことをやめて、この美しい女性達と遊びまくるがよい。
イエス・キリストが瞑想していたとき、サタンが現れて誘惑したり、脅したりします。
 1.腹が減っただろうから、瞑想なんかやめてこのパンでも食べたらどうだ。
 2.お前を地上の王にしてやるから、もう瞑想をやめろ。
 3.神を信ずると言うなら、この神殿から飛び降りてみろ。
仏陀もキリストも最終的に誘惑には負けませんでしたが、危うく負けそうになったものがそれぞれ一つずつあります。さあ、何でしょう。答えは一番最後にあります。

仏陀が悟りを得るまでの期間は49日、一方キリストの瞑想期間は40日でした。仏陀の「49」は、古代インド文明が七進法であってその7倍だから、十進法では丁度100に相当します。したがって区切りの良い数字なのか、それとも単に「たくさん」という意味なのか。一方キリストの「40」は、「苦難や試練の象徴となる数字」と言われています(聖書の各所に40が出てきます)。しかし、千夜一夜物語にもやたらと「40」が出てきて、これがペルシャで「たくさん」を表すとも言われていますから、こちらも単に「たくさん」の意味なのかも知れません。

ブッダ(仏陀)は尊称であって、「悟りをひらいた者」という意味だそうです。本名は皆さんも知っているようにガウタマ・シッダールタ。「お釈迦様」のシャカはガウタマの属した部族の名前ですが、いつしかガウタマ=仏陀=お釈迦様になっていますね。ガウタマはシャカ族の王子に生まれ、結婚し、子供も産まれ、何不自由のない生活を送っていましたが、病人や死人を目にし、人生の無常を感じて国や家族を捨てて(出家して)修行の道に入ります。しかし、いろいろと過激な修行を行ってもさっぱり悟りを得られない。フラフラになって里に下りて来たとき、村の娘が現れて、ミルクを恵んでくれました。この娘の名前がスジャータ。そうなんです、コーヒーに入れるミルクの名前はここから取ったんです。で、ミルクを飲んで元気になったガウタマは、菩提樹の下で瞑想を始めます。そして最初に書いたような悪魔とのやりとりがあって、49日目に悟りを開いた、と言うわけです。

さて、問題の答えです。仏陀は美しい女性達に思わずフラフラとなりました。キリストは目の前に並べられた食べ物に思わず手が出そうになりました。見方を変えれば、インド方面は女性との自由恋愛に厳しい環境があり、ユダヤ民族はいつも空腹で飢餓に悩まされている、と言うことになるのでしょうか。ともあれ、聖者にも弱点があってホッとします。ましてや我々凡人が煩悩に振り回されるのは、至極当然なことと言えるでしょうね。(2009.7.6)


52.企業は儲けるために存在するのか

一般論として、企業のトップは「売り上げを増やせ」、「利益率を上げろ」と言うことが多いでしょう。では、「企業は儲けるためにある」、と思いますか。私は違うと思います。「儲ける」ことはあくまでもプロセス・手段であって、目的ではないと思うからです。つまり、「○○という目標に向かって」あるいは「○○という目的を達成するため」に「儲けなければならない」のです。

企業が永続的に存在し続けるためには、経営基盤がしっかりとしていることが大事です。つまり、利潤の確保が不可欠となります。我々のような請負業では受注額を増やし、利益率を上げれば、利潤が確保され、経営基盤がしっかりします。何のため?「企業が永続的に存在し続けるため」。では、なぜ企業が永続的に存在し続けなければならないのか。

当社にはおよそ150人の社員がおります。社員の家族を含めると500人ほどになります。会社として、それらの方々の生活を保障しなければなりません。しかし、それが「永続的に存続しなければならない」理由でしょうか。違うと思います。いかなる会社・企業も、「社会」に必要だから存在しているはずです。安全・安心、快適な生活を支えるためにいろいろな企業が存在しているのです。社会が必要と認めなければ、どうあがいても存在することは困難になります。

社会に必要だから存在する、すなわち、企業というものは「社会に活かされている」のです。とすれば、社会の要求・期待に応えて、企業は「より良い社会を築く」社会的責任を果たさなければなりません。「企業の永続的存続」は社会の利益となるために、社会の一層の発展に貢献するために必要なのです。

結論を言います。企業は儲けるために存在するのではありません。儲けることによって永続的存続を確保し、より良い社会の構築に貢献する、そのために企業が存在するのです。社員は「世のため、人のため」という崇高な理念の元で業務に取り組む姿勢が必要なのです。と同時に、一人の社会人として、教養を身につけ、人生設計を描き、夢を追うのです。

…というようなことを酒の席で隣に座った某幹部に話しました。「青いねえ」のひと言で片づけられました。(2009.7.13)

追記:このメールに対し、たくさんの返信がありました。みんないい人ばかりで、涙が出そうでした。ありがとうございました。


53.紀元と紀元前

私は1947年1月生まれです。今年で何歳になるでしょうか。今年は2009年ですから2009-1947で、62歳です。では、ジュリアス・シーザー(あるいはユリウス・カエサル)は何歳で暗殺されたでしょうか。生まれた年は紀元前100年、元老院議場で暗殺された年は紀元前44年。紀元前だからマイナスを付けて計算する。つまり(-44)-(-100)で、56歳。ではでは、初代ローマ皇帝アウグストゥスは何歳で生涯を終えたでしょうか。生まれた年は紀元前63年、亡くなった年は紀元14年、したがって14-(-63)で、77歳(月日は無視しています)。

しかし、アウグストゥスは76歳で亡くなりました。計算が合いません。なぜでしょう。実は西暦にゼロ年がないからなのです。本来、マイナスの数字からプラスの数字を順に記すと、…、-2、-1、0、1、2、…となります。ところが西暦元年(1年)の前年が紀元前1年であって、数字で示すと-2、-1、1、2、となる。ゼロがないので、単純に計算すると間違う、というわけです。どうしてこんなことになったのでしょう。

ご存知のように西暦、つまり西洋の暦は、イエス・キリストの生まれた年を紀元としています。世界には様々な紀元があって、イスラム教はムハンマド(マホメット)が迫害から逃れて母のふるさとに移住した年が元年(西暦622年)、仏教国では釈迦仏滅の年が元年(西暦紀元前543年)、日本でも初代天皇の神武天皇が即位した年を元年とする紀年法がありました。西暦紀元は、6世紀の中頃、ローマの神学者が「キリスト教徒なんだから、イエスの生まれた年を紀元とする暦を使いましょう」と提案し、10世紀頃にようやく一部の国で使われ始め、15世紀以降に西欧で一般化したそうです。その後植民地拡大などでキリスト教圏が広まるにつれ西暦も広がり、今では国際社会で最も用いられる年号となったという次第です。日本では明治以降に使われ始めました。

西暦も最初のうちは「紀元前」という言葉がなく、「誰それの治世何年目」という言い方でしたが、17世紀にフランスの神学者が「紀元前」という言い方をし、このときに「西暦元年の前の年」を「紀元前1年」としてしまいました。ゼロ年という発想がなかったのですね。おかげで妙なことになってしまったのです。

西暦をADと略称することがあります。ラテン語のAnno Dominiの略で、Annoが年、Dominiが「主の」という意味。一方、紀元前はBCと略称しますが、これは英語のBefore Christの略。方やラテン語、方や英語というのも変ですよね。紀元前がBCなら、紀元後はAC(After Christ)にすればいいと思うんですけどね(ラテン語で紀元前をAnte Christumと言うそうで、略すとAC。だから紀元後を英語のACとできないのかも)。
ところで、イエス・キリストが生まれた年を西暦紀元としたはずなのですが、その後の史実を調べた結果、実際のイエスの生誕年は紀元の4年~7年前であることが分かりました。されど、修正すれば大混乱必至で、今さら変更もできないでしょうねえ。(2009.7.21)


54.島津斉彬からしょこたんまで

嘉永6年(1853年)、アメリカ合衆国海軍、東インド艦隊(の一部)が、江戸湾浦賀に来航した。ペリーの黒船来航である。その1年も前、薩摩藩主の島津斉彬はいずれアメリカ船が江戸湾に来るという情報を得ていた(幕府はこれを無視)。江戸の薩摩屋敷は品川や田町の海岸べりにある。万が一があれば妻子の逃げ場所に困る。そこで渋谷に下屋敷を建てることになり、その土木建築工事を平野弥十郎に請け負わせた。

平野弥十郎は江戸末期の生まれ。下駄などの小売業をしていた平野屋(薩摩藩のお出入り商人)に見込まれて二代目(養子)となるが、営業不振で店じまい。土木請負業に転身した。折良く薩摩藩下屋敷の建設工事が舞い込む。その後も、安政の大地震で業績を伸ばし、横浜の台場、開港埋め立て、築地ホテル、明治維新後は品川の鉄道工事などを請け負った。明治5年、北海道開拓使の要請で(多分、薩摩藩の繋がり)、建築用達係に就任、函館~札幌間を結ぶ札幌本道の新道建設工事に着手、1年半で完成させた。その後弥十郎はいったん東京に帰るが、息子の伊藤一隆の薦めもあって札幌に移住。明治12年には、小樽駅逓所から手宮までの道路工事も担当した。明治19年にリタイア、明治22年に北海道でクリスチャンとなる。66歳で没。

平野弥十郎の息子、伊藤徳松(のちの伊藤一隆)は、1859年(安政6年)3月江戸で生まれた。増上寺の境内にあった開拓使仮学校に、最年少の13歳で試験に合格・入学、成績はいつもトップ。英語教師アルバート・G・ベーツがアメリカから持参した1本のバットと3個のボールで生徒たちが野球に興じた。わが国で最初の野球である。その後一隆は札幌農学校に入学、1期生となる。農学校ではエドウィン・ダンに牧畜の指導を受けるとともに、クラーク博士の教えを受け、札幌で最初のクリスチャンとなり、以後生涯禁酒運動に邁進する。札幌農学校卒業後、開拓使・北海道庁の役人となり、北海道の水産分野の発展に心血を注いだ。明治21年には千歳鮭鱒孵化場を創設し、インディアン水車を設置。明治27年に北海道庁退官、帝国水産会社に就職。

エドウィン・ダンはアメリカ・オハイオ州の生まれ、大牧場の次男。1873年(明治6年)、北海道開拓使顧問ホーレス・ケプロンの息子が、開拓使の注文に応じてダン牧場の牛を買い付けに来た折、1年契約で牧畜の技術指導を要請されて来日することになる。このとき25歳。はじめは東京で、その後札幌で伊藤一隆ら農学校の生徒らに牧畜の指導を行う。契約が延び延びになり、そのうちに「つる」という女性に巡り会い、永住を決意。真駒内に牧牛場を造るほか、道内各地に牧場を造り、牧畜指導、機械化農業、乳製品の加工、などを指導。1882年(明治15年)、開拓使廃止に伴い契約満了、翌年一時帰国。1884年(明治17年)駐日米国公使館二等書記官に命じられ再び来日、1894年(明治27年)には公使に昇任、日清戦争で仲介に努力した。1897年(明治30年)に公使を辞任、1900年(明治33年)新潟県直江津郊外にて石油事業を興す。その際、経理責任者として伊藤一隆を迎えた。

直江津の石油会社は1907年に廃業。ダンはその後三菱本社に勤務。1931年(昭和6年)5月、脳溢血のため逝去。享年82歳であった。一方、伊藤一隆はのちに日石に移り、名著といわれる「日本石油史」(社史)を書いた。一隆の娘、松本恵子は、「あしながおじさん」や「若草物語」、アガサ・クリスティーの翻訳で有名。そして何と、あの中川翔子、しょこたんが伊藤一隆の子孫(玄孫、やしゃ孫)なのだそうだ。伊藤一隆は、1929年(昭和4年)1月、70歳の生涯を終えた。

エドウィン・ダンは「北海道酪農の父」、伊藤一隆は「北海道水産の父」と言われる。二人の「北海道の父」が意外な接点を持つことに、少しばかり驚かされる。なお、ダンの真駒内牧牛場は町村金弥(札幌農学校2期生)が引き継いだ。金弥は後に町村牧場の創始者となった。真駒内のエドウィン・ダン記念館で町村牧場のアイスクリームを販売している所以である。

【余録】ダンが札幌にいた頃、函館に居たブラキストンがたびたび札幌に来てダンと懇意になった。1883年にダンが一時帰国の折、イギリスに帰る途中のブラキストンがダンの家に寄り、ダンの妹に一目惚れ。ひと月以上も滞在してついにダンの妹を射止めた。ダンとブラキストンは義兄弟なのである。(ブラキストンは、津軽海峡を境にして動物の分布が異なることを発見。動物学的に津軽海峡をブラキストンラインと言う。)(2009.7.27)


55.何でそう言うの?

普段何気なく使っている言葉に、ふと疑問を感じたことはありませんか。たくさんある中から、思いつくままにいくつか…。

車道と歩道。車が走る道で「車道」なら、人が歩く道で「人道」ではないのか。「歩道」に合わせれば「走道」になるが、「車が走る」というイメージが湧かないからこれはダメだろう。車道は「車」という主語を用い、歩道は「歩く」という述語を用いる。何か変だと思う。

「生前は何かとお世話になりまして」の「生前」。亡くなる以前の生きているとき、の意味なのだから、「亡前」が正しいのではないのか。「生きる前」とはどういう意味だ。生きる前なら母の胎内(あるいは父の体内)になるではないか(なんて、漫才のつっこみみたいで、すいません)。まあ「生を終える前」と考えれば、「生前」も有りか。ついでにご遺族などに向かって言う「この度はご愁傷様でございます」。「愁傷」というのは嘆き悲しむこと。その状態にあるご遺族に向かってわざわざ「愁傷ですね」と言うのもおかしいような気がする。「ご愁傷様でございます」ではなくて、相手をいたわって「ご愁傷のことと存じます(悲しみのお気持ちはよく分かります)」と言うのが正しいのではないのか。

近くで採れたものを食べましょうという「地産地消」。「地元生産、地元消費」の略だが、よく見ると使われている漢字の順序が違う。最初と最後を使う「地産」と来たなら「地費」だろうし、どうしても「地消」を使いたいなら「地産」ではなく「地生」とするのが正しい順序ではないのか。つまり「地生地消」が正しい略字だと思う。う~ん、響きがイマイチだけど…。

「都道府県」って言うけど、どうしてすべて「県」じゃないのか。なぜ都があり、道があり、府があるのか。県とどう違うのか。ネットで調べると、いろいろないきさつの結果らしいことは分かった(説明省略)。ところで、県庁所在地と県名が一致しない県があるのはなぜか。明治政府の「永久不滅の賞罰的県名」というのがあるらしい。明治維新の折、官軍側に就いた「忠勤藩」は城下町の都市名を県名にしたが、官軍側に就かなかった「朝敵藩」や官軍側に就くのが遅かった「曖昧藩」は懲罰として都市名ではなく「群名」を県名にさせられた、というのである。確かに、九州の県は全て「都市名」が県名にされているのに対し、名古屋(尾張藩)は愛知県、水戸(水戸藩)は茨城県、仙台(仙台藩)は宮城県、盛岡(盛岡藩)は岩手県、となっていて、いずれも群名が使われている。思わず「へ~」だ(どこまで本当か、真偽のほどは定かでありません)。(2009.8.3)


56.囚人のジレンマ

「囚人のジレンマ」をご存知でしょうか。ある事件で共犯と思われる二人の男が逮捕されました。決定的な証拠がないために、検察側は司法取引(検察側に有利な自白をしたら刑は軽くする)を持ちかけます。片方だけが自白すれば自白者は無罪、一方黙秘者は10年の刑。二人とも自白すれば、自白の意味が薄れるので二人とも5年の刑。二人とも黙秘を続ければ、十分な証拠がないので二人とも2年の刑。犯人と思われる二人は別々に尋問を受けており、二人は相談することができない。貴方ならどうしますか。自白して無罪を選びますか、黙秘を続けますか。

まず、相棒が黙秘を続けると仮定しましょう。もし自分も黙秘を続ければ、二人とも黙秘で2年の刑。自分が自白すれば、無罪。したがってこの場合、自分は自白した方が得だ、という結論に達します。

では、相棒が自白すると仮定しましょう。もし自分が黙秘を続ければ、相棒は無罪だが、自分は10年の刑。自分も自白すれば、二人とも自白で5年の刑。したがってこの場合も自白した方が得だ、という結論になります。

つまり、相棒が黙秘を続けようが自白しようが、自分にとって「自白した方が得」という結論になります。ところが、同じことを相棒も考えるはずですから、結局二人とも自白する。すなわち二人はそれぞれ5年の刑に服することになります。

以上のように、「あらゆる条件を考えて最良の結論を導き出した」結果が「二人とも5年の刑」ですが、ホントにそうでしょうか。相手を信頼し、二人とも黙秘を続けて「二人とも2年の刑」が最良の結論ではないでしょうか。相手を信頼しないために最良の結論が得られない、それが「ジレンマ」と言われるゆえんです。

このジレンマを解決する方法が一つだけあります。二人が信頼を置ける第三者に判断を任せるというものです。例えば、二人が兄弟ならば、その母親に任せる。母親は最良の結論(二人とも黙秘で、結果的に2年の刑)を知っていますから、二人に面会し、疑心暗鬼にならず黙秘を続けるのが最適だと言えばいいのです。ただし、第三者(母親)が二人を平等に愛し、えこひいきをしないという条件が必要です。

スーパーやコンビニの値下げ作戦という身近な問題から国際的な食糧問題や核戦略まで、「相手の出方を考えながら自らの行動を決定する」という場面が数々あります。その際に持ち出されるのがこの「囚人のジレンマ」です。心優しく賢明なお母さんが居て、適切な答えを示してくれると助かるのですが、…。(2009.8.10)


57.偶然の地球

7月22日の日食、日本では46年ぶりだったそうで、そう言えば高校生のときにそんなことがあったよなあ、と思い出しました。今回の日食、トカラ列島にわざわざ出かけた方々は悪天候でがっかりとなりましたが、私はNHKテレビの硫黄島からの中継を(こっそりと)観ておりまして、天空の神秘を感じることができました。

どうして日食が起きるのか、説明するまでもないでしょうが、太陽が月の大きさの約400倍であり、太陽と地球の距離が地球と月の距離の約400倍なので、太陽も月も地球から見ればぼ同じ大きさになる。そんな偶然があるでしょうか。大きさだけではなく、太陽と月の軌道が同じ平面上にある、というのも偶然すぎるとは思いませんか。

地球が誕生したのが約46億年前です。初期の地球は熱いマグマの固まりで、空は厚い雲で閉ざされていました。大気は二酸化炭素が高い濃度で存在し、酸素はありません。徐々に地表面が冷えはじめ、雲となっていた水蒸気が雨となって地表に降り注ぎます。こうして41億年前に陸と海ができました。40~38億年前に、海水中のアミノ酸が偶然にも化学変化を起こして原始バクテリアが誕生しました。27億年前に、藍色をした藻類(らん藻)が偶然にも光合成機能を持ち、二酸化炭素がどんどん消費され大量の酸素が海水中に供給されました。すると、酸素呼吸を行う生物が繁栄し始めました。20億年前には大気中にも酸素が放出され、その濃度も高まり、6億年前にはオゾン層が形成されるようになりました。オゾン層は偶然にも生物に有害な紫外線を吸収します。これによって生物の陸上進出が可能となりました。5億年前に植物、4億年間に動物の陸上進出が始まりました。これらの植物、動物は地殻変動や大隕石の衝突などで繁栄と絶滅を繰り返し、偶然にも石炭や石油などの化石燃料になっていきます。450万年前に「人」が登場し、今に至る進化を遂げて参りました。

いかがですか。至る所の「偶然」によって現在の地球があり、人類が生存しているとは思いませんか。偶然がこれだけ続くと、それは「奇跡」と言うほかありません。科学の発達によって、「神」の存在は否定されました。しかし、宇宙の姿や進化、それを支配する物理学の法則を考え合わせると、まるで「宇宙は人間が生まれるようにデザインされている」(佐藤勝彦著「宇宙論入門」より)と感じられるのです。

以上、日食の偶然性からふと頭によぎったことを書きました。(とはいえ、私は「神」を信ずるものではありません。念のため)
追記:佐藤勝彦によれば「宇宙は人間が生まれるようにデザインされている」は、宇宙の条件に適合しない認識主体(生物)は生まれるはずはないし、条件を満たす生物として人間が生まれただけだ、とのことです。(2009.8.24)


58.二面性

痴漢やひったくり、窃盗が多いから街灯をたくさん設置しよう。それは良いことだ。しかし、省エネと地球温暖化の観点で問題があるし、星は見えなくなる。人によっては光害ともなりかねない。車はとっても便利なもので、なかなか手放せない。しかし金がかかるし、事故に遭うこともある。社員の給料を2割り増しにしよう。みんな泣いて喜び、幸せな毎日が送れる。しかし会社の利益が減って、ときには倒産の憂き目に遭うかも知れない。

というように一つの事象には二面性がある。見方によって良くもなり、悪くもなる。これを中国では「一分為二」と言う、と某雑誌で目にした。たまに行くすすきののスナックバーに中国人女性がアルバイトで働いている。そこで「一分為二」を尋ねると、中国でよく使われる言葉だという。「一分・為二」ではなく「一・分為・二」であって、単に一つのものは二つに分けることができる、という意味らしい。どんな場合にそれを使うのかを聞いたが、イマイチ良く理解できなかった。ともあれ、彼女によれば、一つの事象が見方によって良くもなり、悪くもなる、というのは「一利一弊」が正しいと思うとのことである。

どちらが正しい言い回しかは別にして、見方を変えれば良くもなり、悪くもなる、と言う事例は世の中にたくさんありそうだ。本来、その二面性を良く吟味する必要があるが、我々はとかくその片方だけを見て、信じて、行動しているように思える。我々凡人はそれでも良いが、国の行く末に責任を持つべき政治家だけは真剣に二面性を考えて頂きたいと思う。衆院選、予想通り民主党の大勝利。世の中が少しは変わるのだろうが、できれば「見方によっては悪くなる」ことの無いよう、しっかりと国の舵取りをお願いしたいものだ。我々凡人も、ただマスコミに踊らされるのではなく、ときには一つの事象の二面性を考えてみましょう。

ところで、「百害あって一利なし」という事象も、見方を変えれば良いところが見つかるのだろうか。例えばタバコ、間食、泥酔、惰眠、…(2009.8.31)


59.ワクチンが足りない

新型インフルエンザが大流行する気配です。厚労省の発表によると、ワクチンの製造を急いでいるが、どう頑張っても1,400~1,700万人分しか無いそうです。日本国民は12,800万人。さあ、どうしましょう。国民全員の分はありません。どういう人達に優先的にワクチンを投与すべきなのでしょうか。

いろいろな考え方があると思います。ちょっと考えてみましょう。
 ①くじ引きで決める。
 ②社会にとって一番重要と思われる人に与える。
 ③一番高いお金を払う人に与える。
 ④道徳的に最もふさわしい人に与える。
 ⑤ワクチンを薄めて国民全員に均等に分ける。
 ⑥最大の効率を発揮させるように配分する。

「平等」という観点で見れば、①のくじ引きが平等と思われます。しかし、くじを引いたら、今にも死にそうな高齢の人だったり、凶悪犯人が当選する可能性もあり、ちょっと問題です。⑤の均等割も平等といえば平等ですが、ワクチンを薄めたら効果はないでしょうから、ワクチン投与の意味がありません。これもダメでしょう。②の重要な人とか④の道徳的な人というのも一理ありますが、どういう基準で選ぶか、誰が決めるかという問題があり、不正が入り込む要素が多分にありそうです。③は金持ち優遇であり、国民一般の理解が得られないでしょう。

そこで⑥の最大効率が得られる方法だけが残りそうです。アメリカでは、臓器移植の優先順位を「最大の生存時間が得られそうな患者に配分する」という原則に従っております。つまり、生存年数の最大を追求するという「最大効率」の考えです。その方針のもと、アメリカ疾病対策センターは7月、まずは妊婦、次に生後6カ月未満の子の家族や世話する人、次に医療従事者、次に生後6カ月~24歳の人、次に25~64歳でインフルを悪化させる持病のある人、の順に優先的にワクチンを投与すると発表しました。

わが国では、ワクチン投与の優先順位を9月中に決めるそうです。8月20日に開催されたワクチン意見交換会では、医療従事者、基礎疾患(持病)のある患者、妊婦や乳幼児などを優先することで大筋の合意が得られたと言います。優先順位ははっきりしませんが、医療従事者が倒れたら大変ですから、医者や看護師が順位のトップになるでしょうね。問題は持病のある患者です。どんな持病を対象とするか、どれくらい重症の患者とするかという難問が控えています。ちなみに糖尿病患者全員を対象とすれば、それだけでワクチンがすべて無くなるそうです。

なお、世界保健機関(WHO)は、医療従事者を優先し、それ以外は各国が実情に応じて決めるようにと勧告しております。いずれにしても、とりあえず健康な我々のワクチンは当分無いようですから、うがい、手洗いに努めましょう。自分だけは大丈夫、などと考えてはダメですよ。(2009.9.7)


61.おだる

幼児はオトナの顔色をうかがいます。自分の言動が周りの大人に「受けた」と感じれば、何度も同じことを繰り返し、調子に乗って馬鹿騒ぎを致します。これを「おだって居る」といいますが、「おだる」(あるいは「おだつ」)が北海道の方言だとは知りませんでした。皆さんはどうですか、使いませんか。

政権交代後、新聞やテレビでは、脱官僚、こども手当、高速道路無料化などの話題で連日大騒ぎです。つい最近まで無責任に政治を批判していた人、もうとっくに過去の人と思われていた人、相変わらず時代遅れの考えしかしない人、今にも消えそうな政党をかろうじて維持している人、などなどが急に大臣になりました。そして偉そうに、得意になって、知ったかぶって、次々と世間が注目する発言をしております。八ツ場ダム中止、中小企業・個人の借金返済猶予、郵政事業の見直し、公共事業の抜本的見直し、国の出先機関の原則廃止、インド洋給油活動の撤退、などなど。

新首相は挨拶の中で「いろんな試行錯誤の中で失敗することもあろうかと思うが、国民の皆さんにご寛容いただきたい」と述べました。ジョーダンではありません。日本という国体を預かる政治家達にいかなる「失敗」も許されないと思います。それと、やたら「国民の目線で」というフレーズが出てきますが、国民目線は地方自治体に必要なものであって、国の舵を切る政治家には「地球的目線」(つまり外交、防衛など)こそが大事だと思います。

3人の子育てをした私の経験によれば、調子に乗っておだって居る幼児は、やがて柱やテーブルにぶつかって、最後は大泣きする羽目になります。国民の受けねらいをして「おだって居る」かのような見える新政権が、いずれ大泣きをするのではないかと、甚だ心配しております。いや、新政権が大泣きするのはどうでもいいことで、国民が大泣きする羽目にならないよう、心配しているのです。まあ、まだ政権交代後2週間足らず。今後に期待して、温かく見守っていきますか。(2009.9.28)


62.ダメな会社

いろんな会社に出入りして保険外交をしている友人によれば「ダメな会社」は一目で分かるとのこと。又聞き、噂などを元に「ダメな会社」をクローズアップ!

入口付近にゴミが落ちている。ドアのガラスが汚れている。会社の中に入れば、どの机の上も書類の山。しかも乱雑。必要な書類が迅速に取り出せない状況。机と机の間の通路は、人がやっと通れるくらい狭い。クズカゴは棄てた書類で溢れている。丸めた紙くずがそこかしこに落ちている。足下はたこ足配線。壁にはヌードポスター。

受付らしき事務員に名刺を出す。事務員は名刺を観て、訪ねてきた人の風体、風貌をジロジロと眺め回し、暫し無言。ニコリともせずに「用件は?」と尋ね、用件を聞いたはずなのにまたまた暫し無言。やっと意を決して奥の方でふんぞり返っている上司のところに行き、こそこそと何やら話している。上司は訪問者をジロリと一瞥し、面倒くさそうな顔をして応接室に通すように指示。初対面だというのにぞんざいな口の利き方。大股開きで反り返り、煙草の煙を客に向かって吐き出す。用件を聞きながら貧乏揺すり。

親戚一同が専務、常務、取締役。午前中は新聞を読み続け、ときに訪れた知人と馬鹿笑い。昼休みは部下を呼びつけて得意の碁。午後はうたた寝、時々いびき。パソコンは使えず、もっぱら手書き。ふと思い出しては部下を呼びつけての文句たらたら。チクリチクリの皮肉ばかり。やっとパソコンを覚えても、思うように動かない。どういうわけかフリーズしきり。その度に呼びつけられる平社員。やっと真剣に画面を見ていると思ったらアダルトサイト。

社長は外車を自慢、専務はピカピカの高級車を自慢、常務は新発売の車を自慢。売り上げが落ち始めたらお得意さまとのゴルフ三昧。夜の会食。温泉旅行。社員が夜遅くまで仕事をしている実態を知らず、残業代を出したこともない。きちんと残業手当を支払って欲しいと社員が口にした途端、「能力がないから残業しているんだろ」の返事。「イヤなら辞めてもいいんだよ」の追い打ち。

社長は真っ白な左手が自慢。専務は百万円のゴルフセットが自慢。部長はついに90を切ったと自慢。夜の飲み会はゴルフの話しばっかり。建設的な話題、知的な話題は出たことがない。詰まらないことで口げんか。テーブルをドカンと叩いて啖呵を切る。

出張旅費は1泊の水増し請求。家族で外食も会議費請求。社員の市内の移動はもっぱらタクシー。外勤のたびに数枚のタクシー券を経理担当に請求。そのくせ何枚かを猫ばばしては、私的に利用。使い道の多くはススキノからの帰り道に利用。月に一、二枚は奥さんと子供に。親父の偉さを見せつける。

我が家で使うシャープペンシル、その入れ替え用芯、ボールペン、上質紙、セロテープ、ありとあらゆる文房具は会社から。子供が使っている高級鉛筆、色鉛筆も会社から。無くなると奥さんが「もう無いよ」。次の日にはきっちりと調達。時々はカメラ用のフィルムも会社から(今ならデジカメ用のSDカードか)。

ついつい調子に乗って、長文になったので、とりあえずここまで。
「ダメな会社」かどうか、中に居ても分からない。外から眺めるとよく分かる。今のところ当社は大丈夫。今後とも「ダメな会社」と言われないように、気を付けましょう!(2009.10.5)


64.直観像記憶力

某巨大スーパーマーケットに、2歳直前の孫を連れて行きました。広い駐車場は車で一杯です。空きスペースを探して、何とか駐車できました。さて帰るとき、「うちの車はどこかなあ」と孫に聞きました。すると、「あっち」と指さします。確かにその方向です。偶然だろうと思っていましたが、車で埋まっている広い駐車場を私の手を引っ張って行くのです。間違いなくどこに我が家の車があるかを知っているのです。イヤその、我が家の孫の記憶力がすごい!と自慢するのではありません。幼児には、複雑なものを瞬時に記憶できる特殊能力、「直観像記憶力」があるというハナシです。

京都大学霊長類研究所の松沢哲郎教授が、チンパンジーの子供とその母親3組、計6頭を対象に、記憶力の実験を行いました(04年4月)。タッチパネル式のパソコンの画面に1~9の数字を出し、小さい順に触れることができれば干しぶどうを与えます。これを半年続けたあと、今度は短時間で数字が白い四角形に変わるようにしました。つまり瞬時に数字が見えなくなります。その結果、数字の表示時間をどんどん短くしてもチンパンジーの子供3頭は瞬時にどの数字がどこにあったかを記憶できたということです。

同じ実験を大学生9人で試したところ、表示時間が0.6秒で平均正解率は8割、0.2秒では4割でした。チンパンジーの母親達も大学生とほぼ変わらない成績でした。これに対し、チンパンジーのうち最も優秀な子供(アユムという名前が付いています)は0.2秒でも正解率は8割もあったそうです。「瞬間的な記憶力」はチンパンジーの子供が人間の大人よりも優れているということです。

このように、「見たものをそのままの形で覚える能力」つまり「直観像記憶力」は子供のほうが優れています。複雑なパターンを一瞬で記憶するのです。そんなパターン認識能力も、成長して言語を覚えるに従って減退し、言語で抽象的に記憶するようになります。「考える」ことを覚えるのです。人間は進化してきたはずですが、退化した「能力」もあるようですね。

そんなわけで、孫もそのうち「進化」して、自分の車をあっちこっち探すことになるのでしょうね。
ところでホモ・サピエンスとは「考える人」という意味です。最近は、考える人がずいぶん少なくなってきたように感じます。退化も進化の一つでしょうから、いずれホモ・サピエンスとは言えない、呆けた人、考えない人という新しい人種の命名が必要となるかも知れませんね。(2009.10.19)


65.八木アンテナ

仙台で開催された第36回技術士全国大会で、もと東北大学学長の西澤潤一名誉教授の基調講演がありました。その講演の中でほんのわずか「八木アンテナ」の話も出ました。世界に誇る日本の技術、というお話でしたが、イマイチよく分からなかったので、さっそく調べてみました。

現在、世界中の家々でテレビ放送の受信用アンテナとして最も広く用いられているアンテナ、それが「八木アンテナ」です。発明者は東北大学工学部長の八木秀次博士。1925年(大正14年)のことです。当時、電波の送受信は中波(AM)が中心で、超短波(FM)や極超短波(VHF、UHF)は実用化にほど遠い状況でした。そのような時代に八木博士は超短波の研究をしておりました。

ある日のこと、八木研究室で超短波の受信実験をしていた学生が、電流計が異常に触れる奇妙な現象にぶつかりました。原因を調べてみると、近くにあった金属棒のせいらしいことが分かりました。この報告を聞いた八木博士は、助手達に命じて様々な実験を繰り返し、ついに金属棒の驚くべき効果を発見します。翌年に強烈な指向性を持つ超短波受信アンテナの基礎理論を完成し、講師の宇田新太郎に実用化のための研究をさせ、「八木アンテナ」として特許を取得しました。しかしあまりにも進歩しすぎていた発明のため、日本の学会は何の反応も示さず、ほとんど無視。一方、1928年に八木・宇田の連名で英文論文を公表すると、海外で高い評価を得ました。

時代は第二次大戦突入寸前、各国は八木アンテナを利用したレーダーの開発を進めます。一方日本は、八木アンテナの重要性を全く認めず、実用化することもなく、特許の延伸申請に対して「重要な発明とは認めがたいので、特許は無効」として却下します。日本の軍部は、「敵を前にして電波を出すなど、闇夜に提灯を灯して自分の位置を敵に教えるようなものではないか」と、全く相手にしませんでした。

ところが1942年、シンガポールを占領した日本軍はイギリス軍のレーダーとその技術書を手に入れます。技術書には「YAGI」という意味不明の単語が頻繁に出てきます。日本軍はまるで理解できません。そこでイギリス軍捕虜に尋ねると、「本当に知らないのか?このアンテナを発明した日本人の名前だ」と教えられ、愕然とします。すぐさま日本軍もレーダーの開発に着手しますが、時すでに遅し。技術書発見の4ヶ月後、レーダーを搭載したアメリカ軍爆撃機によってミッドウェー海戦敗北。日本でレーダーが完成する前に終戦となります。

戦後まもなく、テレビ時代の幕開け。テレビを見るために八木アンテナは欠かせません。八木アンテナは世界中に爆発的に使われることになりました。しかし、既に特許は切れている。特許料は一円も入らない。もしも日本が特許を確保していたら、と思うと、誠に残念至極なのであります。
(八木アンテナは、実用化に貢献した宇田博士の名前も入れて、最近では「八木・宇田アンテナ」というそうです。)(2009.10.26)


66.「聴かせる」ということ

10月26日、国会開幕にあたり、鳩山首相が所信表明演説を行いました。52分に及ぶ大演説だったそうで、新聞には演説の全文が掲載されており、テレビ等のマスコミで要旨を報道しておりましたが、そんなに長く演説して、議員さん達はしっかり聴いていたのでしょうか。と言うのも、聞き手が集中できるのはせいぜい30分程度であり、加えて鳩山首相のあの抑揚のない話し方、さらに「一緒に〇〇しようじゃありませんか、皆さん」という、くそまじめな学級委員長が言うような例のフレーズ。「友愛」という訳の分からない哲学。初めての経験をする新人議員多数。…というシチュエーションを考えると、途中から居眠りしていた議員も多かったのではないかと思われます。

私も立場上、あるいは仕事の関係で、たびたび講演・講習の講師を務めました。1時間以上の長い講演をする場合は、15分程度ごとに、笑いを入れる、ちょっと違った話題に飛ぶ、参加者に問題を投げかける、壇上の端から端まで動く、などの工夫をしました。最も大事なのは、とっぱじめに聴衆を引きつける、ということです。淡々と話し始めるのではなく、「オッ、何か面白そうなヤツだぞ」と思わせるような変わったことを、一番最初に言うのです。

例を一つ示しましょう。日本石灰協会主催の講演会で「私は土木屋です。皆さんは石灰屋、丁寧に言うと“おせっかいや”さん」と切り出しました。これで聴衆はドッと笑います。そうなるともうこっちのもの。あとは皆さん、ちょっとした笑いのネタにも良く反応しますし、真面目な話も真剣に聴いてくれます。

最も詰まらないのは、壇上の椅子に座って、顔も上げずにただペーパーを読む、というスタイル。公務員に講師を頼むと、こういう人が結構います。最近はパワーポイントを使うことが増えていますが、字ばっかりで、しかも字が細かい。到底後ろの人は判読できない、というもの。せめて画面の字が動くとか、ダジャレの一つも入れてくれ、と言いたくなります。

ダジャレといえば、もう20年以上の前のこと、任意団体「水中トンネル調査会」を産官学あげて設立し、その後社団法人になり、その発会式にまだ若かりし鳩山衆議院議員をお招きし、挨拶をいただきました。鳩山議員は、壇上後ろの「(社)水中トンネル調査会」の垂れ幕を指さし、「これでカッコがつきましたね」と言い出しました。もちろんドッと笑いが吹き出しました。聞くところによると、鳩山首相はダジャレが得意なんだそうです。それなのに最近は抑揚のないくそまじめな話し方ばかり。まあ、今後に期待しましょうか。(2009.11.2)


67.エッ商品名?!

醤油を英語でソイソースといいますが、本醸造の醤油は「キッコーマン」といいます。主として東南アジアではバイクを「ホンダ」といいます。文書をコピーすることを「ゼロックスする」といいます。…という具合に、実はもともと商品名なのに「普通名詞」として用いられているものがかなりあります。では、亀の子たわし、セロテープ、ホッチキス、マジックインク、テトラポッドはどうでしょう。

土木屋ならテトラポッドは商品名だと知っているでしょう。普通名詞では「消波ブロック」です。1960年代に4本(テトラ)足(ポッド)の消波ブロックがわが国に輸入され、爆発的に普及しました。どこもかしこもテトラポッドだらけ。そのためテトラポッドが普通名詞のように使われています。

ホッチキスは商品名で、正しくは「ステープラ」といいます。発明者はベンジャミン・ホッチキスで、もともと機関銃を造っていた人。機関銃の弾を装着する構造をヒントにいわゆる「ホッチキス」を発明しました。

運動用のシャツに「カッターシャツ」というのがあります。なぜ「カッター」かというと、スポーツ用品ミズノの創業者・水野利八が、第一次世界大戦で日本が「勝った!勝った!」と大騒ぎなので、それに引っかけて命名したそうです。ミズノはこれ以外にもボストンバッグ(ゴロが良いので命名。意味はない)、ポロシャツなどの商品があります。

商標登録されて「商品名」となったものは、NHKなどの公共放送では「使用禁止用語」となるそうです。しかし、普段使っている以下のものがすべて「商標登録」されていると知っていましたか。
ウィンドサーフィン、うどんすき、エレクトーン、亀の子たわし、キックボード、キャタピラー、キャッチホン、金太郎飴、ジープ、ジェットコースター、スタンガン、スノーモービル、スピードガン、セロテープ、タッパー、テフロン、ナップザック、破魔矢 、パンスト(パンティーストッキング)、プリンスメロン、ポケベル、ポストイット、ポリバケツ、ホルモン、マジックインキ、万歩計、…。

エッこれも商品名?!と驚かされたものもあるでしょう。しかし、気にする必要はありません。「シャチハタ」を「スタンプ型印鑑」といってもピント来ないでしょう。言葉は、相手に正しく伝わる、理解してもらうことが一番大事なことなのですから。
(それにしても、上記の商品名、それぞれ普通名詞では何というのでしょうね。エレクトーンは電子オルガンでしょうが、それ以外はちょっと思いつきませんけれど。)(2009.11.9)


69.ルンペンストーブ

友人と酒を酌み交わしているときに、たまたま「ルンペンストーブ」の話が出ました。あぁ、昔の汽車にあった例の球形のストーブ、と咄嗟にイメージしましたが、どうも話の内容がかみ合わない。結論から言いますと、例の球形のストーブは「ダルマストーブ」であって、私自身は「ルンペンストーブ」をよく知らない、ってことが分かりました。(「例の球形の…」と言っても、今の若い人達には分からないでしょうねぇ。)

ルンペンストーブは昭和の初期(1920~30年代)に北海道を中心として使われたストーブです。円筒形のストーブで、薪や石炭を詰め込み、上から点火する。この円筒形が実は2台あって、並べて使う。同時に2台使うのではなく、まず1台に火を付ける。それが燃え尽きそうになったらもう1台に火を付ける。そして先ほどの1台から燃えかすを引き出して石炭や薪を詰め込む。そしてまたもう1台が燃え尽きそうになったら新しい1台に火を付ける…、という具合にこれを繰り返す。連続暖房が出来るというわけです。(ネットで探せば写真を見ることが出来ます。)

ところで、「ルンペン」って何か知っていますか。昔は良く耳にしましたが、今どき聞きませんから、若い人達は知らないでしょうね。多分、差別用語だとされて使用禁止になったのだと思います。「ルンペン」はもともとドイツ語(Lumpen)で、布きれやボロ服の意味です。それが日本では、ボロ服をまとってうろついている人、浮浪者、乞食(これも差別用語らしい)をさす言葉になりました。今の「ホームレス」のことです。(「ホームレス」は訳せば「宿無し」で、つまりは浮浪者。外来語を使えば差別用語ではない、というのもヘンなハナシですけど。)

で、ルンペンストーブですが、2台1組になっていて、1台が働いているときに、もう1台は働いていない。つまり「失業中」。失業すれば浮浪者になる。よって「ルンペン」、ということだそうです。誰が命名したのか知りませんが、発想が豊か?というより、昭和初期には失業すなわちルンペンというのが身近な問題だったということでしょうね。(2009.11.24)


70.年収のハナシ

20年ほど前のことですが、長年にわたりシベリアにてロシアと共同研究をされていた元北大低温科学研究所の福田教授が、ロシア人から聞いた話だと言って、次のようなことを教えてくれました。「今の日本をマルクスやレーニンが見たならば、これぞ理想郷というに違いない。日本では新入社員と社長の年収格差は約8倍。しかるにアメリカでは200倍、ロシアでは2,000倍、中国に至っては何と2万倍なのだ。」

少しばかり誇張し過ぎのハナシとも思われますが、現在、アメリカにおける新入社員と社長との年収格差は、300~400倍だそうですし、かつて中国に何度か行った経験によれば、官僚と農民の貧富の格差は凄まじいものがあり、2万倍もあながち嘘とは言えないかも知れません。ちなみに当社の場合は5倍程度ですから、マルクスやレーニンが泣いて喜ぶ理想郷になお一層近い、ということになりますか。

某雑誌によると、日本における売り上げ1兆円クラスの大企業トップクラスの平均報酬額は1億5千万円、ヨーロッパは6億円弱、アメリカは12億円だそうです。あのリーマンショックを引き起こしたリーマンブラザースの元CEOは、何と年俸40億円でした。そんなどえらい報酬額が高いか、安いか。いろいろ意見があると思いますが、誰でも大企業のトップクラスになれるわけではありません。極めて少数の人しかなれません。あの石川遼君の賞金額が2億円を超えそうだとマスコミで騒いでおりますが、プロスポーツ選手で1億円以上の人はそんなに多くはないと思います。いわばスーパープレイヤーのみが億万長者、というわけです。大企業トップが産業界でのスーパープレイヤーだと考えれば、何億円もの報酬を得ているとしても不思議ではない、とも考えられます。

それにしても、そんなとてつもない収入をいったい何に使っているのでしょうね。仮に毎年1億円の収入があるとしたら、あなたはどうします? いい洋服を着て、良いものを食べて、豪華なおうちに住んだとしても、まだ余るでしょう。余ったお金は貯金するとしても、墓場までは持って行けません。子供や孫に分配しますか。イヤ、それは止めたほうが良い。子供や孫が「馬鹿」になります。ヒョッとしたら「お金持ち」の人達は、「いかにお金を使うか」で悩んでいるのではないでしょうか。(てなことしか考えられないところが、所詮、庶民なんでしょうね。)

お金があるからといって幸せとは限らない、などとよく耳にしますが、それって貧乏人の負け惜しみではないでしょうか。我が家のトイレの壁に「相田みつを」の日めくり格言集がぶら下がっております。その中の一つ「金が人生のすべてではないが 有れば便利 無いと不便です 便利のほうがいいなあ」。しみじみ納得、であります。(2009.11.30)


71.議員歳費

連日マスコミを賑わしていた「事業仕分け」が終わった。「2番じゃダメなんですか」が強烈に頭に残っているが、某財団の天下り理事長の報酬が1,600万円と回答したとたん「高い~」という声が聞こえたのもなぜか記憶に残っている。某財団がどの程度の規模の組織なのかは知らないが、チマタに数知れずある中小企業の社長さんの年収に比べてどうなのか。声を発したのはマスコミ関係者らしいが、自分の給料と比較するのではなく、彼らの社長さんがどれくらいの年収なのか。(天下りの是非は置いといて)それでもなお「高い~」というのだろうか。

比較すべきものではないのかも知れないが、「必殺仕分け人」の中心を担っていた国会議員の歳費(国会議員に対して支払われる給与を特に歳費という)はいかほどか、見てみよう。議員の歳費月額は約130万円、歳費手当(いわゆるボーナス)が年間約635万円、文書通信交通滞在費が月100万円(年間1200万円、使途不問)、ここまで合計約3,400万円。このほかに議員特権なるものがあって、JR全線無料(新幹線・特急等の料金も含む。グリーン車OK)、航空機は月4回往復料金無料、議員宿舎への入居(10万円以下の家賃は払う)、秘書3人は国費負担。以上を合計すると議員一人あたり年間1億円を超えそうだ。

2009年8月30日、衆議院議員選挙で(憲法全文など読んだことがないと思われる)新人が多数当選した。8月は30日と31日の2日間の在任期間となるが、新人を含む全議員に対し8月分の歳費・文書通信費として満額の230万1千円が支払われた。国会議員の歳費に日割り計算がないため、満額支給になったとか。社会常識を遙かに逸脱していると思うが、国庫への返納は公職選挙法で寄付行為と見なされ禁止されているから、支払いは拒否できない。「無駄遣い」の撲滅を叫ぶ民主党議員も、法に従って、やむなく?堂々と(嬉々として)歳費を手にした。

「事業仕分け」は無駄の洗い出しである。かなりの事業が廃止とされた。科学技術もスポーツ振興も予算見直しの判定を受けた。国がビンボーなのだから、やむを得ないとしよう(5年先、10年先に二流、三流になっている日本国の姿に、誰が責任を負うのか、と甚だ腹立たしいが)。しかし、無駄の洗い出しを行うのなら、「まず隗より始めよ」ではないのか。議員の歳費は適切か、議員特権の見直しは必要ないか、歳費の日割り計算を行うべきではないか、そして何よりも、議員の数が多すぎないか。来年の「事業仕分け」に是非とも取り上げて頂きたいと思う次第である。(2009.12.7)


73.賛美歌

学生時代、キリスト教徒の友人がおりました。彼の下宿に何度もお邪魔し、「神って何だ」「神はどこにいる?」「イエスキリストは人間か、神の子なのか」「精霊って何だ」「お前も、右の頬を殴られたら左の頬を出すのか」などと素人的な質問を持ち出して議論したことがありました。そのうちにおもしろ半分に日曜礼拝にも行くようになり、神父様のお説教を何度か聞いたりもしました。(半年ほどで礼拝に行くのはやめましたけど。)

教会では聖書と賛美歌集を貸してくれます。記憶が定かではありませんが、まず賛美歌を歌い、次に神父が聖書のどこかを取り出して解説し、また賛美歌を歌って終わるという流れだったと思います。その賛美歌ですが、初めてなのになぜか歌える。ホント不思議なのです。そのことを友人に尋ねましたら、人間の魂を素直に発露したものが賛美歌だからだ、とのこと。へ~であります。

クリスマスに歌われる「き~よしこ~のよる~」(賛美歌第109番)や「もろびとこぞりて~」(112番)は恐らく誰でも知っていると思いますが、やや戸惑うのは教会で行う結婚式の定番「い~つくしみふか~き~」(312番)でしょう。たまに違う賛美歌だったりしますが、ほとんどの場合、式次第に楽譜付きで歌詞が載っていますから、楽譜さえ読めれば何とか歌えるはずです。とはいえ、結婚式に参列した方々はどちらかというと控えめに歌っていることが多いようですね。私はかなり大きな声で歌います。時には隣のワイフに小突かれたりすることもあります。

ところで、誰でも歌える賛美歌があります。それは、賛美歌第687番の「まもなくかなたの」です。知らないよ~そんなの、とお思いでしょうが、何と「たんたんたぬきの~」の旋律なのです。聖なる賛美歌にとんでもない歌詞を付けた替え歌があるなんて、神への冒涜ではないでしょうか。

ちなみに、我が家には旧約聖書も新約聖書も賛美歌集もちゃんとあります。日曜礼拝に行くことになって買いそろえたものです(40年も前のことか!)。ご存知の通り、新約聖書はイエスキリストが何を語ったかを記述したものですが、旧約聖書は波乱に満ちたユダヤ民族の歴史を記述しており、まさに一大ドラマになっています。一度は目を通す価値があると思いますよ。(2009.12.21)

Ⅱ-3 2010年の能登メール(75~124)


77.2種類のサル/78.「より良き生活」を次世代へ/79.不快の理由/81.人生訓一つ/83.科学と技術/84.順序が逆/85.「会社を辞める」ということ/87.「会社を辞める」ということ:パート2/88.6つのC/89.買えるもの、買えないもの/90.華胥の夢/91.話術/92.漢字のハナシ/93.三本の矢/95.騒音性難聴/97.「ほぼ問題はない」らしいが/98.至れり尽くせり/100.我が社の問題点/103.至れり尽くせり(パート2)/104.キュー/106.ブランド化のススメ/107.専門用語/108.知らなければ幸せ?/111.勤め人は損をする/113.伊勢神宮/114.北の富士/116.ピグマリオン効果/117.「お」のハナシ/118.神々が見ている/119.倫理学思考実験/120.サバイバル・ロッタリー/122.龍馬の銅像/123.デカメロンより/124.明日は仕事納め


77.2種類のサル

「世界には193種の猿が現存する。猿は4本足で歩き、メスは丸く大きな尻のふくらみをオスに誇示する。尻のふくらみは強力な性的アピールの材料であった。猿の中で毛皮で覆われていないサル、すなわち人間が2本足で立ち始めたとき、メスは大きな尻のふくらみをオスに誇示することができなくなった。そこで自己擬態というテクニックでアピール材料をカラダの前面に持ってきた。乳房である。人間以外に半球形の乳房を持つ動物はいない(人間が加工した乳牛を除く)。授乳の時に半球形では子供を窒息させるからである。」(デズモンド・モリス著「The naked ape」、日本語訳「裸のサル」)

宇宙船で地球へ帰還中、宇宙飛行士のティラー(ほか2名)はとある惑星に不時着した。その惑星は猿が退化した人間を支配していた。ティラーは仲間を殺され、猿達に酷い仕打ちを受けるが、チンパンジーの夫婦であるコーネリアスとジーラに出会い匿われることになる。ティラーは生き残りの人間を探すべく猿の居住地を離れ、「禁断の地」を目指す。そこで彼が見たものは、砂に埋もれた「自由の女神」であった! ご存知1968年に公開された「猿の惑星」である。その後続編がつづき、第5話で完結したが、かなりヒットした映画であった。2001年にはストーリーがかなり異なる「猿の惑星」も公開されている。で、これらの映画の原題は「Planet of the Apes」。

さて、サルは英語でmonkeyのはずである。上の二つの事例ではape(エイプ)をサルと訳している。apeとは何だろうか。実は英語では尻尾の有る無しでサルを言い分けている。ニホンザル、テングザル、マントヒヒなど尻尾のある猿(有尾猿という)をmonkeyという。一方チンパンジー、ゴリラ、オランウータンなど尻尾のない猿(無尾猿という)をapeというのだ。しかし、日本語には適切な呼び名がない。monkeyもapeも「サル」としか訳しようがないのである。「猿の惑星」ではチンパンジーが研究者や学者、ゴリラは軍人、オランウータンは為政者として描かれているが、それ以外のサルは出てこない。すなわち無尾猿の惑星、「Planet of the Apes」なのである。

某中学校での生物の時間。先生は「サルに2種類ある、monkeyとape、すなわち有尾猿、無尾猿」の話しをし、後日テストにその問題を出した。「サルは2種類に分けられる。それは何と何か。」解答の95%が「オスとメス」であったとか。(日高敏隆著「動物の言い分 人間の言い分」、角川oneテーマ21より)(2010.1.18)


78.「より良き生活」を次世代へ

土木技術者であれば、青山士(あきら)(1878-1963)をご存知だと思います。1903年、東京帝国大学卒業後に単身渡米し、技術者として7年半もパナマ運河開削工事に携わり、帰国後は荒川放水路の建設、信濃川大河津分水路の改修工事を指揮しました。のちに土木学会第23代会長となりました。大河津分水路の工事竣工記念碑に青山の言葉として「萬象ニ天意ヲ覚ル者ハ幸ナリ」(表面)、「人類ノ為メ國ノ為メ」(裏面)と刻まれているのは有名です。その青山は「私は、この世を私が生まれてきたときより良くして残したい」を座右の銘としておりました。この言葉は19世紀のイギリス天文学者ハーシェルが語ったもので、青山が尊敬する内村鑑三の著作で紹介されたものでした。

現天皇のご用係を務めていた小泉信三は、「吾々もこの国土を、吾々が受け取ったままのものとして子孫に残すのは、恥じなければならぬ。今は吾々が吾々の子孫に継がせる、この日本の国土のために、この全能力を傾けるべきではないか」と語ったそうです(平成21年度土木学会全国大会にて土木学会第97代会長の近藤徹による特別講演会より)。また、元内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)であった大田弘子(現在は政策研究大学院大学副学長)が土木学会誌2010.1月号で「この豊かな国土を子どもたちの世代に、いい形で残していくということを、今私たちの世代が本気で考えないといけません」と述べております。

小泉信三、大田弘子のお二人は、恐らくハーシェルの言葉を知らずに語ったと思いますが、その内容は青山士の座右の銘とほぼ同じことを言っています。我々はこの世に生を受け、百年も経たずに死んでいくはかない命ですが、人それぞれは昨日よりは今日、今日よりは明日、より良い「この世」を送るよう「個人的」に努力していることでしょう。それは当然として、同時に人それぞれ、我々の子孫により良い形で「この世」をバトンタッチしていく義務もある、ということです。ふと立ち止まって考えてみれば、我々が今ここにいて、(完全ではないにしても)安全・安心で、快適・便利な生活を送っているのも、人類誕生以来今日に至るまでの数え切れない世代の努力の積み重ねがあってこそ、なのです。

オバマ大統領は就任演説で次のように述べました。「私たちのために、彼らはわずかばかりの身の回りのものを鞄に詰めて大洋を渡り、新しい生活を求めてきました。私たちのために、彼らは過酷な労働に耐え、西部を拓き、鞭打ちに耐え、硬い大地を耕してきました。私たちのために、彼らはコンコードやゲティスバーグやノルマンディーやケサンのような場所で戦い、死んで行きました。繰り返しこれらの男女は戦い、犠牲を捧げ、そして手に皮がすりむけるまで働いてきました。それは私たちがより良き生活を送ることができるように彼らが願ったからです。」

「より良き生活」を先人からいただいたことに感謝し、「さらにより良き生活」を子孫に残すように努力しなければならない、ということを、ときどき思い起こしましょう。それがこの世に生を受けた者の義務なのですから。(2010.1.25)


79.不快の理由

昨年の暮れだったと思うが、政策論議をする朝の番組を観ていたら、森本拓大教授?の「小泉郵政改革で良くなった点もある」との発言に対し、亀井静香が「どこが良くなった? 地方の郵便局は大変な状況で、地域住民が困っているというのが実情だ。あんた、何にも知らないんだね。ちょっとは勉強してよ!」と、例の狡猾な顔をして(そう見えるのは私だけかも知れないが)くってかかった。森本氏は顔をこわばらせて黙り込み、気まずい雰囲気でスタジオが一瞬シーンとなった。

同じ頃、天皇陛下と中国習副主席との会見をめぐり、民主党小沢幹事長が記者会見を行ったときのこと。天皇の国事行為について質問した記者に対し、小沢は次のように言った。「君は日本国憲法を読んでいるかね?ふん? 天皇の行為はなんて書いてある? 天皇陛下の行為は、国民が選んだ内閣の助言と承認で行われるんだよ、すべて」。さらに「なんとかという宮内庁の役人が、どうだこうだ言ったそうだけども、まったく、日本国憲法、民主主義というものを理解していない人間の発言としか思えない。ちょっと私には信じられない」と付け加えた。記者は黙り込んでしまった。

いずれの場合も、それを観ていた自分は不快になった。何が自分を不快にさせたのか、じっくり考えてみた。亀井は「もう少し勉強しろ!」と言った。つまり森本よりは自分のほうが実情をよく知っている、ということだ。小沢は「憲法を読んだことがあるか? 何て書いてある?」と記者に尋ねた。つまり自分は憲法をよく知っている、ということだ。いずれの場合にも共通するのは、相手よりも自分のほうが「良く内容を知っている」ということだ。

それはつまり、自分は「良く内容を知っている」から「知らない君たち」よりも正しい判断をする、「知らない君たち」は黙って私の話を聞け、「知らない君たち」は私の言うとおりにしろ、ということではないか。まったくもって「知らない君たち」を小馬鹿にしているのだ。「上から目線」の不遜な態度なのだ。いずれの場合も真摯な態度ではなかったから、観ていた自分が不快になったのだ。

昔、中央官庁の官僚とやり合ったとき、彼らは頻繁に「だからぁ~」(「だ」と「らぁ~」にアクセント)とか「あのねぇ~」(「ねぇ~」にアクセント)と言って、まるで幼子に諭して聞かせるような話し方をしていた。「内容をよく知っている優秀な私」が無知な君たちに教えてあげる、「知らない君たち」は反論すべきではない、といわんばかりなのである。能登メール(44)「話しに数字を入れる」で、政治家が話しにやたら数字を入れるが、それは話しの信頼性を高めるためだ、と書いた。しかし、別の意味もあるかも知れない。「いろいろな数字を知っている私」は「知らない君たち」より遙かに優秀で、政策的に正しい判断をする、反論するのはおこがましい、私に黙って従いなさい、ということなのかも知れない。そして、次の選挙でも「優秀な私、内容を熟知する私」に一票を入れなさい、と暗示をかけているのかも知れない。(2010.2.1)


81.人生訓一つ

毎日毎日、おかしな事件、事故が起きますね。ちょっと前には小さな子どもが回転ドアに挟まれた、エスカレ-ターに指を挟まれた、というのがありましたし、子ども虐待のニュースやいじめによる自殺、愛憎こじれての殺傷事件なども後を絶たずですし、親殺しや子殺しもやたら耳にしますね。進歩しているはずの人類なのに、精神的には退化しているのではないかと疑いたくなります。

そんな事件や事故を少しでも減らすにはどうしたらよいのでしょうか。ってな話しを行きつけのスナックバーで友人と話していましたら、ママさんが「ちょっと待って」と紙に何やらメモを書いてくれました。次のように書いてありました。
 乳児には肌を離すな
 幼児には手を離すな
 少年には目を離すな
 青年には心を離すな

ママさんがお父さんから教えて頂いた人生訓の一つだそうですが、何とも名文ですね。まさにその通り!と思います。青年までしか書いてありませんが、その先は無いのでしょうか。中年、壮年、老人、後期高齢者?に対して、離してはいけない何かがありそうですが、思いつきません。どなたか、思いついたら返信してください。名文が出来上がりましたら紹介します。(2010.2.15)


83.科学と技術

20年ほど前になるが、京都大学の教授をしていた森 重文氏が「三次元極小モデルの存在証明」という論文でフィールズ賞を受賞した。数学のノーベル賞といわれる賞である。受賞記者会見で記者が尋ねた。「先生の理論はいったい何の役に立つのでしょうか」。森先生は苦笑しながら「何の役に立つかと聞かれても困るが、いつか何かの役に立つかも知れませんね」と答えた。

2002年、小柴昌俊氏が宇宙ニュートリノの検出に対するパイオニア的貢献によりノーベル物理学賞を受賞した。田中耕一氏とのダブル受賞で、国内は大いに騒いだ。受賞記者会見で記者が小柴氏に尋ねた。「ニュートリノ研究はどんな役に立つのですか」。小柴氏は「役には立ちません」と答えた。

何とも不思議である。「役に立たない」のになぜ表彰されるのか。われわれ技術屋の世界では「役に立たない」ものは何の価値もない。技術屋の使命は、人間生活や社会をより便利に・より快適に・より安全に・より効果的にして、つまるところ世の中に貢献することである。いかなる技術も世の中に貢献するためにある。貢献しない技術は「役に立たない」として見捨てられる。

なのに「役に立たない」のに表彰された。なぜか。それは、「科学」だからである(森氏の研究が科学かどうか、ちょっと疑問だが)。科学は自然界の原理、法則、メカニズムを追究する学問である。そこには「役に立つ」かどうかを考える余地はない。自然界の現象を納得のいく形で解釈したい、どういうメカニズムなのか、なぜそうなのか、などという純粋な知性の欲求を満たすもの、それが科学なのである。そんな「役に立たない」ものを知ってどうするのか。心が豊かになり、満足する。ただそれだけである。知性を高めたい、それは人間の本性なのである。

この度の事業仕分けで科学的なものがかなり凍結とされたが(一部は復活)、不況な世の中で「役に立つ」ことにしか価値を認めないとしたならば、ノーベル賞もフィールズ賞も、この先当分の間ご縁がないかも知れない。しかしながら、多くの技術・製品が科学による基礎的理論をもとに開発され、進歩・発展してきたのも事実である。かつては原子爆弾であり、最近ではiPodなどのオーデオ機器、リニアモーター、カーナビ、ケータイなどの運輸・通信機器、MRIなどの医療機器。これらは「科学」の恩恵である。つまりは森氏の言うように、科学も「いつか役に立つかも知れない」一面を持つ。今後とも、人間の本能である知的好奇心を満足させるために、「役に立たない」科学に頑張ってもらいたいと願う次第である。

小柴氏は記者の質問に「役に立たない」とはっきり答えた。それは、科学の本随を知らず、目先の価値にしか興味を示さない記者連中に対しての反発があったのかも知れない。その小柴氏だが、大学院生時代にある学校の物理の臨時講師を担当していた。「この世に摩擦がなければどうなるのか」という問題を生徒に出した。摩擦がないと鉛筆の先が滑って答案は書けない、したがって「白紙答案」で提出した人が正解。解答を記入したものはすべて不正解にしたとのことである。(2010.3.1)


84.順序が逆

能登メール(14)に書きましたが、地下鉄の車内でお化粧をする女性がいます。社会人なら寝坊したのでやむなく車内で、という理由もあるでしょうが(といって許せる訳ではないけれど)、これが女子高生だったりすると、思わず「あのなぁ、そんな色気を出す前に勉強しろ!」と言いたくなります(言った試しはありませんが)。しかし、ある雑誌によれば(出典不明)、彼女らは勉強ができないから色気で勝負しているのだ、そうです。なるほど、と納得してしまいました。

この不景気だから、なかなか就職もままならず、必死の思いで就職活動に明け暮れる若者がいる一方、就職する気もなく親のすねをかじりながら毎日ブラブラしている若者(イヤ、馬鹿者というべきか)も結構おります。そんな若者に「真面目に働け!」と言いたいところですが、これもまた真面目に働けない落伍者だからブラブラしているのだ、そうです。つまり、望ましいカタチを期待するわれわれが間違っているのであって、彼ら、彼女らは成すべきことをできないからそうせざるを得ないと言うことです。順序が逆、なのです。

某与党のトップに「周りの意見に左右されないで、しっかりとリーダーシップを発揮しろ」と言いたいところですが、「リーダーシップなんて初めから持ち合わせていないから、周りの意見に左右される」のです。某野党のトップに「中途半端な質問を繰り返していないで、舌鋒鋭く追求して存在感を示せ」と言いたいところですが、「存在感を示すほどの力量がないから、中途半端な質問をしている」のです。

「たびたび遅刻しているが、もっと早めに起きたらどうだ」。イヤ、ごもっともですが、どう頑張っても早めに起きられないから遅刻しているのです。「無駄話が多い。もっと仕事に集中しろ」、「ミスが多い。もう少し慎重に仕事をしろ」、「手戻りの無いよう、頻繁に上司と相談しろ」、「情報が足りない。もっと積極的に営業しろ」、「職場がギスギスしている、もっとコミュニケーションを大事にしろ」、…ごもっともです。子どもじゃないんだから、言われなくても分かっています。されど体質的に、性格的に、能力的に、できないものはできない。期待する方が間違っている。

とまあ、逆ギレのようになってしまいましたが、期待されているうちが「華」。期待されなくなったらホントの「落ちこぼれ」、「鼻つまみ」。望ましいカタチに向かって、せいぜい努力はしましょう。きっと、(多分)より良い明日が来るはずです。(2010.3.8)


85.「会社を辞める」ということ

私は長いこと(30年と少し)公務員をやっておりました。私自身は途中で転職することなど一度も考えたことはありませんが、私の周りでは知る限り、比較的若い4人が途中で転職あるいは退職致しました。一人は札幌市役所の公務員試験に合格し、札幌市の職員になりました。親の面倒を見るか何かの理由で転勤のない市職員をかなり前から希望していた人です。二人目は、受刑者の更正に役に立ちたいという(私から見れば不思議な)願望を持った人で、希望通り刑務官になりました。三人目は私費でじっくりと外国留学をしたいという理由で退職しました。四人目は、ホームトレードにはまりこみ、朝から晩まで株の売買をしたいという理由で退職しました。これでお分かりの通り、いずれの方々も自らの希望、理想を求めて転職しており、給料が安いとか処遇が悪いという不平・不満が原因ではありません。

当社に就職して驚いたのは、毎年のように複数の方々が会社を辞め、それに合わせた数だけ中途採用があるということです。誰かが辞めてもすぐに穴埋めができるということは、辞める、再就職する、という方々が結構いるということです。この業界では当たり前のことなのかも知れませんが、もしそうであれば、私の認識不足でありました。

当社を辞められた方々については辞職理由を直接本人から聞いたり、噂などで耳にしたりします。その大半は「自分の実力を適正に評価をしてくれない」あるいは「自分の実力に見合った処遇をしてくれない」というものです。辞めていった公務員の理由と違っています。一般的には、会社の方針が自分の信念に合わない、仕事がきつすぎる、職場の雰囲気が悪い、なども辞める理由になりそうですが、第一の理由にはなっていないようです。ちなみに「給料が安い」という理由も聞いたことがありません。(給料に関しては同業他社に比べて遜色がないと思いますから、当然かも知れません。ただし、うがった見方をすれば、金銭的な理由は卑しく聞こえるので辞職理由にしない、とも考えられます。)

大半の人が理由としている、評価が低い、処遇が悪い、というのは、言い換えれば「プライドや自尊心が傷つけられた」ということでしょう。そうなると、働く意欲がそがれ、ストレスがたまり、不快な毎日となるでしょうから、新天地を求めて転職を考えることになる、というのもある程度理解はできます。しかし、それが正しい選択かどうかは分かりません。新しい職場が自分が納得できるような評価をしてくれるか、満足できる処遇、地位を与えてくれるかは保証の限りではないからです。各人の理想や期待と一致する素晴らしい会社なんて、そう滅多にあるはずがありません。結局はまたいろいろな不満が頭を持ち上げ、新天地を求めることになりかねません。それを繰り返すと、地に足が着かず、不安定な人生を送ることになります。(と考えるあたりが、ぬるま湯にどっぷり浸かった安定志向の公務員気質かも知れませんが…。)

「充実した人生を送るには、好きな仕事をするか、仕事を好きになるかのどちらかだ」と何かの本に書いてありました。これをもじって「充実した人生を送るには、好きな会社で働くか、会社を好きになって働くかのどちらかだ」と思います。経営者は辞職の理由を把握し、不平・不満のない会社、すなわち社員に「好きな会社」と言わせるよう努めなければなりませんが、仮に今、当社が好きな会社でないという社員がいるとしたならば、その方々は、是非、会社を好きになるよう努力してください。それが充実した人生を送るコツなのですから。
(「会社を辞める」ことについて、もっと掘り下げて書きたいところですが、いろいろと差し障りが出そうなので、さらりと書きました。ご容赦下さい。)(2010.3.15)


87.「会社を辞める」ということ:パート2

前々回の能登メールで「「会社を辞める」ということ」を書いたところ、何人かから返信をいただきました。会社を辞める理由を私なりに考えて幾つか書きましたが、それ以外の「辞める理由」(あるいは「辞めたくなるような理由」)を指摘してくれた方々がおりました。なるほど、と感心?する内容であり、日の目を見ないのはもったいないと考え、紹介することにします(要約しています)。

その1:社員が働きやすいようにするというのが上司・役員の基本的かつ一番大事な役割のはず。余計な事務的仕事・雑用を増やすだけの無能な上司・役員がいると、モチベーションが下がり、思わず辞めたくもなる。

その2:長い年月の間に、ある日「会社が(上司が)自分を必要としていない」と感じたとき、辞めようかと思う。息苦しいまま居座るより、たとえ給料が安くても「自分を必要としているところで楽しく働きたい」と考える。

その3:常に「オマエのやる事は会社の方針(あるいは部の方針)と違う。オマエは会社にとって迷惑な存在だ」と言い続けられたら、誰だって辞めると思う。こんな私でも喜んで引き受けてくれる会社があれば、その会社のために少しでも役にたちたいと考える。

その4:頑張っている自分の姿をきちんと見てくれる人、努力の過程を理解してくれる人、言葉に出さずとも感謝してくれる人、そんな人が(上司が)社内にいるなら、決して会社を辞めるとは思わない。

その5:労働に見合わない給料で不満を抑えながら働いているという社員がいる会社を幾つも知っている。完全な組織などない。理想の職場を求めることは夢物語。自分の都合や気分で立ち回る上司はどこにでもいる。私自身は、今後ともマイペースで、毅然として生きて行くつもり。

いかがですか。何やら上司に問題がありそうな内容となっていますが、それぞれの実体験を述べているようで、迫力がありますね。結局は良い会社、誰も辞めない会社というのは、上記の逆(その4はそのまま)になればよいということですね。上司の方々に読んでもらいたいと思いますが、残念ながら上司のほとんどに能登メールは配信していません。(2010.3.29)


88.6つのC

今から10年前の2000年、筑波大学名誉教授の白川英樹氏が、電気を流すことができるプラスティックを発見し、その研究成果が認められてノーベル化学賞を受賞した。翌年の春、主催者がどこであったか忘れてしまったが、札幌市民会館で白川博士の講演会が開催された。講演題目は「ノーベル賞と物理科学」。ノーベル賞をもらった方の講演なんて滅多に聴くことができないと思って、仕事をほったらかして聴講に行った。その時のメモが手元にあり、次のように書かれてある。

独創性には6つのCが必要。Curiosty(好奇心)、Courage(勇気)、Challenge(挑戦)、Confidence(信頼)、concentration(集中)、Continuation(継続)。

「独創性」と聞くと、誰もが考えつかない珍妙なことを思いつくこと、と思うかも知れないが、「珍妙」はあくまでも「珍妙」であって、役に立たないものをいくら考え出しても、それを独創性があるとは言わない。ドイツの哲学者ヘーゲルの残した言葉に「創造とは蓋然の先見にあり」というのがある。易しく言い直すと、「目新しいことを見つけるということは、極めて当然のことをほかの誰もが気がつかないうちに先に見つけるということである」。創造と独創はほぼ等しいとして、「先見」するためにはある事象に好奇心を持ち、勇気を持って挑戦し、自分を信頼し、集中し、継続すること。すなわち、6つのCが必要らしいことは分かるが、一つくらいのCなら何とかなりそうだとしても、6つとなると、もはや絶望的。

さらに加えて、ホントに独創性や創造性のある人というのは、どちらかというと、奇人、変人のたぐいが多い(ような気がする)。それに「独創的」とは「常識を覆す」ことであり、それまでの調和を破ることであるから、ときには組織の和を乱すことになる。日本の社会はそういう奇人、変人、和を乱す特異な人を許さない風土があり、「あいつはオカシイ、人間的に問題がある」というレッテルを貼られかねない。つまり、能力的、精神的には勿論のこと、組織人として生きている限り、われわれ凡人が独創性を発揮するのはかなり難しい、ということになる。

とまあ、「独創性がない」と言われても、気にする必要はない、というのが今日の結論なのだ。(2010.4.5)


89.買えるもの、買えないもの

ホリエモンこと堀江貴文氏が、飛ぶ鳥を落とすほどの絶頂期の頃、「この世にお金で買えないものはない」と豪語したそうです。ジャブジャブお金が余っていたならば、何でもお金で買えそうにも思います。しかし、お金で買えないものがある、と次の文章を知人から教えて頂きました。

家は買えても家庭は買えない
ベッドは買えても安眠は買えない
時計は買えても時間は買えない
地位は買えても尊敬は買えない
薬は買えても健康は買えない
セックスは買えても愛情は買えない

何とも名文だと思いませんか。この名文の最後は「君の幸せを願って貴重な教えを伝授した。君の幸せのために全ての金を私に下さい」というオチが付いているそうです。

カタチがあって値段が付いているものはお金で買えますが、カタチのないものは基本的にお金では買えません。例えば、友情、幸福、記憶、思い出などはお金では買えないでしょう。カタチがあっても値段が付いていない場合、これもお金で買えません。例えば、ピラミッドや万里の長城などの世界遺産。とすると、「大事なもの」=「お金で買えない」という原則がありそうですね。

上記の名文にイチャモンを付けることができます。せんべい布団よりは高級羽毛布団のほうが安眠できるぞ。ビンボーならば医者にかかることができず、薬も買えない、だから健康はお金で買えると言えるのではないか。結婚するなら貧乏人と金持ち、どちらを選ぶ?金持ちだろ。だから愛情も金で買えると思うよ。…てな具合。う~ん、そうも言えるけど、ホントーはどうなのか、お金持ちになったとき再度考えてみます。(2010.4.12)


90.華胥の夢

同期会開催の案内が来た。場所はススキノ「華胥の夢」にて、と書いてある。何だ?何て読むんだ。「華」はハナ、あるいはカと読むのだろうが、「胥」が分からない。今まで見たことがない字だ。さっそく一太郎の文字パレットを開いて漢字検索をした。「胥」の音読みはショ、訓読みはアイ、ミナ、と書いてある。とすれば「華胥」は音読みでカショと読むのだろう。しかし、華胥の夢、とは何だ? こんなときはネット検索に限る。

華胥の夢(かしょのゆめ):よい夢のこと。中国最初の天子といわれる黄(こう)帝が、天下の治まらぬことを心配し、3か月もの長い間、政治を離れて身を修めていたある日のこと、昼寝をして「華胥の国」に遊んだ夢をみた。この国では何年も自然無為、人民は無欲で、生死にも心を煩わされず、物に執着することもなく、空を自由自在に飛行するなど、すべてに超然としていられる楽しい国であった。夢覚めてのち、黄帝は大いに心に悟るところがあり、以来、天下がよく治まるようになった<『列子』黄帝篇の故事による>。「華胥の国」は理想郷の異称でもあり、転じて「華胥の国に遊ぶ」といえば、よい気持ちで昼寝をすることをいう。

へ~、である。さらに調べると、華胥の国は「えん州の西、台州の北にある」そうで、何千万里も遠くにある国らしい。その華胥の国には君主がおらず、人民に欲が無く、全てが自然のままであり、生きるとか死ぬとかに心を煩わされず、若死にする者もおらず、人を疎んずることを知らず、利害損得の念も生じない。愛したり憎んだりもせず、恐れたり嫌がることもない。水に入って溺れず、火に入って火傷せず、切っても傷が付かず、痛みも痒みもない。空を自由に歩き、空中でも自由に寝ることが出来る。美しいだの醜いだのと思うこともなく、全てに超然として自由に満ちている。

まるで天国、極楽浄土のようだが、ふと疑問が湧いた。人民に欲がないのはよいとして、喜怒哀楽の心情がない、何をしても怪我をしない、死なない、などというのが「理想郷」なのだろうか。人を愛することもなく、妬みもなく、好き嫌いが無く、超然としているなんて生きている意味がないではないか。

また一つ、勉強にはなった。しかし、釈然としない。華胥の夢を見て「道の極致」を会得した黄帝の天下は、その後28年間、あたかも夢の中の華胥の国のようになったという。ホントだろうか。

で、ススキノ「華胥の夢」。どんな理想郷かと楽しみに行ったら、どう見ても普通の居酒屋。どこにも理想郷らしきところが見あたらない。「日本酒!ひや!」と頼んだら、すかさず出てきた。「高田屋」では頼んでから5分は出てこない。なるほど、注文した酒がすかさず出てくる、これがもしかしたら酒飲みの理想郷なのかも知れない。(2010.4.19)


91.話術

知人とススキノのとあるお店で飲んでいたときのこと。知り合いが胃ガンに罹り、手術したということで、「大丈夫かなあ、子どもはまだ中学生だし、認知症の親もいる。万が一再発でもしたら、この先どうやって生計を立てて行けばいいのか。親より先に逝くなんてことになれば、さぞかし辛いだろうなあ…」というような暗い話しが続いて、しんみりと水割りを飲んでいた。こんな場合、なかなか楽しい話題に切り替えることができない。知人ともども口数が少なくなってしまう。そんな話しを黙って聞いていたお店のママさん。「大変よねえ。実は私も重い病気を持っているのよ。腰が重いし、口が重いし…」。それを聞いた途端、知人ともども大笑い。さあそれからは楽しい話題で盛り上がった次第。(意味不明の方のために解説すると、腰が軽い→浮気性、口が軽い→何でも言いふらすこと)

さすが長いこと水商売をやっているママさんだ。話術が上手い。「いいとも!」って英語で何て言うか知っている?「of couse!かWhy not!だろ」「いいえ、good friend!よ」というのもこのママさんから教えてもらった。ユーモアは人柄(心が温かい人という感じ)で生まれ、ウイットは知性(頭がいい人という感じ)から生まれるというが、ユーモアやウイットに富んだ知的な話しは心が安らぐ。そして時間も忘れる。ときにはアイロニーもあっていい(アイロニー:自分より優位にあるものを引きずり下ろし、コケにして笑うこと。北野タケシがよく使う笑い)。

一方、親父ギャクとかダジャレというのもある。「垣根ができたってねえ、へ~」、「屋根から水漏り、ヤ~ネ」、「電話、急げ」のたぐい。当社の某部長も飲み会の席でヒマ無しダジャレを飛ばす。本人はいかにも愉快そうだが、ほとんどユーモアとかウイットが無いから聞いていて耳障りなことが多い。

数字を使った短文をそこかしこに入れると、話術が上手いと感じさせ、記憶に残り易い。例えば「3Bガール」(バカ、ブス、ブレイ)、「OLの3D」(だって、でも、どうせ)、「日本女性の5チ」(ケチ、ムチ、ハレンチ、ヤキモチ、エッチ)など(ほとんどセクハラに近い言葉だが、私が言ったのではなく、あくまでも聞いたハナシ。誤解がないよう念のため申し添えます)。「1年先を考えるなら花を育てろ、10年先なら木を育てろ、100年先なら人を育てろ!」というのもあった。数字ではないが韻を踏んで「若いときは、字を書け、汗かけ、恥をかけ!」とか「人生は出会い、触れあい、深め合い」というのも記憶に残っている。

急に話術が上達するものでもない。少しずつ、少しずつ、身に付くように努力しましょう。(2010.4.26)


92.漢字のハナシ

「宇治拾遺」に「子子子子子子子子子子子子」と子を12個連ねた文章があるそうです。子という字は「こ」、「し」、「ね」と読めますので、それを組み合わせて文章化した「字遊び」ですが、何と読むでしょうか。ヒント:最初の三文字で「猫の子」と読みます。答えは本文の最後に示します。もう一つ、教養として知っておくべき漢字の数は3千5百字程度と言われていますが、では、漢字なるものはいったい幾つあるのでしょうか。これも文末に答えを示しましょう。

さて、日本人は漢字を取り込み、日本語を作り上げてきました。今では漢字のない世界は想像もつきませんが、かつて「漢字廃止」の機運が何度かあったことをご存知でしょうか。最初は1866年(慶応2年)、前島来輔(密)が、時の将軍徳川慶喜に「漢字御廃止之議」という建白書を提出しました。漢字を覚えるのは大変だから廃止しましょう、というものです。次に賀茂真淵。漢字は数が多すぎる、仮名文字で十分だ、と主張しました。他にも本居宣長、福沢諭吉、森有礼などの有名人も同じような意見を持っていました。西周はすべてローマ字だけにしようと提案しています。

明治に入っても国語学者を中心に漢字廃止または制限の動きがつづきます。太平洋戦争後にはGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)に招かれたアメリカ教育使節団が、「漢字は数が多く学習が困難である。このままでは日本の民主化が遅れる。日本語の主たる表記をローマ字にすべきだ」という意見書を出しました。志賀直哉に至っては、フランス語を国語にすべきだという提案を行っています。これに対し猛烈な批判が起こり、さすがに国語のローマ字化は退けられましたが、国字の簡素化と平明さを目指して「当用漢字」が定められました。「当用」とは「いずれ漢字を全廃するまで当面使用できる」という意味です。

昭和21年に内閣から告示された当用漢字は1850字です。その後、「一般の社会生活において、現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安」として、昭和56年に1945字からなる「常用漢字」が定められ、当用漢字は廃止となりました。ちなみに、現在、常用漢字の改訂作業が進められており、今年中に「新常用漢字表」が制定されるようです。「新」では、「匁」などの5字削除、196字が追加され、2136字となるそうです(要望が多かった「碍」は追加を見送られました。「障害者」は本来「障碍者」と書くべきなんですが、国語審議会は障碍者の気持ちが分からないようですね)。

「漢字は数が多く、読み方、書き方も難しく、学習が困難である」なんて大きなお世話です。また「世界中でラテン文字(いわゆるアルファベッド)が使われている、だから日本語もローマ字にすべきだ」というのはむちゃくちゃな論理です。「コンピュータでは漢字の処理に時間がかかる。仮名漢字変換は非効率である」と言う意見もありましたが、全く杞憂でしかないことは明らかです。

アルファベッドや仮名文字は単なる発音記号でしかありません。これに対し漢字は、それ自身、意味を持っています。例えば「かぞく」あるいは「kazoku」と書いて何のことか分かりますか。これが「家族」なら瞬時に理解できます。漢字は千分の一秒でも瞬間的に認識でき、一秒に七文字理解しうるそうです。さらに、「おもう」という漢字は思う、想う、があり、「あう」は合う、逢う、遭う、会う、遇う、があり、それぞれ微妙に意味合いが異なります。漢字は見た目でその微妙な意味合いを伝えることが可能なのです。漢字が廃止されないでホントに良かったと思っております。

今やパソコンのおかげで、書けない漢字も使うことができます。常用漢字以外の漢字も自由に使うことができます。日本では漢字の字形学的な意味を無視した簡素化が行われましたが、それでも古典を何とか読むことはできるでしょう。しかし、漢字を生んだ中国は簡体字を使っていて、漢字の美学も字形学的な意味も完全に失われています。中国人民は中国4千年の文化遺産をもはや理解することができません。これぞ愚民政治と言わざるを得ないでしょう(朝鮮のハングル文字も同様。朝鮮人のほとんどは漢字を読めない)。

さて問題の解答です。子を12並べて「猫の子小猫、獅子の子小獅子」と言います。漢字の数については、「大漢和辞典」に約4万9千字が収録されているそうです。ただし、その3分の2はほとんど用例のない(見たこともない)文字であり、残りの半分も使用例の極めて乏しいものだそうです。(白川静「漢字百話」、中公文庫より)(2010.5.10)


93.三本の矢

ある日、毛利元就は三人の息子(隆元・元春・隆景)を枕元に呼び寄せ、それぞれに1本の矢を与え、それを折ってみよと命じた。息子たちは難なく矢を折った。すると元就は次に3本の矢を束ね、それを折ってみよと命じた。息子たちは誰も折ることができなかった。元就は「一本では脆い矢も束になれば頑丈になる。お前たち3人が結束すれば、毛利家も安泰だ」と諭した…というハナシ、ご存知「三本の矢」の逸話である。

当時、矢は竹で出来ていて、たとえ3本にしても折ることが出来たはず、というイチャモンも付けられるが、それ以前に、矢は飛ばすためにある。1本の矢なら飛ばせるが、3本に束ねた矢は飛ばせない。そこで元就は言う。「1本の矢は簡単に折れるがよく飛ぶ。3本に束ねると折るのは難しくなるが上手く飛ばすことが出来ない。お前たち3人が結束すれば毛利家も安泰になると一見思われるが、結束すればよいというものでもない。大事なことは一人一人に与えられた本来の役割をしっかりと果たすことだ。」…というのが正しい解釈、教訓ではないのか。

そもそも矢は折るためにあるのではないから、折るためにある別の材料を持ち出さなければならない。例えば、「柴」だ。そう、「お爺さんは山に柴刈りに…」の「柴」だ。柴は小さく折って「たきぎ」とともに「かまど」に入れて燃料とする。このとき、ずぼらに3本を束ねて折ろうとしてもなかなか折れない。やはり1本ずつ折るべきなのだ。そこで教訓。「何事も地道に、着実に行うのがよい」。

てな具合に、視点を変えれば解釈も結論も変わってくるが、まあ、ひねくれ者の発想でもある。22年度の受注環境はかなり厳しいものがあると予想される。ここは素直に「3本の矢に倣い、一致団結して頑張ろう」と言っておこう。ところで、サッカー・チームの「サンフレッチェ広島」。「サン」は日本語の「三」、「フレッチェ」はイタリア語で「矢」、つまり毛利元就の「三矢の訓」にちなんで名付けた、って知っていました?

追記:三国志の赤壁の戦いを描いた映画「レッドクリフPart1」に「三本の矢」に似た場面がある。呉と蜀という弱い者同士が同盟を結んでも魏には対抗できない、という意見に対し、呉の周瑜はまず1本のワラを引きちぎり、次にワラの束を突きだし、誰かこれを引きちぎってみよ、と言う。誰も引きちぎれない。そこで言う。「1本のワラは弱いが、その弱いワラを束ねると強くなる。呉と蜀はいかにも弱いが、力を合わせれば十分魏にも対抗できる」。定かではないが三国志演義にはそんな逸話は無かったと思う。ジョン・ウー監督が「三本の矢」をパクったのかも知れない。(2010.5.17)


95.騒音性難聴

最近、どうも耳がおかしいと思う。数人程度で静かにお話しをしているのならほとんど聞き取れるが、多人数でワイワイがやがやしているところでは(例えば居酒屋)、目の前の人の話すら良く聞こえない。イヤ聞こえはする。何を言っているのかがよく分からない。これは多分、老人性難聴という病気に違いない(老人性とはいえ、一般に50代~60代にかけて聞き取り能力の低下が顕著になってくるそうです)。

実は、毎年行っている健康診断(いわゆるドッグ検診)の聴力検査の結果では、数年前から4000Hzに「所見有り」となっている。されど総合診断はBで「わずかに所見有りもほぼ正常」で「日常生活に差し支えがありません」だ。だからまだ耳鼻科に行くほどでもないし、まあ行ったところで老人性難聴は治療できないらしいから、補聴器の装着を薦められるだけだろう。

老人性ではなく騒音性という難聴もある。高校野球で使われる金属バット。打つたびに「カキーン」という鋭い金属音がする。それを来る日も来る日もバッティング練習で耳にしていると、いつしか難聴になるそうだ。削岩機などの強烈な高音域の騒音を長年浴びた土木作業員にも難聴が多いそうだ。高音に繰り返しさらされると、だいたい4000Hzを中心とした周波数領域の聴覚部が破壊されてしまい、聴力が損なわれるという。

そこでふと気が付いた。土日、休日は飽きもせずパチンコに通っている。(パチンコをしない人には分からないだろうが)パチンコ屋の中は多種多様なパチンコ台のゲーム音であふれかえっている。特にリーチアクションの最中はドガーンだのギュルギュルだのバギューンだの、凄まじい音の連続なのだ。ときには鼓膜がビリビリするほどの音を出す台にぶつかることもある。そんなパチンコ屋に長らく通い詰めているのだ。騒音性難聴になってもおかしくないではないか。

還暦を過ぎているのだから、老人性何とかがカラダのあっちこっちに出て来るのは仕方がないとは思う。しかし精神的にはまだまだ若いつもりで居るから「老人性」というのが腹立たしい。ここは一つ、騒音性難聴のせいにしておこう。

そんなわけで、聞こえはするが聞き取れない。何度も聞き直すのも相手に迷惑だろうし、こちらとて恥ずかしい。そんなときはさりげなく頷いたり、笑ってごまかすようにしている。今後はどうかご事情をお察し願います。(2010.5.31)


97.「ほぼ問題はない」らしいが

スーパーやコンビニでお弁当やサンドイッチを買うとしよう。商品の消費期限は製造後36時間となっている(実際は安全率2で、72時間大丈夫とされている)。その消費期限を維持するために保存料(ソルビン酸)が使われている。食品は微生物のせいで腐敗が進行するが、ソルビン酸は微生物の増殖を妨げる。微生物にとってソルビン酸は毒なのである。では、ソルビン酸は人間にとって毒ではないのか。

人体に悪影響を与えるかどうかはラットやマウスなどの実験動物で調べられる。次にインビトロの実験で確かめられる(試験管での実験)。これで安全が確認されても、まだ問題がある。人間の胃や腸に膨大な数の微生物が住み着いていて、整腸作用などに関与している。人間の生存に必要な微生物なのである。その微生物がソルビン酸で死滅するかも知れない。この点についても「ほぼ問題はない」と確認された。しかし「完全に問題はない」とは言えない。なぜなら、ソルビン酸が開発されてからそれほど長い年月が経っていないからである。(この項、福岡伸一「世界は分けてもわからない」(講談社現代新書)より)

現代人の身の回りには電波、電磁波が飛び交っている。これらは人体に何らかの悪影響を及ぼさないのだろうか。人間の脳中枢に「松果体」があり、メラトニンが分泌されている。メラトニンはガンの抑制、免疫の維持、対ストレスに効果があるとされている。そのメラトニンの分泌が電磁波を浴びると急激に減少することが知られている。またセロトニンという神経ホルモンの分泌も、電磁波暴露で減少し、抑うつ症状が現れるとされている。

ひと頃、高圧線の周辺地帯では自殺者が多い、という報道があった。アメリカやスウェーデンでは2~3ミリガウス以内の地域における託児所、学校等の施設の建設を禁止している。これは50万ボルトの送電線で500m以内ということになる。高圧線ほどではないにしても、ケータイ、テレビ、パソコン(多分パチンコ台)からも電磁波が出ている。微量の電磁波とはいえ、長期にわたり被爆していることになる。恐らく「ほぼ問題はない」のだろうが、「完全に問題はない」と言い切れはしまい。(私は狭心症の気があり、ケータイを胸ポケットには入れない。必ず心臓からかなり遠いズボンのポケットに入れている。パチンコは台からなるべく離れて打っている<ウソです>)

科学の進歩で、何種類もの保存料があり、数多くの抗生物質があり、遺伝子組み換え食品があり、電磁波以外にも目に見えない人工的な環境変化が現代人を取り巻いている。これらの安全性は「ほぼ問題ない」とされているが、ホントなのだろうか。百年、千年経たないとそれらによる影響が分からないのではないだろうか。便利さの陰にリスク有り(かも)。(2010.6.14)


98.至れり尽くせり

ホームでは「2番線に○○行きが参ります。白線の内側に下がってお待ち下さい。」、「降りる方が済んでからお乗り下さい。」、乗車すれば「次は○○、降り口は右側です。」、駅が近づくと「まもなく○○、降り口は右側です。」という地下鉄のアナウンス。まだある。「携帯電話のご使用は…」、「不審物を発見したならば…」、「一番後ろの車両は女性と子どもの…」、ほかにも「どこそこは何番出口が便利です」(これは宣伝で、交通局にカネが落ちるのだろう)などなど。これが通勤時に毎回耳に入る。地下鉄に限らず市電、バスでも同じようなアナウンスが流れているのだろう。JRでも同じと思うが、地下鉄の場合は駅の間隔が短いから、ひっきりなしにアナウンスが流れることになる。だからどうした、と思うかも知れない。そんなの当たり前ではないか、と言うかも知れない。

ロンドンの地下鉄は、ホームでも車内でもいっさいアナウンスがない。遠くから地下鉄の音が近づき、停車し、発車し、やがて次の駅に止まるだけ。アナウンスがないから、自分が降りる駅は自分で判断する。三つ目の駅で降りるのだ、と頭に入れるか、停車するたびにホームの駅名を確認するか。とにかく自分の責任において行動せざるを得ない。バスもアナウンスはないが、乗車時に車掌に行き先を告げておき、車掌のそばに立っていれば、「ここだぞ」と教えてはくれる。他の国ではどうなのか知らないが、日本のようなきめ細かなアナウンスはないものと思う。

「グランドキャニオンに柵がない。ライン川のローレライの岩にも柵がない」と聞いた。方や日本の景勝地。どこに行っても必ず頑丈な柵がある。おまけに「この柵を越えないでください」という警告看板も必ず立っている。豊平川であれ、どこかの海水浴場であれ、あっちにもこっちにも警告看板が立っている。仮に何らかの事故があり、警告看板がないとしたら、行政官庁・自治体の不行き届きだとマスコミが大騒ぎ。国民の安全を守るのが行政の仕事だというのだ。責任回避のために、行政はますます柵を設け、警告看板を増やすことになる。

危険なところに柵がないというのは、危ないと思えば近づくな、自分の命は自分で守れ、という思想が背景にあるからだ。一方日本は、危険と思われるところには柵を設け、看板を立て、安全を確保している。自分で安全か危険かを判断する必要がない。だから自分の命は自分で守るという発想が生まれにくい。至れり尽くせりのアナウンスと、柵と、警告看板に慣れきった市民は、緊張することもなく、ボケーッとしていればよいのだ。

追記1:あれだけしつこく(イヤ、丁寧に)車内アナウンスが流れているのに、文庫本を読んでいてつい乗り過ごした、ということが何度かある。アナウンスになれてしまって、注意力が麻痺しているのか、ボケが始まっているのか。
追記2:ロンドン郊外を車で走っていたら、おばあさんが道路を横断しようとしている。慌ててブレーキを踏んで「どうぞ」と手で示したら、そのおばあさん、車に近寄りこう言った。「どうして止まるのよ!あなたの車のスピードを考えて道路を渡ろうとしているのに、余計なことをするな!」。いやはや、自分の責任において行動するって、そういうことなんですか。すいませんでした。(2010.6.21)


100.我が社の問題点

「能登メール」100回記念?として、我が社の問題点を指摘致します。と言って、会社の経営方針、業務や人事に関わることではなく(それを期待する方がおられるかも知れませんが…)、とるに足らないことばかりであることを、予めお断りしておきます。

まずはトイレの位置。これだけの広いワンフロアーなのに、西の外れにトイレが一カ所のみ。おかしいと思います。このアスティ45ビルを設計した北海道開発コンサルタント(株)のミスではないでしょうか。私は現在に至るまで4カ所職場が変わりましたが、いずれも10歩程度のところにトイレがありました。大であれ小であれ、もよおしてからゆったりと行っても間に合う距離でした。それがこの会社に来てからは、危ういことがたびたびあって(多分、老化も関係して)、小走りで行きたい、しかしみっともない。平然とはしていながらも、冷や汗もの、という状態もありました。今やすっかり慣れてきて、ちらりと尿意を感じたらすぐさまトイレに向かうことにしておりますから、危機的状態に陥ることが無くなりました。特に年配の方が多い東側にも、トイレを作るべきではないかと思います。

次に挨拶。当社では朝方の「お早うございます」と退社時の「お疲れ様でした」あるいは「ご苦労様でした」はほぼ行き届いています。大変結構なことです(当然ではありますが)。で、日中ですが、トイレへの往復の際など、社員とすれ違うとき、「お疲れ様です」と言って会釈する方が結構おります。別に疲れてなんかおりません(ヒョッとして疲れた顔でもしているのか?)。この「お疲れ様です」は民間企業では普通のことなのでしょうか。私は若干の違和感を感じています。わざわざ言葉を発せずに、単に、軽く会釈するだけで十分だと思います。

次に喫煙コーナー。これも西の外れに一カ所。タバコを吸いたくなったら喫煙コーナーまではるばる行かねばなりません。分煙が行き届いているのは結構ですが、東側に在席する喫煙者にとって「遠すぎる」と思います。それにわざわざ喫煙のために席を立ち、歩き、喫煙し、戻ってきて、着席するまでに相当な時間ロスがあると思います。ヘビースモーカーならばかなりの時間「職務専念義務」に違反することになります。幸い社長が喫煙者。「時間ロス」をとやかく言いませんが、非喫煙者から見れば「おかしくはないか」の不満も出そうな気がします。喫煙者にとって、くわえタバコで仕事をする、というのが最も望ましいことなのですが、今どきそれは無理。時間ロスを解消するため、各事業本部ごとに喫煙コーナーを設ける、というのが理想ですが、まあそれも無理。喫煙コーナーがあるだけヨシとしましょうか。(喫煙者の私、個室をいいことに、勝手に自室でタバコを吸っています。いつも「くわえタバコで仕事」状態なんですが、これって問題ないのでしょうか。)

次に机の配置。(以下中略)

最後に「緑」です。入り口あたりに観葉植物が一個有り、交通事業本部にも緑のものを見かけますが、職場内に「緑」がありません(西側エレベータホールの窓際に植木鉢の草花がたくさんありますけれど)。「緑」は爽やかさと安らぎを与えます。職場内にたくさんの緑が必要だと思います。各事業本部に背丈の高い観葉植物をせめて2~3個でも配置したら、職場の雰囲気が変わると思います。それが無理なら、各自小さな観葉植物を机の端に置いておくというのはどうでしょう。会長室に引っ越した折、派手な色彩の「造花」が二つありました。造花はいわば偽物で、品位がない。すぐに撤去してもらいました。捨てたかと思っていましたら、会議室に飾ってあります。代わりにホンモノの観葉植物を自費で買ってこようと思いつつ、未だ実行に移しておりません(と書いた以上、早めに買ってこなくちゃ示しがつかないか)。すぐに、ではなくとも、いつか「緑」いっぱいの職場になればいいなあと思っています。(2010.7.5)


103.至れり尽くせり(パート2)

能登メール(98)で「至れり尽くせり」を書いたところ、某社員から「ほぼ同じようなことを書いている本があります。読みますか?」というメールを頂いたので、さっそく借用して読んでみました。中島義道著「うるさい日本の私」(新潮文庫)という本で、著者は昭和21年生まれの哲学博士、電気通信大学教授だそうです。

読んでみて、唖然、呆然、でありました。この中島さん、いろいろな場所でスピーカーから流れるテープの声に我慢が出来ない「スピーカー音恐怖症」なんだそうです。本の内容は、バスや電車の車内放送はもちろんのこと、エスカレーター、催し物の案内、行楽地での呼び出し、海水浴場での注意放送、デパート、ATM、果ては焼き芋屋、竿竹屋に至るまで、いかに放送内容がくだらないかを語り、そして抗議に行く、というものです。

一部を紹介しましょう。例えば「危険物を持ち込まないでください」という放送があります。この「危険物」とは何か、が分からない。聞いた人達がハッとして持ち物を調べることもない。意図的に危険物を持ち込もうとする人達がこの放送を聞いて思いとどまることはまずあり得ない。すなわちこの放送は実効の薄い、無意味な放送である、というわけです。それなのに大多数の人々はこの放送を聞き流していて、いらだちもない。

あるいはまたバスの車内放送。「やむを得ず急ブレーキをかけることがございます。お立ちの方はつり革や手すりにおつかまり下さい。」「お降りの際は足元にご注意願います。」「危険ですから、バスが完全に止まってから座席をお立ち下さい。」「走行中の座席の移動は大変危険ですから、おやめ下さい。」などなどのテープの音声。乗客はどうしているかというと、立っている人は全員つり革や手すりにつかまっている。でないと揺れる車内で危ないことを知っているからだ。「走行中」でも空いた席があればそこに移動して座るだろう。降りる際はみな足元に注意をして慎重に降りるはずだ。つまり、放送が無くとも人々は最低の身の安全を承知しており、他方で放送があっても「おやめ下さい」と言われる行為を繰り返している。すなわち、車内放送に危険を防止するという実効はない。

ある路線バスの車内放送について詳細に記述しているところを見ると、恐らくテープレコーダーを持参して録音したのでしょう。問題は、ほとんど毎日同じ客に同じ内容の放送が入る。それなのに誰もうるさいとは言わない、それが不思議だ、というわけです。しかし、この中島さんはその騒音(車内放送)に我慢が出来ない。で、バス会社に抗議に行く。バス会社は乗客の身の安全を守る義務があると言い、ときには「注意放送がなかったから怪我をした」という馬鹿な人まで現れるので車内放送をやめる気はない。かくして長期にわたるバトルが続くというわけです。

結論は、実効のないテープ音の垂れ流しのせいで、自律的に判断し自己責任を取る人々がいない社会が出来つつある、というもので、私の述べた点とほぼ一致しますが、頭に来て「抗議行動」に移し、そのネタだけで一冊の本を書き上げた、そこが中島さんのエライところ。マネが出来ません。一応理路整然としていて、さすが哲学者は論理の組み立て方が違うなあと思う一方で、「この人、ほとんどビョーキだなあ」、「かなりのパラノイア(偏執狂)かも知れない」というのが読み終わったあとの正直な感想でありました。(2010.7.26)


104.キュー

能登メール100回記念で「職場に緑を」と書いた手前、「まず隗より始めよ」で、さっそく観葉植物を買ってきました。「ドラセナ・マジナータ」という名前で、3本の枝(幹?)に細い葉っぱがウワーッとでています。これから大事に育てます。(変な名前で、とても覚えられません。)

能登メール送ります。
先日、テレビのニュースを見ておりましたら、猛暑日の続く東京で、夕方、長蛇の列。何の列かというと、その先はビアガーデン。何とも理解が出来ません。ビアガーデンの客が一杯だけビールを飲んで帰るのなら並ぶ価値もあるでしょうが、どう考えたって数杯は飲むでしょう。さすれば1時間以上はかかる。その間、汗を拭き拭き並ぶ、ということになりませんか。一体どうなっているのでしょう。

札幌ススキノに「欅(ケヤキ)」というラーメン店があります。夜11時過ぎ、その店の周りに長蛇の列。ラーメンならば回転が速いとはいえ、多分1時間程度は待つことになりそう。有名なお店らしいが、そこまでして並ぶという神経が私には理解できません。ちょっと歩けばラーメン横町がある。幾つかの名の知れた店は行列も出来ているが、客の少ないラーメン店もある。私ならばどうせ酔っていて味が分かりませんから、客の少ないお店に入ります。もっともそんな時間にラーメンを食べて帰るなんて気持ちになったことはありませんけれど。それにしても、おいしいラーメンを食べたいがために、1時間以上も並ぶというのは「こだわり」なのでしょうかねえ。

ステラプレイスの6階にある回転寿司屋も、いつも並んでいますね。「只今の待ち時間:1時間」なんて書いている黒板が店の入り口にあります。よく見るとほかの店も数人が並んでいたりします。そしてご丁寧に、どの店にも座って待つための椅子まで用意してある。私はたかだか食事に30分すら待つ気はありません。せいぜい数分程度なら待ちますが。自宅から車で10分ほどのところにも有名な回転寿司屋があります。たまに家族で行ってみますが、滅多に寿司にありついたことがありません。なぜかというと、ほとんど場合、1時間以上の待ち時間で、「帰ろ、帰ろ」とさっさと帰ってきますから。家族はブーイングですけれど。

何かを得るための行列を英語でQueueキューといいます。阪神大震災のとき、被災者が炊き出しなどを受けるために整然とキューを成しているのを見て、ガイジン記者は驚いたそうです。確かにハイチなど海外の大震災のニュースを見ていると、援助物質に被災者が群がり、我先に食料などをぶんどる、という場面が出てきます。天変地異の非常時におとなしく並んでなんかいられるか、というのも尤もですが、整然と並ぶ日本人はどこか特異な存在なんでしょうかねえ。

イギリスでは銀行、郵便局にキューが出来ます。窓口は数個あるのですが、開いているのが2~3個。窓口担当の職員、社員は各自の営業時間が決められているらしく、いかにお客が並ぼうがワレ関せず。ときにはズラーッと客が並んでいるのに、突然「closed」の札を下げて窓口を閉める、てなことを平気でやります。客は文句も言わず違う窓口に並び直す。何とも不思議なのです。また、スーパーのレジにも長いキューが出来ます。客のほとんどが少額の買い物でも小切手を使うからです。レジを増やせばいいのにと思うのですが、それもしない。なのに文句もでない。紳士淑女の国なんですね。

並んで待つ、おとなしくキューを成す、なんて私は苦手です。だから美味しいものになかなかありつけない。新装開店なのに新台確保も出来ない。それでもいいのです。ホントに美味しいか怪しいものだし、新台だから勝てるわけでもないのですから。(2010.8.2)


106.ブランド化のススメ

少し前の話しだが、ペットフードや練り歯磨きに有害物質が入っていた、「機関車トーマス」に鉛が入っていた、ということで、世界中から膨大な数の製品が回収された。これらはメイド・イン・チャイナであった。有害物質の混入に限らず、中国ではまがい物、偽物が未だに堂々と市場に出回っているらしい。だから、中国製品と聞けば、安かろう、悪かろう、というイメージがつきまとう。

一方、メイド・イン・ジャパンは世界中で信頼が高い。ソニーやシャープの名前は海外でも結構有名だし、トヨタは問題を起こしたとはいえ、未だ十分な信頼を得ていると言えるだろう。日本製品は高品質で、故障が少なく、アフターサービスも行き届いている、というのが信頼される所以である。

話し変わって、街に出れば、道行く人々のほとんどは何某かのブランドものを身につけている。グッチだ、シャネルだ、ルイヴィトンだ、…。時計だったり、バッグだったり、アクセサリーだったり。なぜ高価なブランドものを買うのか。見栄っ張りも一つの理由であろう。中には満足に食事もせずに金を貯めて、一点豪華…というビンボー人もいるのだろう。しかし見栄だけでブランドものを購入しているのでもない。デザインがよい、品質がよい、色遣いがよい、長持ちする、…などというのが理由ではないだろうか。例えば私が持っているキーホルダーはダンヒルで、牛革で、しっとりしていて、何とも手触りがよく、愛着が湧く。恐らく次回もダンヒルを買うことになるだろう。

ブランドものがブランドものとしての地位を得るまで、人知れずの苦労があったに違いない。客の満足度を調べ、客の要望に素直に耳を傾け、見えないところまで気を配り、手抜きをせず、親切に対応し、などという具合に。さらに独自のコンセプトを持ち、差別化を図り、というのもあるだろう。知名度が上がれば、より一層品質を高め、さらなる信頼を得るためにあらゆる努力をするのだろう。

さて、一気に結論に向かう。我々建設コンサルタント会社にもブランド化が必要だ。現在のところ、どこの会社も似たような陣容、似たような技術、知識、実績を持ち、顧客(発注者)からそこそこの信頼を得ている、というのが実態だろう。どこの会社も同じような技術レベルであれば、決め手は価格勝負、ときには談合、必然的に入札は熾烈な戦いとなる。なか卯と吉野家の戦いだ。これに対し、優れた技術力、他社を凌駕する知識、経験を有する技術者がいればどうだろう。まさにブランド製品だ。同じに見えても微妙な付加価値があることを顧客は知る。顧客は恐らく、次もダンヒルのキーホルダーを買いたいと思うに違いない。

会社あるいは技術者のブランド化は一朝一夕には無理だ。「人知れずの苦労」の積み重ねが必要だ。しかしいつか、これだけは誰にも負けない、という技術、知識、経験を有する技術者が数多く我が社から輩出することを願っている。ちなみに某発注者から「この業務なら、誰それがいる会社が適当かな」と思い描くことがあると聞いた。例えばロッククライミングなら…、耐震設計なら…、越波なら…、という具合。その「誰それ」になって頂きたいと願う次第である。(2010.8.23)


107.専門用語

ANAの機内誌8月号に四万十川の特集記事が載っていた。読んでいくと、沈下橋という単語に出会った。沈下橋? 沈下する橋? 妙な名前だなあ、と思いつつ読み進めて行くと、沈下橋の写真があり、その説明文がある。「沈下橋とは増水時に川に沈んでしまうように設計された欄干のない橋のこと」と書いてある。なるほどコンクリート製と思われる橋に欄干がない。川が増水して橋の高さを超えても、欄干という障害物がないから橋に負担がかからず、スムーズに流下する、というわけだ(橋脚や床版があるから、橋に負担がかからないわけではなく、橋にかかる負担が比較的少ない、というのが正しいと思う)。それにしても沈下橋と命名するのはおかしい、と我々土木屋なら思うはずだ。沈下とは、何某かの原因で現在の高さから沈んで行くことだ。四万十川に架かる橋は増水時に水中に没するだけで、沈下しているのではない。とはいえ、「沈下」という工学的用語の正しい意味を知らない一般の方々が、水面下に沈む橋、すなわち沈下橋、と命名したとしてもおかしくはないか。

「沈下」で思い出したことがある。ずーっと前に網走からの出張帰り、車内でたまたまガイジンと同席になった。カナダから来られた建築家なのだそうで、「なぜ日本の家には地下室がないのか、とても不思議だ」などという話題もあったが、カナダといえば泥炭(現地ではMuskegという)。しばらく泥炭に関する情報交換?が続いた。泥炭はわずかの荷重で「沈下」する(正確には「圧密沈下」という)。その「沈下」をSettlementというのだが、これがそのガイジンに通じない。そこで絵を描いて説明した。すると彼は、それはSubsidenceとかSinkingだと言う。しかし我々土木屋はそんな言い方はしない。「沈下」はSettlementなのだ。そこで気がついた。彼は建築家であって土木屋ではない。Settlement=解決、としてしか理解しないのだ。

我々は盛土をなんの抵抗もなく「もりど」という。しかし一般の方々は「もりつち」という。考えてみれば「もりど」は「盛」が訓読み、「土」が音読みであって、いわゆる重箱読み(の反対読み)、「まぜこぜ語」である。土木用語にはこのまぜこぜ語がたくさんある。切土、法面、路肩、乱杭、などなど。これらを土木屋でない人がどのように発音するのか聞いてみたいものだ。このほか土木用語には3文字の略語が結構ある。地盤関係ではCPT(コーン貫入試験機)、SCP(サンドコンパクションパイル)、DMM(深層混合処理工法)など。さらに英語の省略形もある。アロケ、ペーロケ、デマケなど。

40年も前の新社会人になったばかりの頃、現場で「あずる」という言葉を聞いた。意味が分からなかった。一生懸命に対応しているのだがなかなか上手くいかない、すなわち「手こずる」という意味だった。今の会社に来た頃、プロポーザルの「特定」の意味するところを知らなかった。恥ずかしい限りであった。特段に専門用語とも思われない「沈下」ですら専門家と一般人では解釈が違う。土木の仲間同士で通じる言葉も、一般の方々を相手にするときは読み方、意味、解釈の統一をまず図らなければならない、と感じた次第である。(2010.8.30)


108.知らなければ幸せ?

10年ほど前になるが、某広報誌に倉本聡のインタビュー記事が掲載されていた。談話の流れは忘れたが、自慢げに次のように話した一節がある。「僕なんて新聞を25年間取っていません。ワープロ、コンピューターにも一切手を染めていません。無くても充分間に合っているからです。」

昔(30年も前)、中国・ハルビンを訪れた折り、松花江河畔近くの公園に行ったことがある。松花江とはハルビン市街区のすぐ北を流れる大河で、アムール川に注ぐ最大の支流であり、過去何度も大洪水を起こしていた。いつのことか知らないが、ハルビン市民と人民解放軍が協力して洪水を防いだのだそうで、それを記念してどでかい防洪記念塔が立っている。その公園だが、平日だというのに親子連れで溢れていて(混雑緩和のため、職種ごとに休日が異なっていると聞いた)、それら市民の服装が何ともみすぼらしい。当時はまだ「発展途上国」の中国であったから、「みすぼらしさ」は当然ではあるが、周りの親子連れは我々の背広姿をうらやましそうに見るわけでも無し、ビンボー人の卑屈さも見あたらず、誰も彼もが実に楽しそうで、幸せそのものに見えた。

「発展途上国」という言い方に若干の抵抗はあるが、それはさて置き、発展途上国のルポルタージュ記事には「貧しい生活の中で子どもたちのつぶらな瞳は美しく輝いていた」だの「この国の人達は貧しくとも真の豊かさを知っている」だのと書いてあることが多い。しかし、「貧しい」と判断しているのはレポーターなのであって、つぶらな瞳の子どもたちも真の豊かさを知っているとされる大人たちも、自らの生活が「貧しい」とは思っていないに違いない。なぜなら、便利で快適な生活をしたことが無く、美味なものを満腹になるまで食べたことが無く、清潔でこざっぱりした服を着たことが無いからだ。

ケータイを持たない人にはケータイの便利さが理解できない。デジタルTVを持たない人にはデジタルTVの綺麗さが理解できない。グラハム・ベルが電話を発明したとき、イギリス人は「メッセンジャーボーイで十分用が足りる」と電話に目もくれなかった。新聞を読まず、パソコンにも手を染めない倉本聡はそれでも十分間に合っていると答えた。しかし、一度ケータイを持つともはや手放せない。一度デジタルTVを見てしまうともはやアナログTVには戻れない。大吟醸を飲んだ人はもはや銘柄不明の飲み放題の日本酒を飲む気にならない。倉本聡も新聞を読みパソコンに馴染んでいれば、「十分間に合っている」とは言わなかったに違いない。

つまり、ワンランク上の便利さ、快適さ、美味さ、清潔さに触れた途端、もはや昔に戻れない。今から思うとビンボーだった昔に戻れなくなるのだ。とは言えワンランク上を維持するのは何かと金がかかる。ワンランク上を知らなければそれはそれで幸せだったのに。知らない方が良かった…のだろうか。(2010.9.6)


111.勤め人は損をする

パチンコをしない人は知らないと思うが、パチンコの新台入れ替えはなぜか月曜日なのだ(稀に火曜日という店もあるが)。新台入れ替え直後の2~3日は滅茶苦茶の出玉で、ほぼ8割くらいの確率で馬鹿勝ちできる。で、土日になると釘を絞める(今は釘にほとんど関係ないが、業界用語である)。大出血サービス(これも業界用語か)となる月曜日から水曜日、さらにはやや出血程度が減少する木、金にどんな連中がパチンコに行けるのか。パチンコに狂った主婦連中、失業者、定年退職したお年寄り、学校さぼった学生くらいなものだろう。土日ともなると客の圧倒的多数は会社等の勤め人。しかしもはや「新台特典」は時効となっていて、「新台」は単なる「並の台」。哀れにも多くの勤め人が大枚を失う、てなことになっているのだ。

映画館は木曜日がレディスデイで、女性は千円。それって性差別ではないのか、と思っていたら、しばらくしてからメンズデイも出来た。これが月曜日。どっちにしたって普通の勤め人は恩恵にあずかれない。レディスデイが主婦連中をターゲットにしているのであれば一応の理解は出来る。しかしメンズデイは理解ができない。月曜日にどんな男性連中が映画館に足を運ぶというのだ。学校さぼった学生と、定年退職したお年寄りくらいなものだろう。ところが「お年寄り」は「60歳以上シルバー割引」があって、いつでも千円なのだ。ということは学校さぼった学生のためのメンズデイではないか。かくしてレディスデイもメンズデイも一般勤め人は日中に利用できないし、会社が終わってから行く手はあるが疲れるし、ついつい外食したり一杯飲んだりで余計な出費を強いられることになるのだ。

たまには温泉にでも行こうかと、新聞のチラシ広告を見ると、平日と休日は6千円。休日の前日は2千円増し、などと書いてある。つまり土曜日とか連休の前日が高いわけだ。これが年末年始ともなれば5千円増しともなる。平日にのんびりゆったり温泉につかることの出来る連中って誰だ。おしゃべり好きの主婦連中と、達者なジジババだけではないか。結局はここでも普通の勤め人が割を食う、という構図が出来ている。まだある。連休を利用して国内でも海外でも行こうとツアー料金を調べると、同じコースなのに平日と連休ではどえらい差だ。お金の問題だけではない。客が少なければサービスも行き届く、客が多ければサービスが低下する、ってことになる。何か、勤め人って損ばかりしているのではないだろうか。

日曜日には温泉に行こう(月曜日は有給休暇を取って)。
月曜日には映画に行こう(男性の場合。夕食はテイクアウトにして)。
火曜日にはパチンコに行こう(有給休暇を取って)。
水曜日もパチンコに行こう(まだ出るはずだから)。
木曜日と金曜日は真面目に働こう。
土曜日はどこにも出かけず一日のんびりしていよう。

きっと会社を首になるだろうなあ。(2010.9.27)


113.伊勢神宮

天地開闢の際、様々な神様が生まれたあとでイザナギとイザナミが生まれました。この二人も様々な神を生み出しましたが(最初に四国、九州、本州などの八つの島を生み出した。そのため日本を大八島の国という。北海道は含まれていない)、火の神カグツチを生んだ際にイザナミは火傷で死にました。愛する妻を失ったイザナギはイザナミを探しに黄泉の国に行きましたが、そこでイザナミの変わり果てた姿を見て逃げ帰り、黄泉のケガレを清めるために禊ぎをしました。その時にも様々な神が生まれましたが、最後に生まれたのがアマテラス(天照大御神、日の神、高天原を支配)、ツクヨミ(月の神、夜を支配)、スサノオ(海を支配)の三貴神です。

その後の経過は波瀾万丈で、誠に興味深いものがありますが、それは飛ばして、アマテラスの死後、代々皇女の一人がアマテラスの墓守の役目(御杖代)を負うていました。垂仁天皇の代に倭姫命(やまとひめのみこと)が御杖代となり、彼女はアマテラスを鎮座する地を求め旅をしました。そして伊勢に入ったとき神託があり、その地に皇大神宮を創建しました。伊勢神宮(内宮)の誕生です。正式名称は単に神宮(じんぐう)といい、他の神宮と区別するために「伊勢の神宮」、「伊勢神宮」と呼ばれるようになりました。親しみを込めて俗に「お伊勢さん」とも言います。

一方、雄略天皇の代に、夢にアマテラスが現れ、「自分一人では食事が安らかにできないので、衣食住の守り神である丹波の国の豊受大御神(とようけのおおかみ)を近くに呼び寄せるように」との神託がありました。そこで皇大神宮に近いところに豊受大御神を迎えて祀ることと致しました。これが伊勢神宮外宮(げくう)と言われるものです。不思議なことに内宮と外宮とはかなり離れています(タクシーで10分以上もかかる。これじゃあ食事も冷めてしまうではないか)。神宮にお参りするときはまず外宮を参拝してから内宮に参拝するのが正しい方法だそうです。

伊勢神宮には式年遷宮(定期的に行われる遷宮)というしきたりがあります。原則として20年ごとに、内宮、外宮を始めとする諸神社の正殿を造り替え、神座を遷します。他にも宝殿、外幣殿、鳥居や内宮に通じる宇治橋等も造り替えます。戦国時代には中断や延期もありましたが、平成5年(1993年)の第61回式年遷宮まで、およそ1300年にわたって行われて来たということです。次回は平成25年(2013年)。既に準備が始まっておりました。

なぜ20年ごとに遷宮するのか。それは、常に新たに清浄であること、老朽化することはケガレで忌み嫌われること、といった神道の精神のためであり、もう一つは技術の伝承のためともいわれています。つまり、宮大工として10歳代に見習い・下働きをし、30歳代で棟梁となり、50歳代以上は後見となる。20年に一度の遷宮であれば、少なくとも2度は遷宮に携わることができ、技術の伝承を行うことができる、というわけです。

式年遷宮に使用される木材は全て檜で、1万本程度必要とのこと。現在は木曽の山々(長野県、岐阜県)の国有林から調達されております。また近くの山々に将来のための檜の植林が行われているそうですが、遷宮の御用材として使用できるまで育つには、200年もの歳月が必要とのこと。何とも壮大な計画なのです。ちなみに、式年遷宮の際に解体された木材等は、神宮内のその他の建物をはじめ、全国の神社の造営等に再利用されているそうです。

江戸時代には「お陰参り」(あるいは「お伊勢参り」)が流行し、多くの民衆が全国から参拝しました。私が参拝した金曜日は、外宮がガラガラ、内宮はかなりの人出でしたが、土日ともなると参道が人でびっしりと連なり、なかなか前に進めない状態になるのだそうです。賽銭箱には千円札も多く混じっていましたし、厄除けお守りが800円もしましたから(外宮と内宮では祀ってある大御神が違うので、別々に購入しなければならない)、参道びっしりの人出なら収入も膨大なものになるだろうと想像されますが、伊勢神宮には600人の社員?がいるそうで、さらに20年ごとの式年遷宮にも多額の費用がかかる。収支はとんとん、ということかも知れません。

以上、伊勢神宮のお話しですが、ついでにもう一つ。日本武尊(ヤマトタケル)が父の命令で東方の蝦夷征伐に向かう際に、伊勢神宮に立ち寄り倭姫命(尊は甥にあたる)から天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を与えられました。これはのちに草薙の剣となります。日本武尊は無事に東方平定して帰途につきますが、伊勢に着いた頃、足が三重に曲がるほど疲れたんだとか。そこでこの地を「三重」と言うようになったそうです。思わず「へぇ~」でありました。(2010.10.12)


114.北の富士

皆様、お早うございます。観楓会は楽しかったですか。私は「私事都合」により参加できませんでした。その「私事都合」は以下の通りです。

私は現在、札幌在住の留萌高校同窓生の会「札幌萌陵会」の会長をしております。留萌は人口減少、経済悪化で、今にも潰れそうな状態が続いていましたが、元道議会議員であった高橋定敏さんが留萌市長になってから、少しずつ回復の気配が見えてきました。私にとって高橋市長は留萌高校の後輩でもあり、札幌萌陵会の会合に何度か出席されておりまして、顔なじみでもあります。その高橋市長から、札幌で留萌を応援する会を立ち上げたいとの相談を受け、さっそく数人の知人が集まって検討し、「札幌留萌の会」を開催することとしました。今から4年前のことです。

札幌留萌の会は留萌にゆかりのある方ならどなたでも参加が可能な会で、第1回は何と350人も集まりました。しかし、2回目は150人、昨年の3回目は120人とじり貧の傾向になってきました。この調子では今年の第4回目は100人を切るのではないかと不安に思っていたとき、たまたま親しくしていた釧路の某社長さんから(この方の奥さんが留萌出身で、第3回にはわざわざ釧路からご夫婦で参加して頂きました)、「私、北の富士親方をよく知っていますが、親方も留萌出身ですよね」とのお話しを聞きました。「エッ、そうなんですか。まさか札幌留萌の会に北の富士さんがご出席なんてことは無理でしょうね」「聞いてみましょうか」てなことで、話しがトントン拍子に発展し、ついに北の富士さんが第4回札幌留萌の会に出席する運びとなりました。

第52代横綱で現在NHKの大相撲専属解説者でもある北の富士さんは、生まれは美幌町ですが、小学校、中学校は留萌で過ごし(中学は私と同じ港南中学校)、野球部のエースとして活躍していたそうです。中学3年のとき旭川に転校し、中学卒業と同時に出羽の海部屋入門。そして大横綱へまっしぐら、という人生を歩むことになります。ご多忙な方でもあり、今回の札幌留萌の会の開催日は北の富士さんの都合に合わせて、かなり前に10月15日(金)と決めました。せっかく札幌留萌の会にご出席されるので、1時間程度の講演を頂こう、著書の「緊褌一番」を販売しよう、サイン会も行おう、と話が進み、全て了解を頂きました。

ここに至るまで、野球賭博問題で出席が危ぶまれたり、講演会参加希望者が当初、わずか50名足らずだったりで、幾分ハラハラの時期もありましたが、最終的に講演会参加者は120名を超え、懇親会は150名を超える参加者となり、ホント、ホッとしました。前日の14日に「ちゃんこ北の富士」にて顔合わせをしました。大相撲の神様みたいな人ですから、かなり緊張して行ったのですが、ビックリするほど気さくな方で、たちまちうち解けた雰囲気となって談笑し、お酒を酌み交わすことが出来ました。「講演する前に軽く一杯引っかけると口が回って良いんだけどな」とか「途中で行き詰まったら能登さんを呼ぶからね」と言われましたが冗談だと思っておりました。

15日(金)、北の富士さんは午後4時40分頃にKKRに来られ、開口一番「あれ? 酒はないの?」。慌てて用意しました。午後5時から北の富士さんによる講演会が始まりましたが、途中でホントに壇上に私を呼び「あと、何を話せばいいかな」。前日の顔合わせの際に話題となった幾つかのキーワードをお伝えしました。無事講演会が終わって、続いてサイン会、6時過ぎから懇親会。高橋市長による開会挨拶、北の富士さんによる乾杯、留萌の名産物があたる大抽選会、最後は私の万歳三唱で閉会。その後ススキノにて二次会、三次会。久々に午前様で帰宅。くたびれた一日でしたが、心地よい疲労感と満足感でした。来年は誰を呼ぼうか、と早くも悩み始めております。

終わりに、北の富士さんに聞いた大相撲に関わるウンチクを幾つか。なぜ相撲界を角界というか。中国の武術の力比べを「角力」と言い、これを「すもう」と呼んだことに由来する。相撲という漢字は「相、撲る」で、まさに取っ組み合いの叩きを意味する。ひいきにしてくれる客や後援してくれる人を「タニマチ」と言うが、明治のはじめ大阪府南区谷町で開業していた医者が大の相撲好きで、力士が診察に来ても治療費を受け取らなかったことから来ている。ものすごくケチな人を「とうすけ」という。藤助という実在の力士がケチで有名。平幕の力士が横綱を倒すと「金星」と言うが、相撲界の隠語では美人のこと。(2010.10.18)


116.ピグマリオン効果

キプロス島の王ピュグマリオーンは、現実の女性に失望していました。そこで、自分の理想とする女性の姿を彫刻にし、ガラテアと名付けました。毎日ガラテアを眺めているうちに、彼はガラテアを愛するようになり、毎日、食事を用意したり話しかけたりし、ガラテアが人間になることを願うようになりました。やがて彫像から一時も離れられなくなり、次第に衰弱していきました。その姿を見かねた美の女神・アフロディーテは彼の願いを聞き入れて彫像に生命を与えました。ピュグマリオーンはガラテアを妻に迎え、幸せに暮らしました。ギリシャ神話の一節です。

1964年春、アメリカ合衆国の教育心理学者ロバート・ローゼンタールがある教育実験を行いました。前もって何の意味もない知能テストを行い、その結果を基にしたと言って無作為に選んだ子どもたちの名簿を学級担任に渡し、「この子どもたちは、今後数ヶ月の間に成績が伸びる子どもたちだ」と伝えました。学級担任は、子どもたちに期待のこもった眼差しを向け、子どもたちも「期待されている」という意識を持ちました。数ヶ月後、確かに子どもたちの成績が向上するという結果になりました。

人間は期待されると、その期待に応えるようになる、というわけです。ガラテアが人間になることを願ったら(期待したら)、期待に応えてくれたという先ほどの一節にちなみ、これを「ピグマリオン効果」と言います(教育心理学用語)。逆に、相手に期待しない態度を取れば、相手は何の努力もしないようになり、次第にダメになる。これをゴーレム効果と言うそうです。(ゴーレムとはユダヤの伝説に出てくる泥人形のこと。呪文で動き出しユダヤを救ってくれますが、額の護符の文字を1字を取り去ると土に戻る、という話が由来とのこと)

人は良いところと悪いところを持ち合わせていると思います。しかし、どちらかというと、悪いところが目に付きやすいのではないでしょうか。経験の豊富な上司はとかく発展途上の部下に向かって「オマエはダメなヤツだ」、「努力が足りない」、「○○能力に欠けている」などと言ってしまいがちですが、部下が自分が期待されていないのではないかと感じた途端、やる気も失せ、「悪い期待」に向かうようになる。つまりゴーレム効果になってしまいます。それよりは「お前に期待する」と言えばピグマリオン効果で「良い期待」に沿うようになる、と思います。

先日の中間ヒアリングを聞いていて、ふと思ったことを書きました。厳しい社会情勢が続きそうですが、上司ならば部下に「良い期待」をし、部下は期待に応えるよう努力しようではありませんか。(2010.11.1)


117.「お」のハナシ

私、生まれが留萌の寒村で、漁師の家で育ったせいか、言葉の前に「お」を付ける習慣はなかった。食事の場では箸、鍋、釜、茶碗だし、学校では勉強、弁当だし、風呂は単に風呂だし…。それが結婚して、ワイフの育ちが良かったらしく、何でも「お」を付ける。お箸、お鍋、お釜、お茶碗、お勉強、お弁当、お風呂…。ある時、「おビール」というのを聞いて、外来語に「お」を付けるのはおかしいんじゃないか、と抗議?した。「みんな言ってますよ」と返されて、なるほど居酒屋の店員もスナックバーのママさんも確かに「おビール」と言っている。

「お」は言葉の前に付ける接頭語。似たような接頭語に「み」「ご」などもある。一般に、相手に関する言葉に「お」や「み」「ご」を付けると尊敬の念を示すことになるらしい。自分の「車」は単に「くるま」だが、相手の車なら「おくるま」という。「おからだ」「おみあし」(この場合「おみ」が接頭語)、「お考え」などであり、熟語になると「ご」を付けて「ご意見」「ご出発」「ご家族」などとなる。これとは別に、育児、教育、食事に関するものなど、女性の生活に身近な言葉に「お」が付いているものが多い。先ほどの「お箸」「お茶碗」「お勉強」のたぐいだ。この場合の「お」は尊敬語でもなし「丁寧語」でもなし、あえて言えば「美化語」か。

で、「おビール」だが、外来語には「尊敬の接頭語」を付けないのが原則だ。おテレビとかおドレスとかは、聞いたことがない。「おビール」は多分、居酒屋の女性店員、バーのママさんが、いわゆる女性特有の「美化語」で使い始めたものではないだろうか。いわば業界用語がいつしか家庭にも持ち込まれた、と考えるのだ。そのくせ、おコップとか、おジュースとは言わないし、おワインも聞いたことがない。なぜ「おビール」だけが市民権を得ているのか、不思議なのである。

某ネットの説明によれば、もはや「お」なしでは意味が通じないものもあるとか。「おかず」「おしめ」「おなか」「お化け」「おなら」「おでん」「お節介」「おたふく」「お払い箱」などであり、これらは「お」を取ると意味をなさない。さらに「お」の有る無しで意味が異なるものもある。「おかわり」「お墨付き」「おしぼり」「おしゃれ」「お粗末」「お目玉」「おめでた」「お冷や」「お愛想」「おすまし」などなど。なるほど「お」がなければまったく違う意味になる。「お」も大事なのである。

最後に、「お」でとんでもない事態を招く事例を示しましょう。宝石店にて「おパールはどこですか」と聞いたら奇妙な展開になるでしょう。喫茶店にて「お電話有りますか」と聞いたら「おでんは置いてません」と言われるでしょう。夜分遅く彼女の家に電話したら親が出たので「お夜分どうもすいません」と言ったら「親分?」てなことでこの先マズイことになるでしょう。(いずれもどこかで聞いたハナシです。)(2010.11.8)


118.神々が見ている

BC5世紀の古代ギリシャ。ペルシャ戦争に勝利したアテナイは、ペリクレスという政治家によって最盛期を迎えることになる。ペリクレスは、戦争によって廃墟と化したアクロポリスの復興を開始し、友人の彫刻家フェイディアスをパルテノン神殿建設の総監督に任命した。

やがて荘厳なパルテノン神殿が完成する。フェイディアスはかかった費用をアテナイの会計官に提示する。ところが会計官は「高すぎる!」とクレームを付けた。その理由として「パルテノン神殿はアクロポリスの丘の上に建っている。その神殿の梁にある彫刻は万人のはるか上に位置している。誰も見ることのない彫刻の背中の部分まで彫って、その代金まで請求しているではないか。」と言った。それに対しフェイディアスは表情一つ変えず、会計官に向かって言った。「誰にも見えないかもしれない。しかし神々が見ている。」

このお話は、あの有名なドラッカーの著書「プロフェッショナルの条件」に記載されているそうだ。ドラッカーは「たとえ、神々しか見ていないような状況であっても、完全を求める気持ちで真剣に仕事をするよう心がけよ。誰も知らないからといって手を抜いてはならない。」と言いたかったのだと思う。他の著書では「人は誇れるものを成し遂げてこそ、自らに誇りを持つことができる。」とも述べている。フェイディアスは誇れるものを成し遂げた。表情一つ変えず「神々が見ている」とは、自らに誇りを持った男の言いぐさでもある。

「神々が見ている」と同様のフレーズは実はわが国にもある。最近は耳にしなくなったが、「お天道様(おてんとさま)が見ている」という言い方である(勝新の座頭市の映画では「お天道様に顔向けできねぇ」とか「お天道様に申しわけねぇ」というセリフが随所に出てくる)。お天道様とは狭義で太陽のことではあるが、広義では人の営みを静かに見守る神、仏、創造主を言い表している。一般に親が子に、「どんなときにもお天道様がしっかり見ているぞ。だから恥ずかしいことをするな。自らの行為に恥じるところがあれば必ず罰が当たるぞ。」と諭すときに用いられたものだが、考えてみると、「技術者倫理」の神髄とも言える言葉ではないか。すなわち「技術者たるもの、完全を求める気持ちで真剣に仕事せよ、誰も見ていないからといって手を抜いてはいけない、恥ずかしいことをしてはいけない」。神々が見ている。お天道様が見ている。(2010.11.15)

蛇足的追記:
フェイディアスはのちに投獄される。パルテノン神殿のアテナ女神像が手にする盾に、自分とペリクレスの姿を刻んだ、という理由による。当時、神殿内に神以外の姿を刻むことはタブー視されていたのに、神像に自分達の姿を刻んだのは神への冒涜だ、というのである。しかしそれはでっち上げの理由であって、本当は発注主であるペリクレスが、「デロス同盟」(説明省略)の資金を勝手にパルテノン神殿の建設資金に流用してしまった。本来ならペリクレスを捕らえたいが実力者なので捕らえることが出来ない。そこでフェイディアスを身代わりに投獄した、とされている。その後フェイディアスはアテナイで死んだとも、オリンピアにてゼウス像を制作後しばらく経ってから死んだとも伝えられている。


119.倫理学思考実験

倫理学(あるいは哲学)の思考実験に「トロッコ問題」というのがある。こんな具合だ。あなたが線路の分岐器のそばにいるとする。そこへトロッコが暴走してきた。前方で5人の作業員が作業中だ。このままでは間違いなく5人はトロッコにはねられて死ぬ。分岐器で引込み線に切り替えれば5人は助かる。しかし引込み線では1人が作業中だ。切り替えれば間違いなくその1人は死ぬ。あなたはどうするか。

話が簡単なので、ほとんどの人は「5人を助けるために1人を殺すのはやむを得ない」と答えるだろう。そこで今度は、あなたは橋の上にいるとする。暴走トロッコがやってくる。あなたのそばに見知らぬ太った人がいる。その人を橋から突き落とせばトロッコが止まり、5人は助かる。あなたは太った人を突き落とすか。

今度は多数の人が「突き落とさない」と答えるだろう。5人を助けるために1人が犠牲になる、という条件は同じなのに、なぜ答えが違うのか。最初の質問ではあなたの行動が見かけ上「分岐の切り替え」に過ぎず、結果として1人が死ぬのは副次的な出来事と考えることが出来るのに対し、次の質問ではあなたは明らかに「太った人をトロッコに激突させる」という意志を持って行動するからである。

では、最初の問題に戻って、引込み線にいるのがあなたの子供であったならどうするか。5人を助けるために自分の子供を殺すのはやむを得ないと言い切れるか。最愛の妻なら、友人なら、どうするか。あるいはまた5人の作業員が囚人ならどうするか。トロッコ問題は条件を変えると違った答えとなりそうである。

「サバイバル・ロッタリー」(臓器くじ)というのもある。心臓、腎臓、肝臓、角膜などを患っている複数の人がいる。そこで、健康な人をくじ引きで選んで殺し、その人の臓器を複数の患者に移植すれば多くの人が助かる。この行為は許されるか。最大多数の最大幸福を唱える功利主義では、許される、と答えるかも知れない。しかし多くの人は、許されない、と答えるだろう。このほかにも、「冷たい方程式」とか「カルネアデスの板」という例題もあり、さらに本当にあった事件で「ミニョネット号事件」、「ウルグアイ空軍機571便遭難事故」(映画「生きてこそ」で有名)なども倫理学の題材となっている。

このような倫理学的問題に対する正しい解答なるものはあるのだろうか。それを知りたくてマイケル・サンデルの「これから「正義」の話をしよう」~今を生き延びるための哲学~(早川書房)を買って読んでみた。ちなみにマイケル・サンデルとはハーバード大学教授で政治哲学者。最近NHK教育テレビの「ハーバード白熱教室」で人気を博した人らしい(その番組を観たことがないのでよく分からない)。で、読んでみた結果は…、難しい!翻訳が拙いためか、用語を容易に理解できないためか、結論がよく分からないのだ。今、私の頭は混沌とした状態にある。(2010.11.22)


120.サバイバル・ロッタリー

前回の能登メール「倫理学思考実験」に記した「サバイバル・ロッタリー」の解答らしきものを見つけたので、紹介することにしよう。(加藤尚武著「現代倫理学入門」講談社学術文庫より引用)

まずは「サバイバル・ロッタリー」の概略を改めて記す。これは、未来のあるユートピア世界のことである。この世界では「最大多数の最大生存」が正義の大原則である。最も多くの人が最も長生きすることが「正義」なのである。この世界ではかつて慢性的な臓器不足に悩まされていた。そこで、脳死者から臓器の提供を受けるという古い制度を廃止して、臓器の提供者は健全な市民からくじ引きで選ぶという新しい制度「サバイバル・ロッタリー」が発足した。1人の健康な市民のあらゆる臓器を病人に移植するなら、10人を救うことができるのである。この制度によって、この世界の生存率は飛躍的に高まるはずである。

臓器の提供者は、国民名簿から公平にくじ引きによって選ばれる。すべての国民は成人に達するとともに、身体健康であるならばサバイバル・ロッタリーの候補者になるのである。「そんな馬鹿な。倫理的に問題だ。」という人がいるかも知れない。あるいは漠然と「どこかおかしい」と思う人がいるだろう。そんな人のために、まずは反論に答えよう。

「こともあろうに生きている人の命まで奪って臓器移植する必要はないのではないか」と考える人がいるだろう。未来社会では遺伝子操作や予防医学によってほとんどの病気は解決された。しかし臓器の摩耗、損傷だけはどうにもならない。必然的に臓器移植という部品交換が基本的な対処技術となる。

「本来、臓器移植は提供者の意思表示が前提であったはず。サバイバル・ロッタリーではくじで選ばれた人の意志が無視されているではないか」と抗議する人もいるだろう。しかし「最大多数の最大生存」が大原則なので、それにふさわしくない個人の意志は無視せざるを得ないのだ。

「くじに当たった人がご不幸だ。何の罪もない人を死刑にするのと同じで、極めて非人道的ではないか」と文句を言う人もいるだろう。しかし、サバイバル・ロッタリーは一種の共済制度で、人命を最大限に尊重しようとする制度だ。どうしてこれが非人道的なのか。他の人のために自分が犠牲になるというのは最高の道徳性ではないか。個人的には辛い思いをするかも知れないが、くじに当たった人は崇高な使命感を感じて、家族や友人に別れを告げて逝けばいい。臓器提供を拒否すれば、卑劣な裏切り者として非難されるだろう。

以上、詭弁とも思える回答を記したが、サバイバル・ロッタリーの原作者であるマンチェスター大学応用倫理学教授ジョン・ハリスは、次のように論証している。「サバイバル・ロッタリーを実行すると、その社会の健康が徐々に失われることになる。なぜなら、第1に、病気に罹った臓器は使い物にならないから、当然健康な提供者でなければならない。これは健康な人を不当に差別することになり、健康な臓器の持ち主や健康な生活習慣を持つ人を社会から抹殺することになる。第2に、病気に罹ったら臓器を常に健康なものに取り替えてくれるならば、タバコや酒を節制する必要がない。不摂生な行為に歯止めをかけるものがなくなっていく。」

健康ならばいつかくじに当たって死ぬ。不健康ならば長生きできる。そうなると次第に健康な人が減って行き、病人が増えて行く。結局は「最大多数の最大生存」という大原則が崩れるというわけだ。生存率を最大にするには、健康な人の臓器を病人に移植するのではなく、病人の臓器を別の病人に移植した方が善いという結論が出るはずだ。例えば、心臓の悪い病人の肝臓を移植に使う、という具合に。そもそも個人の生存権や自己決定権(意志)よりも「生存率最大の原則」を優先するという前提が間違っている。生存権、自己決定権、平等権などは倫理的な原理であり、基本的に不可侵であることを忘れてはならないのだ。

…ということですが、理解できたでしょうか。(2010.11.29)


122.龍馬の銅像

NHKの大河ドラマ「龍馬伝」が終わりましたね。我が家では全て録画し、ヒマなときに見るようにしていますが、今のところ半分くらいを消化した程度。この調子じゃ見終わるまであと1年はかかりそう。来年は「江 ~姫たちの戦国~」だそうですが、それもまた録画しますから、録画がたまる一方。大丈夫かいな、と甚だ心配しております。

ところで今年の11月14日(日)、函館市に坂本龍馬の銅像が完成し、除幕式が行われたとのこと。翌日の11月15日は龍馬の誕生日であり、命日でもありますが、それはともかく何でまた函館に龍馬像が?と思いませんか。高さ6mの龍馬像は「北海道坂本龍馬記念館」の向かいに立てられ、右手で天を指し、左手に国際法律書「万国公法」を持っていると新聞記事に書いてありましたが、へえ~龍馬記念館まであるんだ、何でだ?とますます怪訝な思いにとらわれました。

坂本龍馬は蝦夷地(北海道)開拓の夢を抱いたそうで、何度か蝦夷地行きを試みたものの、ことごとく失敗。ついに凶刃に倒れた。しかし、彼の意志を継ぎ、坂本家子孫が北海道に渡り、道内各地で活躍した、とのことです(北海道坂本龍馬記念館HPによる)。以下に略記します。

○澤辺琢磨(さわべ・たくま):龍馬の縁戚。旧名・山本数馬で「龍馬伝」にも出てきたそうだ。函館ハリストス正教会にて日本人で初めて洗礼を受けた。
○坂本直(なお)(旧名・高松太郎):龍馬の長姉・千鶴の子供で、龍馬の甥。のちに龍馬の跡目を相続。明治新政府の役人として五稜郭の箱館奉行所に勤務。
○坂本直寛(なおひろ):直の実弟。坂本家(本家)5代目にあたる。北見の開拓に着手。のちに一家共々引き連れて高知から浦臼に移住。平和革命路線の政治活動を経て、やがて北海道開拓とキリスト教伝道に生涯を捧げた。
○坂本直道(なおみち):坂本家6代目。松岡洋右や鳩山一郎と知己。国際問題に取り組み、数々の論説や著書を起草した。のちに断絶していた龍馬家を相続し、本籍を浦臼に移す。
○坂本彌太郎(やたろう):一時婿養子として坂本家に入り、家督を継ぐ。釧路で「坂本商会」を始め、後に札幌に移住し、牧場や農場を経営。
○坂本直行(なおゆき):彌太郎の次男で釧路生まれ。後に坂本家を継ぐ。大正13年、北海道大学農学部に入学。北大山岳部に入り山々を歩く。 昭和11年、広尾村の原野に入植、酪農と農業に従事するかたわら山へ出向き、スケッチを続けた。後に札幌に転居。山岳画家として有名。中札内村に「坂本直行記念館」がある。

とまあ、確かに龍馬の子孫が北海道で活躍していたことは分かりました。されど、龍馬の銅像を建立するというのはいかがなものでしょう。龍馬ブームにあやかり、あわよくば観光客にたくさん来て欲しい、という腹の内が見え隠れしているように感じます。龍馬記念館のHPによれば、龍馬あるいはその子孫にゆかりのある所が日本全国に16カ所有るそうです。いつか、その全てに龍馬の銅像が建つんじゃないかと、甚だ危惧しているところであります。(2010.12.13)


123.デカメロンより

ボッカチオの「デカメロン」という物語集をご存知だと思います。1348年、ヨーロッパでペストが大流行し、それを逃れるために男3人、女7人の計10人がフィレンツェ郊外の邸宅に集まった。されど退屈この上ない。そこで、楽しいひとときを送ろうと、10人が持ち回りでおもしろおかしな話を語らい始めた、というものです。内容は社交と機知、ユーモアとエロスに満ちた恋愛話や失敗談などで、1日10話、全100話からなっています。ちなみにデカメロンとは「10日」という意味だそうで、別名「十日物語」とも言います。

かなり前にその「デカメロン」を買って読んではみたもの、何が面白いのかさっぱり分からず、どうしてこれが有名になったのか不思議だ、というのが読後感想でした。まあ全100話ですから、中には面白い物語も幾つかありました。その一つが8日目の第一話、「純潔を金で売った女がまんまと一杯くわされた話」です。ご存知の方がいるかも知れませんが、以下に紹介しましょう。

「誠実で、借金をしてもキチッと返す几帳面な男がおりました。彼は金持ちの友人の美しい奥さんに思いを寄せていました。ある日、愛情を打ち明け、彼女の命じることは何でもすると告げました。すると彼女は、200フィオリーニの大金を密かに用立ててくれれば、あなたのものになると答えました。女の貪欲な心情を知り、崇拝の夢冷めた男は、彼女の夫から200フィオリーニを借り、その金を彼女に与えた上で密通を楽しみます。その後、友人夫妻が揃っているときに、夫に「商談がまとまらないため、お借りしたお金は不要になり、すぐにあなたの奥さんに返しました」と言いました。彼女はやむなく「もちろん受け取りました。あなたに申し上げるのを忘れていました」と答え、夫は満足しました。」

いかがですか。この男、なかなかやるなあ、と思いませんか。で、だからどうした、その話を元に何か人生訓でも語るのか、とお思いの方がいるかも知れませんが、単に紹介しただけです。貴重な時間を無駄に使わせて、すいませんでした。(2010.12.20)


124.明日は仕事納め

明日は仕事納め。あっという間に一年が過ぎ去りますね(と感じるのは歳のせいかも)。今年は、建設関連業界にとってなかなか厳しい年でした。といって、来年は良くなる、という兆しは今のところ有りません。同業他社も青息吐息。新たな「マネジメント」が必要になるかも知れませんね。

マネジメントといえば「もしドラ」。ご承知の通り、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」という本。今年後半に200万部のバカ売れ。実は、春先に書店で見かけ、一瞬買おうかとも思ったものの、漫画チックな表紙に躊躇し、結局買わずに終わりました。バカ売れの今、流行の波に乗るのも癪なので、今更買う気にもなりません。あのとき買っていたら、流行の先端を行っていたのになあ、と少しばかり悔しがっております。

「もしドラ」の内容は、高校野球部の女子マネージャーが、偶然に入手したドラッカーの『マネジメント』をもとにして、野球部の改革に活かすというもの。来年3月14日からNHKで連続10話、アニメで放送するそうです。新たな「マネジメント」のヒントが得られるかも知れないので、見てみようかと思っています。皆さんもいかがですか。

そのドラッカーがこんなことを言っております。「あらゆる組織が、人を幸せにし、社会をより良いものにするために存在する。そのようなことを考えたこともないと言える組織は、修道院とギャングだけだ」。それもそうだ、と思わず肯きましたが、かなり前の能登メール(昨年7月13日 No.52)「会社は儲けるために存在するのか」で述べたことが間違っていなかった、と嬉しくなりました。

出典は不明ですが、「働くとは、傍(はた)を楽(らく)にすることだ」と聞いたことがあります。何やらこじつけの感じもしますが、ドラッカーの言葉と同じ意味ですね。自分が携わっている業務が世の中の役に立っている、と思えるならば、仕事が一層楽しくなるでしょう。ますます厳しい社会情勢になりそうですが、悲観的にならず、「役に立っている」という誇りを持って楽しい気分で来年を迎えましょう。ちょっと早いと思いますが「良いお年を!」(2010.12.27)

Ⅱ-4 2011年の能登メール(125~175)


126.言霊(ことだま)/127.室町幕府/128.和製英語/130.和製漢語/131.あれから40年/132.蒸気機関(一部のみ)/133.小岩井/134.乱/135.東日本大震災/136.続・東日本大震災~何かおかしい/137.教訓三つ/140.モーツァルト効果/142.英雄は川からやってくる/143.桃太郎その後/144.ストレスを「見た」/146.心地よい距離/147.親殺しのパラドックス/148.サプリメントの効果/150.珍解答/151.東日本大震災・異聞/152.仏教用語/153.勝利の女神/154.青信号はなぜ「アオ」なのか/155.易しい言葉で話す/158.客の満足度を高めるということ/160.先用後利(せんようこうり)/161.ハンディキャップ原理/162.水戸黄門の怪/163.日本語で悩む/165.聖書の裏話/166.ダウリやベールで考えたこと/167.エスカレータの右、左/168.プロ野球の怪/169.経営者や管理職に必要な資質/171.日本語で悩む パート2/172.マイナス表現、プラス表現/174.ヘイフリックの限界


126.言霊(ことだま)

我が家では「病気になる」「死ぬ」などの不吉なことを言ったとき、家族揃って「早く振って、振って!」と大騒ぎになります。手を振って、今言ったことを払い去る、ということです。「んな馬鹿な」と思いつつも、手を振るまで家族から責められますので、やむなく手を振ります。皆さんのお宅はどうでしょう。

多分「言霊」(ことだま)というものだろうと思います。声に出した言葉が現実に起こりうる、という日本古来の迷信?で、良い言葉を発すれば良いことが起こり、不吉な言葉を発するとそれが現実になりかねない、というものです。結婚式の挨拶では、切れる、別れる、などは忌み言葉として言わないようにする、とか、受験生に対して、落ちる、滑る、などの話をしない、というのも同じ「言霊」でしょう。

科学的に何の根拠もない、といえばその通りではあります。しかし、仮に冗談で「近々お前は病気にかかる」とか「交通事故に遭う」などと友人に言ったとして、それが現実になった場合、「あのとき馬鹿なことを言わなければ良かった。余計なことを言ったばっかりに友人を苦しめることになった」とものすごく後悔し、自責の念に囚われるのではないでしょうか。言葉には魂が宿っているなんて信じ難いことではありますが、不吉な言葉は発しない方が良さそうです。

一方、良い言葉を発すればその通りになる、というのであれば、これは大いに使うべきだと思いませんか。自分のやりたいこと、成し遂げたいことがあれば、言葉に出して言うのです(ただし、周りに人がいるときは、怪訝な目で見られるのでお控え下さい)。言葉に魂が宿っているのなら、きっといつか願いが叶います(多分)。

とは言え、「友愛」だの「最小不幸社会」だの、訳の分からない抽象的な言葉を発しても、その実現のために何をすればよいのかという具体的行動が見えなければ、「言葉に宿る魂」も面食らうばかりで、きっと実現は難しいだろうなあ、と思います。ここはやはり、まずは言葉に出して言う、そしてその実現に向かって行動する、ということが大事なのではないでしょうか。

さあ皆さん、今晩から寝る前にそっと「願い事」を口に出して言い、その目標に向かって少しばかり行動してみてください。きっといつかあなたの願い事が「言葉に宿る魂」のお陰で実現するでしょう。(2011.1.11)


127.室町幕府

1543年に種子島に鉄砲伝来、織田信長がわずかの軍勢で今川義元を討ち取ったのは桶狭間の戦い、鉄砲3000丁を用いた三段撃ちで織田軍が武田の騎馬隊を殲滅したのが長篠の戦い、関ヶ原の戦いは1600年、などなど、受験勉強で必死に日本史を覚えた記憶は皆様にもあるに違いない。で、種子島がどこにあるかご存知でしょうか。桶狭間、長篠、関ヶ原がどこにあるか、日本地図で指さすことが出来ますか。

北海道の(東北地方も多分同じかも)受験生は可哀相です。いろいろな地名が出てきても、それがどこにあるか分からない。距離感がつかめない。地形が分からない。先生も教えてくれない。これが本州の受験生なら、「そうか、あそこでこんなことがあったのか」とすんなり頭に入る(に違いない)。私自身、平城京や平安京はここだ、と指させても(奈良と京都なので)、戊辰戦争の緒戦となった鳥羽伏見がどこなのかさっぱり分かりませんでした。

長いこと疑問に思っていたのは「なぜ室町幕府というのか」でした。鎌倉も江戸も分かります。しかし「室町」ってどこ? そんな地名は日本地図にないではないか。

「室町」の由来をご存知の人にとって見れば、「あんた、意外とバカなんだねえ」くらいに思うでしょうし、そのような疑問を感じたこともないという人にとっては「くっだらないことで悩んでいるんだねえ。そんなことどうでもいいじゃないか」とお思いでしょうが、自分の知らないことが眼前にある、というのは、精神衛生上、極めて良くありません。そんなときはすぐさま調べてみるに限ります。

室町幕府。鎌倉幕府が滅亡した後に足利尊氏が開府した武家政権のこと。「室町幕府」という呼称は3代将軍足利義満が京都室町通(むろまちどおり)今出川付近に造営した将軍の公邸である花の御所(室町殿)が由来。室町通は京都市の南北の通りの一つ。平安京の室町小路にあたる。

というわけで、「室町」は京都にある、ということが分かりました。通り名の一つなので日本地図には出ていないのでした。納得であります。が、どうして「幕府」って言うんだろう、と新たな疑問が湧いてきました。これまた調べてみました。

「幕」は「天幕」の意味、「府」は王室等の財宝や文書を収める場所、転じて役所を意味する。中国の戦国時代、王に代わって指揮を取る「出先の将軍が張った陣地」を「幕府」と呼んだ。これに倣い、日本では征夷大将軍の遠征時の本陣(本営)を「幕府」と称した。つまり戦時の司令部であるが、戦後も政策発信地として、実質的に武家政権の政庁となっていった。江戸時代中期以降、朱子学の普及に伴い、中国の戦国時代を研究する儒学者によって中央政庁を「幕府」と称するようになった。したがって「鎌倉幕府」や「室町幕府」という言葉はこの時代以降の呼び名で、当時の人々は鎌倉や室町の中央政庁を「幕府」と呼んだことはない。

というわけで征夷大将軍(武士)の居場所が幕府であるから、日本の歴史上では三つの幕府(鎌倉、室町、江戸)しか無いのです。納得、納得、大いに納得、でありました。また一つ利口になったと思う次第であります。(2011.1.17)


128.和製英語

皆様お早うございます。先週、東京で日本技術士会理事会がありました。会議の都合上2泊することになり、久々にパック旅行を利用しました。「憧れの帝国ホテル2泊」です。たっぷりと超高級感を味わいましたが、朝食は「バイキング料理」です。この「バイキング料理」、実は帝国ホテルのレストランが始めたものだと言うことをご存知でしょうか。そもそも料理としての「バイキング」、外国人には通じません(北欧の野蛮な海賊という意味でなら通じますが)。バイキング(料理)は日本だけで通じる「和製英語」なのです。

そこで今回の能登メールは「和製英語」。

野球の「ナイター」とか「ガッツポーズ」という言葉は英語ではない、日本人が勝手に造った「和製英語」だ、と言うことはご存知の方が多いと思います。では、日常使われている次のカタカナは「ホンモノの英語」でしょうか、それとも「和製英語」でしょうか。

アイスキャンデー、アフターサービス、オイルショック、オーダーメイド、オートバイ、ガソリンスタンド、コンセント、サインペン、サラリーマン、セミダブル、テレビゲーム、パンティストッキング、ファミリーレストラン、フリーダイヤル、プレイガイド、ヘルスメーター、モーニングコール、リストラ、ワンパターン、キーホルダー、トレーニングパンツ、ジェットコースター。

察しの良い人は「わざわざ取り上げるくらいだから、こりゃー全部、和製英語だな」と思うでしょう。その通り、全て「和製英語」なのであります。正しい英語は次の通りです。

アイスキャンデーはice pop(イギリスではice lolly)、アフターサービスはuser support、あるいはafter-care、オイルショックはoil crisis、オーダーメイドはcustom-made、オートバイはmotorcycle、ガソリンスタンドはgas station(イギリスではpetrol station)、コンセントはoutlet(イギリスではsocket)、サインペンはmarker、サラリーマンはbusiness manあるいはoffice worker、セミダブルはsmalldouble、テレビゲームはvideo game、パンティストッキングはpantyhose、ファミリーレストランはcasual dining restaurant、フリーダイヤルはtoll-free、プレイガイドはticket agency、ヘルスメーターはbathroom scale、モーニングコールはwake-up call、リストラは解雇という意味でLay off、ワンパターンはroutine、キーホルダーはkey ringあるいはkey chain、トレーニングパンツはsweatpants、ジェットコースターはroller coaster。(一部Wikipediaより引用)

バイキングはbuffetあるいはsmorgasbordと言います。ガッツポーズのガッツはガッツ石松が由来だということは多くの人が知っていますね(英語ではvictory pose)。またシャープペンシルは「シャープ」の創始者早川徳次の発明による、ということはよく知られていることで、英語ではmechanical pencilあるいはautomatic pencilといいます。

ほかにもホンモノの英語だと思っていたら実は和製英語だったというものがたくさんあります。もちろん海外では通用しません。海外旅行されるときはご注意を!(2011.1.24)


130.和製漢語

前々回「和製英語」について書きましたが、今回は「和製漢語」です。ご承知の通り、我々日本人は、中国の漢字を使い、さらに漢字からカタカナ、ひらがなを作り上げました。幕末以前の漢字の熟語は、大半が中国からの伝来でした。ところが幕末から明治の時代、諸外国から新しい概念が怒濤のごとく流入してきたものの、それらの概念を表す日本語あるいはふさわしい漢語がない。そこで新たに「和製漢語」が誕生することになったのです。

和製漢語とはどんなものかというと、文化、文明、民族、思想、法律、経済、資本、宗教、哲学、理性、感性、意識、主観、客観、科学、物理、化学、分子、原子、質量、固体、時間、空間、理論、文学、美術、喜劇、悲劇、社会主義、共産主義などなどです。誰が造ったかというと、杉田玄白、西周、福澤諭吉、中江兆民、森鴎外、夏目漱石などです。新しい概念に対して和製漢語を造るのは結構だが、耳で聞いても分からないではないか、例えば「真理」は「心理」、「審理」と紛らわしい、と私の好きな高島俊男は憤慨しております。(「漢字と日本人」より)

同じ頃、中国(当時は清朝)でも外国から入ってくる新しい概念に対し、新しい漢語を造りました(華製新漢語といいます)。国債、特権、平時、戦時、民主、野蛮、越権、慣行、共用、私権、実権、主権、上告、例外などです。これらはたちまち日本語として取り入れられましたが、近代化の進展が早い日本において「和製漢語」が圧倒的に多く誕生し、中国人留学生による日本語の書物の翻訳を介して、数多くの和製漢語が中国に逆輸入しております。

現在、中国語になった和製漢語の例として、意識、右翼、運動、階級、共産主義、共和、左翼、失恋、進化、接吻、などがあります。面白いのは「中華人民共和国」の「人民」や「共和国」などは、実は和製漢語だということです。

最近はIT関連をはじめとする新しい外来語がちまたに溢れ、カタカナで表記される単語が増えてきておりますが、これらの外来語をなるべく日本語に置き換えるべきだという意見があり、また一方でこれ以上漢語を増やすべきではないという意見もあります。パソコンを、今どき「電子計算機」という人はいないでしょう。もはやチマタで流通するカタカナは、わざわざ漢語にする必要はない、というのが私の持論です。(2011.2.7)

蛇足的追記:
物は「分子」の集まりで、分子は「原子」の集まりである。原子は物質の「素」となる粒子なので、これを「素粒子」という。しかし実は原子の中心に「原子核」があり、その周りを「電子」が回っていて、原子核には「陽子」と「中性子」があって、陽子と中性子は「クォーク」で形づくられている。現在のところクォークが「これ以上分割できない素粒子」だとされている。で、「分子」から「中性子」まで和製漢語を当てはめてきたが、最後のクォーク、日本語で何というか。実は日本語の訳語がありません。クォークを発見した物理学者(ジェイムズ・ジョイス)が、小説にあった「鳥の鳴き声」から取った言葉だからです。(村山斉「宇宙は何でできているか」より)


131.あれから40年

国も地方自治体も絶望的な財政赤字で、公共事業費は削られる一方。地方の土建業者は青息吐息どころか、倒産の憂き目。次々と店をたたむ。気がつけば、おらが村には土建業者が一つもない。ちょっとあそこの舗装が傷んだから、治してもらおう。しかし業者がいない。歩道に雑草が生えてきたので草刈りを頼もう。しかし業者がいない。冬、除雪が必要だ。しかし業者がいない。どでかい地震が来て道路が陥没した。大雨で堤防が切れそうだ。急いで何とかせねば。しかし近場に業者がいない。

久々にどでかい物件を受注した大手ゼネコン。鉄筋が複雑に入り組んだ図面は見事な出来映え。急いで鉄筋工をかき集めてはみたが、ほとんどが海外からの出稼ぎ労働者。その中に、熟練の鉄筋工がいない。正社員の中に鉄筋工を指導できる者もいない(つい最近聞いたホントの話)。神社仏閣の改修が必要になった。されど宮大工がいない。ボーリング業務を受注した。されどボーリングマシンを扱えるものがいない。

過疎化。少子高齢化。お年寄りの方々が各地に散在している。電柱や水道、道路の維持管理、除雪などをしたいところだが、カネがない。B/Cも悪い。やむなく首長さんらがみんな町に集まって暮らしてくれと叫ぶが、いっこうに引っ越しする気配がない。国道、道道のネットワークがほぼ出来上がってはいる。しかし、全線の維持管理はもはや困難。ついには元2級国道の幾つかに対し維持管理が放棄される。そこには看板が立てられる。「この道路は維持管理作業を行っていません。通行者はご自身の判断において通行してください。万が一の事態になっても、当局は責任を負いません。」

綾小路きみまろが「あれから40年」というフレーズで笑わせてくれる。「出会った頃の女房は食べたくなるほど可愛かった。あれから40年。あん時食べておけば良かった。」「なんにもいらない、あなたさえいれば。あれから40年。なんでも欲しい。あなたはいらない。」…精神的な頽廃や肉体的な劣化は笑いもできる。しかし、公共事業費の削減が続けば、笑い事ではない。40年どころか10年先にも恐ろしい事態を招くことになるだろう。

「言った事は忘れ、言おうとした事まで忘れ、忘れた事も忘れ…。」「何をしに席を立ったか忘れ、長電話の用件も忘れ、メモした事も忘れ、探し物をして何を探してたか分からなくなり、メガネを掛けてメガネを探し、パンツの上にパンツを履いて、お手洗いに行ってどっちを出すのか分からなくなり、両方とも出してしまう。」(綾小路きみまろのセリフより)

我々は(私は?)まもなくボケて、何でもかんでも忘れる日が来るだろう。ボケ老人には何らの悩みも辛さもないから、むしろ幸せなのかも知れない。しかし我々の子どもたち、孫たちはどうなるのだ。このまま行けば、恐ろしい事態に遭遇する。国や地方を動かす方々に、ことの重大さを分かって欲しいと願う次第である。(2011.2.14)


132.蒸気機関

(真面目すぎるお話しなのでほとんど省略。蛇足文の一部のみ掲載)
文久3年(1863年)、グラバーの支援で長州藩の5人(伊藤博文、井上馨、井上勝、遠藤謹助、山尾庸三。のちに長州5傑と呼ばれる)がイギリスに密航。山尾はグラスゴー大学で造船学を学び帰国。のちの東京大学工学部の前身となる工学寮を創立。さらにグラスゴー大学から20数名の科学者を招聘。これが日本の科学技術の発展に大いに貢献したとされております。(2011.2.21)


133.小岩井

前回、蛇足で長州5傑(伊藤博文、井上馨、井上勝、遠藤謹助、山尾庸三)を書きましたが、今回はその一人に関係するお話しです。

長州5傑の一人、井上 勝はイギリスに密航し、ロンドンのユニバーシティ・カレッジにて鉱山技術と鉄道技術を学びました。帰国後、新政府に出仕し、ひたすら鉄道事業に関わり、後に鉄道庁長官となります。我が国の鉄道の発展に著しい貢献を成したことから、「日本鉄道の父」と呼ばれています。その井上、明治23年、私企業の「日本鉄道株式会社」が東北本線の盛岡まで延伸開業した折り、岩手山の麓に広がる不毛の火山灰台地を目にし、ふと考えました。「これまで私は、鉄道敷設のために田畑を潰し、多くの樹木を伐採してきた。その罪滅ぼしとして、この不毛の地を開墾し、外国にも負けない本格的な農場を建設しよう。」井上は、小野義真(ぎしん)、岩崎彌之助に協力を申し入れました。

小野義真。1839年生まれ、土佐宿毛村の大庄屋の息子。新政府に出仕し、土木頭として大阪港の築港や淀川の改修等にその敏腕を振るいますが、数年後、実業家を夢見て官界を去り、三菱財閥の顧問となります。三菱初代総師の岩崎弥太郎は小野を信頼し、重大事業はすべて彼の意見を聞いた上でなければ、決して手をつけなかったといいます。その頃、東京横浜間に鉄道が開業し、官営での東海道線の建設が進められていましたが、全国に鉄道が普及するには何百年もかかると危惧した岩倉具視は、私設鉄道の設立を考え出しました。さっそく東北本線の建設を目的とした「日本鉄道株式会社」が設立され、小野義真が社長に抜擢されました。小野は幾多の難関を克服し、やがて東北本線が開通。社運も隆盛。一同、小野の敏腕に敬服したということです。

岩崎彌之助。1851年生まれ。三菱財閥の2代目総帥。創業者・岩崎弥太郎の弟に当たります。有名な人なので、経歴等は省略いたします。

さて、井上勝から農場建設の協力を申し込まれた小野義真、岩崎彌之助はその心意気に直ちに賛同し、共同創始者となりました(言い出しっぺは小野義真との説もある)。一面は草木まばらな火山灰台地、まずは土壌の改良、湿地には暗渠排水、スギやカラマツの植林、そして乳牛の輸入が始まりました。やがて3000haに及ぶ日本最大の農場となっていきます。この農場の名前、ご存知の方が多いと思いますが「小岩井農場」といいます。小野、岩崎、井上の頭文字を取ったのです。

小岩井農場は、現在ももちろん畜産業を続けていますが、観光地として、あるいは憩いの場として岩手県随一の名勝地となり、毎年数十万人の訪問者で賑わっているそうです。私も何年か前に訪れたことがありますが、地形に沿って林あり、小川あり、散策路あり、手入れの行き届いた芝生ありで、およそ日本の風景ではないような雰囲気が漂っています。もちろん西洋風のレストランがあり、売店があり、脂肪分たっぷりの美味しいアイスクリームを味わうことができます。皆様も機会があれば是非この農場を訪ね、小・岩・井の三偉人を偲んでください。(2011.2.28)


134.乱

民主党の比例選出衆院議員16人が衆院の同党会派からの離脱願を提出した。離党もしないで会派を離脱、ってバカじゃないの?と思ったのは私だけじゃないと思う。さらに政務官が辞め、離党も一人。いずれも小沢元代表のお陰で当選した人ばかりなのだそうで、離脱の背景は推して知るべし。何とも愚かな行動で、腹が立つより、情けない。国家や国民の生活を何も考えていないではないか。

新聞には「16人の乱」という見出しが踊っていた。そういえば、かつて「加藤の乱」というのもあったなあと思いついて、ふと「乱」とはどういう状況の時に使うのだろうと疑問に思った。ご承知のように、歴史をひもとけば、「~の乱」、「~の変」、「~の役」などという言い回しがある。きっと何かルールがあるに違いない。さっそく調べてみた。

「乱」:朝廷や幕府に対する反乱(保元の乱、島原の乱など)で、現政権が鎮圧した場合に用いる。反乱側は不正行為をしたという意味合いがある。
「変」:政治的な陰謀や、政権担当者を狙った場合(応天門の変、桜田門外の変など)で、反乱側が勝ったときに用いる。反乱側を正当化するため「乱」ではなく「変」とした。
「役」:明治以前に限定した他国との戦争。元寇(文永の役、弘安の役)、朝鮮出兵(文禄の役、慶長の役)などがある。源氏と蝦夷との戦いである前九年、後三年の役などは蝦夷を外国と見なしているため「役」としている。

調べているうちに他の言葉も出てきた。
「合戦」:局地的な戦闘行為(「~の戦い」も同様で、戦国時代に多数あり)。 
「事変」:宣戦布告なしに行なわれた場合の戦争状態のこと(満州事変や支那事変など)。
「戦争」:国家間での兵器を使用した戦闘行為で、明治後期以降に国際法で決められたルールに合致した場合に、「戦争」と呼ぶ(日清戦争、日露戦争など)。明治前期以前においては国内での内乱(特に戦闘行為が連続しているもの)を指して「戦争」と呼ぶ(戊辰戦争、西南戦争など)。

さらに「征伐」というのもあり、「政府に背いた悪い奴らを懲らしめる」という意味をこめている(長州征伐はその代表例)。また「事件」は本来戦闘行為を伴わない出来事の呼称としても用いられるが、「謀略的」あるいは「偶発的」に戦闘行為を伴ったり、武力が行使された出来事をさす場合に使われることもある(ノモンハン事件、盧溝橋事件など)。

というわけで、今更ながら使い分けの意味合いが分かりました。また一つ、勉強になりました。(2011.3.7)


135.東日本大震災

皆様おはようございます。マグニチュード9.0、震度7。何とも凄まじい大地震であり、恐るべき大津波でした。未だ何人が亡くなったのか、全貌が分かりませんが、1万人をはるかに超えそうな気がします。金曜日の午後2時46分からずーっとテレビを見ており、最初の津波の映像に恐れおののいていましたが、土曜日、日曜日には一般の方々が撮ったビデオ映像が放映され、さらにテレビカメラが被災地に入って生の映像が放映されるにつれ、鳥肌、もはや声も出ない状態でした。

学者先生たちが各局のテレビに出演して、もっともらしきコメントをしておりました。ある人は「この地域でマグニチュード7クラスの地震が起きる確率は30年以内で99%でしたから…」と話していました。当然起こるべくして起きた、と言わんばかりです。しかし、そのような予知判断があったことをどれだけの人が知っていたのでしょうか。もっぱら東南海大地震だけが取り上げられていて、それ以外の「田舎」は予知の対象に入っていなかったような気がします。

「予知」とは、「いつ、どこで、どれくらいの規模で」生じるかを示すことですが、現状では「どこで、どのくらい」を予測することは(正しいかどうかは別にして)可能でも、「いつ」を予測することはできません。地震に詳しい元北大教授の笠原先生は将来的にも「いつ」の予測は不可能ではないだろうかと言っておりました。「地震予知」の研究に毎年かなりの予算がつぎ込まれておりますが、30年経つのに成果が出ていません。まあ、とはいえ諦めるわけにも行かないんでしょう。

それにしても、福島原発に関しては、情け無いし、腹が立ちます。原発を計画・設計・建設する際の住民等に対する「原発の安全性について」は、9が何個か並ぶほどの(99.999…%)安全性を自信たっぷりに言ってきたはずです。有りとあらゆる危険な状況、想定されるリスクに完璧に対応できるはずなのです。それがたかだか(と言っていいのかどうか分かりませんが)格納容器内の圧力が高まった、冷却水の水位が低下した、などの非常事態におろおろしているというのが解せません。こんな場合は直ちにこうする、それがダメならこうする、それがダメなら…という具合に二重、三重の万全な対処をする手順になっていないのでしょうか。

優秀な指導者とは、平時は昼行灯でも、非常時には適切にリーダーシップを発揮する人です。被災を受けた各地域に、各市町村に、各県に、そして日本国総理大臣に、適切なリーダーシップを発揮する人がおられることを切に願う次第です。そして、被災者の方々に一日も早い安寧が訪れることを願っております。(2011.3.14)


136.続・東日本大震災~何かおかしい

皆様お早うございます。能登メール、送ります。復旧、復興の光が見えない東日本大震災。新聞、テレビの報道にイライラしながら思うところを書き連ねました(やや長文。ごめんなさい)。

福島第一原発の危機に当たり、現地の状況を報告しているのが経済産業省の特別の機関「原子力安全・保安院」だが、HPによれば「エネルギー施設や産業活動の安全を守り、万一の事態に的確に対応するため、…『科学的・合理的な判断』…を行動規範としています。」となっている。しかし、テレビで見る限り、万一の事態なのにさっぱり的確に対応していないし、科学的・合理的な判断を下しているとは思われない。専門家のはずなのに、曖昧な説明ばかりしている。そして何日も経っても良い方向に向かわない。何かおかしい。

前回も書いたが、原発は「フェールセーフ」で何重もの安全装置で防護されていて、最悪の事態を回避するようになっているはずだ。つまり原発に関しては「想定外」などあってはならないのだ。仮に冷却水が不足しても、仮に容器内で圧力が高まっても、想定内のはずではないのか。仮に水蒸気爆発に至っても、仮に放射線が漏れても、直ちに対処することが可能なのではないのか。それが注水作業が上手くいかない、放射能濃度が高くて近づけないなんて、「はやぶさ」を作った日本なのにおかしくはないか。

計画停電が始まったが、いつまで続けなければならないかという報道がない。福島原発は東電の電力供給の1/4くらいを占めているはずだ。今の状況を考えれば、4~5年は操業ができない。とすれば他の電力会社からの供給を仰ぐことになるが、中電や関電は周波数が合わない。周波数の変換も可能だが、極めて微量。東北電力は自給自足もおぼつかないため、自ら計画停電の可能性があり、東電に供給する能力はない。残りは北電頼み。しかし北電は東電の不足分をカバーするほどの余力はない。となると、関東一円の計画停電は長期にわたり、首都東京の経済力はみるみる低下する。それなのに、政府高官に日本の将来が危うい、という危機感が感じられない。どうなっているのか。

今回の大災害は従来とは違う。大きな揺れで建物や社会基盤が破壊したところも多々あるが、それ以上に大津波で根こそぎさらわれたのだ。ほとんど何も残っていないのだ。被災者は帰る場所がない。電柱も電線もないから長期にわたって電気は復旧できない。中継局がないから電話は通じない。上下水道施設がないから水が確保できないしトイレも使えない。ガソリンスタンドがないから車が使えない。壊れたのなら修復もできようが、「何も残っていない」のだから復旧のしようがないのだ。

避難場所約2000カ所に避難民約38万人。彼らに生きるための物資をこの先ズーッと途切れることなく送り続けなければならない。それなのに、ガソリンがないから物資の輸送が困難だという。発展途上国じゃあるまいし、直ちに全国からガソリンをかき集めればいいだろう。少しの間だけ不自由な避難生活を我慢すればいいという状況ではない。極めて長期にわたる避難生活を余儀なくされるのは明らかではないか。今まで経験したことのない大惨事なのだ。政府は「非常事態宣言」をすればよい。日本国民みんなに腹をくくれと大号令を発すればいいではないか。

とまあ報道を見て腹が立って書いては見たが、ふと「豊浜トンネル崩落事故」を思い出した。あのとき、「人命を軽視している」だの「対応が遅い」だのという批判があった。しかし対策本部では寝るヒマもなく必死になって対応していたのだ。今回の大地震に対しても、おそらく膨大な数の関係者が必死になって対応を考えているに違いない。ここは静かに成り行きを見守り、支援し、一日も早く「日常」が戻ることをお祈りしよう。

それにしても、作業服の襟を立てて記者会見する枝野官房長。何で襟を立てているのだ(昨日は襟を立てていなかった。誰かにいわれたのだろうか)。それと、我が家近くのスーパーマーケット。地震発生翌日、米が売り切れ状態、飲料水やトイレットペーパーが品薄状態。ほとんど被害のない札幌なのに、どうなっているのだ。やっぱ、何かおかしい。

がんばれ日本!がんばれ福島、宮城、岩手、青森!みんなで復興を支援しよう!!(2011.3.22)


137.教訓三つ

皆様お早うございます。春めいて参りましたね。被災地の人達も少しは楽になるだろうと思いますが、相も変わらずの希望的観測、楽観的判断が多くて、不信が募るばかり。いつになったら希望の光が見えるのか、見当もつかない状態。災害は最悪を想定して行動すべきと思うのですが、政府に危機管理能力が足りない、とつくづく感じます。

能登メール、送ります。あえて地震の話を避けることにします。

むか~しむかし(紀元前8世紀頃)、フリジアという町(現在のトルコ・アンカラの近く)に、「新しい王は荷馬車でやってくる」という神託がありました。何も知らない貧しい農民ゴルディアスが家族とともにフリジアを通りかかり、人々はこれが待ちかねた王様だということで、ゴルディアスを王様に迎えました。彼は荷馬車を神殿につなぎましたが、その結び目は複雑で、誰も解きほぐすことができません。そこでこの「ゴルディアスの結び目」を解くことができれば、王の中の王になれるという話が伝わりました。

時代は下り、マケドニアの王アレクサンドロス(アレキサンダー大王)がペルシャと戦うためにフリジアを通りかかりました。彼はそこで「ゴルディアスの結び目」の噂を聞きました。神殿に向かうと大勢の部下たちがぞろぞろ付いてきました。部下たちはどうやって結び目を解くか興味津々です。アレクサンドロスは、何と「ゴルディアスの結び目」を見るなり、これを一刀両断のもと断ち切りました。その御利益?のお陰でアレクサンドロスは「王の中の王」となり、大国ペルシャを制し、大王と呼ばれるようになりました。

教訓その1:難解な問題にぶち当たったら、既成概念に囚われず、物事を色々な角度で見つめ、柔軟な発想で問題を解決せよ。かつ、決断は早く、結果は明快なるべし。

ゴルディアスの息子がミダス王です。ある時、豊穣とブドウ酒の神ディオニュソスの養父シノレスが酔いつぶれていたので、ミダスが手厚く介護しました。ディオニュソスはこれに感謝し、ミダスの希望通り「触れるもの全て黄金に変わる」という能力を与えました。触ると全てが黄金に変わる、こんな素晴らしいことはない、と最初は喜んでいたミダスですが、食べようとすると黄金になる、飲もうとすると黄金になる、ついには娘に触った途端に黄金の彫像になる、で、困り果ててしまいます。ミダスはディオニュソスに元に戻してくれるように頼みました。ディオニュソスはこれを聞き入れ、パクトロス川で行水するように言いました。黄金にする能力は川に移り、川砂が黄金に変わりました。川に砂金があるのはこのせいです。

教訓その2:欲を追い求めると破滅する。身の程をわきまえるべし。

ある時、アポロン(竪琴)とバーン(笛)の音楽合戦があり、ミダスは審査員の一人となりました。ほかの審査員はアポロンの勝ちとしましたが、バーンを師匠と仰ぐミダスだけは同意しません。アポロンはミダスのいい加減な耳に怒り、ミダスの耳をロバの耳に変えてしまいました。ミダスは恥ずかしくてターバンを巻いてロバの耳を隠していましたが、彼の理髪師は秘密を知ってしまいます。きつく口止めされた理髪師だが、誰かに言いたくて仕方がない。そこで草原に出かけ、地面に穴を掘ってささやき、穴を埋め戻しました。しばらくすると草原に葦が生い茂り、「王様の耳はロバの耳」とささやき出しました。怒ったミダスは理髪師を捕らえて殺そうとしましたが、もとはといえば審査結果をねじ曲げた自分が悪い。理髪師を殺すのをやめました。それを見ていたアポロンは、ミダスの耳を元通りにしてあげました。

教訓その3:悪評千里を走る(?)。密事はいつかはばれる(?)。でしょうか。

おわりに:
アレクサンドロスは東方遠征の出陣式にあたり、自分の財産を次々と仲間たちに分け与えました。ついに彼の持ち物がすべて無くなったとき、貴族の一人ベルディッカスがアレクサンドロス王に尋ねました。「もう何も残っていませんが、この先どうするのです?」。アレクサンドロスは答えました。「私には希望がある!」。Cool !!

全てを失った被災地の皆様には希望を抱いて欲しい。そして政府には、希望を抱かせるような施策を打ち出して欲しい、と願うばかりです。(2010.3.28)


140.モーツァルト効果

皆様お早うございます。やっとプロ野球ペナントレースが開幕しましたね。さっそく土曜日に日ハムの応援に行ってきました。久々の「生」の迫力と「生」ビールをたっぷり堪能してきました(この日は負けましたけど)。昨日はTV観戦で斎藤佑樹君の初勝利を見届けましたが、夜のスポーツニュースは佑ちゃん一色。広島の福井君も初勝利なのに(そして涙のお立ち台なのに)、取り上げ方にドえらい差。おかしいぞテレビ局! それはそうと、よーしここで稲葉ジャンプ、と待ちかまえていたのに誰も立ち上がらない。聞くところによると、稲葉ジャンプをするとテレビカメラが揺れる、すると画面が揺れて、視聴者に地震の悪夢をよみがえられさせる。で、自粛することになったとか。ヘッ、そうなの?考え過ぎじゃないのと思うけど、ま、いっか。

能登メール送ります。

我が娘が第一子(私にとって初孫)を身籠もったとき、友人からモーツァルトのCDを頂いたそうだ。それを聞いていると心が安らぎ、胎児の成長に好ましい影響を与え、心優しい子どもが生まれるとのことであった。何となく正しいような気もするが、一方で「ホントかなあ」という疑念もあった。

1993年10月、有名な科学誌「ネイチャー」に心理学者フランシス・ラウシャーらによるたった1ページの研究報告「音楽と空間認識能力」が掲載された。彼らは(適切な)音楽を聞くと脳の働きが活性化するという仮説を立て、モーツァルトの「二台のピアノのためのソナタ・ニ短調(K448)」を被験者36人に聞かせて知能テストを行った。その結果、、大いなる効果が認められた、というものである(ただし10分~15分だけの効果)。メディアはこの「大発見」に興奮し、「モーツァルトは頭を良くする」、「モーツァルトは頭の薬」と書き立てた。

さっそくレコード会社は次々とモーツァルトの新しいCDを売り出したが、中でもドン・キャンベルという男は「The Mozart Effect」を商標として登録し、1997年から「モーツァルト効果」を大々的に宣伝し始めた。うたい文句は「モーツァルトの楽曲を聞くと心身の健康や創造性が向上し、さらにはエイズや糖尿病、各種アレルギーにも効果がある」というものであった。無茶苦茶な拡大解釈、というか、ほとんど詐欺に近い。

心理学者らも興味を惹かれ、その後、数多くの反復実証実験が行われた。その結果はといえば、「ほとんどモーツァルト効果は認められない」というものだった。しかしメディアは取り上げない。それどころか「モーツァルト効果」はますます過激になって広まる一方だった。やがて、モーツァルトの曲は子ども、乳幼児、さらには胎児にまで効果があるという伝説が生まれた。乳幼児等に対する効果を調べた研究報告は未だ無い、のにである。

というわけで、「モーツァルト効果」は科学的には否定された。ただし、「モーツァルトの曲(その他の曲も含めて)を聞くだけで知能が発達することはない」と結論づけられたのであって、自分の好きな曲を聞くと脳が活性化するという可能性を否定するものではない。職場や搾乳・鶏卵施設でのBGMは能率向上に役立っているといわれているし(牛やニワトリの好きな曲って何だ?)、乳幼児の時からクラシックに馴染むと情緒豊かな子どもに成長するかも知れない(ベートーベンを聞くとやや粗野になるという説もある)。最初に戻って、妊婦がモーツァルトを聞いて心安らかな気持ちになれば胎児も健康に育つ可能性はある(確かに孫は健康である。人並み以上かどうかは不明だが)。その際「頭が良くなる」という期待をしてはいけない。「頭が良くなる」かどうかは本人の努力次第なのであって、お手軽に頭が良くなる方策はないのである。

(本文は、クリストファー・チャブリスらの「錯覚の科学」(木村博江訳、文藝春秋)から一部引用しました。同書によれば、任天堂の脳トレ・ソフトがボケ防止に役立つというのも錯覚だそうです。)(2011.4.18)


142.英雄は川からやってくる

むか~しむかし、お爺さんとお婆さんがおりました。お爺さんは山へ柴刈りに、おばあさんは川に洗濯に。すると川上から、どんぶらこっこ、どんぶらこと桃が流れてきて、…桃を切ったら男の子が生まれて、…桃太郎と名付けられて、…やがて鬼ヶ島の鬼退治。ご存知「桃太郎」のお話しですが、「英雄が川からやってくる」お話しが諸外国の伝説や神話にもあるんですね。

例えばサルゴン。紀元前3000年頃、メソポタミアを支配したアッカド王朝の大王サルゴンは、女性祭司の子として生まれました。女性祭司は出生を隠すため、サルゴンを籠に入れてユーフラティス川に流しました。それを庭師のライブムが拾い上げ、庭師として育て上げました。のちに性愛、戦、金星の女神イシュタルに愛され、アッカドの王となりました。

次ぎに、ご存知モーゼ。紀元前13世紀、モーゼはエジプトのヘブライ人の子として生まれましたが、ヘブライ人が増えすぎることを懸念したファラオはヘブライ人の新生児を殺すよう命じました。殺害を逃れるため、生まれたばかりのモーゼはパピルスの籠に乗せられ、ナイル川に流されましたが、運良く水浴びをしていたファラオの王女に拾われます。「モーゼ」とは「水から引き出された子」という意味です。やがてモーゼは神の使命を受け、ヘブライ人を引き連れてエジプトから脱出いたします。その後は省略しますが、興味のある方は旧約聖書「出エジプト記」、あるいは映画「十戒」をどうぞ。

もう一つ、ロムレス。紀元前770年頃、アルバロンガの王女が巫女として神事を行っていたとき、軍神マルスと契って双子を生み、ロムレス、レムスと名付けました。ところが、王女の叔父であるアルバロンガの王は未婚の王女の出産に激怒し、双子を籠に入れて、テヴェレ河に流してしまいました。二人は狼に助けられ、狼の乳を飲んで育ち、やがて羊飼いに拾われ、羊飼いのボスとなりました。勢力を広げていった二人は、出生の秘密を知ってアルバロンガを攻め、王を殺しました。二人は、テヴェレ河の下流に新しい都市を建設しましたが、二人の間で争いが起こり、ロムレスはレムスを殺します。新しい都市はロムレスの名にちなみ、ローマと呼ばれ、ロムレスはローマ初代の王となりました。

いずれも「籠に入れて川に流す」というところが同じですが、英雄はなぜ川を流れ来たるのでしょうか。それは、川を流れることによって、それ以前の血統が曖昧となり、後に好き勝手に都合良く出自を作り上げることができます。また、流れる川はケガレを落としますから、「高貴なもの」として「流れ来る」ことになるのでしょう。あるいはまた「川に流されても死ななかった」と言うことは、「神のご加護があった」という証しであり、英雄となる素質を備えていた、とも言えるでしょう。

幼き頃、「お前は橋のたもとで泣いていたのを拾ってきたんだよ」と母から言われ、強いショックを受けたことを憶えています。言った方は冗談だろうが、言われた方は冗談と受け取らなかった。純真な子供は何日も落ち込んだ。せめて「籠に入って流されてきた」と言われ、なおかつそのとき英雄伝説を知っていたならば、嬉しかっただろうか。イヤ、それでも多分、相当落ち込んだに違いない。「母から生まれた普通の子」が一番だからだ。英雄には成れない所以であります。(2011.5.9)


143.桃太郎その後

能登メール(41)「視点を変える」で少しだけ桃太郎の話を書きました。
「なぜ桃太郎は鬼退治に出かけたのでしょうか。その大義名分がイマイチよく分かりません。それに勝ったからといって勝手に鬼の持ち物である財宝を持ち帰っても良いのでしょうか。さらに、村人に分配したのではなく、お爺さんとお婆さんにあげただけとなると、あまりにも身勝手ではないでしょうか。(最近の絵本では桃太郎の鬼退治が暴力的過ぎるとして、「話し合いで解決した」などと改変されているそうですが、その場合、戦利品はどうなっているのでしょう。)」

これに対し、Nさんから次のような返信がありました。
「『鬼とは、邪悪なるもの、人に災いをもたらすものの象徴』で、鬼というだけですでに退治されるべき悪しき存在だからです。日本では古くから鬼門に桃の木を植えて悪いものが家に入ってくるのを防ぐという風習があるそうで、桃には邪気を払う霊的な力があるためだという解釈があるそうです。」

思わず「へぇ~」でした。で、前回の能登メール「英雄は川からやってくる」で桃太郎を取り上げたところ、Iさんから極めて興味深い返信がありました。これは是非とも皆さんに紹介しなければ、ということで、以下に返信内容を転載いたします。
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本日の能登メールで、桃太郎の話がありましたが、その続編をご存じでしょうか。本当の続編ではなく、最近の創作でしょうけど、息子が小学校の学芸会で演じました。あまりにも印象深かったので、正確ではありませんが覚えています。概略、以下の通りです。

桃太郎の持ち帰った財宝でおじいさんとおばあさんは贅沢に慣れ、堕落した生活を送っていました。いよいよ財宝が底を尽きはじめると、桃太郎の弟の桃次郎に兄の活躍を話して聞かせ、おまえも鬼ヶ島から財宝を奪ってこいとけしかけ、おこぼれに預かろうとする村人の声援を受け、鬼ヶ島に渡ります。そこで桃次郎が見たものは、平和に暮らしていた鬼ヶ島の鬼たちのところに、侵略者桃太郎が破壊と略奪、虐殺を繰り広げた後の悲惨な鬼ヶ島の現状でした。孤児となった鬼の子供達の歌にこんなのがありました。「とうちゃん、刀でまっぷたつ。かあちゃん、七つに刻まれて・・・」

相手の立場になれば、歴史は全く違うという事でしょうか。
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何とも愉快、というか、シリアスな「その後」ではありませんか。実は、「その後」はいくつもの話があって、味をしめた桃太郎は次々と鬼退治に出かけて…とか、奪った宝物を鬼に返しに行ったが…とか、すっかり年をとった桃太郎は昔のことを忘れて…とか。ネットにたくさんアップされています。お暇なときにでもどうぞ「その後」をお楽しみ下さい。(2011.5.16)


144.ストレスを「見た」

先週の月曜日、定期健康診断で胃カメラを飲んだ。かつて(30歳前後)一度だけ胃カメラを飲んだ経験があるが、チューブが喉を通らず、地獄の苦しみを味わったので(ちょっとオーバーか)、二度と胃カメラを飲まないぞと心に決めていた。しかし、バリウムを飲んだあとの辛さもときには半端じゃないこともあり、健康診断のたびに不安に駆られていた。ところが「今どき胃カメラは鼻から入れるから、まったく苦しいことはないよ」と言う友人の助言?があり、それなら胃カメラを飲んでみるか、となった次第。

さて当日、まずは前処理をする部屋に呼ばれた。「何か持病がありますか。何か薬を飲んでいますか。ウ~ン、問題ないようですね。エッ、狭心症ですか。年2回ほど薬を飲むことがある?何ていう薬?覚えていない?ウ~ンそれじゃあ念のため、どちらか片方の鼻孔だけ麻酔をしましょう。どちらの鼻孔が通りが良いですか?左?分かりました、左に麻酔薬を入れます。」ってなことで、前処理は終わりました。ちなみにあなた、どちらの鼻孔が通りがよいか知っていますか?私はたまたま「左です」と言っただけなんですけど。

検査室に案内されてベッドに横になった。女医さん(検査技師?)だ。「初めてですか?あっそう、昔と違ってチューブはこんなに細いから大丈夫ですよ。では入れます。あらまあ、鼻孔が狭過ぎね。ダメかな?」ってチューブを動かしているうちに突然くしゃみ!!「アラララ、やっちゃった。出血しちゃった。じゃあ右にしましょう。エッこっちは麻酔してないの?右の方が通り易そうなのに、残念ね。では口から入れましょう。」ってなことになった。「センセ、口からは無理です!耐えられないと思います!」「大丈夫よ。任せなさいって」と先生。有無を言わさず喉に麻酔薬を入れられそのまま5分。

再びベッドに横になり、マウスピースを噛まされ、なぜか羊のぬいぐるみを抱かされた。恐怖でカラダがこわばっているのが分かる。多分、顔面蒼白に違いない。「大丈夫よ。何かあったら羊さんを振り回してね。では入れます。いいですよ、いいですよ。はい、一度ゴックンとしてみて。ほら、もう入りましたよ。モニター見えるでしょ。食道を通って、胃に入りました。アララ、すごいストレスね。でも十二指腸まで行きますね。あ~胃の締め付けが大きくなってきたかぁ、まあここでいいか。では少しずつ抜いて写真を撮ります。は~い、終わりました。ねっ、大丈夫だったでしょ。」思わず、ふ~っ。

その後、モニターを前にして先生から検査結果の説明。「口から入れたのでものすごいストレスがかかりましたね。ほら胃壁に赤いスジが見えるでしょ。強烈なストレスがかかると胃が収縮して血が滲み出るんですよ。まあ、何処にも問題はないようですよ。歳の割には胃壁がつやつやしてます。下部には歳相応のところもありますけどね。ハイ、お疲れ様でした。」

「ストレスがかかると胃の壁から血が滲み出る」というのを目の当たりにした。先週の事業ヒアリング。各部の管理者に、例によって社長ほか各取締役から厳しいお言葉が浴びせられた。ふと思った。可哀相に、きっと今、胃の壁から血が滲み出ているに違いない、と。(2011.5.23)


146.心地よい距離

私のメモ帳に次のような詩歌がありました。題は「人と人の間に」となっています。誰の作か分かりません。どなたかご存知でしょうか。

おたがいにここち良い距離を見つけること
長続きの秘訣ではないかと思う
人もまた 大切にしたい私の世界があって
その気持 尊重し合うのも思いやり
近ければこそ理解の域の 人は人
たとえ遠くても 思い思われ 人と人
不思議の糸を弾びきながら
 人は泣いたり笑ったりして 生きているんだな
人は人 だから嬉しい 人と人

ほかの人との「心地よい距離」とはどれくらいの距離だと思いますか。アメリカの文化人類学者エドワード・ホールは「人間どうしの相互作用において、人間は空間や距離を使い分ける傾向がある」という仮説を提唱し、人との距離を四つに分けて分析しております。

●密接距離(0~45cm、相互に体が接触する範囲):親愛や闘争に関わる行為がなされる空間。互いのコミュニケーションは体のふれあいが中心となり、言葉の比重は小さい。親しくない人がこの距離に近づくと不快感を感じる。
●個人距離(45~120cm、お互いが手を伸ばすと届く範囲):他人の接近を許す最小の距離範囲。立ち話、立食パーティーでの歓談などであり、親しい間柄では自然の距離、私的な間合いと呼ばれる。親しくない人がこの距離に入ると息苦しさを感じる。
●社会距離(120~360cm、身体的な接触が難しい範囲):仕事をするときの仲間との距離。相手のことを気にせずにすむ距離。
●公衆距離(360cm以上、一対一のやり取りが難しい範囲):細かな表情の変化は捉えられない。身振り手振りのコミュニケーションが必要。講演会や演説などが相当。

この仮説によりますと、「心地よい距離」とは恋人同士などの親密な関係にあれば45cm以内、友人・知人であれば1m内外、快適に仕事をするにはおおよそ2m以上と言えるでしょう。親密でもないのに密接距離に入れば、ときには痴漢と間違えられる。冷めた夫婦関係で家庭内別居もどきの夫婦であれば常に個人距離を超えているはず。皆さん、「心地よい距離」を維持していますか。我が社の机の配置はいかがでしょう。「心地よい距離」が確保されているおりますか。

ちょっと蛇足:上記の知識をもとに、名古屋でのある結婚披露宴で次のような挨拶をしました。「幸せな家庭を築く秘訣、それは、お互いに適当な心地よい距離を見つけること。べったりと近づきすぎてもダメ、遠く離れ過ぎてもダメ。ちょうど手が届くくらいの距離。数字で表せば、53.8cmです。」5、3、8、つまりゴサンパチのでたらめです。ところが誰もが「フ~ン」と真面目な顔をして聞いている。慌てて「冗談です。ウソのゴサンパチです。」と付け加えましたが、皆さん、きょとんとしている。あとで聞いたところによると、「ゴサンパチ=でたらめ」なんて名古屋では使わないとのこと。へ~そうなの、「ゴサンパチ」って北海道の方言なんでしょうかねえ。(2011.6.6)


147.親殺しのパラドックス

皆様お早うございます。日ハム絶好調で、楽しい毎日が続いています。その他のニュースはイライラすることが多く、ときには不快になったりします。特にAKB48の総選挙。何ですかあれは!ニュースに取り上げるほどの価値があるのですか。商戦に乗せられたアホの集まりとしか見えません(と思うあたりが老いの兆候でしょうかね)。

能登メール、送ります。

現代の脳外科医・南方 仁が幕末の江戸時代にタイムスリップしてしまった。彼はそこで幕末の人々の命を救い、坂本龍馬らとの交流を深め、そして自らも幕末の動乱に巻き込まれていく…、というテレビドラマ「JIN-仁」。ご覧になっている方も多いと思う。私は基本的にテレビドラマなんぞは見ない主義だが、娘に誘われてたまたま見た次第。これが結構面白い。何が面白いかというと、幕末にはあり得ない近代医療技術を駆使して人々を救うハナシもさることながら、龍馬を始め幕末の著名人の運命に結構関わり、それがために歴史を変える可能性もある、ということだ。歴史を変えそうな行為をすると、ス~ッと体が消えそうになったり、あるいは急激にひどい頭痛が襲ってきて、彼の行動が阻止される。あと2回くらいで終わるらしいが、今後どのような展開になるのか、皆目見当もつかない(もともとはベストセラーの漫画だそうで、既に完結しているらしいが、どんな結末なのか私は知らないし、もちろん知りたくもない)。

アメリカ映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」。これも多くの人が観たに違いない。主人公のマーティが30年前の1955年にタイムスリップする。そこでマーティの母となるはずのロレインと出逢い、あろう事かロレインはマーティに一目惚れ。さあ大変。父となるはずのジョージがロレインと結婚しなければ、マーティは生まれない。ロレインの恋心が募るほど、未来から持ってきた写真からマーティが消えそうになる。マーティは必死になってジョージとロレインを結びつけようとする…、というストーリーであった。

過去に戻って自分の親を殺せば、その結果自分は生まれない。とすると自分は居ないのだから、親もその子に殺されることはない。すると親が居るのだから子供は生まれてくる。すると子どもは過去に戻って…、と堂々めぐりになる。これを「親殺しのパラドックス」という。

このパラドックスを解決するにはどうしたらよいか。答えはこうだ。「過去は決して改変できない。仮に親を殺そうとしても、その行為を妨げる何らかの事象が起きる。例えば銃弾がそれる、急に停電になる、親が長期の旅行で不在、などなどで失敗に終わる」というものだ。歴史の改変は「見えない力」で阻止される、ということか。

歴史を変えるほどではないほんの少しの改変ならば許されるらしい。「オーロラの彼方へ」(2000年アメリカ映画)、「イルマーレ」(2000年韓国映画、後にハリウッドでリメーク)では死ぬはずの人が助かった。「JIN-仁」では龍馬を助けようとしているが、それでは歴史が変わりそう。さあ、どうなるのだろうか。興味津々、というところである。

蛇足:「ファイナル・デスティネーション」(これも2000年アメリカ映画。何で2000年ばかりなのか不思議だ)では、死ぬべき運命にある人がたまたま助かる。しかし「死ぬべき運命」はつきまとい、逃れられない。「死ぬべき人」が次々と命を落とす、という内容であった。人それぞれ運命が定められており、「見えない力」で管理されている、ということらしい。(2011.6.13)


148.サプリメントの効果

かつて「毛髪に関する考察」(拙書「ちょっと斜に構えたエッセイ第2集」に収録)で、養毛剤がホントに効いているかどうかを判断するのは非常に難しい、と書いた。比較対象がないからだ。例えば、頭の左半分だけに養毛剤をふりかけ続け、右半分は何もしない、という状況を長年続ければ、比較が可能になり、養毛剤の効果もはっきりする。しかし、通常、そんな馬鹿なことをする人はいないだろうから、どれくらいの養毛効果があるのか、判断は難しい、というわけだ。

かなり前の健康診断で左目の視神経乳頭が変形しており、「緑内障」と診断された。左目の右上1/4が視野欠損している、進行を遅らせるためには眼圧を下げるしかない、とのことで眼圧を下げる点眼液を渡された。しかし、もともと眼圧は正常範囲なのだ。さらに眼圧を下げる必要があるのか。医者に聞いた。「眼圧が正常でも緑内障に罹患することが多々あります。今の眼圧を維持するために、点眼液を続けてください。」さっぱり納得できない回答だが、点眼液を使わなければどうなるのか、試す勇気がないのである。一度喪失した視野は回復できないとされているのだから。

年をとると体の各所に老化現象が現れる。自然の摂理とも言えるのだが、その弱みにつけ込んで、いろいろなサプリメントが出回っている。少しばかり列挙してみよう。青汁、舞茸、朝鮮人参、イソフラボン、オルチニン、アガリクス、コエンザイムQ10、コラーゲン、コンドロイチン、サメ軟骨、ドコサヘキサエン酸、ノコギリヤシ、ヒアルロン酸、プロポリス、マカ、ローヤルゼリー、などなど。実を申せば私もその幾つかを毎日飲んでいる。私が望んだわけではない。「いつまでも若々しく元気で」と願う(多分)我がワイフのオススメなのである。果たしてどんな効果があるか、あるいは、ホントに効果があるか。その判断は難しい。養毛剤と同様に、飲んだ場合、飲まなかった場合、を比較できないからだ。

女性用の化粧品の宣伝文句に「お肌つやつや」だの「すべすべ」だのと書いてある。その化粧品を使った女性は、使用前、使用後に肌をさすれば、実感として宣伝文句の真偽を判断できるかも知れない。養毛剤と違って短期間にたちまち効果が出ると思われるからだ。なお一層効果を確かめたければ、顔の右半分に化粧品を塗り、左半分は何もつけない、ということをすればよい。されど、そんな馬鹿なことをする女性は居るはずがない。と、思っていたら、ホントに居たのである。某化粧品店の女店長、新製品が出るたびに、顔半分だけに化粧品を塗る。それを何日か続けて効果を確認するというのだ。エライ!と思いませんか。

常用しているサプリメントの効果だが、何となく疲れがない、風邪を引きにくい、どちらかというといつも元気だ、という気がする。恐らくサプリメントの効果はあるものと思われる。困ったことに、今やサプリメントを飲むのが習慣になっており、残り少なくなると慌てて買ってくる、ということを続けている。これはヒョッとして、メーカーの陰謀に嵌っているのではないだろうか。(2011.6.20)


150.珍解答

皆様お早うございます。今回は能登メール150回記念。友人から貸していただいた「爆笑・テストの珍解答」((株)鉄人社発行)から、私が思わず笑ってしまった珍解答を抜粋・紹介します。日頃のストレス、不平不満、怒り、悩みをつかの間忘れていただければ幸い。笑いすぎ注意。周りに迷惑をかけないよう、よろしくお願いいたします。では、行きます。(やや長文)

問題:リトマス紙を酸性の液体に浸すと、どうなるでしょうか?(小学校)
解答:濡れる

問題:とりは一わ二わ、虫は一ぴき二ひきと数えます。では馬は?(小学校)
解答:一ちゃく、二ちゃく

問題:山などに地質調査に出かけるとき、持っていかなければならないものを書きなさい。(中学校)
解答:弁当

問題:小説「雪国」の作者は誰ですか?(中学校)
解答:吉幾三

問題:次の漢字をひらがなで答えよ。牛乳、武士、凹凸。(小学校)
解答:ぎゅうぬゅう、たけし、てとりす

問題:四字熟語を完成させよ。自給○○、空○絶○、温○知○。(中学校)
解答:自給千円、空海絶句、温泉知識

問題:「やがて~だろう」を用いて短文を作りなさい。(中学校)
解答:矢が鉄砲に勝てるわけがないだろう
(素晴らしい! ○をあげてもいいのではないだろうか。)

問題:カタカナの部分を漢字で答えよ。「母がフウリンを買ってきた」。(中学校)
解答:不倫

問題:マグニチュードと震度のちがいは何ですか?(高校)
解答:洋風と和風

問題:「先生が来た。」を敬語にしましょう。(小学校)
解答:先生が来たでござる。

問題:ユダの裏切りを予言したときの情景といわれる、レオナルド・ダ・ヴィンチの有名な絵画は何と言うでしょう。(高校)
解答:最後の晩酌

問題:悪いことをしたときにあなたは何をしなければなりませんか?(小学校)
解答:どげざする

問題:次の空欄を埋めよ。1kg=○○○○g(小学校)
解答:イチキロ

問題:交通事故に遭い、道ばたに倒れている人がいます。まずあなたは何をすべきでしょう。(中学校)
解答:励ます

問題:「万葉集」は独特の言葉で書かれたが、何によって書かれたものか。(中学校)
解答:毛筆

問題:最近ガソリンが高騰していることについて、どう思いますか。(中学校)
解答:子どもが口出しすることじゃないと思う。

問題:空欄に適切な言葉を入れよ。細かいことまで気が利くことを「痒い所に( )」。(高校)
解答:痒い所に(ムヒ)

問題:こうぐばこのなかに、みどりのえのぐが3ぼん、きいろのえのぐが5ほんあります。2つをあわせるとぜんぶでなんぼんになりますか?(小学校)
解答:きみどりが8ぽん
(緑と黄色を「合わせる」ときみどり…。この子は繊細、イヤ天才だと思う。)

問題:「ここに駐車をしてはいけません」を英訳しなさい。(中学校)
解答:oh,no no no no here.

問題:鎌倉幕府が成立した年は?(高校)
解答:1192296年
(分かりますか? いいくにつくろう、の語呂合わせで覚えたのですが…)

問題:「あながち~ない」を用いて例文を作れ。(中学校)
解答:あながちいさくて中が覗けない

問題:空欄を埋めよ。( )もなく( )もなく。(高校)
解答:(課)もなく(部下)もなく

問題:生まれて間もない赤ちゃんは、何を飲んで成長しますか?(中学校)
解答:巨乳

問題:日本の三大名園をあげなさい。(高校)
解答:甲子園、幼稚園、失楽園

以上です。まだまだ面白い解答がありましたが、長文になるのでここらでやめときます。かつて「雪が溶けたら何になる」「春になる」とか、「○肉○食」を「焼肉定食」と答える、などの迷解答(名解答?)があったそうですが、上に紹介した珍解答の幾つかは、「コイツ、ホントは頭がよいかも」と感心するものや、思わず二重丸をあげたいものもありました。「柔軟な発想」をいつまでも持っていて欲しいですね。お疲れ様でした。(2011.7.4)


151.東日本大震災・異聞

あれから4ヶ月。未曾有の事態に未だ十分な対応ができていない政府にイライラが募るばかり。そんな折りに、復興大臣の高飛車発言、やらせメールの騒ぎ。「幼すぎる!」としか言いようがない。世界からの尊敬と信用は遠のくばかりだろうなあ、と哀しくなる。

能登メールを送ります。人づてに聞いた新聞に載らない東日本大震災の事実、あるいは噂です。

3.11からわずか2~3日が経った頃。警察も自衛隊も未だ十分な活動ができない状態の中、夜な夜な大型のトラック数台が瓦礫の街に入り込み、かなりの数の人影が瓦礫の中を動き回っていたという。不審に思った住民が「何をしているのか」と尋ねたところ、「ボランティア活動をしている」と答えたそうだ。トラックのナンバーは関西方面だったというが、彼らが何をしていたのか、ほぼ想像はつく。炊き出しに整然と並ぶ日本人の姿に世界が賞嘆していたその陰で、人の不幸を意に介せず怪しい行動をを取っていた者たちがいたのだ。情けない。(被災住民からのまた聞き)

膨大な数の自衛隊員が行方不明者の捜索にあたった。瓦礫を取り除き、遺体をなるべく損傷しないように最大の注意を払い、毛布に包んで運んだ。しかし日数が経つにつれ、捜索範囲は広がり、次第に遺体の損傷が激しくなり、屍臭を放つようになる。遺体を発見しても近くに毛布はない。自衛隊員は遺体を抱き上げ、そのままかなり遠くまで運ばなければならない。防塵マスクを突き抜け臭いが鼻に入ってくる。臭いが服に染み込んで行く。かくして、かなりの数の自衛隊員が心に病を持つことになったという。(元自衛隊員より)

テレビ画面に被災地の状況が映る。見渡すかぎりの瓦礫の山。避難所の様子。連日の報道で被災状況はかなり理解はできる。しかし、理解できないものが一つある。それは、臭い、なのだ。多くのボランティアや調査団が被災地に乗り込み、まず最初にショックを受けるのが、臭いだったという。ありとあらゆるものが砕け、腐り、発酵する。避難所には着のみ着たままの避難住民が溢れ、汗と糞尿の臭いが充満している。避難所生活は改善されたが、未だ被災地に全域に臭いが残っているという。(某調査団員より)

放射線を浴びたことによる障害は20年、30年経って発露するという。しからば60代以上の作業員ならば原発復旧作業にあたってもいいのではないか。しかし国の規制があり、一日の作業時間はせいぜい3時間ばかり。それでもひと月ほどで累積被爆は許容値を超える。次々と作業員を交代させてはいるが、作業員が足りない。やむなく50代、そして今や40代の作業員も投入し始めた。全国の支店で作業員の募集をしているが、十分な数を確保できなくなりつつある。この先何年かかるか分からないが、肝心の作業員をどうやって確保すればいいのか、お先真っ暗なのだ(某建設会社の社員より)。

汚染水の漏水なんて直ちに止めることはできる。しかし、こと原発に関しては矢板一枚打つのにも国の許可が必要という流れになっていて、いずれの作業も停滞気味。加えて某国の核戦略の専門家集団が乗り込んできていて、核戦争のシミュレーションに適材とばかりに密かに各種データを収集している。彼らにしてみれば事態が悪化するほど良いデータが集まるわけで、復旧作業の遅延はどこかで彼らの意図が入り込んでいる可能性も否定できない。復旧作業があまりにもお粗末で、呆れるほどトラブル続きなのはそのせいかもしれない。(この話、出どこは2chかも)

復興計画が出て、新たなまちづくりが始まる。一層高い防潮堤を造るべき、二重、三重の高盛土で堤防を構築する、住居は高台に、といろいろな案が出ている。しかし、漁師ならば海の近く、農家なら田んぼの近くに住むのが当たり前だろう。そもそも千年に一度の大地震、大津波なんだろが。こんな大災害は当分無いということだ。それなら今までと同じところに住んでもいいではないか。防災にどえらい金をかけるくらいなら、その金を住民に回してくれ。あっという間に元の町を造ってみせる。自然に対して力で立ち向かおうなんて、どだい無理な話だ。羮(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く、のではなく、万が一にでも安全なところに素早く避難する新たな方策を構築する、それこそが今回の教訓だ。自然と対峙するのではなく、畏怖の心を持って自然と共に生きる。その心がけさえあれば十分ではないのか。(この節のみ、私の心情が多分に入っております。)(2011.7.11)


152.仏教用語

皆様お早うございます。昨日一日、「なでしこJAPAN」で大騒ぎでしたね。昨日が休日で良かった。たくさんの人が早朝からテレビ観戦したことでしょう。勝利の女神、がホントに存在するのように感じました。また、最後の最後で一発レッドカードで退場した岩清水選手が陰の功労者だと思うのですが、テレビも新聞もまったく彼女に触れないのが不思議に感じました。

さて能登メールを送ります。三連休で時間があったせいで、ちょっと長文となりました。

「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、…」って、ご存知、平家物語の冒頭部分。中学時代に習ったと記憶していますが、私、当時、「祇園精舎」は京都の祇園にある精舎だとばかり思っていました(そのくせ「精舎」が何であるか知りませんでしたが)。ご承知の方もたくさんおられるとは思いますが、一応説明すると…、まず釈迦が説法した寺院を精舎といいます。祇園精舎はその中でもっとも有名なものです。その「祇園」ですが、ジェータ(祇陀)という太子が樹園を寄進し(略して祇樹ギジュ)、スダッタという富豪が精舎建設に奔走しました。スダッタは、身寄りのない人達に施しをしていたので「給孤独」といわれました。そこでこの精舎は正式には「祇樹給孤独園」と言いますが、略して「祇園」と呼ばれるようになりました。

いま、ジェータを祇陀と書いたり、給孤独と言われたなどと述べましたが、話自体はインドです。漢字があるはずがありません。そうなんです。実は仏教がインドから中国に伝わったとき、梵語(サンスクリット語)を漢字に変換しました。変換の方法は2種類で、一つは発音を漢字に当てはめた(ジェータを祇陀とするたぐいで、釈迦、阿弥陀、般若など)、もう一つは意味を該当する漢字に置き換えた(給孤独のたぐいで、因果、供養、地獄など)。それらの漢字が仏教伝来とともにドドドーッと日本に入り込んできました。最初は僧侶、貴族だけで通用していた仏教用語でしたが、いつしか一般社会においても日常語として使用されるようになりました。

これも仏教用語か、と意外に思う幾つかを紹介しましょう。
「旦那または檀那(だんな)」:梵語の音訳。布施(ふせ)の意。
「有頂天(うちょうてん)」:天上界の最も高いところ。
「愚痴(ぐち)」:知恵がないため心が迷って、判断がつかぬこと。
「娑婆(しゃば)」:梵語の音訳。人間が現実に住んでいるこの世界、俗世界。
「出世(しゅっせ)」:如来が、この世に出現すること。
「大衆(だいしゅう)」:たくさんの数の僧侶のこと。
「智慧(ちえ)」:真実の姿を見きわめ、邪正を分別し、真理を直観する能力。
「変化(へんげ)」:仏が人を救うために、人間の姿となって現れること。
「利益(りやく)」:仏法から享受する利得。
「奈落(ならく)」:梵語の意訳。地獄の意。
「冗談(じょうだん)」:仏道修行に関係のない無用の談。
「自然を(じねん)」:人間の作為のない「そのまま」の在り方。
ほかにも、乞食(こつじき)、因縁、我、境界、金縛、久遠、紅蓮、結集、金輪際、懺悔、慈悲、執着、荘厳、世間、分身、盆、など、多数あります。

ところで中国の東北一帯を昔は「満州」と言っていました。しかし「満州」という書き方はホントは間違いです。中国に蘇州、杭州などいう地名があるので、その流れだろうと思いがちですが、正しくはサンズイをつけて「満洲」と書きます。16世紀の後半、英雄ヌルハチが中国東北の地を統一した頃、その地の人々はマンジュシリを信仰していました。マンジュシリは梵語であって、漢字では文殊師利と書きます。あの「三人寄れば文殊の知恵」の文殊菩薩です。そのマンジュシリを略してマンジュと言い、「満洲」の字をあて、それを国名にしたというわけです。サンズイの「洲」は「常用漢字表」にありません。しかし固有名詞は例外なのですから、正しく「満洲」と書くべきなのです(といっても、いまでは「満州」が一般化されているけれど)。

長くなりましたが、ついでにもう一つ。明治の初め、いろいろな人が西洋の言葉を次々と漢字に翻訳しましたが、Right(ライト)という概念が日本にはありませんでした。福沢諭吉はついに翻訳不可能だと諦めました。そこで西周が挑戦し、仏教用語の「権利」を持ち出しました。Rightは「法の下で一定の者に与えられる力」ですが、仏教での「権利」はもともと「力ずくで得る利益」の意味でしたから、本当は微妙に違います。現在「権利を振り回す」とか「権利を主張する」などと悪い意味で使われるのは、仏教用語のせいかもしれませんね。(この項、井上ひさし「日本語教室」(新潮新書)を参照)

次いでのついでで、冒頭の「沙羅双樹」って分かりますか。釈迦がクシナガラで入滅(死去)したとき、寝床の四辺にあった樹木だそうで、入滅の前後に花を咲かせ、たちまちに枯れ、白色に変じて舞い散ったとのことです。ツバキ科落葉樹の一種だそうですが、どんな樹木なのか、私にさっぱり分かりません。(2011.7.19)


153.勝利の女神

女子サッカーWカップ決勝の試合は、「なでしこJAPAN」にとってラッキーな場面がたくさんあった。もちろん「なでしこ」の実力でもあったであろうが、やはり「勝利の女神」が微笑んだとしか思えない場面も幾つかあった。その「勝利の女神」だが、ギリシャ神話ではニケという名で、翼を持つ若い乙女(女神)として登場している。戦の勝利を導く女神なのだから、随所に顔を出してもいいはずなのに意外と出番は少ない。

30年以上も前にパリのルーヴル美術館で「サモトラケのニケ」(サモトラケ島で発見されたニケ像)を見たことがある。(当時の)入口を入ってすぐ左手の階段の踊り場に立っていたと記憶している。その頃ニケが勝利の女神だとは知らなかったが、3メータを超える大理石の彫像で、イヤでも目に残る大迫力の像であった。両腕と頭部は無い(見つかっていない)が、背中に翼を広げ、体はやや前に傾き、衣は風ではためいている。ヒョッとしたら左手に勝利の月桂冠を持ち、右手を高く掲げて「いざ、進め!」と叫んでいるのかも知れない。フランス革命を描いたドラクロアの「民衆を率いる自由の女神」を彷彿させる躍動感があった。

ニケはローマ神話ではウィクトリアといい、英語のVictory(勝利)の由来。またニケはNikeで英語読みはナイキ。あの世界的スポーツ用品メーカー「ナイキ」の社名はここから来ており、さらにナイキのマークはニケの翼をモチーフにしたものなのだ(って最近知って驚きました)。

では、日本神話の「勝利の女神」は誰なのだろうか。そこで図書館やらネットで調べてみたが、該当するような女神はいない。この際、女神でなくても良いから誰かいないのか、と必死に探したところ、らしき神?がいた。まずは出雲の国引き物語に出てくる八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)。この神、あっちこっちに縄をかけて土地を引き寄せ、ついに大きな出雲の国を造ったことで有名らしい。「国引き」とは戦で勝利して併合したという意味なのか、勝利の神として信仰を集めたらしい。

次は八幡神(やはたのかみ、はちまんじん)。出兵の際の神託を仰ぐかなり古くからある神様らしいが、武士階級に武神として崇敬されるようになり、やがて勝利の神様としてあがめられるようになったとか。最後に、神かどうか疑問だが八咫烏(やたがらす、やたのからす)。日本神話では、神武天皇が東征の際、熊野国から大和国への道案内をしたとされる烏(カラス)で、「勝利に導く烏」として熊野あたりで祀られているとのこと。八咫の「咫」は親指と人差し指を広げたときの長さだが、八咫は単に「大きい」という意味らしい。このカラス、足が三本、太陽に棲んでおり、中国神話では太陽の象徴なのだという。

と、調べていくうちに、何と、日本サッカー協会のシンボルマークに八咫烏が使われていると知った。どんなマークか興味のある方はネットで調べていただきたいが、なぜ、日本サッカー協会のシンボルマークが八咫烏なのか。なんでも我が国のサッカーの生みの親である中村覚之助氏が、八咫烏を祀っている熊野三宮がある熊野地方出身の人で、これにちなみ神の鳥として八咫烏をシンボルにしたという。なでしこJAPANの大偉業、これはヒョッとしたら「勝利の女神」の微笑みではなく、八咫烏による「勝利へのお導き」があったせいかも知れない。(2011.7.25)


154.青信号はなぜ「アオ」なのか

交差点の青信号。皆さん気がついていたと思うが、青信号と言いながらその色は青ではない。最近、LEDを用いた信号機が広まってきてかなり青に近い色になったが、古い信号機は今でも相変わらず緑色である。青信号は英語でgreen lightであり、中国語でも緑灯である。なぜ日本だけが青信号と呼ばれるようになったのか。

広辞苑で「あお」を見てみると「一説に、古代日本語では、固有の色名としてはアカ、クロ、シロ、アオがあるのみで、それは明、暗、顕、漠を原義とするという。本来は灰色がかった白色をいうらしい」と書いてある。かみ砕いていえば、昔の日本語には色彩を表す固有の語はなくて、単に明暗と濃淡を表す語だけがあった、というのである。すなわち、アカ(アカシ=明るい)とクロ(クロシ=暗い)で明暗を表し、シロ(シロシ=著しい、はっきり)とアオ(アワシ=淡い、ぼんやり)で濃淡を表していたというのだ。

さらに「アオ=淡い」は成熟していない、つまり未成熟という含みを持ち、青葉、青菜、青竹、青豆、青二才などの複合語があるが、いずれも色に基づく命名ではない。それらの色は、現代で言うミドリ色である。そのミドリは、出たばかりの、みずみずしい新芽を意味していた。生まれて間もない赤ちゃんをミドリ子(漢字で嬰児と書く)と言うが、若芽のようなみずみずしい子ということで、色とは無関係である。(やがてミドリは新芽の色をさすようになった。)

以上のことから、かつて「アオ」は必ずしも青、blue、「澄んだ空の色」ではなかったことが分かった。とはいえ、なぜ「青信号」と命名したのか、その疑問に答えてはいない。

答えはこうだ。広辞苑にある通り、古代日本語の色名はアカ、クロ、シロ、アオの4種類である。その4種類の色に関し、次のような事実がある。
・アカの反対色はシロである:運動会、吉事、歌合戦
・アカの反対色はアオである:カビ、鬼、カエル
・クロの反対色はシロである:凶事、容疑、素人・玄人
反対色と書いたが、対になる言葉と言っても良い。とにかく以上の4色以外の色に反対色はない。さらにはまた、アカアカと、シラジラと、クログロと、アオアオと、という形式の副詞があるのは、4色だけである。

以上のことから、「止まれ」が赤信号があれば、その反対となる「進め」が青信号となるのは、日本語として自然な命名なのである。イヤ、そうは言っても、実際はミドリ色なのだから「ミドリ信号」と言うべきだ、と言い張るなら、青シソも、青カビも、青カエルも言い換えなければならない。それらはいずれもミドリ色なのだから。
(本文は、小松英雄「日本語の歴史」笠間書院を参考としました。)

追記:上記の4色はあえて「色」を付けて言いませんが、それ以外の色は、「○○のような色」という意味合いで必ず「色」が付きます。橙色(ダイダイイロ:柑橘の色)、桃色(桃の花の色)、ねずみ色、オード色(黄土の色)、茶色、などなど。(2011.8.1)


155.易しい言葉で話す

「ソモソモ チンワ テイコクシンミンノ コーネーオハカリ バンポーキョーエーノラクオ トモニスルワ コーソコーソーノイハンニシテ チンノ ケンケンオカザルトコロ…」さて、何でしょう。かなりご高齢の方ならば、すぐに分かったでしょう。これを元の文章にすると次の通りです。
「抑々朕は 帝國臣民の康寧を図り 萬那共栄の楽を偕にするは皇祖皇宗の遺範にして 朕の拳々措かざる所…」もう察しがついたと思いますが、昭和20年8月15日の天皇陛下による玉音放送の一部分です。

よく使われる玉音放送の一部「タエガタキオタエ シノビガタキオシノビ」(堪へ難きを堪へ忍び難きを忍び)はほぼ誰にも理解できますが、それ以外のお言葉は音声を聞いただけではさっぱり意味が分からず、さりとて元の文章を眺めても極めて難解な熟語の連続で、ほとんど理解できません。あの当時、玉音放送を聞いたニッポンジンの、果たしてどれだけの人が、その内容を理解し、戦争に負けたのだ(終わったのだ)と知ったのか、誠に不思議でなりません。

上記のお言葉の部分を現代口語に置き換えてみましょう。
「そもそも日本国民の平穏無事を図って世界繁栄の喜びを共有することは、代々天皇が伝えてきた理念であり、私が常々大切にしてきたことである。」
いかがですか。これなら誰でも理解できるでしょう。

では次の音声を聞いて、土木技術者はどれだけ理解できるでしょうか。
「データンワ コシシタシッセイショクブツノイタイガ テーオンタシツノジョーケンカデ ミブンカイノママ シゼンニタイセキシタモノデ…」
文章化すると以下の通りです。
「泥炭は枯死した湿性植物の遺体が 低温多湿の条件下で未分解のまま自然に堆積したもので…」
玉音放送と違って、文章中に難解な熟語はありません。したがって、文章を見れば内容が理解できます。しかし、文章が手元になくて、音声だけであったとすれば、聴衆の大半は理解が難しかったと思います。

土木学会などの全国大会で研究成果の口頭発表が行われますが、論文の記述をそのままに読み上げる若者(特に学生)らがおります。論文集はCD化されており、手元に論文集がありませんから、聞いていてさっぱり分からない、ということが度々です。漢字の熟語はほとんど視覚で判断しますから、文章を目で追えば理解はできます。しかし、それを口にしても、即座に理解するのは難しいのです。

先ほどの「泥炭は…」を、一般の方々も理解できるようにお話しするとすれば、以下の通りとなります。
「泥(ドロ)の炭(スミ)と書いて泥炭といいますが、その泥炭というのは、沼とか湖などの湿地に生えているアシ、スゲ、ヨシなどの植物が、枯れて、倒れて、温度が低い、湿度が高いといった環境のもと、バクテリアなどで分解されずに、自然に積もり積もってできたもので…」

相手に理解できるように、易しい言葉を使ってお話しする。意外と難しいことですが、大事なことでもあります。(2011.8.8)


158.客の満足度を高めるということ

「能登メール(148)サプリメント効果」で、某化粧品店の女性店長は、新製品が出るたびに、顔半分だけに化粧品を塗り、それを何日か続けて効果を確認する、という話を書いたが、最近相次いで似たような事例にぶつかった。

部分入れ歯のチェックのため、半年に一度歯医者に行き、定期検診を受けている。入れ歯自体は今のところ問題はないが、コーヒーと喫煙のせいで歯が黒ずんでいるので、毎回歯のクリーニングをすることになる。塩の粒が入った高圧水で洗浄し、細い金属棒で歯垢を取る。それらの処置で若干出血もするので、最後は消毒液を塗る。その際看護婦さん(今は看護士か?)が「ちょっと苦いですよ」という。「どうして苦いかどうか分かるんですか」と聞いてみた。すると「どれくらいの苦さか、舐めて確認しましたから」というのだ。へぇーそこまでやるか、と感心した。

行きつけの某居酒屋。道産酒の直営店だから銘柄は一つだが、本醸造から大吟醸まで十種類ほどの日本酒がある。女性の従業員と馴染みになっていることもあり、気さくに「おーい。お酒」と言うと、「まずはこれをどうぞ」と持ってくる。グラスが空けばまた「おーい」というと、「これはいかがでしょう」と違う種類の酒を持ってくる。そのたびに「これはちょっと甘口で」とか「今度はやや辛いですよ」と教えてくれる。「どうして甘いか辛いか分かるのか」と尋ねると、「一つ一つ試飲してますから」とのこと。思わず「エライ!」と言ってしまった。

某家電量販店。ある家電製品を買うべく、まずはカタログで調べ、おおよそ買いたい品物の見当を付けて、念のため店員の意見を聞くことにした。するとこちらの希望を聞いたあとで、製品の説明を始めた。これが実に詳しい。カタログに書いていないことまであれこれと説明してくれた挙げ句、数ある中からこれがオススメという品物を教えてくれた。こちらが最初に決めたものより価格が安い。客が高い品物を買いたいと言うんだから、黙ってそれを買わせればいいのではないか、店も儲かるだろうに、と思って聞いてみた。「どうして安い方をオススメするのだ。店の方針に反しないのか」「お客様が満足できるものを売る。それが店の方針です。高いか安いかではありません。」言われるままオススメを購入したのは言うまでもない。

事務的に消毒液を塗ればよい。客の指定する酒を運べばよいし、客が欲しがる高額の品を黙って売ればよい。しかし彼ら・彼女らは違った。自分で品をチェックし、自信と責任を持ってお客に対応した。それらの行動によって、顧客の満足度は高まり、信頼度が増し、安心して彼ら・彼女らに任せることができる、と客は思うだろう。我ら受注産業も、発注者の望み通りに成果を仕上げて提出すれば、本来はそれで十分ではある。しかし、業務内容を今一度吟味し、発注者、さらにはその先にいる国民のためになる提案、展望などを付け加えれば、さぞかしより一層満足度が高まるに違いない。と、そんなことを彼ら・彼女らの行動を見て思った次第である。

最初に書いた歯医者さん。虫歯になりかけの歯の治療することになって「チクッと痛いけど、ちょっとガマンしてね」と言った。電動ヤスリがキュイーンと唸って、次の瞬間、確かにチクッと痛んで、「ウー!」となった。はて、歯医者さんはなぜ「チクッと痛い」ことを知っているのか。まさか「自分で試してみたから」というわけではあるまいに。不思議である。(2011.8.29)


160.先用後利(せんようこうり)

室町時代のこと、泉州堺(現在の大阪府堺市)に中国の商船が流れ着いた。堺の商人・万代家初代の掃部助(かもんのすけ)は乗組員たちを手厚く介抱してあげた。後日、中国人の一人から救助のお礼にと中国に伝わる妙薬製法を教えてもらった。薬の名は延寿反魂丹(えんじゅはんごんたん)というもので、万代家の家伝薬となった。3代目の主計(かずえ)は岡山藩に移住して医者となり、名前を常閑(じょうかん)と改めた。万代家はその後医者として数々の業績を残し、8代目の頃には岡山藩のお抱え医となるに至った。

1639年、加賀藩から分藩して富山藩が誕生した。ある時、2代目藩主前田正甫(まえだまさとし)が腹痛を起こした際、たまたま11代目万代常閑が作った「反魂丹」を飲んだところ、たちどころに腹痛が治った。そこで、万代常閑を呼び寄せ、処方の伝授を受けることとした。以後、正甫は「反魂丹」を印籠にいれて常時携帯していたが、1690年、江戸城内において、三春藩(現在の福島県)藩主秋田輝季が激しい腹痛を訴えた。その場に居合わせた正甫は携帯していた「反魂丹」を服用させたところ、すぐに腹痛は治まった。これを見ていた諸大名はこの薬効に驚き、是非とも我が藩に売ってくれと頼んだ。

前田正甫はさっそく薬種商の松井屋源右衛門に反魂丹を大量に製造させ、諸国に行商させることとし、反魂丹役所を設けて奉行をおき管理させた。さらに、財政難に苦しめられていた富山藩は売薬商法で起死回生を図ることにし、反魂丹以外の薬も売り始めた。売り方の基本理念は「用を先にし利を後にし、医療の仁恵に浴びせざる寒村僻地にまで広く救療の志を貫通せよ。」という藩主正甫の訓示である。「用いることを先にし、利益は後から」とは「とりあえず置いてもらい、使った分だけ後で支払っていただく」ということで、「先用後利」と略されている。

かくして「富山の薬売り」は全国津々浦々に販路を広げていった。字が読めず、間違って違う薬を飲む人もいる。そこで「風邪で寝込んでもすぐ起きられるように」と七転び八起きでダルマの絵の「風邪薬」、布袋様の大きなおなかのように元気になる「はら薬」、手で歯や頭など痛いところを押さえている「痛み止め薬」などなど、ユニークな絵柄で効能を示した。

明治9年、新法によって反魂丹役所は廃止とされたが、売薬人らは共同出資して製薬会社「広貫堂」を設立した。藩主正甫の訓示「広く救療の志を貫通せよ」から採った社名である。年配の方々は記憶があるに違いない。どこの家にも「広貫堂」と書いた薬箱があった。年に2回ほど「富山の薬売り」がやってきて、帳簿を見ながら使った薬をチェックし、その代金を徴収し、再び補充して帰っていく。必ず「紙風船」のおみやげを置いて…。

補記:「先用後利」は今のクレジットカードの支払いシステムそのものだ。江戸の初期にこのような信頼を基本としたシステムを採用した、というところがエライ!
「反魂」とは、死者の魂を呼び戻す、つまり死者を蘇生させるという意味。中国ではそのような霊薬を「反魂丹」と称した。
「越中富山の反魂丹、鼻くそ丸めて万金丹、それを飲むやつアンポンタン」という「はやし唄」がある。年配の方々はご存知のはず。万金丹は伊勢で作られ、お伊勢参りの人が必ず買った万病薬とのこと。かなりニセ物が多かったという。
(本文は、富山大学和漢医薬学総合研究所 小松かつ子教授の講演、並びに反魂丹に関するHPを参照しました。)(2011.9.12)


161.ハンディキャップ原理

テレビで観た人が多いと思うが、パプアニューギニアに生息する極楽鳥のオスは、メスが近くに来るとカラフルな羽を広げて求婚ダンスをする。クジャクのオスもきれいな模様の尾羽を広げてメスを魅了させようとする。多くの鳥は、オスは派手な色をしているが、メスは地味な色をしていることが多い。カブトムシや鹿のオスは、大きな角を持っている。秋の虫やカエルの鳴き声はほとんどオスのものである。

オスはなぜ派手な色をしたり、大きな角を持ったり、大きな声で鳴くのか。派手な色や大きな角、鳴き声は、栄養やエネルギーを浪費するばかりか、当然なことに天敵に見つかりやすい。わざわざ捕獲の危険性が高い状態を自ら作り出しているというのは、生物進化の法則に反するのではないか。答えはメスの考え方にあるらしい。

進化生物学の用語に「ハンディキャップ原理」なるものがある。「明らかに生存に不利な性質を持っている方が、異性にもてて子孫を増やす」という原理だ。その理屈はこうだ。生存に不利なハンディキャップを背負っていながら立派に生きている。ということは、その個体はほかに比べて強い生命力を持っている証しだ。そんな個体と結婚し、そのDNAを子孫に伝えたい。

アフリカのガゼルはライオンが迫って来ても、すぐには逃げ出さない。それどころかわざわざピョンピョン跳びはねて挑発じみた行動をする。「俺はこんなに身が軽い、襲ってきてもいつでも逃げ出せる、お前なんか怖くはない、俺はこんな修羅場を何度もくぐり抜けて生きてきたのだ」という意思表示らしい。ライオンも「こやつ、すぐに逃げ出さないのはおかしい、何か優れたものを持っているに違いない」と躊躇し、襲いかかるのをやめる。(ちなみに、すぐに逃げ出すガゼルには直ちに襲いかかるらしい。)

かくして動物の世界では、ハンディキャップが大きければ大きいほど優秀、ということになる。メスはその強い生命力を期待し、ハンディキャップの大きいオスを伴りょに選択するのだ。

人間社会にも似たような行動がある。多くの男性は彼女と食事して、気前よくおごる。明日からの生活代も乏しいという生存に不利な状況になりながらも、「立派に生きている」ことをアピールをしているのだ。女性は「この人、浪費できるほどの余裕があるのね。素敵!」と、その強い生命力に魅了され、伴侶に選択するのだ。…多分。(2011.9.20)


162.水戸黄門の怪

「控えおろー! この紋所が目に入らぬかー!」でおなじみ、日本人なら誰でも知っているテレビドラマ「水戸黄門」。今年の12月で終了するそうですね。1969年(私が大学を卒業した年!)にスタートし、今は第43部なんだそうです。まあよく飽きもせず続いたものと、感心します。

今から20年も前、肺にカゲがあるというので幌南病院(今のKKR医療センター)に2週間ほど検査入院しました。私の病室の前が談話室。月曜夜8時。続々と入院患者が集まる。何だろう、どうしたんだろうと覗いてみると、皆さん「水戸黄門」を見ていたのです。恐らく今でも同じ光景ではないかと思いますが、これが12月で打ちきりとなると、病気が悪化する人が出てくるのではないかと、はなはだ心配です。

私自身はドラマ「水戸黄門」をほとんど見たことがありません(パチンコCR水戸黄門では散々負けましたけど)。それでも、毎回同じような時間に葵の紋所が入った印籠を出す、ということは知っています。その同じパターンがあるからこそ、そしてその場面で必ずや気分爽快になれるからこそ、根強いファンが居るのだろうと思います。しかし「ハスに構える」ことの多い私としては、どうにも納得がいきません。

まず、水戸黄門はなぜか自分で印籠を出しません。あの印籠は誰のものかというと、葵の御紋が付いているのだから、黄門様のもののはず。それなのに、なぜ家来が持っていて、「この紋所がー」というのか不思議です。次に、葵の御紋が付いているから「エライ」というのも分かりません。まあ当時、お偉い方のみ葵の御紋の付いたものを持っていた、としても、一般の方々は見たことがないだろうし、いくらでもニセ物を作れる。ホンモノだという証拠はどこにもありません。さらに、ワルどもが途端に「ははー」とひざまずく、はいつくばる、というのも解せません。見たところタダのジジイなのだから、「この老いぼれがー」とか「この馬鹿がー」とかいって相手にせず立ち去っていいし、何なら切り捨ててもよい。

水戸黄門は確かに実在の人で、水戸藩2代目藩主水戸光圀であり、「大日本史」の編纂を始めたことで有名です。しかしテレビで「さきの副将軍」と言っても副将軍という役職はないし、鎌倉や国元の水戸あたりを歩いたことはあっても全国漫遊という史実はないそうです。そもそも他の藩に勝手に出かけていって、ワルを懲らしめる権限などあるはずがありません。ドラマは今年で43部だそうですが、ストーリーの数はいかほどなのでしょう。「蝦夷」にも来られたのでしょうかねえ。
(ちなみに、「黄門」は中納言の唐名。水戸光圀公の武家官位は中納言。よって「水戸黄門」と呼ばれました。)(2011.9.26)


163.日本語で悩む

「止める」は何と読むのでしょう。「とめる」なのか「やめる」なのか。漢字変換ではどちらも「止める」と出てきます。それから「出生届」。「しゅっしょう」なのか「しゅっせい」なのか。これまた漢字変換でどちらも「出生」と出てきます。どちらも正しいのかも知れませんが、「とめる」と「やめる」ではまったく意味合いが違うでしょう。書いた人の真意が読者に伝わらない、ということも生じます。一体どうすればいいのでしょうか。

本を読んでいてときどき悩むのは「余生」。「よせい」だったか「よしょう」だったか。それから「暫時」。「ざんじ」だったか「ぜんじ」だったか。こちらのほうは「漸近線」(ぜんきんせん)が「次第に近づく線」だから、「しばらくの間」という意味の「暫時」は「ぜんじ」ではなく「ざんじ」と読むのだ、と結論づけるまで「しばらくの間」かかります。

還暦を過ぎていわゆる「高齢者」の域にさしかかる歳なので、意味のわからない熟語などほとんどない、と自負していますが、たまには初めて見る熟語にぶつかることもあります。例えば「莫逆の友」(「莫逆」は「ばくげき」と読みますが「ばくぎゃく」でもいいそうです)。どんな友だと思いますか。字面から「逆恨みした友」かと思いましたが、正解はまったく逆の「極めて親密な友」。「莫逆」は「心に逆らうこと無し(莫し)」という意味だそうです。もう一つ「曽遊の温泉」(そうゆうの…)。どんな温泉でしょう。答えは「以前に訪れたことがある温泉」。知りませんでした。

地デジテレビは滅多に見ませんが(ニュースと野球くらい。ほとんど有線の映画、ドラマを見ているので)、あるクイズ番組だけは毎週見ています。タレント、お笑い芸人などがチームを組んでクイズに答えるという内容で、毎回、漢字の読み書きが出題されますが、簡単な問題に答えられない。間違って答える。それを見るたびに「コイツはバカじゃないの」と嘆かわしくなります。それも放送局側の作戦で、視聴者が優越感に浸れる、だから視聴率も上がる、ということかも知れませんが…。しかし、簡単な問題のはずなのに、「アレッ、何だっけ」と正解が思い出せないこともある。例えば「労う」「貶める」「跪く」「阿る」…。

石原慎太郎の小説を読んでいたら、随所に「マチズモ」という言葉が出てきました。分からない。広辞苑で調べても、無い。ネットで調べました。「マチズモ:男性がもつという強靱さ、逞しさ、勇敢さ、好戦性といった性質を基礎とした思想や信条、行動を指す。男らしさ。スペイン語」。日本語ではありませんでした。

「万理一空」も初めて知りました。日本語は奥が深い。難しい。まだまだ勉強が足りない。そう思った次第です。(2011.10.4)


165.聖書の裏話

ご承知のように、新約聖書はイエス・キリストの死後に使徒らによって書かれた文書が元になっている。それぞれの文書は統一された内容ではなく、つじつまが合わない、教典としておかしい、不都合な話が述べられている、などの問題があった。そこで、紀元2世紀頃から「正しい聖書」(正典)の編集が始まり、397年のカルタゴ会議において27文書が「正典」であると確認され、それ以外の文書はすべて基準に当てはまらない「外典」として闇に葬り去ることにした。この外典には聖書の裏話と呼べるエピソードが数多く書かれている。その幾つかを紹介しよう。

外典の「ヤコブ原福音書」には、聖母マリアの物語が詳細に書かれている。聖母マリアの両親はなかなか子どもができなかったが、結婚後20年も経って、精霊の力で身籠もり、マリアを産んだ。マリアは3歳で神殿に預けられ、12歳まで神殿で過ごした。12歳の時、マリアは神殿の祭司長のお告げによって町の独身男と結婚することになった。選ばれた男は大工のヨセフ。ヨセフは「この子はまだ少女。引き取って保護はするが妻にはしない」と言った。そしてヨセフが仕事で2年間家を空けたその間に、マリアは天使ガブリエルから受胎告知を受けた。マリアは困惑。ヨセフは悩むが、夢に天使が現れ、真実を知る。こうしてマリアは処女でありながら子を宿したのだ。その後マリアはイエスとともに旅をし、一緒に行動する。イエスの磔刑に立ち会い、ユダヤ人からの迫害を逃れて聖ヨハネとともにトルコのエフェソスで余生を送った。後に「マリアは神の母」とされ、13世紀には権力者や貴族たちが聖母マリアを崇め始めた。

正典ではイエスの幼少期に関する記述はごくわずかだが、外典の「トマスによるイエスの幼時物語」には、幼少期の様子が詳細に書かれている。イエス5歳の時、川で遊んでいて、穴に水を集めたり、泥水を澄んだ水に変えたり、ドロをこねて12羽の雀を作り出した。また、穴の水を柳の小枝で流してしまった子どもに腹を立て、その子を木のように枯らしたり、肩にぶつかった少年を殺してしまったことがある。ザッカイという教師の下で字を習っていたが、ここでも教師に何癖を付けたり、難問をふっかけたりしている。イエスを怒らせると死に追いやられるというので、周りの人々は恐れおののいていた。8歳の時、イエスは一粒の麦から4万リットルもの麦を収穫し、村人に分け与えるという奇跡を起こしている。

正典では13歳から30歳までの生い立ちについて皆無に等しいが、実は13歳の時にエジプトに行き、2年間滞在し、古代宗教を研究した。15歳の時にはインドへ渡り、29歳まで仏教や古い法律、言語を学んだ。

外典「使徒ユダ・トマスの行伝」によれば、イエスにはトマスという双子の兄弟がいたという。トマスはイエスの身代わりとなって磔刑に処せられ、イエスは生きていたから「復活」したかのように見えたらしい。双子というからにはトマスも「神の子」となるが、神の子が二人いては都合が悪い。この事実は闇に葬り去られてしまった。

外典「フィリポによる福音書」によれば、元娼婦であったとされるマグダラのマリアはイエスと夫婦関係にあった。彼女はイエスの一行と伝道に同行し、イエスの磔刑に立ち会い、復活したイエスに最初に出会っている。1896年にエジプトで発見された「マグダラのマリアの福音書」にはイエスの後継者であるペトロが彼女にイエスの教えを請うシーンが書かれている。それほどマグダラのマリアとイエスが親しかったという証拠である。イエスの死後、マグダラのマリアは他の使徒たちと逃亡し、南フランスのマルセイユに辿り着き、そこで修道生活を送った。その地でイエスとの子「サラ」を出産した。(ご存知のように、小説そして映画にもなった「ダ・ヴィンチ・コード」では、イエスの血脈がテーマとなっている。)

まだまだあるが、この辺で止めておこう。興味のある方は、並木伸一郎:「聖書」の謎(三笠書房)をどうぞ。(2011.10.17)


166.ダウリやベールで考えたこと

インドでは「ダウリ殺人(あるいは自殺)」が年間4万件以上あるという。ダウリとは花嫁にもたせる持参金のことで、相場は花婿の年収の10~20年分に相当する金額だとのこと。ヒンドゥー教の上層カーストの習慣であったが、今やインド全土で行われているとか。このダウリが相場より少ないと、花婿の家族がみんなで花嫁を虐待し、虐待に耐えかねて花嫁は自殺する。ときには灯油をかけて焼き殺し、新たな妻を迎えて新たなダウリを得ようとすることもある。花嫁が死んでも「家庭内の事故」で処理されるされることが多い。何とも恐ろしい話ではないか。

保守的なイスラム教徒の女性は、ベールで髪や顔、ときには全身を隠す。なぜそうするのか。家族以外の男性の視線から身を守るためらしい。ではなぜ他の男性の視線から身を守らなければならないのか。男というものの理性は性欲に打ち勝てない。だから男の理性を崩壊させないように、女性は肌を隠さなければならない。…ヘッ、そうなの?と自問自答してしまう。

サウジアラビアでは女性が自動車を運転することを禁じている。なぜか。女性が車を運転すると男性と接触する機会が増える。すると男どもは誘惑され、不倫が横行する。よって、女性の運転は禁止。ハアー?何ともはや…、である。もっとも運転免許証の発行は極めて難しい、という問題もあるかも知れない。なんてったってベールで顔を覆っているのだから、写真の撮りようがないではないか。

上記のような恐ろしい習慣、受け入れがたい戒律はこの世界にまだまだたくさんあるに違いない。歴史が違う、文化が違うと納得すべきことなのだろうか。それもこれも知的なレベルが低いからであって、いずれ文明が高度に発達し、自由、平等、博愛などの高邁な思想が広く行きわたれば、普遍的な世界共通の「常識」のもと、「正しい行動」に修正されていくのだろう。…と思われるがしかし、高度文明社会で豊かなはずの日本、年間自殺者が3万人を超えている。人口比率で考えればダウリ殺人(あるいは自殺)よりもはるかに比率が高いのだ。男女関係のもつれによる事件も後を絶たない。何とも恐ろしい国、日本、なのである。文明の発達は、必ずしも「正しい行動・正しい考え」を導くものでもないか、と不安になってくる。

追想:イスラム教徒の男性方は異常に性欲が強いのだろうか。彼らが日本に来て、異常に短いスカートを穿いている日本の女子高生を見たらどうなるだろう。きっと鼻血が出てしまうに違いない、と想像してしまう。(2011.10.24)


167.エスカレータの右、左

日本技術士会の理事をしている関係で、2ヶ月に一度上京する(「上京」なんてもはや死語か?)。エスカレータに乗る。乗っても歩かない人は誰もが左に立ち、右側は急ぐ人達のために空ける。そこを次々と駆け上がって行く(あるいは駆け下りて行く)人達が居る。その光景は札幌のエスカレータでも同じであって、自然発生的にそのようなルールが出来上がったものと思っていた。日本全国どこでもそうなのだ、と思っていた。

ある時大阪に出張した。戸惑った。エスカレータの右側に立ち、左側を空けている。東京や札幌とまったく逆なのである。何とも不思議だ、で終わればいいものを、好奇心に駆られた。なぜ大阪と東京(そして札幌)ではエスカレータの乗り方は違うのか。さらに、大阪だけなのか、関西すべて同じなのか、東京と大阪のどこかに境界があるのではないだろうか。

ネットで調べたら、あるはあるは、これに関する記事が山ほど有った。まずは大阪と東京の乗り方の違いの理由。1970年、大阪で万博が開催された。このとき入場者の安全性を考慮し、阪急電鉄が「右利きの人が多いので、利き手でしっかりとベルトにつかまってもらうように」アナウンスを繰り返したとのこと。それがいつ日か定着し、立って乗るだけの人は右側に立ち、空いた左側を急ぐ人が歩いていく、というルールが暗黙に出来上がったという。一方東京は、車の走行に倣い、右側を追い越していく、というルールに従い、立って乗る人は左側に立ち、歩いて追い越す人のために右側を空ける、という形が出来上がった…、というようなことがネットに書かれてあった。

では、右立ち、左立ちの境界はどこか。それを調べるために東京~大阪間をつぶさに見て歩いたという奇特な人もいれば、ブログを使って各地から情報を集めて検討した人もいた。結果だけを述べれば、京都までは左立ち(つまり東京と同じ)で、高槻~京都の間あたりに境界があるらしいとのことである。では京都よりも以北はすべて東京と同じ左立ちかといえば、そうでもない。仙台だけはどういうワケか右立ちなのだそうで、その理由は謎らしい。また、大阪市内は右立ちなのに、関空だけは左立ちだとか。利用客の多くが東京人だから、ということか。

しからば海外ではどうか、と気になるところだが、まだ調査が進んでいないようである。かつてロンドンに滞在した私の記憶によれば、「Keep Left」か「Stand on Right」という
看板がエスカレータの各所に立てかけてあったから、右立ちであったと思う。大阪と同じであって、世界の潮流は大阪方式なのかも知れない。

ついでに日本とイギリスが左側通行である理由。それは侍と騎士の国だからであって、刀・剣がぶつからないように左側通行となった。欧州やアメリカの右側通行は、馬車の国だからであって、右手で扱う鞭がぶつかり合わないように右側通行となった。特にフランスの右側交通は、ナポレオンが左利きで、剣を右の腰に下げており、左側交通だと剣がぶつかるので右側交通に決めた。次いでのついでに札幌地下街の「左側通行」は、自分の心臓を守ろうとする本能のせいだ。……などといったまことしやかな意見、自論、推論、がネットに溢れていた。どこまで本当なのでしょうねえ。

以上、好奇心に駆られて調べまくった結果を述べた。実際の生活に何の役にも立たないのに、どうしてそうなのか、と疑問に思うこと、それが大事。好奇心こそ若さの秘訣。…と思っております。

注:エスカレータの片側にだけ乗ると、荷重バランスが崩れ、不具合を誘発することがある。また歩いたり走ったりすると、その振動で安全装置が働き、緊急停止することがある…とエスカレータのメーカーが言っております。ご注意のほど!(2011.10.31)


168.プロ野球の怪

プロ野球のクライマックス・シリーズ、最終ステージを、今やハラハラすることもなくボーッとを観ていたら、ふと不思議なことに気がついた。いままで気にもしなかったが、選手のユニフォームの背中。選手の名前がローマ字で書いてある。そういえば、球団の名前もなぜか英語系。まあ、野球がアメリカ発祥のスポーツだから、それに倣って選手の名前も球団の名前も、審判の判定(ストライク、ボール、アウトなど)も英語なのだ、とは思う。ならばなぜ「プロ野球」というのか。なぜ「プロ・ベースボール」と言わないのか。蹴球はプロサッカー、拳闘はプロボクシング、庭球はプロテニスと言うではないか。

略称して「日ハム」というが、正式名称は「北海道日本ハムファイターズ」。西武は埼玉西武ライオンズ、ソフトバンクは福岡ソフトバンクホークス、オリックスはオリックスバファローズ、ロッテは千葉ロッテマリーンズ、楽天は東北楽天ゴールデンイーグルスである。いずれの略称も地名を使わないでオーナー会社の名前を使っている。まあ、会社の広告塔の役目があるのだろうから、会社名を略称に使うことは納得できる。一つ、不思議なことに気がつきませんでしたか。パ・リーグの球団の正式名称はいずれも地名が先頭についているが、なぜかオリックスだけは地名が入っていないのだ。

しからばセ・リーグはどうか。巨人は読売ジャイアンツ、中日は中日ドラゴンズ、阪神は阪神タイガース、広島は広島東洋カープ、ヤクルトは東京ヤクルトスワローズ、横浜は横浜ベイスターズが正式名称である。中日は中部日本の略だとすれば、巨人のみ地名(あるいは地域)が入っていないことになる(阪神は地域名なのか「阪神電鉄」の略称なのか、そこの所は分かりませんが)。セ・リーグもそれぞれ中日新聞、阪神電鉄、ヤクルトなどのオーナー会社名が略称に使われているものと思われる。「横浜」だけは違うけど、新球団の略称はどうなるのでしょう。やっぱり「横浜」それとも「DeNA」?

不思議なのは「巨人」。他の例に倣えば「読売」が略称のはずではないか。そもそも球団名に「巨人」が入っていなのになぜ略称が巨人なのか。ジャイアンツは確かに「巨人」ではある。しからば「巨人軍」というように「竜軍」とか「虎軍」などと言うことがあるか。ない、のである。「ツバメ軍」はいかにも弱そうだから使わない、としても、統一性に欠けている。おかしい、と思うのである。

野球用語はほとんど英語を使い、ストライク、ボールの表示もアメリカ風に変わった。最初は戸惑ったが、いつかしら慣れてきた。ピッチャーの投げるストレート、カーブ、スライダー、フォークも今では抵抗なく理解できる。ただ、カットボールとかチェンジアップというのが今でも分からない。誰か教えて欲しい。それと、「三遊間」とか「右中間」という日本語を英語で何というのか、これも教えて欲しい。逆に「フィルダースチョイス」は日本語で何というのか、教えて欲しい。「勝利の方程式」とはどんな方程式なのか、教えて欲しい。

とまあ、テレビで野球観戦しながら考えた次第。のんびり、ゆったり観戦できることの幸せを感じた次第なのであります。(2011.11.7)


169.経営者や管理職に必要な資質

皆様お早うございます。前回のメールで、フィルダースチョイスの日本語訳、カットボールなどはどんな球?などと書きましたら、数人からさっそく返信があり、丁寧に教授してくれました。ありがとうございました。ただ「勝利の方程式」を教えてくれた方はおりませんでしたので、いずれ自分で考えてみます。

能登メール、送ります。(漢字がやたら目立つ文章で、私自身、こんな書き方は好きじゃありませんが。)

新聞や雑誌、ビジネス関係の書籍に、「経営者や管理職に必要な資質」なるものが述べられているのを目にすることが多い。例えば以下のような具合。
「マネージャーには三つの能力が必要である。1.目標構築力:取り巻く環境を知り、顧客の求めていることを把握し、ライバルの戦略を推し量り、達成すべき目標が描けること。2.組織連携力:集まったスタッフを束ね、臨機応変に運営していくこと。3.部下育成力:ある程度、権限を譲渡して部下を育てること。」

あるいはまた「組織で上に立つ人に必要な資質とは:1.新たな技術、マーケットに挑戦するチャレンジ精神、2.失敗に屈しない強い精神力、3.自らのアイデアを文書化する企画力とそれを人に説得する能力、4.必要な人材を集めチームの力を最大限発揮させるリーダーシップ、5.状況の変化に柔軟に対応し困難な状況をやり繰りするマネジメント能力、6.資金調達や財務に関する実務能力」

他にも「勝ち残る人とは、人格、知識、行動力、プレゼン能力、ディベート能力などを総合的に兼ね備えた人である。」とか、よく理解できないが「韓非子によれば、リーダーに三つのランクがある。三流のリーダーは自分の能力を使う。二流のリーダーは他人の力を使う。一流のリーダーは他人の知恵を使う。」というのもある。

私は長いこと研究業務に携わっていた関係で、新工法・新技術の事例報告会に何度も参加した。そこでは、ほとんど、イヤすべて、上手くいった、成功したという報告ばかりであった。しかし、世の中、そんなはずはない。期待通りではない、工事が上手く行かない、という失敗事例が山ほど有るはずだ。そもそも成功事例は過大設計かも知れないという懸念がある。それよりは、このようにしたら失敗した、という報告のほうがはるかに価値はある、と思っていた。失敗体験の積み重ねによって修正が繰り返され、やがて合理的な設計施工が可能となるからである。

上に述べた「経営者や管理職に必要な資質」も同じだと思う。どれもこれも納得できる資質、条件ではある。されどそのような素晴らしい資質をすべて備えた人間がどれだけいるか?私はほとんどいないと思う。そもそも「すべてを兼ね備えた人」を要求するのは、いわば過大設計だと思うのである。それよりは、失敗事例を学び、ときに自ら失敗を体験し、それを積み重ね、やがてより良いやり方を身につける。そんな人こそが「すべてを兼ね備えてはいないが」部下が信頼を寄せる管理職、経営者になれるのではないか、と思うのである。

高度な能力を身につけようとあくせくする必要はない。次に示す城山三郎の「魅力を感じる経営者の三条件」で十分である。
1.いつもあるべき姿を求めている。
2.常に生き生きしている。
3.卑しくない。
(2011.11.14)


171.日本語で悩む パート2

問題を出します。「彳む女」と書いて何と読むでしょう。瞬時に答えた方は、…教養に溢れた人で尊敬に値します。

さて、「総理大臣」と「首相」、どちらも同じか、違うのか。疑問に感じた方はおりませんか。私は前から疑問に思っておりました。以下、私の調査結果をお教えいたしましょう。「総理大臣」は正確には「内閣総理大臣」。ご承知のように「行政府である内閣の首長」で、総理大臣あるいは総理と略されています。一方「首相」は、「相」が大臣という意味で、総理大臣が多くの大臣のうちのトップである、すなわち「主席たる大臣」ということで「首相」と言います。「首相」は法令上の用語ではないため、公文書等では使用されないとのことです。以上の結果、総理大臣と首相は同じもの、慣用的に「首相」と言う、というのが結論です。

「相」自体は古代中国において「君主の重臣」という意味であり、主席の重臣を「丞相」とか「相国」といいました。三国志に出てくる曹操は帝を擁し、自らを勝手に丞相と呼ばせていましたし、私が今観ている中国ドラマ「呉越燃ゆ」には呉の国のトップの重臣を相国と言っております。他に「宰相」という呼び名もあります。1871年にドイツ統一を果たしたビスマルクは「鉄血宰相」と言われています。「宰相」は首相の中でも特に優秀な首相に用いるのだそうで、日本の首相で宰相と呼ばれた人はいない、と思います。

諸外国では、国と国民を代表する人を大統領、国家主席、元首などと呼んでいますが、なぜ一律に「首相」なり「大統領」に統一しないのか、不思議に思ったことはありませんか。答えは簡単で、国王がいる場合は「首相」であり(つまり君主の重臣の主席)、いなければ「大統領」なり「国家主席」なのであります。元首は国王に用いますが、日本の天皇を元首と呼ぶことはありません。とはいえ、国外においては天皇が日本の元首であるとして遇されているそうです。

首相の話はそれくらいにして、私は「犠牲者」という言葉に疑問を持っていました。「犠牲」とは神に捧げる生け贄を指します。なぜ事故などで亡くなった方を「犠牲者」というのか。調べた結果、「犠牲」は確かに生け贄のことではあるが、それとは別に「被害者」というにはあまりにも痛ましい場合に「犠牲者」の語を用いる、とのことでした。個人的には納得できませんが、まあいいでしょう。他にも「不慮の死」、「一生の不覚」などの言葉、なぜそのように言うのか、疑問に思っております。

さて一番最初に書いた「彳む女」ですが、明治31年生まれの木彫りで有名な彫刻家、木内五郎の作品の名前です。行人偏だけで、読み方があるのでしょうか。「彳」は「行」の略字(多分)。しからば「ユカム女」?イイエ、正解は「たたずむ女」でした。また一つ勉強になりました。(2011.11.28)


172.マイナス表現、プラス表現

「見方によっては他の言い回しが可能な形容詞がある。例えば、のろま→慎重、ずさん→おおらか、守りに弱い→攻めに強い、数字に細かい→数字に強い、…」といった内容の能登メールを出そうと思っていた矢先、11月25日に開催された「職場のメンタルヘルス」講習会で配付された資料を見て愕然となった。講習会に参加された当社の社員はすぐに納得できるでしょう。配付資料の一番最後に、「マイナス表現」と「プラス表現」というのがあって、例えば「頑固」というマイナス表現はプラス表現で何と言うか、といった問題?が提示されていたのである。マイナス表現の数31個。参加者それぞれがプラス表現を考え、最後に答え合わせ?をしたのだが、例えば「頑固」は「芯がある」、「派手」は「華やか」、「ケチ」は「倹約家」、「太った男性」は「恰幅のある男性」、「太った女性」は「ふくよかな女性」、などなど。

能登メール1回分が泡の如く消え去った次第だが、メールで何を言いたかったかというと、「これらの表現がいずれも人の評価に使われるものであって、我が社でも毎年人事考課が行われるが、評価の仕方、見方を変えれば逆もあり得るということである。そもそも誰かを評価する時は、「純粋に」判断しては居ないように思う。潜在的に、まずその人が好きか、嫌いか、があって、ある行動を良心的に受け止めるか、敵意を持って判断するか、で評価が別れるのではないかと思う。どんなに素晴らしい成果を上げても、生理的に好きになれない人であったなら、評価は悪意の表現になる、と思うのである。」と言いたかったのである。したがって、「評価をされる方々は、普段の行動に注意を払うのは勿論のこと、評価をする上司の方々が好感を持ってくれるよう行動する、ということが大事かも知れない(そんなこと、私自身は嫌いだが)。一方評価する方々も、好き嫌いという気持ちを持たないで、純粋に判断するよう努めなければならない。」と結論づけたかったのである。

人を評して、馬鹿、アホ、まぬけ、のろま、などと言うのは実に気分がよい。自分が優位にあるという錯覚に陥るからである。されどそのような「マイナス表現」に馴染んでしまうと、ついつい普段の何気ないところでマイナス表現が口をつく。マイナス表現を頻繁に使う人は心が殺伐としているようで、端から見て好ましいものではない。せっかく「プラス表現」をたくさん学んだのだから、どんどん使ってみようではないか。上品でおおらかな心を持った「いい人」と言われること、間違いがない(と思います)。

ちょっと趣旨は違うが、「税金を食いものにしている公益法人」(道新)、「天下りの常態化が官製談合や税金の垂れ流しに直結している」(朝日)といったような記事が新聞に出る。敢えて「食いものにしている」とか「垂れ流し」という表現を用いて読者を洗脳しているような気がする。これは一種のマイナス表現ではないだろうか。プラス表現で書く必要はないが、中立的に単に「用いて活動する」とか「高額使用」と書いてもいいはずである。記者の歪んだ心が見えるようで、つい不快になる。(泡と消えたはずの文章を用いて、結局は1回分ができました。まずはホッと一息。)(2011.12.5)


174.ヘイフリックの限界

人間、何歳まで生きられると思いますか。

人間の体は、細胞が何度も分裂を繰り返し、常に新しい細胞に生まれ変わっています。ところが歳をとるに従い、分裂回数が少なくなり、やがて分裂停止、つまり「死」に至ります。

1961年、カリフォルニア大学やスタンフォード大学で解剖学の教授を務めていたレオナルド・ヘイフリック(Leonard Hayflick)らは、年齢の高いヒトの細胞は分裂可能回数が少ないことを発見し、「ヒトの細胞の分裂回数に限界がある」という仮説を発表しました。後に多くの研究者による実験で、その仮説は正しいことが立証されました。これを「ヘイフリックの限界」といいます。

その理屈は次の通りです。細胞は分裂する時にDNAを複製する。DNAの末端にテロメアと呼ばれる特殊な塩基配列があるが、細胞分裂の際にテロメアの一部は複製されず、テロメアは短くなっていく。テロメアが無くなった時、細胞分裂は停止する。つまり死に至るというわけです。

ヒトの胎児の細胞は50回ほど分裂可能であり、ヘイフリックのモデルに従うと、ヒトの寿命は最大125歳で終わるとのことです。老化のメカニズムが分かった、どんなに健康に留意し、妙薬を飲んだとしても、人間の寿命には限界がある、古来からの長年の夢「不老不死」はあり得ない、ということになります。

ところが逆に、老化のメカニズムが解明されたことにより、不老不死を実現する可能性も十分に考えられる、ということもあり得ます。テロメアが短くなってやがて細胞分裂が停止するのだから、テロメアを短くさせなければ良いではないか、というわけです。実は、ガン細胞はテロメアの短縮が生じません。いつまでも分裂を続け、大きな腫瘍となっていきます。なぜガン細胞はテロメアの短縮が生じないのか、それが解明されれば不老不死も夢ではないのです。人間の敵「ガン細胞」が人間の長寿命化をもたらす、のかも知れません。

しかし、皆さん。死なない、いつまでも若々しく長生きすることを望みますか。これから何十年、何百年も生き続けるとしたら、うんざりしませんか。人間、死なないとなれば、この地球はどうなりますか。人間死ぬのは神の摂理、自然の摂理。歳をとってやがて死ぬ、それで良いのだ、と思うのであります。
(テロメアを短縮させない方法はまだ分かっていませんが、短縮を早める方法は一つだけ分かっています。それは放射線。細胞に放射線を当てると線量に応じてテロメアが短縮するのだそうです。福島原発事故で作業に当たっている方々の将来が心配になります。)(2011.12.19)


175.御礼とお知らせ(2011.12.26 能登メールの毎週月曜配信をやめるという内容であり、省略。たくさんの方から心暖まる返信を頂いた。いくつか紹介したいが紙面の都合でこれも省略する。)

読者からの感想文


「ちょっと斜にかまえたエッセイ第2集」を読んで頂いた方々から感想文が届きました。どれもこれも「褒め言葉」が連なっていて、読んでいて快感に包まれました。がしかし、よくよく考えてみれば、敢えて感想文を送るというときに本心であろうが無かろうが普通は「褒め言葉」の一つでも入れるに違いありません。そもそも「面白くねぇ~」と思った方は感想文を送るはずがないのであります。…といったようなちょっと斜にかまえた気分で感想文を読みましたが、どれもこれも個性溢れる文章で、「ボツ」にするには到底忍びない。ここはやはり前回同様、巻末に収録することに致しました。ほぼ原文のままで、到着順にしてあります。なお、感想文を送って頂いた方々から掲載の承諾を得ていません。したがって、問題がありましたらすべて私の責任ということに致します。



●本田:拝読させていただきました。この本がどんな本なのか、能登様がどんな方でいらっしゃるのか分からないままページをめくり始めたのですが、まるでテンポ良い音楽を聴くかのような心地で一気に読み上げてしまいました。
 特にそのテンポが速まったのが「割れ窓論理」の中でした。まだ20歳である私は並べられた若者への批判を読み返し少し反感を覚えかけました。が、その後の一文。「何か幾らでも書けそうなんだけど、ホントにいう勇気がないんだよなあ」。なぜだかとても楽しくなり、心は先見たさに走りっぱなしとなりました。
 そしてお伝えしたいのが、このエッセイ集が無知な私にとって知識と見解の宝庫になったことです。良い時間を過ごさせていただいたこととともに、そのことへもお礼申し上げたいと存じます。ありがとうございました。

●山神:すごく面白く読ませていただきました。ページをめくるたび、へぇーの連続でした。何が確かで、何が確かではないか、疑問を持ち、知りたいと思い、明らかにしようとすることでここまで世の中の見え方が変わるのだな、という感じです。疑問を持たなければ、当たり前の日常。世の中のいろいろな仕組みの上で生きているということにも気づけません。分析的に物事を考えるって面白いのだな、と思いました。日常の中でどれだけいろいろなことを感じられるか、でもあると思います。

●長谷川:この度は300冊という限定版の著書を私のために2冊もいただき、誠に有難うございました。内容が多岐にわたり、能登顧問のマルチな才能に感心しながら読ませていただきました。
 どれもこれも楽しい切り口ですが、媒酌人挨拶、結婚お祝いスピーチは吹き出しながら読みました。私も発起人や友人代表で挨拶する機会がありますが、次回以降参考にさせていただき、社交辞令を離れ「本質を突いて」笑いを取れる挨拶をしたいと思います。
 「北海道をけなそう」は傑作だと思います。センスがあれば歌にしたいくらいです。ケチな人が多い!まさしくその通りだと思います。値札どおりに物を買う反面、ホテルのサービス、人からノウハウを伝授されることに価値を認めない。だから北海道のホテルはいつまでたっても低価格路線による自転車操業。
 寅さんの映画「お前、男なんだから割り勘なんてみっともないことをするんじゃないよ!」のセリフも思い出しました。
 北海道の経営者で「旦那衆」のような人間が増えれば、サービス業に優秀な人材が出てくると思います。ケチでセコイ人間が多い北海道では無理でしょうね。今は無理ですが、私は将来「粋なオヤジ」になります。このテーマに関しましては、機会がありましたらじっくりと議論させていただきたいと思います。
 この度は誠に有難うございました。今年に入って私の勉強仲間が立て続けに本を出版しております。そして我が社にも!ビジネスマンとして刺激をいただきました。

●大谷:先週の土日、総合技術管理部門の勉強をする予定だったのに、面白くて一気に読んでしまいました。いつもながら能登顧問のするどい洞察力と、これを見事なまでに表現できる巧みな文章力、いつも羨ましく思います。
 中でも「豊浜トンネルの記憶」は、読んでいて当時の記憶がまざまざと蘇りました。改めて関係者の方々の大変な現場での苦労を知ることができました。今回知って驚いたのはNJ室長が不眠不休でびっちり現場に張り付いていたことです。その後すぐにお会いする機会があったのですが、まったく体型が変わっていなかった(痩せていなかった)ので、そんなことがあったとは想像もつきませんでした。
 また、「テレビを見てたら腹が立ってきた!」は仰るとおりです。思わずうなずきながら読んでました。あのジャリタレ何とかならないのか! それだけ世の中ロリコンが多いということなのか! 最近だと19歳の元モー娘のメンバーとウルトラマンコスモスの「できちゃった婚」。恥ずかしくないのか! 常識と言うものは無いのか! 親の顔が見たい!と言っている自分の感性が、還暦を過ぎた能登顧問と同じということに気づいてちょっと悲しくなりました(^^ゞ
 まだまだ、ネタはいっぱい持ち合わせている(増えてくる)と思います。ぜひ第3集の出版を楽しみにしています。今回の出版が還暦だから、次回は古希ですか(^_^)v

●高橋:貴著「ハスにかまえて」第2号を通読しました。歯切れの良い薀蓄と調査の深さに敬意を表します。第3号を期待します。

●本名:協会の女性に読ませたところ、「大変おもしろいです。本名専務よりも辛口ですね。この人は相当キツイかたですか?」「いやあ所さんのようにユーモアにあふれた人だよ。オレは協会の看板しょって書いているから大変なんだよ。先輩は自由に書けていい。」
 私も改めて貴書をぱらぱら見出したのでしたが、さすがというか、観点・着目点が一致するところが多々ありますね。おっといけねえいけねえ、影響されてしまいそうなので、協会ニュース書き終わるまで拝読を控えます。前にも、「毎月新聞」という面白そうな散文集がありましたが、同じ理由で買うのをやめたことがありました。

●鈴木:2冊のエッセイ集を興味深く読ませていただきました。ありがとうございます。感想を述べさせてください。
 まず、能登さんにオヤジの背中を感じました。そのオヤジは「不器用で頑固な」という修飾語を伴います。そして、オヤジの人生は、ものすごく人に気を使い、常に自分を向上させる努力をしてきたのだと感じました。
 ロンドン便りは、能登さんが私と同じ年齢ぐらいの時に書かれたと思います。自分にそのようが発想ができるかな~と考えると、改めて能登さんのすごさを感じます。
 豊浜トンネルの話です。4おわりにの最後の一行で、ナミダがでました。被害者家族を思い活動している方々に対する、マスコミや世間からの容赦ない批判に…。想像に及びませんが、凄いご苦労をされたと思いました。
 以前、当社にゼネコンOBで青函トンネルの現場所長の方がおられました。その方と飲んだ席で、月並みですが「工事で一番のご苦労は?」と質問したことがあります。難工事の苦労話が出るかと思いきや、その方は「家族へのマスコミの取材」と答えられました。当時は、青函トンネルが税金の無駄使いとマスコミから騒がれていた時期です。
 どうしてこうも土木は、世間受けが悪いのでしょう。私も、世間にどんどん情報を発信して、土木への誤解を解いていこうと思います。
 能登さんは、マズローの5段階欲求のどの位置にいるのでしょう。ふと、そんが思いが頭をよぎりました。
 勝手に決めましたが、エッセイ第3集の読者からの感想文に紹介されても、恥ずかしくない業界人を目指していこうと思います。ぜひ、出版を期待します。

●古川:先日はエッセイ集、ありがとうございました。早速、洒脱で軽妙な文章を楽しく読ませていただきました。「千夜一夜物語」の怪ではありませんが「知識の宝庫」ですね。「トシのこと」、「我が家の屋号」、「せっかちの理由」は腹を抱え笑ってしまいました。
 私の家内も本当は4月1日生まれ、それを両親が4月3日生まれで届けたそうです。おかげで高校時代同学年となり今に至っています。また、家内の両親が新婚時代(昭和15から17年)礼受小学校の先生だったそうで3年ほど前に留萌経由で稚内まで行った際、義母が懐かしく眺めていたのを思い出しました。さらに小学校時代の複式学級、私も道南の森町石倉小学校で小1から5年生まで同じような複式でした。皆にはいつも一つ上の学級の勉強をしていた「神童」と言っていましたが。
 「セキのエジプト」・「バリ島」の旅行記、楽しく読ませていただきました。
 「豊浜トンネルの記憶」、涙腺が緩みました。翌年の第二白糸トンネル崩落の際、現道路維持課長の佐藤さんの要請で開土研のキャンピングカーでの復旧対応をしたことも思い出しました。幸い、こちらは人災がなく良かったですが。
 「彼らのホンネ」、理解できる部分が大部分です。
 第一集を頂きました折に「エッセイ」は起承転結の「転」が難しいというお話を聞かせていただきました。毎月、支店の「安全メッセージ」、難しいことばかりを言っても誰も聞きやしないと思い「支店長メッセージ」としてその月の話題やらを支店社員に送信していました。この際に本当に「転」の難しさを知りました。
 本当に楽しく読ませていただきました。感謝・感謝です。ありがとうございました。

●日野:心暖まる本を頂きまして有り難うございました。昨今のマスコミは役人を国賊かのごとく報道していますが、中には若い人たちをこれが公僕であると、目立たぬように教育をされている立派な役人もいることを知るべきと思いました。特に苦労された父親を家族全員がいたわる姿こそ「日本の美し姿」と思いました。

●清田:おじさんのエッセイ、いただいてからすぐに読んだのですが、博士をとってからメールしようと思っていたので感想遅れてしまいました。相変わらずの気持ちの良い文章で、あっという間に読んでしまいました。豊浜トンネルについての反響が多くの人から寄せられているとお聞きしておりましたが、やはり私にとっても最も印象的でした。第三者の考え方と現場で作業に従事する人の気持ちは大きくかけ離れていたことがよくわかります。確かにあのころニュースを見ていて、「多少強引な手段を使ってでもさっさと掘り返して救出すべきだ」と私も無責任に考えていたことを思い出しました。しかし、一度崩れた崖下に立つ人の気持ちが今ではよくわかります。あの崖下で小指ほどの大きさの石が落ちてきたときの恐ろしさは、現場の人間にしかわかりません。私も中越の調査で、調度崩れた崖の下にいたときに余震が起き、必死で逃げ帰ったことがありますが、本当に生きた心地がしませんでした。
 しかし、今でもこのような現場の状況を第三者にうまくわかってもらえる術はわかりません。おじさんのエッセイが多くの人に読んでもらえればと心から思います。

●高橋:本を頂いてから時間が経ってしまい、申し訳ありません。能登役員が書かれているコラムなどは、これまで何回かお見受けしたことがあるのですが、ユーモアにあふれていていつも楽しく読ませてもらってました。今回頂いた本も時には面白く、時にはマジメにといった内容で書かれており、スイスイ読み進んでしまいました。
 暑気払いの席上で不意にも“マルオーのボッコ”って何ですか?と聞いてしまいましたが(あの時は失礼をしました。)、本を読み昔は屋号で呼び合う時代があったのかと感心しました。“結婚式のスピーチ”の話も楽しく読みました。ユーモアたっぷりの内容で新郎新婦にとっては思い出に残る結婚式になったんではないでしょうか。きっと会場の皆さんも大盛り上がりで聞いていたことでしょうね。
 また,“豊浜トンネル”の話題は興味深く読みました。当時(1996年)、私は高校の3年生でしたが、巨大な岩塊が突き刺さった映像、発破によって岩塊が破壊される映像が目に焼きついてます。その当時のやり取りが能登役員の心境とともにリアルに描かれており、本を読みながらちょっとドキドキしました。大変なご苦労をされたんだなと思うと同時に、自分が同じ状況に立った時を想像して恐怖を感じました。
 全部読んだあと、この業界の人達に限らずいろんな人が読んでも面白いなと思い、頂いた本は今私の妻の手に渡っております。まだ全部は読みきっていませんが、「この本面白いね」と言っておりました。
 またこのようなエッセイを書かれることがありましたら、読ませていただきたいと思います。

●菊池:エッセイの第二集をいただき有難うございました。その昔、第一集を頂いたのに読みっぱなしで、申し訳ありませんでした。確か感想を寄せますとお約束したと思います。
 今回、第一集も改めて読みました。愉快でした。第二集はさらに余裕が伺えて楽しいと感じました。5年前に読んだときも、中々やるーという感想を持ったのでしたが、タイトルを意識したわけではないのですが、読み手である私のほうがが斜に構えていたような気がします。文字通り口を曲げてにやりとしたという事です。エッセイの書き手はそれ相応に推敲に推敲を重ねて書き上げるのだとおもいます。読み手は割りと楽に節々で共感したりしながら読んでいくものだと思うのですが、わたしはそれが出来なかったのでした。上の空だったのですね。あまりにも職場においても私的な面においても屈託が多すぎたのだと思います。自分ではわりとすいすいと乗り切ったつもりでいたのですが、かなり重たい環境だったようです。それも一応、通り過ぎて、数倍も快適な環境にある現在は、とても素直に楽しく読む事が出来たのです。特に、能登さんの人となりが形成されたと思われるウント若いときのところがおもしろかったです。家族との交流の部分も、興味深く読みました。ありがとうございました。第三集目も当然考えているのでしょうか。楽しみにしています。

●阿部:エッセイ集をいただき、誠に有り難うございました。大変楽しく読ませていただき、能登様の人柄、考え方について改めて感動しているところです。何事に対しても、「ちょっと待てよ」、「こう考えたら」など、疑問に思うことの重要性について再認識させられました。
 また、豊浜トンネルの崩落事故について、マスコミ報道でしか知ることができず、初期対応など分からない部分がありましたが、その疑問も解消することができました。今後、私生活や仕事における貴重な参考書にしたいと思います。

●佐々木:楽しく、心暖まるエッセイ集、ありがとうございます。特に心に滲みたエッセイの感想を送ります。
「我が家の屋号」 魚屋だった私の家にも屋号がありました。○の中にサと書いて、「マルサ」と読みます。私が18歳のとき父が亡くなりましたが、5年ほど前まで母が店を切り盛りしていました。幼い頃、セリに行く父について行き、他の仲買人から「マルサの子か?」と尋ねられたことを思い出しました。
「二つの原理から四つの原理へ」 元の会社の最後の一年は「利益第一」が求められました。銀行出身の経営者には、「人間性原理」や「社会性原理」は必要なかったのかも知れません(その余裕もなかったのですが)。私自身も「効率」や「競争」よりも大切な「人間性原理」と「社会性原理」を忘れかけておりました。「黙っていてもジワリと行動に滲み出る」そんな技術者になるために、せめて一日に一回は「技術者の誇りとは何か、社会が要求するものは何か」を自分に問いかけ、行動していきたいと考えております。
「結婚お祝いスピーチ(その2)」 私も「ごめんなさい」がなかなか言えません。ついつい我を張ってしまい、後悔することを繰り返しています。「ごめんなさい」をきちんと言えるかっこいい男になって、多少の波風が立ってもハリケーン並の嵐が発生しない穏やかな家庭を築きたいと反省しました。
 エッセイ集、本当にありがとうございます。第一集と一緒に、大切に、時々読み返して、心に潤いを保ちたいと考えています。第3集の出版を今から楽しみにしております。

●鈴木:エッセイ第2集をいただき、ありがとうございました。お礼が遅くなり恐縮しています。本当に引きずり込まれるように拝読いたしました。
 文章も繊細で、考えていることが目に見えるように伝わってきます。寺田寅彦の文章を思い出しました。やはり、科学者は物事を客観的に色々な角度から分析して、誰もが納得できる結論を出すものと納得した次第です。真実とはそういうものだということですね。
 とても多くの範囲でご活躍ということと、物事に対する真摯な姿勢が伝わってきます。それぞれのエッセイとても興味深いものですが、やはり「豊浜トンネルの記憶」には圧倒されました。能登さんの目を通した現場の状況と事故調査団長としての判断や行動など、どれも想像していた以上に厳しいものですね。このことは現在、公物管理をしている職員すべてが知るべきことと思います。能登さんもこのことを後輩に伝えたかったものと理解しております。最近○○運動を展開し、その中で多くの若手職員の話を聞いておりますが、「先輩が忙しくて相談ができない、先輩の体験談や失敗談を聞きたいがその機会がない」といった意見が多く出されています。この文章をみて、私もそのことの大切さを改めて理解しております。
 ハリネズミのジレンマは、実際は結構上手に交尾しているそうです。「せっかちの理由」は、私も全く同様で、ほっとします。いろいろ生意気書きましたが、感謝の気持ちであります。ありがとうございました。

●石塚:留萌高校先輩の能登さんのエッセイ第2集、さっそく拝読させて頂きました。特に「結婚お祝いスピーチ」や「美人とブスの話」は私には想像もつかない切り口で記されており、先輩の豊かな発想力と表現力のすばらしさに、ただただ感服するものです。
 私も含めて、元来技術屋には「文才」という言葉は無縁であり、ましてユーモア溢れる文章力など兼ね備えている人種とは思っていませんでしたが、能登先輩だけは別格でした。第3集の発刊を楽しみにしております。

●中島:エッセイ第2集を読み終わりました。能登さんの柔らかな発想・表現の数々に、能登さんのお人柄が浮かびます。私も社会人としての立場から共感できる内容がたくさんあり、考えさせられました。
 その中でも「倫理」とは何か。この言葉の響きと、言葉の中に含まれる意味の重さを、現実的に考えさせられました。とくに「君ならどうする」、「すべからく死ぬまで勉強すべし」というこの二つの言葉が非常に印象深く、感銘を受けました。一つ解決したと思ったらまた目の前に新しいチャレンジの山が見えてきます。私の人生はいつまで経っても勉強させられるばかりです。人生とは死ぬまで勉強の毎日なのかも知れません。答えはまだ出ていませんが、「倫理」とは何かをこれからの私の人生の課題の一つとして勉強に取り組ませて頂きたいと思います。
 また、豊浜トンネル事故を活字か映像として作り、残すことが北海道開発局の価値観にあるのだと思います。
 第3集の出版を楽しみにしております。能登さんと出会え、また貴重なエッセイ集を拝読できたことに深く感謝と御礼を申し上げる次第です。

●川端:エッセイ第2集、ありがとうございました。大変面白く拝読させていただきました。「豊浜トンネルの記憶」には、読んでいて思わず姿勢を正しました。F組社長とN部長とのやり取りの場面は、泣きました。「電子会議室のこと」では、様々な意見が寄せられたことが想像されました。感謝を忘れた無責任な発言は慎まなければならないと自らに言い聞かせました。
 「ノアの箱船への疑問」「千夜一夜物語の怪」については、能登様の博学ぶりに脱帽しました。小生も「新約、旧約聖書」「千夜一夜」を死ぬまでに目を通そうと決心しました。(つい先年まで、「新約」を「新訳」、「預言者」を「予言者」と誤解しておりました。)
 「毛髪に関する考察」は小生の関心事でもあり、興味深く拝読しました。
 中略
 全てのお話を面白く読ませていただきました。ちなみに「第1集」が手元にないことに気づき、嫁いだ娘に話しましたら「自分が持っている」とのことで、再読しようと思っています。これからもどんどんお書き下さい。ご期待申し上げます。

●吉川:エッセイ第2集、ありがとうございました。さっそく読ませていただきました。「豊浜トンネルの記憶」は、他のエッセイとは明らかに異質のドキュメントタッチの文章で、「トンネル会議室」にどのような意見が寄せられたのか存じませんが、文面には当時の苦悩(と怒り?)がにじみ出ているように感じました。現地の皆様の真の苦労を知らないマスコミや、部外者の(勝手な)意見は、どうしても自分の考え通りにやれと、当事者を責めるきらいがあるようです。
 阪神大震災の時も、TV画面を通じて、なかなか進まない消火活動に業を煮やした人が、なぜ「消化弾」を使用しないのか?と、強硬に主張したので、消化弾の原理(酸素の遮断)から、これを使用すれば瓦の下の生存者の生命を確実に絶つ、と説明してやっと黙ってもらったという話しはあまりにも有名です。
 (中略)
 「セキのエジプト」は、異境の地で病気になったときの心細さ、もどかしさを表に出さず、淡々と書いておられますが、どこか本音の無念さを感じられる文章でした。
 素晴らしいエッセイをありがとうございました。

●天沼:(A4版8枚にわたる感想文から抜粋)
○セキのエジプト:私の中ではこれが最高傑作です。これを読んで路面電車の中で吹き出すこと数回。実際あったお話だけに、非常に臨場感があって、感情移入してしまいます。読んでいて能登さんの身になったり、奥さんの身になったり、実におもしろいです。能登さんが、なんとかセキを止めたくて、自分の上体の角度を調整して、セキが出ない角度を探ったというところに、技術者魂?というより、せつなさがよく伝わってきます(笑)。
○毛髪に関する考察:これは自分の身になって真剣に読んで、非常にためになったお話。私こと、そろそろ頭髪が危ない状態なものですから。
○映画のハナシ:これも相当皮肉れた…じゃあなかった、客観的なアプローチによって能登さんが映画にまつわる話を解説されていますが、中でも『アメリカ映画に見る「命」の疑問』はなかなかの傑作。
○黄金比:非常に興味深かったですね。フィボナッチ数列の隣同士の数の比が次第に黄金比に近づくということ、白銀比や白金比なんて、まったく知りませんでした。
○筆記具のレクイエム:第2集の後半のエッセイは、どれもためになるものばかりですが、この筆記具のレクイエムもそのひとつです。
○豊浜トンネルの記憶:人が巻き込まれた災害は心が痛みます。その災害対応に直面した方々の苦悩と苦労は想像を絶するものがあったと思います。このドキュメントとも言えるエッセイは、土木技術者が、常に抱えていかなければならないものを我々に教えてくれていると思いました。私は、若い技術職員の研修の講師をした時に、よく問うことがあります。「あなたは自分の現場で、自分の不注意で人が亡くなったときに、どう責任をとりますか」という問いです。私の答えは、“責任をとれない”です。自分が“責任をとること”は実際には不可能なのだと思っています。だからこそ、常に努力し続け、そして起きたことから逃げずに関わり続けることが大事なのではないかと彼らに伝えます。
 先日お会いした折、このエッセイで是非『能登先輩を偲んで』というブログを作りたいってお話したら、能登さんに「馬鹿者、それは死んだ人に使う言葉だろ」って怒られました。まだまだ日本語の勉強が足りないようです。
 第3集を本当に楽しみにしています。

●菅井:「ちょっと斜にかまえたエッセイ」、ありがとうございます。「はす」にかまえた、とお読みするのですね。大切な本を頂いて、嬉しかったです。早速、読み始めましたが、とても、楽しいエッセイですね!爽快な表現、思わず、噴き出す表現。話題も、バラエティー豊かですね。すぐに読み終えてしまうのが、もったいない、と思うぐらい、素晴らしい本です。第2集も、大切に読ませていただきますね。次にお会いするとき、お持ちします。(その前に、全部コピーしてもいいでしょうか)

プロフィール

Author:能登繁幸
「ちょっと斜にかまえたエッセイ集」の第1集、第2集、第3集、ならびに毎週発信の「新能登メール」を収納。

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