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146.希有な運命で救われた日本人

皆さまお早うございます。
風が結構有りましたが、五月晴れの土日で、BBQを楽しんだ方がたくさんいたと思います。私も昼過ぎから飲んで食べて、今朝は頭が少し痛い。二日酔いかも。

さて、今回の新能登メール、何か変わったネタは無いかなあ、とアレコレ思い当たっていましたら、ふと頭に浮かんだものがありました。今から20年以上も前になるでしょうか、モロッコの大使館勤務をしていたM君が任務を終えて帰国し、「ご苦労さん会」を開きました。その折に、M君が「これ面白いと思います」と言って呉れたペーパー、題名は「希有な運命で救われた日本人」。以下、若干脚本して記することにします。

1993年、パリ・ダカールラリーでの出来事。日本人の運転する四輪駆動車が、モーリタニアの西端にある小さな漁村・マンガールという村の近くで、砂漠に突き出た岩山に激突した。車は大破してペシャンコ。ドライバー、ナビゲーターともに複雑骨折の重傷で、自力で車から脱出できない。周りは砂漠。絶望的。彼らは死を覚悟した。
 そこにラクダを引いた少年が通りかかった。少年は事故の状況を見て急いで自分の村まで取って返し、叫んだ。「大変だ!お父さん達が乗っている漁船と同じマークの付いた自動車が岩にぶつかって壊れている。早く助けてあげて!」。それを聞いた村人達は総出で救出に向かった。二人の日本人は車から何とか引き出され、村人によって軍の駐屯地に運ばれ、ヘリコプターで病院に搬送された。そのお陰で二人の日本人は一命を取り留めることができたのであった。
 漁船と同じマーク、というのは日本の国旗、日の丸のことであった。この小さな漁村・マンガールはほとんどの人が漁業で生計を立てていたが、小さな手漕ぎのボートしかない。沖合に出ることも能わず、漁獲量も知れたもので、村人は貧困に喘いでいた。これらの状況を知った日本は1992年、沿岸漁業振興計画の一環として無償援助で漁船や船外機をこの村に贈った。その際、友好の印としてモーリタニアと日本の国旗を並べて漁船に貼り付けた。少年はその印、日の丸を見覚えていたのである。
 漁船と船外機の無償供与のお陰でマンガールの村は貧困から脱出した。日本に対する村人の感謝の気持ちは並々ならぬものであったが、何とか恩返しをしたくてもその手立てが見当たらない。そんなときのパリダカール事故だったのである。千載一遇の恩返しのチャンス!村人総出で救出に当たったというわけである。
 モーリタニアに対してはその後1994年にも漁船45隻、船外機61機の無償供与が行われ、モーリタニア沿岸の漁獲高は大幅に伸びた。さらに日本の技術指導でエンジンの整備士も育ち、エンジンの修理も自前で出来るようになったということである。
 事故に遭った日本人がこれらの事実を知ったのはかなり後のことであったそうだ。希有な運命の巡り合わせが、日本とモーリタニアの友好を、さらに深めることになったのは言うまでもない。

以上ですが、外務省のHPに「ODAちょっといい話」というコラムがあって、似たような出来事が数多く紹介されています。一度目を通しても損はありません。ODAというのは発展途上国(地域)の開発を主たる目的とする国際協力活動を行うための公的資金のことです。似たような制度を持って先進主要国が各国で活動していますが、「見返り」を要求しない日本の姿勢は高く評価され、厚い信頼が寄せられています。さすが「武士道」の国、日本、なのであります。
(M君、ありがとうございました。)

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プロフィール

Author:能登繁幸
「ちょっと斜にかまえたエッセイ集」の第1集、第2集、第3集、ならびに毎週発信の「新能登メール」を収納。

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