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164.大歩危

皆さまお早うございます。
台風19号、凄まじい傷跡を残して去って行きました。超大型の台風がやたら多いような気がします。地球温暖化のせいでしょうか。泥水と戦っている被災者の皆さま、一日でも早い復旧を祈ります。

新能登メール(164):大歩危 送ります。ウインドウズ10に切り替えたせいで、ちょっと手間取りました。それと、来週の月曜日は多分休みにしますから、またまた新能登メールはお休みとします。

四国の徳島で開催された第46回技術士全国大会に参加してきた。大会翌日はテクニカルツアーで、いくつかの見所を見て回ったが、土木屋として印象に残った「大歩危・小歩危」を紹介する。四国は中央部分に急峻な山岳が連なり、瀬戸内海側と太平洋側をつなぐルートに多くの難所があった。特に徳島県西部に位置する吉野川中流域には「大歩危・小歩危」と称する長さ8kmに及ぶ峡谷がある。「大歩危・小歩危」は「おおぼけ・こぼけ」という。「大股で(あるいは小股で)歩くと危険」が地名の由来とされているが、本来は「ぼけ」は渓流に臨む断崖を意味するのだそうで、「崩壊(ぼけ)」とも書くとされている。

この地域一帯は北海道の層雲峡に似た景観を呈し、吉野川両岸は断崖絶壁が続く。中生代ジュラ紀から白亜紀にかけて海洋プレートの沈み込みによって地下深く押し込まれた地層が、高い圧力で変成岩となり、その後の造山運動によって地上に押し出され、背斜構造と褶曲構造を示す砂質片岩が露出する、という地質学的に極めて貴重な地域ともなっている。(とまあ尤もらしく書いていますが、私自身、実のところよく分かりません。)

大歩危・小歩危を通るのは国道32号。実は今から50年も前の学生時代、学友とこの道をドライブしたことがある。一部舗装はされていたが、方や崖、方や絶壁。道路幅が狭くて車のすれ違いができないところが多い。だから前方を見通し、ゆるゆると走り、車が来たら道幅のやや広いところでお互いに譲り合う。一歩間違うと数十メートルの崖下に転落しかねないという、危険極まりない道路であった。それが今回、道幅は十分に広く快適にバスは走る。壁を削ったわけではないし、崖に盛土したようにも見えない。立派な歩道もあり、所々に川岸に降りるとみられる階段も設置されている。川にせり出してレストランがあり、土産物屋があり、駐車場もある。この広さ、どうなっているのか。

大歩危峡谷川下りがあった。遊覧船に乗り、V字峡谷を行く。両岸に薄緑色の変成岩がそそり立つ。大理石のようにつやつやと輝き、斜め45度に折り重なる奇岩が続く。ふと上を見上げて驚いた。連続して巨大なコンクリートの壁。ときに分厚い橋脚の列。それがずーっと続く。つまり巨大な擁壁を立ち上げて道路幅を確保し、ときには橋梁形式で難所を飛び越えて道路を造っているのだ。川にせり出した建物や駐車場などはいずれも長尺のコンクリート柱で支えられている。ほとんどが巨大な桟橋構造になっているのだった。実は反対側絶壁にJR土讃線が走っている。こちらも似たような構造になっている。イヤハヤどえらいお金を投じたに違いない。四国を縦断する最短路。確かに重要かも知れない路線。しかしこれから先、維持管理費も「どえらい」ものになるはず、と心配になるが…。

過去に板垣退助、後藤象二郎などの政治家、そして大平正芳、三木武夫などの首相、ほかにも後藤田正晴、塩崎泰久などの政治家重鎮を輩出してきた四国。かたやサッパリ実力を発揮しない北海道の政治家。本州・四国には3本の連絡橋。かたや青函トンネル1本の北海道に遅々として進まない高速道路と新幹線。観光客が押し寄せる四国の祖谷(いや)のかずら橋。対して観光客年間100万人を見込むアイヌ文化復興・創造の拠点ウポポイ。何か、初めっから四国に負けているような気がしてきた。

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プロフィール

Author:能登繁幸
「ちょっと斜にかまえたエッセイ集」の第1集、第2集、第3集、ならびに毎週発信の「新能登メール」を収納。

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