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131.時事問題二つ

皆さまお早うございます。
インフルエンザ、大流行らしいですね。私の回りでもこのひと月で5人がインフルエンザA型に罹りました。手洗い、うがい、しっかりしましょう。マスクを常時持って出かけましょう。

新能登メール(131):時事問題二つ 送ります。ちょっと固すぎ、まじめすぎで、しかも長文です。スルーして結構です。

2年くらい前でしょうか、ロシアのプーチン大統領が、北方領土問題を解決して「日ロ平和条約」を結びましょうと言い出しまして、ヒョッとしたら北方領土が帰ってくるかも知れない、と大いに期待しました。北方領土の新たな開発で北海道の建設業界も景気が良くなるかも知れない、とも思ったりしました。しかしその後サッパリ進展がありません。それどころか、つい最近、ロシアの高官が「北方領土という言い方はやめてくれ」とか「第二次世界大戦の結果を素直に認めよ」などと言っています。

昭和20年4月5日、ソ連は「日ソ中立条約」の失効を日本側に通告しました。規約では締約更新の1年前に通告することになっていましたから、昭和21年4月5日まで「中立条約」は有効のハズです。なのに8月8日に日本に宣戦布告(この電信は日本に届かず)、9日に満洲に攻め込み、次いで樺太、千島列島になだれ込んで占領。歯舞群島の占領に至っては、降伏文書調印後の、9月3日から5日のことです。このような明らかな時系列が整っているのに、どうしてロシアは強行な意見を吐くのでしょうか。おそらくロシア国民は過去の経緯を知らないと思います。しかしロシア高官は何が真実か知っているはずです。知っていながら強硬意見を言っていると思います。

明治43年8月29日、「韓国併合ニ関スル条約」に基づいて大日本帝国は大韓帝国を併合しました。それまでの「朝鮮」は中国と君臣関係に有り(中国の属国)、一人前の独立国とは言えない状態でした。先進各国はアジアの平和のために朝鮮の近代化が必要で有り、日本が保護国となるのが望ましいとの期待を寄せていましたので、「お荷物になる」として反対意見もありましたが、韓国併合に踏み切ったのでした。以来終戦までの35年間、韓国は日本の統治国として膨大な予算が投入され、インフラ整備、差別の撤廃、教育制度などの改革が進められました。当然ながら国民は日本人とほぼ同等の権利と義務を負います。

昭和13年に国家総動員法が制定され、国民は軍需産業に強制的に動員されました。この人たちを徴用工と言います。すべての日本人対象ですから韓国の人たちもいたことでしょう。その徴用工であった韓国の人たちが今頃になって「補償しろ」と裁判を起こし、裁判所もこれを認めた、というのですからまさに驚きです。

昭和40年、日本と韓国は国交正常化にあたり、日韓基本条約を締結しました。その中に「財産及び請求権に関する協定」があります。その協定では、日本は朝鮮に投資した資本や個別財産の全てを放棄すること、約11億ドルの無償資金と借款を援助すること、韓国は対日請求権を放棄すること、などが取り決められ、請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」と明記されています。ところが朴正煕大統領は個人に何らの補償をすることなく、当時の韓国国家予算の2倍に相当するこの経済援助資金を道路やダム建設のインフラ整備に充て「漢江の奇跡」と呼ばれる経済成長を実現したのでした。このように順々に過去の実態を説明すれば「徴用工への補償」は韓国国内の問題であることが分かります。これもおそらく韓国政府の高官は知っているけれど、韓国民が知らない、知らされていない、ということだと思います。

オランダのハーグに国際司法裁判所があります。国と国の紛争を裁判したり、勧告的意見を与えたりします。上記の「北方領土問題」や「徴用工問題」さらには「竹島問題」などを国際司法裁判所で審議してもらえば良い、と思うのですが、「同意原則」があります。裁判をしてもらうにはどちらの国も「同意」しなくてはならないのです。単独で提訴しても相手国が同意しなければ取り扱ってくれないのです。日本は早くからこれらの問題を国際司法裁判所で判断してもらおうと動いていますが、ロシアも韓国も同意しません。「自分が正しい」ならば堂々と戦えば良いと思うのですが、同意しません。それこそが自らの「非を認める」アカシではないでしょうか。

明日22日に日ロ首脳会議が予定されています。何の進展もないままこの先もだらだらと交渉が続くように思います。そしてまた韓国もグダグダと訳の分からないことを言い続けるように思います。日本の為政者の力量が試されています。ガンバレニッポン、と言いたくなるのであります。

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130.クイズ番組

皆さまお早うございます。
どんと焼きの煙を浴びて健康祈願、賽銭を放って二礼二拍手一礼で家族安全、その後は家内安全、旅行安全、交通安全、健康等々のお守り、お札に大枚をはたき、これでお正月気分が終わった感じ。(「商売繁盛」を買わなかったけど、大丈夫かな。)

新能登メール(130):クイズ番組 送ります。

私はクイズ番組が大好きです。全部ではありませんが、毎週欠かさず見ているという番組もあります。前にも書いた記憶がありますが、問題が出て、テレビ出演者の回答より1秒でも早く正解を答えたときは、快感、なのであります。

クイズ番組では、テレビドラマで主役を取る人気のアイドルが回答者になることがよくあります。いかにも頭がよさそう、なのに、いざ問題が出されると、小学生並みの漢字が読めない、書けない。常識問題が解けない、答えに窮する。「こいつ、意外とバカなんだ」と思うことしばしばであります。これも、快感、なのであります。

確か「東大王」というクイズ番組があったと思います。私は見たことがありません。東大生がクイズに挑戦し、一番を競うもの、あるいは日本全国からクイズに自信がある人たちが参集し、東大生チームと戦う、という番組と聞いています。この番組とは別に、東大対京大、というクイズ番組が結構あります。北大、九大などその他の大学の名前は聞いたことがありません。日本では、東大が一番、京大が二番、三番以降はなし、のような「都市伝説」でもあるのでしょうか。テレビのプロデューサーがそう考えているのでしょうか。国民がそう思っているのでしょうか。だとすれば、それは洗脳です。大きな誤解です。

それでその東大卒、京大卒の回答者、例えば弁護士、医者などがクイズに答える。ときどき一般常識を知らない、時事熟語を知らない、という場面を見る。「チョー優秀」なはずの「この人たち、明日からどんな顔をして生きていくのだろう」と人ごとながらはなはだ心配になってきます。

東大生、京大生は「頭が良い」と一般に信じられているようです。しかし、私は違うと思います。彼ら、彼女らは単に「記憶力が良い」のだと思います。日本史の出来事を語呂合わせで覚える、というテクニックがあり、私も今でもいくつか覚えていますが、大学卒業直後の初任研修で一緒になった東大卒が何かの話題の折に「家康もいろいろお世話になりましたって死んだよね」といいました。1616年に家康が死んだのだそうで、初めてそれを知りました。へ~さすが東大卒、とそのときは思ったものです。

クイズ番組は、これを何というか、この人は誰、ここはどこ、という問題がほとんどです。それを「知っているか」「知らないか」で勝負が決まります。我々からすれば初めて聞く人名だったり、地名だったり、単語だったり、熟語だったりで、「こやつら、スゲェー」と感心しますが、「知っているかどうか」つまり「記憶力」だけの問題なのです。「なぜか」とか「どうなったか」という問題はないのです。例えば、「ノーベル賞がどうのようにしてできたか」「なぜ天皇家に近衛兵がいないか」「国際連盟と国際連合の違いは何か」などといった問題はありません。まあ、それでも「優秀なはず」の彼ら、彼女らは適切に答えるのでしょう。国を司るのが「法」であり、東大法学部がその「法」を教える最高府であって、その卒業生が日本国の舵を切る、と考えれば、現在、未来の「しあわせな日本」は彼ら、彼女らの肩に掛かっているのだから、(劣等感を持たないで)素直に見守りましょうか。

それにしても、何の役にも立たない(と思われる)人名、地名、単語、熟語を知っていて、一体何の意味があるのでしょうか。クイズ番組を見ながら、そう思うことしばしばです。無駄に頭を使っているとしか思われないのです。そんなぶつくさを言いながら今日もまたどこかのクイズ番組を見たりしているのです。


129.イノシシのウンチク

皆さま、明けましておめでとうございます。年末年始、楽しく愉快に過ごしましたか。さて早速2019年最初の新能登メールを送ります。タイトルは「イノシシのウンチク」です。(やや長文。)

十二支の動物は後から割り当てられたもので、ネズミ、牛、虎…と本来の十二支の字(子、丑、寅…)とは何の関係もないのですが、12番目の亥だけはイノシシ・ブタの骨格を描いた象形文字であり、動物としてイノシシが割り当てられています。たまたまなのかどうか、分かりません。イノシシは12番目、最後の十二支ですが、実はもっと早く神様(お釈迦様?)の家にたどり着いていました。体重は約70kg、時速45kmで猪突猛進。だがあまりにも猛進のため、神様の家の前で止まることができず、かなり通り越してしまいました。慌てて戻りましたが、一番ビリケツになってしまったというわけです。

亥の季節は冬で、春が来るまで固い種の中で生命力が閉じ込められた状態を表します。骨格の象形文字であることから核、骸なる字があり、音読みが「ガイ」なので、劾、咳、該などに用いられています。なお猪口(ちょこ)は当て字です。「猪」は日本では「イノシシ」ですが中国では「ブタ」の意味で、猪八戒はブタの妖怪です。イノシシの肉は万病性があり、猪(しし)を静止(しし)にかけ無病息災の神の使いとされています。

奈良時代、称徳天皇の御代のこと。道鏡という僧が絶大な権力を振るっていました。やがて道鏡は天皇の位をも狙い、「道鏡を天皇にすれば天下は平和になる」と宇佐八幡よりご神託(神様のお告げ)があったと称徳天皇に上申します。天皇は和気清麻呂を呼び、真偽を確かめよと九州の宇佐八幡に派遣します。清麻呂がご神前にて「真意を教えて下さい」と叫ぶと、光り輝く宇佐大神が現れ、「天皇の後継者は皇族でなければならぬ。道鏡のような無道の者を早く追放せよ」とのご神託がありました。清麻呂はご神託を天皇に報告します。道鏡は激しく怒り、清麻呂の足の腱を切り、大隅国(鹿児島県)へ流罪としました。立つことすらできない清麻呂ですが、途中で宇佐八幡に立ち寄ることにしました。そこに刺客が襲ってきます。するとどこからか三百頭ものイノシシが現れ、清麻呂の輿を取り囲み、刺客から守りました。宇佐八幡の参拝を終えるとイノシシはどこかに去り、清麻呂の足も回復していました。その後道鏡は追放され、清麻呂も中央に復帰します。そんなわけで、和気清麻呂を祀る京都の護王神社や岡山の和気神社などには狛犬の代わりに狛イノシシが建てられ、今も清麻呂公を護り続けています。イノシシの像はケガや足腰などの健康に御利益があるとされ、スポーツ選手がよく訪れるとのことです。

仏教の神様の一人に摩利支天(まりしてん)という女神がおります。摩利支天は秘仏で、その実像に迫ることは困難ですが、調べたところによると、三面六臂(顔が三つ、腕が六本)で弓矢などを持ち、なぜかイノシシを眷属(けんぞく:神に仕える者たち)としています。通常、走駆する7頭のイノシシに乗り、素早く動き回るのでケガを負いにくく、護身や勝利、開運などを司る神様として、特に戦国時代には武士層に崇められていました。他に、陽炎(かげろう)が神格した女神であるとか、五穀豊穣の農業の神ともされています。京都東山の南禅寺の塔頭(たっちゅう:小さな建物、小院)である聴松院は摩利支天を祀るお寺であり、ここでは狛犬の代わりに阿吽のイノシシが構えているそうです。

亥年は参議院選挙と統一地方選挙が同時に行われる年です。最初は1947年の亥年。以降、統一地方選挙は4年に1度、参議院選挙は3年に1度。4と3の最小公倍数は12。よって亥年は常に二つの選挙が同時に行われる年となりました。十干十二支でいうと今年の干支は己亥(つちのと・い)であり、前回の(つまり60年前の)己亥は1959年です(60年で一回りするので)。その年、皇太子様と美智子様がご成婚いたしました。そして今年、2019年、天皇が退位されます。何とも不思議な巡り合わせですね。

私、戸籍上は亥年生まれ(ホントは前年の12月29日生まれの戌年)。亥年の「男」は猪突猛進。まっすぐに正直に生きる。ただ、あまりにもまっすぐなので周りが見えず、トラブルを起こす可能性もあり。亥年の「女」は素直で優しい。ユニークな性格の人が多く、周りの人を明るくするそうです。

以上、イノシシにまつわるウンチクでした。今年もおつきあいのほど、よろしくお願い申し上げます。

128.マルサスの罠

皆さまお早うございます。
今年もあとわずか。厳寒の中での現地調査や夜遅くまでの報告書仕上げに追われている方々もいることでしょうが、年末年始はのんびりと体を休め、健やかにお過ごしできるよう、お祈りいたします。

それでは今年最後の新能登メール(128):マルサスの罠 送ります。(やや難しいかも)

人口の増加は2x2x2x2…という具合に「幾何級数的」に(ネズミ算式に)増加する。一方食糧は2+2+2+2…という具合に「算術級数的」に(一定の数量で)増加する。そうするとどうなるか。人口がどんどん増えるのに、それに見合った食糧が得られない。人間社会は貧困に陥ってしまう。それでは困る。そこで人間はいろいろな手を使ってこれを回避してきた。その結果、人口は幾何級数的ではなく、微増くらいで推移してきた。このことを「マルサスの罠」という。(詳細を知りたい人は別途ご自分でお調べください。)

四大文明は肥沃な土地で始まった。食糧は十分にあった。次第に人口が増加する。必然的に食糧不足が起きる。貧困が始まる。すると病気が蔓延しはじめ、飢餓で死に、戦争で多くの命が失われる。その結果、人口が減少し、食糧が十分行き渡るようになり、安寧な生活が始まる。エジプト文明は何度も王朝が変わった。主たる原因はナイル川の水位の変動。洪水は豊かな恵みをもたらすが、干ばつになれば食糧は途絶える。飢餓の住民は王朝にすがる。しかしなすすべがない。王朝は住民の信頼を失い、滅亡する。中国は秦の始皇帝が没した後、国内動乱が続き、天変地異が重なり、人口が激減した。戦勝国は敗戦国を蹂躙し、民族浄化を「常識」とするから、人口減少は甚だしい。日本あるいは日本人はそのような「常識」がないから戦国時代でも人口の減少はわずかであった。

人口が増え出すとペストや天然痘が流行り出す。隣国と戦争する。出産が制限され、高齢者は捨てられる。かくのごとくして人類はマルサスの罠に嵌まり続けていたが、ワットが蒸気機関を発明し、薪炭から石炭に変わり、まずイギリスで産業革命が起きた。瞬く間に世界に広がった。食糧の増産が可能になり、マルサスの罠から抜け出した。さらに水力、風力といったエネルギーから効率の良い石炭、石油などの化石エネルギーに移行する。大量のエネルギーが各所に投入され、技術革命が進み(新しい化学肥料が開発され)、大量の食糧の増産が可能になった。大人口を支える社会インフラも構築された。

さてこの先、いつまでこの状態を維持できるのだろうか。再びマルサスの罠に陥ることはないのだろうか。化石エネルギーには限界がある。再生可能エネルギーは供給が安定しない。原子力は最終処分の方法が見つかっていない。今地球の人口は75億人。飽食の国がある一方で飢餓の国が多数存在し、およそ9億人が飢餓状態にあるとされている。前回のメールに書いたが、蒙古騎馬民族と思われるフン族が西欧に向かったのは食糧難が原因といわれている。これに押し出されるようにゲルマン民族が南下した。ヨーロッパにとって歴史の大きな一コマである。同じように今、多数の難民がヨーロッパを目指している。南米の貧しい人たちが移民を希望してアメリカ本土に向かっている。南シナ海全域が俺のものとばかりに南沙諸島の埋め立てに精を出す中華人民共和国、ケニヤの経済を牛耳るインド人たち。それらをテレビのニュースで見ながら、これってマルサスの罠に嵌まりつつある人間の姿ではないのか、と不安に襲われる今日この頃なのである。

それでは皆さま、「良いお年を」!!

127.国の数

皆さまお早うございます。
札幌、今現在外は雨。すっかりアスファルトは出ていますが、「札幌の積雪」は13cmだそうで、一般人の感覚とは違うんですね。(札幌平岸で爆発事故。道路真向かいに知人が住んでいて、メールを打っても帰ってこない。ちょっと心配。)

新能登メール(127):国の数 送ります。

世界に「国」はいくつあるか知っていますか。正解は、というと、これが結構難しい。何を基準にするかで答が変わるのです。国連に加盟している国の数ならば193です。日本が承認している国の数は195で、これに日本を足して合計が196カ国、という答もあります(ちなみに日本は北朝鮮を国と認めていない)。では、国の数が増えて「幸せ」なのでしょうか。

今や地球上は、南極大陸を除けば(正当かどうかは別にして)陸上、海上に国境が引かれていて、そこに住民がいて、行政組織を持ち、外交能力を持ち、他国から承認されて、「国」をなしています。しかし遙か昔、例えば四大文明が発祥した頃、「国」はあったのでしょうか。「あの辺に誰々がすんでいる」程度の認識で、まず国境がない、承認してもらう「他国」がない、住民の実態が分からない、租税システムが機能していない、防衛はボスの腕力に頼るだけ、というのが実情だったように思います。やがてギリシャにポリスができ、近隣の領土争いで「国」の意識が生まれ、アレクサンダー大王の登場、ローマ帝国の誕生とつながります。

おそらく騎馬民族の蒙古人であろう「フン族」が西ヨーロッパに移動して(食糧難のため?)、もともとそこに住んでいたゲルマン民族が南の各地に追い出されます。ゲルマン民族の大移動です。それがきっかけで西ローマ帝国は滅亡、各地にドイツ、フランス、イタリア、スペイン、ポルトガルの原型ができます。また一方、ゲルマン人の一派ノルマン人は北の海を荒らしまくって(ヴァイキング)イギリス、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの原型を作ります。中欧・東欧にスラブ人の国が多数できます。

18世紀末から19世紀にかけて、アメリカ独立戦争の影響を受けてラテンアメリカ諸国がスペイン、ポルトガルから独立し始めました。20世紀に入って第一次、第二次世界大戦。戦後はドイツ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国、オスマン帝国が敗北。オーストリア、ハンガリー、チェコスロバキア、ユーゴスラビア、トルコ、さらにイラク、クウェート、シリア、レバノンなどが独立。フィンランド、エストニア、ラトビア、リトアニア、そして123年ぶりにポーランドが独立。アジア、アフリカにおけるヨーロッパの植民地も次々と独立しました。特にアジアは、日本の「大東亜戦争」のおかげ?で独立運動に火がついた、と言えるでしょう。

第二次大戦が終戦を迎えた1945年、国の数は51でした(そのうちアジアは9、アフリカはわずかに4)。2011年、国連加盟国は193で、アジアは47、アフリカは54です。アジア、アフリカで多くの国が独立した、というのは大変喜ばしいことです。しかし、大きな問題を孕んでいました。ヨーロッパ列強が言語、文化、民族を考慮せずに勝手に国境線を引いて植民地としていたため、国境紛争、民族紛争が絶え間なく起きることになったのです。

独立はしたものの平和は訪れない。経済基盤が脆弱で社会不安が続く。部族の争いも止むことがない。そこへ天然資源に目をつけた先進国が「援助の手」をさしのべる。新たな「見えない支配」が始まる。今のアジア、アフリカを見ていると、そんな悲惨な将来が見えるような気がします。「国破れれば」国民の権利が失われます。生命も財産も蹂躙されます。歴史が消え失せ、言葉、文化が失われます。住民は国を追われて難民となります。「国」を維持する、「国」を守るって大変なことなのですね。国の数が増えれば良い、というものでもないのですね。
(国の数はいくつ?という素朴な疑問から、だらだらとどうでもよいことに言及してしまいました。無駄な時間を作らせたのならば、お詫び申し上げます。)

プロフィール

Author:能登繁幸
「ちょっと斜にかまえたエッセイ集」の第1集、第2集、第3集、ならびに毎週発信の「新能登メール」を収納。

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